昭和46年

年次経済報告

内外均衡達成への道

昭和46年7月30日

経済企画庁


[前節] [目次] [年次リスト]

第2部 経済成長25年の成果と課題

第3章 物価・所得上昇と資源配分

3. 生産性の傾斜構造

賃金所得や雇用者所得が平行的に上昇する一方で1人当たりの生産性上昇率は,財やサービスの種類によつて大きな傾斜構造がある。こうした生産性上昇率の傾斜構造は必然的に相対価格構造の変動をよび,生産性上昇の著しい工業製品価格が安定しているなかで,サービスなどのウェイトの高い消費者物価の上昇をよぶ。消費者物価を安定していくためには,工業製品価格などの安定を確保すると同時に産業構造を改善し,わが国特有の生産性上昇率の極端な傾斜構造を是正していく必要がある。

(1) 製造業大企業部門の生産性上昇

30年代,40年代を通じた生産性の上昇の著しかつたのは,主として製造業大企業であつた。もちろん,「製造業大企業=高生産性」というのは説明のための一つの単純化であり,これらの業種のなかでも繊維や食料品のように比較的生産性上昇の鈍いものもあるし,また逆に製造業中小企業のなかには電子部品産業のように生産性上昇率の高かつたものもある。また非製造業でも電力業などでは生産性上昇が著しい。しかし,大観すれば日本経済のなかで生産性上昇の高かつた分野は製造業大企業であつた。この結果,製造業の規模別1人当たり出荷の動きをみると( 第112図 ),大企業では高い生産性上昇を背景に物価が安定し,出荷額と出荷量(40年価格出荷額)が平行的に上昇している。一方,中小企業では1人当たり出荷量の伸びが遅れ,物価上昇によつて1人当たり出荷額の伸びが確保されるかたちとなつている。

(生産性上昇の要因)

昭和30年代は技術革新の時代といわれ,製造業大企業を中心に生産性の著しい上昇がみられた。特筆すべきことは,40年代にはいつてからの生産性上昇テンポがさらにこれを上回つて急速であつたことである。

製造業の大企業においてこのように労働生産性が高い上昇を示したのはなぜだろうか。実質付加価値生産性によつて40年代の労働生産性の動きをみたのが 第113表 である。製造業平均で年率15%の上昇をみせているが,とくに石油化学製品,自動車,通信機械。民生用電気機械などの生産性上昇率が高い。

労働生産性(1人当たり実質付加価値)は資本装備率(1人当たり資本ストック)と設備効率(資本ストック当たり付加価値)の動きによつて説明できる。製造業の資本装備率は40~44年の間に年率6.8%の上昇を示しており生産性上昇に対し5割前後の寄与となつている。業種別には石油精製,普通鋼,石油化学製品などで装備率の上昇が著しい。

(設備効率の上昇とその要因)

しかし,大企業の生産性上昇によつて,きわめて重要なことは,40年代に設備効率が大幅に改善したことである。製造業大企業の設備効率は年率7.7%の改善を示し,とくに石油化学製品,セメントのほか各種機械工業で改善が著しい。前述 第112図 から明らかなように中小企業では設備効率が低下傾向にあり,労働生産性の上昇が遅れがちであることと著しい対照をなしている。

大企業の設備効率の改善がみられた第1の要因として,景気の中期循環的要因が働いた点をまず指摘しなければならないだろう。30年代の旺盛な設備投資により,30年代後半の資本ストックの伸びはかなり著しいものとなつていたが,30年代後半の景気の回復は弱く設備の十分な稼働をもたらすものではなかつた。40年代にはいると大型景気の好影響を受けて設備が全面的に有効利用されるようになり,設備効率の向上に寄与することとなつた。稼働率上昇による設備効率の改善分はとくに普通鋼,金属製品で大きくあらわれている( 第114表 )。

