昭和46年

年次経済報告

内外均衡達成への道

昭和46年7月30日

経済企画庁


[目次] [年次リスト]

第2部 経済成長25年の成果と課題

むすび

―新しい政策体系の確立―

5年近い長期好況がつづいたあと,現在の日本経済は,景気後退のもとで国際収支黒字が累増するというむずかしい局面にある。

昭和45年10月に金融引締めは解除されたが,景気にはまだはつきりとした回復への足とりがみられず,鉱工業生産や商品市況は弱い基調で推移している。景気は従来の後退局面にみられた以上の落込みを示しているわけではないが,底入れから回復への動きは,大方の予想よりおくれている。これは,景気後退が短期的な在庫投資の減少によつて生じているばかりでなく,民間設備投資の調整や,耐久消費財の普及率上昇にともなう需要鈍化など,自律的変動要因によつても生じていることに影響されている。

国内の景気後退にともない,45年度下期以降,国際収支の黒字は大幅な拡大をつづけている。生産停滞のもとで輸入は伸び悩み,内需不振によつて輸出の増勢は強まつており,これに外人証券投資,短期資本などの面での黒字要因が加わつている。

こうした現下の諸情勢において,景気の円滑な立直りにより需給バランスを是正し,対内均衡をはかるとともに,国際収支の循環的黒字拡大要因を除去し,対外均衡につとめることは,日本経済が直面する重要課題である。しかしながら,ここで景気が立直りさえすれば,それで問題が万事解決するといつた性格のものではない。景気上昇の過程で消費者物価の騰勢が刺激され将来の物価動向に禍根を残すことのないよう,また名目所得が生産性と不均衡な上昇を示し物価安定の環境が損われることのないよう,政策運営に+分の配慮をしていく必要がある。さらに長期的観点からみても,景気が回復したあと,後来通りの経済成長を再現すればよいと考えることもできない。

現在の日本経済にとつて最も大切なことは,この25年の成長の成果の上にたつて,真に内外均衡を達成しつつ経済社会の繁栄を実現できるように,新たな発展の体系をつくりだし,積極的に資源配分を転換していくことである。資源配分とは,人的資源,資本,土地,技術など成長の源となる要因を,どのような目的や用途のためにどう配分していくか,という問題である。それは,われわれの成長力をどのような目標にむかつて活用していくのが望ましいか,という成長のあり方に本来的につなかつた問題である。

戦後25年のわが国の経済は,民間の設備投資増大と輸出振興に資源配分上の大きな重点をおきながら,目ざましい成長をつづけ,幾多の成果をおさめてきた。技術革新が進み,生産力は量的・質的に格段の拡充を遂げ,対外競争力は強化され,国際収支の赤字は克服された。そして,雇用は増大し,健康で勤労意欲のある人たちはほとんど就業状態にあり,所得は上昇し,日本経済の宿命といわれた賃金の二重構造は解消に近づいている。また,経済力を基礎とした日本の国際社会における地位と役割も著しく高まるなど,国民の勤勉と企業の近代化努力は,日本経済の内外両面にわたつて開花し,結実しようとしている。しかし,社会資本や国民福祉の充実は,経済力拡大のなかで相対的に立遅れており,公害問題,物価問題,都市問題が切実化するなど,これまでの経済成長のあり方にはゆがみが生じている。また,国際収支は赤字基調を克服したあと黒字幅を広げ,新たな内外均衡の達成と,今後の資源配分のあり方が改めてとわれるようになつてきた。

これからのわが国の資源配分のあり方を考えるにあたつては,いくつかの重要な観点がある。

第1に,そして最も重視されることは,高度な国民福祉の積極的実現である。日本の国民1人当たりの製造業設備投資や輸出の水準は,現在すでにアメリカのそれと接近しているのに対して,1人当たりの社会資本ストックや社会保障の水準はかなり立遅れており,社会保障のうちでも老人年金の水準は低い。いまや工業力では世界一流の水準に達したわが国は,生活環境に密接に関連した公共投資の拡充を急ぎ,社会保障水準を意欲的に引上げることによつて,経済力に適応した国民福祉の充実につとめることが最も重要である。同時に,労働時間を短縮して先進国なみの週休制実施の基盤づくりにつとめるなど,賃金上昇ばかりでなく,均衡のとれた労働環境の積極的改善を前提とし,これに対応した資源配分のあり方が指向されねばならない。さらには,とくに重要性を高めている公害問題の基本的な解決に役立つような資源配分のメカニズムを,経済発展体系の内部に確立していくことが大いに望まれる。

高度な福祉の実現は,具体的には,急速な都市化のもとで起こつている公害,住宅難,土地問題,交通難,高物価,あるいは過密と過疎といつた現代社会の重要問題を克服していくことと相互一体的な課題である。

