昭和46年

年次経済報告

内外均衡達成への道

昭和46年7月30日

経済企画庁


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第1部 昭和45年度の日本経済

第2章 景気基調の変化

1. 長期好況から景気後退へ

(1) 好況から後退への3つの時期

44年9月,景気過熱を防ぐ目的で国際収支黒字下の金融引締めが開始された。それ以後の景気情勢は,つぎの3つの時期に分けてみることができよう。

第1の時期は,引締め措置がとられた44年秋から翌45年の春ごろまでの期間である。この間,金融引締めは企業金融面にしだいに浸透していつたが,経済実体面には影響があまりあらわれず,速いテンポの経済拡大がつづいた。44年末の需給ギャップ(余裕供給力の総供給力に対する割合)は,岩戸景気の35~36年時に匹敵するほどの低さとなり,企業は積極的な在庫積増しを図るなど強気の態度をとつていた。

第2の時期は45年春から夏にかけてである。春季賃金交渉妥結額も前年度を大幅に上回るなど賃金上昇の加速が目立ち,企業も高操業下の好決算を残し,個人所得上昇面から消費ブームの様相もうかがわれるなど,好況感はなお持続していた。そして大阪で開かれた万国博は,3月から9月にわたる会期中の入場者総数が6,400万人に達するなど予想を上回る盛況を呈した。しかし,その反面では,45年春から夏にかけて,出荷の停滞,製品在庫の増大,機械受注の減少,商品市況の軟化,労働力需給の緩和など,景気基調の潮の変わり目を予想させる指標が次々にあらわれはじめた。

第3は,45年秋から46年春にかけての時期であつて,景気鎮静化が明らかになるなかで,45年10月に公定歩合が引下げられ,金融引締めが解除された。とくに45年秋の景気指標の落込みはかなり急速で,景気後退の様相が明確となつた。46年にはいり,1月,5月に公定歩合が引下げられ,金融緩和も進展し,また輸出の著増や財政支出の増加など景気の下支え要因もみられはじめてきた。カラーテレビなど一部の業種には底入れのきざしがみられなくもない。しかし,資本財,生産財部門の不振はつづいており,現在までのところ産業活動はまだ回複するにいたつていない。

こうして45年度の景気は,好況から後退への局面変化を示したが,その間の推移を主要指標の動きによつてあとづけておこう。

(2) 生産停滞と製品在庫増大

(生産・出荷・在庫の動き)

景気基調の変化には,鉱工業出荷の停滞と製品在庫の増大に集約的にあらわれた。45年の春ごろから出荷の増勢はとみに鈍化し,鉱工業生産が生産能力の増大や企業の強気の態度を反映して堅調をつづけるのと著しい対照をなすにいたつた。伸び悩む出荷と強気の生産活動のギャップから製品在庫は大幅な増加をつづけた( 第2図 )。

このような状況に対して企業は生産調整をはかつた。45年7月には板紙,8月にはカラーテレビ,電気銅,11月には粗鋼,自動車,46年1月にはポリエステルなど,産業界には次々に減産の波が広がり,鉱工業生産指数は,夏以降横ばいとなつた。しかし出荷も停滞色を強めたため,両者のかい離は縮まらず,製品在庫の累増が目立ち,在庫率指数(昭和40=100)も45年3月の89.0から11月の112.8へと,ほぼ一貫した上昇傾向をたどつた。

このように,出荷の停滞に対応した生産調整の動きが広がつた,それにもかかわらず,製品在庫の増勢はすぐには収まらなかつた。これは,生産調整自体が関連産業への需要減となつてあらわれ,全体としての出荷停滞を強める働きをもつているからである。とくに鉄鋼,化学など生産財部門では,大型設備の稼働率を落としにくいという事情に加え,生産調整の影響が産業間波及の過程で増幅してはね返つてくる度合が強いため,生産と出荷がともに弱含みとなる形がつづき,製品在庫率の上昇が長びいている。また資本財産業の生産・出荷はおくれて調整がはじまり,46年にはいつて弱含みとなつている。これに対してカラーテレビなど消費財部門では,45年の需要減退の影響で秋口には在庫率が急上昇したが,その後は内外需の持ち直しから在庫率は低下傾向を示している( 第3図 )。