第2の要因は,40年代にはいり新しいタイプの技術革新が進んだことである。30年代には主として生産工程の合理化を中心に技術革新が進んだが,40年代には生産工程だけでなく,受注,販売,在庫,企画など企業システム全体としての合理化が進められた。これにはIE(インダストリアル・エンジニアリング),OR(オペレーションズ。リサーチ),SE(システムズエンジニアリング)など各種管理技術の発達とコンピュータの普及が大きく貢献している。とくに,自動車,鉄鋼など近年設立された新工場には受注,材料部品請求,工程管理,出荷作業命令などコンピューターによる一貫集中管理方式の採用がみられ,生産性の向上に寄与している。もちろん生産技術の進歩や規模の利益などにより直接生産部門でも労働生産性が大幅に上昇している。たとえば,鉄鋼業の高炉製銑部門の生産性は,40→44年間に年率18.8%の高い上昇を示したが,これは高圧操業,原料事前処理等における技術進歩によつて出銑比が向上したこと,炉容積拡大による生産性の向上がみられたことなどが大きく影響している( 第115表 )。

また,自動車産業や工作機械について,30年代には機械加工工程(プレス,トランスファマシン)の合理化が中心であつたが,40年代にはいつてからは組立工程の合理化が進んでいる。総組立工程の合理化は工作機械への材料供給,熱処理などの自動化,ならびに生産全体のシステム化が進んだことを示すものである( 第116図 )。

以上のほか,30年代には一部企業にのみとり入れられていた技術革新が広範化したことも,産業全体としてみた生産性上昇に貢献している。

第117表 物的生産性上昇率階層別の価格,生産性,賃金等の動向(中小企業製造業)

(2) 中小企業の生産性

製造業大企業部門を中心に生産性の著しい上昇がみられる反面,中小企業部門では概して生産性上昇が遅れがちとなり,物価は上昇傾向をつづけた。

(生産性上昇のおくれる要因)

中小企業の生産性上昇が遅れる第1の要因は,中小企業製品のなかには需要の伸びが低り,生産量拡大による生産性上昇が困難なものがかなりあることである。 第117表 から明らかなように,生産性上昇率が高いのは,合板,じゆうたんなど需要の伸びの高いものであり,事業所数,従業員数が増加しながら生産性の上昇がみられる。学生服,建具などでは需要の伸びも低い生産性上昇率も低い。生産性の上昇率にはこのように格差があるにもかがわらず,1人当たり人件費の伸びはほゞ同程度であり,価格の変化が,こうした生産性上昇率と賃金上昇率のギャップによつて生じていることがわかる。

第2の要因は,需要の高級化・多様化によつて,量産化が困難なものや人手をいつそう必要とするようになつている商品が多いことである。ファッション性の高い婦人子供服や皮製品,身のまわり品雑貨などは,所得弾性値が高く大量生産にも適さず生産性の上昇が遅れがちである。 第118表 にみるように,繊維二次製品の価格構成の動きをみると,人件費上昇もあつて卸売,小売マージンが拡大していると同時に,高級化などの影響もあつて,染色整理,縫製でのマージンが下がりにくくなつている。また当庁で行なつたアンケート調査によつても,売上高増加のうち,生産量増大と価格上昇の寄与の産業別割合をみると,人手に依存する度合いの高い繊維などでは価格に依存する割合が高い( 第119図 )。

第3は,中小企業のウェイトの高いサービス業ではそもそも生産性が上昇しにくい性格があることである。とくに各種の対個人サービスなどは,労働投入そのものがサービスを意味している場合があり,生産性向上は成立しにくい。経済の高度化により,サービス・エコミーのウェイトが上昇すると,こうした要因から物価が上昇することになる。

中小企業においても,合理化投資など生産性向上のために大きな努力が払われていることは事実である。中小企業の資本装備率は上昇しているが,すでに述べたような要因によつて前掲 第112図 からも明らかなように,設備効率は低下傾向にあり生産性向上ははかばかしくない。このように中小企業には単なる資本投下だけでは生産性向上を実現しにくい分野があることに留意する必要がある。

(経済成長と中小企業)

中小企業を生産性上昇率との関係から検討すると以上のとおりであり,中小企業が概して規模の利益の働きにくい分野で活動していることがわかる。もちろん,中小企業のなかには,量産効果の働く成長商品を手がけて中堅企業や大企業に成長した企業もあるし,新しい技術や商品を開発して高い生産の伸びを実現している中小企業も多い。