どの先進国でも都市化に関する悩みは複雑であるが,世界に類例のないスピードで人口の都市集中が進んでいるわが国においては,とりわけ,都市化社会への円滑な対応と福祉の充実のうえに,これからの資源配分の大きな重点がおかれるべきである。豊かな都市化社会をつくることに成功するかどうかは,今後の経済発展に限らず,社会文化,教育,政治などにわたつて多面的な影響を及ぼすであろう。

第2には,物価の安定のために労働力,資本,商品の流れを積極的に変え,資源配分のあり方を改めていかなければならない。物価上昇の度合は,基本的には資源配分が合理的に行われるかどうかによつて,きわめて強い影響をうける。わが国の物価問題には,一方で製造業の大企業部門の近代化が進み,卸売物価がどの国よりも安定的で,国際競争力が強化され,輸出が伸長しているのに対し,他方では低生産性部門の近代化が遅れ,消費者物価の上昇率はどの先進国よりも高いという,著しく対照的な関係がある。これは,労働力不足にともない,所得が各部門で一様に高い上昇をつづける経済において,生産性の面で大きな傾斜構造が残つていることが原因している。これまで大企業工業部門が実現してきた近代化の成功を,そのまゝの様式で同じ程度に低生産性部門の中小企業,農業や流通部門に望むことは,産業の特性などからむずかしい問題があり,また,サービス業のように生産性向上の余地が少なく,かつ輸入によつておきかえにくい分野もある。しかし,いままで通りの生産性の傾斜構造が定着してしまうならば,内外均衡への円滑な資源配分を妨げると同時に,国内に消費者物価の強い上昇圧力を定着させる結果となろう。したがつて,海外から割安なものが輸入される機会を積極的に広げる一方,低生産性部門内での選択的拡大による近代化を促し,労働力の転換をはかる方向で,物価問題にとりくんでいくことが,今後ますます要求される。そして,資源配分の合理的再編と適度な国民経済的な所得上昇率との円滑な結びつきをはかることによつて,物価安定を確実な軌道にのせていくことがせつに望まれる。

第3に,国際収支問題については,わが国の対外活動を日本の経済力にふさわしいものに充実していくことと,対外活動の拡大と国内経済の発展との間の釣合いを適切にしていくことにより,その解決をはかつていかなければならない。

まず,対外活動については,わが国の経済力に相応した援助や海外投資の拡充につとめることや,天然資源輸入の安定的,持続的拡大に努力することは,もちろん必要である。また世界の自由貿易体制を推進し,積極的に国際分業を進めるためには,現在のかなりの輸出超過型の貿易構造を改変していかなければならない。それには,輸入自由化や関税引下げの促進と同時に,これまでの天然資源輸入,製品輸出といつた日本の貿易発展の型をかえて水平的国際分業を推進し,加工品や製品の輸入を拡大していく方向で,貿易構造を高度化する努力をおおいに払うべきである。

輸出のあり方について,新しい行動原理を求めていかなければならない。これだけ輸出規模が大きくなり,しかも輸出が著しく高い伸びをつづけようとすれば,相手国の産業構造転換上の摩擦を強めがちである。そしてわが国の輸出超過幅が大きな国についても,輸入制限への動きを強めることにもなる。これらの点について,彼我相互間の円滑な貿易拡大が進むことが可能となるよう輸入機会の積極的拡大につとめる一方,短期的な輸出の高い伸びを実現するよりも,長期にわたり持続安定的な輸出市場の発展が可能な方向で輸出秩序を確立していくことが肝要である。

成長のための成長がありえないように,輸出のための輸出はありえない。国内の福祉水準を引上げ,公害解決のための環境投資を適切に行なうこととの釣合いのうえで,輸出を考えていかなければならない。そして,高度な国民福祉実現に資源配分の重点を求めながら,日本経済の内外発展の体系を新たに確立していくことが必要と考えられる。

以上にとりあげた資源配分上の課題は,日本経済が,戦後四半世紀の発展過程をひとくぎりとし,新しい政策体系のもとでこれからの繁栄を指向していくことの必要性を示唆している。これまでの政策体系は,国際収支赤字の克服,近代化の促進,完全雇用と所得水準の向上,そして日本経済の先進国化を大きな目標とした時代に,その有効性を発現した体系であつた。戦後の風雪の長い歴史をへて,いままでの目標を達成した日本経済は,高輸出,高設備投資型の経済成長から,高度福祉と新たな内外均衡のための新しい政策体系を確立し,これからの繁栄の扉を開くべきである。それは,日本経済のこれまでの四半世紀の成果を最もよく生かしていく道に通じるものといえよう。


[目次] [年次リスト]