鉱工業全体では,これらの動きが相殺しあつて,生産・出荷は両者のかい離をやや縮小しつつ,大勢は横ばいに推移しており,景気後退の過程から脱却するにいたつていない。

(設備投資先行指標の動き)

企業の設備投資意欲の鎮静化は,より早目にあらわれた。機械受注(船舶を除く民需)は,45年2月をピークとして低下に転じ,とくに45年秋には減少幅が拡大した。機械受注の大幅減には製造業の投資意欲の減退がとくに影響し,電力や海運など非製造業の投資基調は根強いままで推移している建設受注(民間)や建築着工(鉱工業専用)もまた45年秋にはいつて急減した。これらの先行指標には45年末から46年初めにかけていくぶん持ち直しの動きがみられたが,なお低水準に推移している。

(3) 市況軟調と好況決算の終焉

(市況の軟化)

45年初めまでは需給ギャップのひつ迫が目立つたが,その後需給ギャップは拡大に転じた。この動きを反映して,商品市況は45年春ごろから軟化しはじめ,卸売物価も4月をピークに反落した。反落のきつかけをつくつたものは,海外相場の値くずれに追随した銅など非鉄金属(年度中22.0%下落)であつたが,鉄鋼(10.5%下落),紙(1.2%下落),木材(2.3%下落)など主要市況商品はいずれも軟化している。用途別分類でみれば,生産財の値下がり(2.8%低下)が卸売物価全体の低下に大きく影響しており,消費財は食料品の上昇もあつて,年度中は3.5%上昇した。( 第4図 )

今回の景気後退期には,需給ギャップ率の開きが40年不況当時より小さいにもかかわらず,卸売物価の低落は40年不況当時より大きかつた。これは,むしろ40年当時に海外銅相場の高騰に追随した非鉄金属価格の上昇や長雨による食料品の値上がりなど特殊な要因が働いて,不況のわりに卸売物価があまり下がらなかつたという事情がある。また当時は37年の景気後退以降の中期循環の調整過程にあり,多くの企業は不況抵抗力が乏しく,コスト面からも工業品物価が下がる余地が今回よりも少なく,カルテルの結成などが行なわれ価格引下げに対する抵抗が強かつたこともみのがせない。

(企業収益の悪化)

生産の停滞と市況低下のなかで企業収益も悪化した。主要企業についてみる,45年度上期は売上高8.7%増,純利益3.9%増と増勢は鈍化し,下期は売上高4.6%増,純利益10.1%減となつて10期連続の増益決算に終止符を打つた。製造業では鉄鋼,紙・パルプ,合繊,耐久消費財産業の収益低下が目立つている。これに対し,非製造業では45年度下期にも増益基調をつづけ,製造業と明暗をわけている。

企業収益の不振は,製品需給の悪化から製品価格が弱含みとなり,荷動きの停滞から売上高の伸びが弱まる一方,稼働率が低下して人件費,資本費コストが増加したためである。過去の景気後退期とくらべると,37年当時は設備投資ブームの反動で資本費コストの増加が大きく,40年当時は資本費よりも人件費コストの増大が目立つた。今回の景気後退期には,資本費,人件費の両コストがおしなべて増大している点が特徴である。とくに売上高に対する人件費比率は最近では40年当時を越える高さになつている( 第5図 )。

景気と賃金の動きには時間的ずれがあり,景気後退期には賃金の強い上昇圧力が残り,回復期には賃金上昇が遅れるという傾向があるので,人件費コストの上昇は景気循環の一局面の問題として判断すべき点もあることは否定できないが,損益分岐点売上高比率もかなり高くなつており,今後の賃金上昇が大幅だと企業経営はかなり圧迫されよう。