第120表 は製造業について中小企業の活動分野と業種との対応をみたものであるが,①新しく多様化された需要が生まれた業種(新聞業など),②技術・設備が中小企業にも波及した業種(楽器,レコード,セメント製品など)。③最終製品が複雑し,部品数がふえた業種(民生用電気機械,事務用機械など)で中小企業の活動分野が広がつていることがわかる。また,中小企業の活躍が目立つ産業分野について,1人当たり出荷額,付加価値などの企業規模による格差をみても,中小企業と大企業の格差は小さく,中小企業が企業規模による不利益の少ない分野で活動している面もみられる( 第121表 )。

以上のように経済成長のなかでの中小企業の姿を検討してみると,一概に中小企業といつても業種は多岐にわたつており,産業としての性格は異なつていることがわいる。また経済構造の変動で中小企業問題も大きく変つているといえる。かつて中小企業は低賃金に依存して成立していたとみられるが,高賃金が一般にした現在でも,非効率な中小企業が淘汰されるなかで新しい中小企業が生まれ,わが国経済に占める中小企業の重要性にはほとんど変化がみられない。

物価と中小企業との関係についても,中小企業を単純に一括して考え,すベての業種について大規模化,資本装備率の引上げによる生産性上昇を通じて物価問題の解決を進めることは妥当でない面があろう。今後の物価対策の重点は,中小企業との関連では産業構造の適切な転換に留意しつつ,量産効果が働き企業規模拡大によりコストを引下げうる部門におかれなければならないといえよい。

(3) 農業の生産性

農業でも生産性の伸びが低く価格上昇によつて所得がカバーされている面がかなりある。農業部門の労働生産性は35~44年度間に,農業就業人口の年率3.8%にもおよぶ減少や,農業機械の普及等技術進歩によつて年率5.9%の上昇を示した。しかし,非農業部門とくに製造業部門の同期間10.8%の上昇に比べるとはるかに低い。なお就業者1人当たり純生産により農業の生産性を比較すると44年度で製造業に対し33.7%,非農業に対しては34.1%となる。この格差は資本装備の差にも示され,43年には大企業の就業者1人当たり資本装備額に対し,農業は16.3%,また中小企業に対しては63.2%である。

農業の生産性上昇率が低いのは,農業生産の特性による面もあるが,資本効率を十分にあげないような零細な農家が大部分を占めていることにもよる。総農家数(都府県)のうち1.5ヘクタール未満の農家数は86.4%に及び,しかも経営規模が小さいほど兼業農家が多い。これら兼業農家の農業固定資本は37~43年度間に年率16.1%増加したが,資本効率(資本あたり純生産額)は年率3.3%低下した( 第122図 )。これは経営規模が零細なため,投資を行なつても投資効率を上げえないことを示すものである。こうした兼業農家(北海道を除く)は,総農家数の約85%,総耕地面積の約80%,農業粗生産額の約75%農業専従者の約70%を占めているのである。農業の生産性上昇率の低さはまさにこうした農業の生産構造に原因がある。

農業生産性が低いなかで,兼業農家が農業の縮小や転換を急速に進めないのは,土地価格の上昇によつて土地の資産的保有がはかられていること,老後の社会保障が十分でないこと,人夫・日雇いなどの兼業がかなりあること,また一方において,稲作所得の上昇があつたことなど複雑な要因がからみあつているからである。農業の生産性向上には,耕地および資本規模の拡大,生産の組織化,労働力の転換など総台的対策の展開が課題になる。

(4) 傾斜構造克服への道

すでにみたように,中小企業性消費財,農産物などの生産性上昇が遅れがちなのは,それぞれの商品についての需要条件,技術条件などが違うことがかなり影響しており,成長経済では生産性上昇率に格差が生ずるのはある程度やむをえない面があることがわかる。しかし現在みられるような極端な生産性の傾斜構造には制度や政策の立遅れによつて生じている面もあり,これらの改善を通して傾斜構造をならしていくことが出来よう。

(資金流通の確保)