もつとも,現時点における企業の不況抵抗力については,これまで増益期間が長くつづいたあとだけに,企業の内部蓄積は手厚く,40年当時とは若干異なつているとみられる。また,これまでの景気後退期に比べれば,総資本収益率は高く,配当性向も低い。

なお,企業倒産件数は,45年春以降増勢を強めたが,46年にはいつて金融が緩和するにともない,しだいに減少傾向を示しはじめた。

(4) 労働力需給の緩和

労働力需給指標は早くから景気基調の変化を反映した動きを示している。まず製造業の所定外労働時間は44年9月の引締め開始時から減少しはじめ,全産業でも45年にはいつて減少に転じた。また,45年にはいると求人の減少,求職の増加がみられるようになり,常時雇用もしだいに増勢を弱めて46年初めより減少に転じた。労働市場の需給のゆるみ方はかなり急速で,有効求人倍率は45年2月の1.46倍から46年5月の1.15倍にまで低下した。こうした労働力指標の落込みは,過去の景気後退期に比べれば緩やかではあるが,労働力不足基調が強まつている現段階にあつては,かなり顕著であつたといえよう。このような労働力需給の緩和の背景としては,長期好況下の大手求人産業であつた電気機械,自動車,鉄鋼などで雇用吸収力が弱まる一方で,求職側では,米の生産調整の影響も加わつて出かせぎの増加など農家からの人口流出テンポが高まつたこと,景気後退によつて離職者がふえたこと,などが影響している。耐久消費財産業,鉄鋼業の不振などは,今回の景気後退の特徴であるが,これらが労働力需給の緩和にも相当の影響をあたえていることが知られる。

(5) 所得と消費の動き

45年にはいつて景気の実体的基調がしだいに変化していくなかで,年度前半についてはとくに所得増大の加速化が目立つた。45年の春季賃金交渉妥結額は前年をさらに上回り,基準内賃金に対し18.3%の高い賃上げ率となつた。日銀券(平均残高)も前年同月を20%前後上回る水準で推移し,百貨店販売額も,万国博の影響も加わつて,前年同月を20%前後上回る増勢をつづけた。年度前半の好況感持続は,経済実体の拡大より以上に,こうした所得の膨脹や消費の活況にささえられていた面が少なくない。

しかし景気後退の影響は,その後夏季賞与の伸び率低下などにあらわれはじめ,夏季と冬季の特別給与総額は18.1%上昇および18.0%上昇と,44年度の23.5%および23.3%の伸びを下回つた。月々の賃金の動きをみても,所定外労働時間の減少などを反映して増勢は年度後半にかけて落着き気味となつた。また年度の後半には,百貨店販売額も17%台に収まつていつた。

45年度を通じでみれば,現金給与総額は17.3%上昇し,昭和27年以来の最高の伸びとなつた。そのうちわけをみると,所定内給与は44年度の14.1%から45年度の17.8%へと上昇率を高めた。これに対いて,超過勤務給は景気後退による労働時間の減少を反映して,44年度の15.6%上昇から45年度には11.9%上昇となつた( 第6表 )。

(6) 景気の総合的指標の動き

45年度景気の動きを当庁「景気動向指数」によつてみると( 第7図 ),引締め後も高水準をつづけてきたが,先行系列は45年5月から50%ラインを下回りはじめ,総合系列でも9月には50%を割つて,長期好況が終り,景気が全体として後退局面に移つたことを示唆している。また当庁「景気警告指標」の総合指標の動きをみると,引締めのはじまつた直後の44年10~12月期が過熱の最頂期であつたが,45年の5月ごろから過熱的領域(赤信号)を脱し,9~11月ごろには鎮静化領域(青黄信号)に移行し,12月以降は半年以上停滞的領域(青信号)をつづけている。引締めの解除が行なわれた45年10月は,景気動向指数が50%を割つてから2か月目にあたり,また景気警告指標がしだいに鎮静化領域に転じていく時期と符号している。45年末から景気警告指標は青信号で横ばつており,また景気動向指数も総合で50%を下まわつて推移している。