まず必要なことは,低生産性部門の生産性向上につながるような資金の流れを確保することである。中小企業部門への資金は最近しだいに円滑に流れるようになつているが,今後はより具体的に生産性向上につながるよう政策面でも考慮していかなければならない。

第123図 企業規模別にみた金利

30年代の経済成長期にあつては,都市銀行と大企業を中心とする資金の流れが主流となつて中小企業部門への金融はとかく圧縮されがちであり,これが,これら部門への投資を遅らせた面があつた。政府金融機関による政策金融はこうした事態に対処する手段であつた。さいわい,こうした努力に加え,民間金融機関も中小企業貸出にしだいに積極的になる傾向があり,中小企業におけるファィナンシャルギャップは縮小しつつあるといえる。 第123図 は,企業規模格差によるファィナンシャルギャップをみるために,企業規模別に借入金利の水準をみたものである。30年代後半(37~39年)の金利格差をみると,大企業と中規模企業,小規模企業の金利には大きな格差がみられ,とくに卸・小売業,サービス業,不動産業で目立つている。しかし40年代前半(41~44年度)には中規模企業の金利が大幅に低下し,大企業との格差がかなり縮小している。小規模企業ではあまり金利の低下がみられないが,借入量が確保しやすくなつたという変化がみられ,それ以上の規模の企業を上回る借入の増加となつている( 第124図 )。

中小企業の金融難がしだいに解消されてきているのは,45年度本報告でも指摘したように,中小企業自身の成長が著しい企業体質も強化されたこと,中小企業金融機関の預金吸収力が強かつたことなどのほか,都市銀行等が収益性を重視する貸出態度となり,メリットの大きい中小企業に積極的に資金を供給するようになつたことなどによる。しかし,金融がつきやすくなつた中小企業のなかには物的生産性の向上をはかつたばかりでなく需要の高級化・多様化に対応することによつて収益をあげてきたものがかなり多かつた。

このため,低生産性部門への資金の流れが豊かになつたにもかかわらず,生産性上昇率には大幅な格差があり,それらの部門を中心とする物価上昇がつづいている。したがつて今後,政策金融などを通じて,低生産性部門の生産性向上をはかり,物価安定を実現していくためには,次にみるような構造対策の推進とあわせて,より具体的に物的生産性向上につながる金融に,政策金融,制度,行政の重点をかえていかなければならないであろう。

(構造政策の推進)

低生産性を克服していくうえでは,各種の構造政策を推進していくことも重要である。

第1は,集約化・システム化等による規模の拡大,生産性の向上を積極的に推進するとともに,それを妨げているような各種制度,政策をあらためていくことである。一部の消費財にみられる合理化・近代化をさまたげるようなカルテル行為や農業近代化の支障となる制度などをあらためていかなければならない。また一部の消費財販売にみられる再販価格維持制度については,物価対策の観点からも常時見直しを行ない,所要の整理を行なつていく必要がある。さらに,国際化に対応して自由化や関税引下げなどを通じて,輸入をふやし,その面からの物価安定を促進していく必要がある。

第2は,政策的に大量消費・大量流通を促進することによつて,需要の細分化・多様化からくる生産性上昇阻害要因を克服することである。所得水準の上昇はある程度必然的に消費財,サービスの高級化・多様化をうながす面をもつているが,生活の基礎となるような物資やサービスが企業の利潤動機によつて必要以上に多様化されていくことや,消費者の購買慣習の立遅れによつて少量購入となり高コスト化されていくことは各種政策によつて防いで入がなげればならい。このための各種流通組織の育成,消費者教育の推進などが必要であろう。

第3に,中小企業,農業部門などでも生産性向上のための技術革新を推進していくことである。

中小企業の投資効率が低いことは産業組織上の問題も大きいが,技術面の立遅れもかなり影響しているものとみられ,今後政策面でも努力の余地があるといえる。政府による技術開発も今後は省力化技術など物価安定のための技術開発を重視していく必要があろう。また,これら低生産性部門における技能労働者の不足は著しく,これがこれまで技術開発の成果を生産面に生かすうえでの大きなネックになつている。このため技術者,技能者などの人材の養成,確保に対しても今後は十分な配慮が必要であろう。