昭和45年

年次経済報告

日本経済の新しい次元

昭和45年7月17日

経済企画庁


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第2部 日本経済の新しい次元

第2章 インフレなき繁栄

1. 物価問題の所在とその要因

(1) 騰勢を強める物価

わが国の物価は近年騰勢を強めている。まず,消費者物価は30年代の後半に年平均6.2%の大幅上昇となり,40年代に入つてやや鈍化のきざしがみえたものの,近年ふたたび騰勢を強め,44年度には6.4%の上昇を記録した。また,卸売物価は30年代には年平均0.4%の上昇にとどまり総じて安定的であつたが,40年代に入つてからは傾向的に上昇をつづけ,44年度中は5.0%の急上昇となつた。

こうした最近の物価の動きの中でとくに注目されるのは,これまでわが国の物価上昇の特徴であつた「消費者物価と卸売物価のかい離現象」は後退し,卸売物価と消費者物価が併行的な上昇を示すようになつたことである。わが国の物価上昇を先進国のインフレ現象と対比してみると,わが国の場合,実質経済成長率の歩留りが高いという特色があり,物価上昇の背景にある経済構造をみても,先進国的な意味での完全雇用の状態にはないなど大きな相違がある。しかし,(1)卸売物価と消費者物価の併行的上昇がみられるようになつたこと,(2)卸売物価上昇の背景に賃金コストの上昇が進行していることなど,しだいに先進国型のインフレーションに近似した姿を示すようになつている。

こうした消費者物価,卸売物価の上昇に加え,地価の上昇もこのところ目だつている。地価は30年代半ばに急騰したあと,40,41年と比較的落着いていたが,42年以後住宅地価格を中心にふたたび著しく上昇をはじめ,43年度中17.2%,44年度中19.7%の大幅上昇となつた。

(2) 物価上昇の背景

a. 生産性上昇率格差による物価変動

成長経済で物価変動が生ずる基本的要因の一つは経済部門別の労働生産性上昇率に格差がある一方,所得が平準化傾向にあることである。

第118図 生産性と賃金上昇率,産出価格の動き(43年/35年)

第118図① は部門別の労働生産性上昇率と賃金上昇率をみたものであるが,労働生産性上昇率には部門別にかなりの差があり,たとえば35年から43年についてみると石油・石炭,化学などの業種が高い上昇率を示している反面,運輸・通信業などは低い上昇にとどまつている。一方,賃金上昇率は,労働生産性上昇率の格差にかかわりなく比較的画一的な上昇を示している。こうした生産性上昇率の格差と賃金上昇率の画一性の結果として,経済部門別の労働コストの動きに差が生じるようになり,産出価格の相対関係も変動することになる。 第118図② は産出価格の変動が労働生産性上昇率の格差をかなり反映していることを示している。また,生産性上昇率格差による相対価格の変動は,生産販売活動が主として個人業主によつて行なわれている第1次産業や第3次産業の産出価格についても生じている。

第119表 所得,生産性,価格の動き

これは個人業主所得も賃金所得や法人経営者所得と平準化する傾向があり,さらに農林業業主所得については価格支持制度のもとで政策的にも所得補償が重視されてきたことになる。一方,これら産業では生産性上昇にも限界があつたため,相対価格が上昇する結果となつた。 第119表 で明らかなように,35~40年 40年~43年いずれの期間においても,第1次産業,第3次産業の生産性上昇率は低く,第2次産業の生産性上昇率との間にかなりの差がある。それにもかかわらず,所得上昇率はむしろ第1次産業および第3次産業の方が高く,結局これら産業の価格があがるという形で相対価格の変動が生じる結果となつている。

b. 物価水準の上昇

以上にみた生産性上昇率格差による物価変動は,価格体系の変動を説明するものではあつても物価水準の上昇を説明するものではない。

総合的な物価水準は総需要の増加テンポや,労働需給などによつて決まる名目所得・賃金と国民経済全体としての生産性上昇率との相対関係に依存する。また,卸売物価,消費者物価はそれぞれの背後にある生産性と所得に結びついている。30年代の後半は価格体系の大きな変動のなかで,卸売物価は全体として安定を示し,消費者物価が大幅上昇をつづけるというかたちをとつた。

30年代後半に卸売物価が安定していたのは,第2次産業の平均所得上昇率(35~40年で10.2%)が平均生産性上昇率(同10.0%)と,ほぼ見合つていたためである。その反面,第1次,第3次産業の平均所得上昇率が急速な部門間の所得格差縮小の動きを反映して,第2次産業をかなり上回る上昇を示す一方,これら部門の生産性の伸びが低かつた結果,消費者物価は大幅な上昇となつた。また,第2次産業部門では,労働力不足を背景に中小企業で賃金上昇率が著しかつた反面,大企業では賃金上昇率が比較的落着いていたため,中小企業性の消費財などで値上がりが著しく,大企業性の生産財など卸売物価にウエイトの高い分野では値下がり傾向を示した。

40年代に入ると,強い総需要圧力と労働力不足の影響で,経済全体としての所得の上昇率が35~40年の13.8%から40~43年には15.2%へと高まりをみせた。しかも所得上昇テンポがそろつてくる傾向が生じ,製造業においても生産性の上昇率を上回るようになり,卸売物価も消費者物価と同時に上昇する結果となつている。策2次産業のなかをみると所得の伸び(40~43年で13.7%)が生産性の平均的上昇率(同12.8%)を上回るようになり,しかも企業規模間で上昇テンポに格差がなくなつたため(昨年度本報告参照),大企業性製品にも賃金コスト圧力が生じるようになつた。

c. 原材料コストなどの影響

以上は物価変動を生産性上昇率格差と所得および賃金の動きから説明したわけであるが,もちろん個々の物価変動はその産業の原材料コスト,需給関係や物価政策などによつても影響を受ける( 第120表 )。

たとえば農水産物では,40年以降には米が供給過剰気味となり,非配給米の価格も政府売渡し価格に追随するようになつた。

生鮮食料品は自然条件の変化よる生産量の変動が著しく,短期的な価格変動は生産性やコストの動きからは説明できない。しかし,長期的には他産業の賃金水準や米作労働単価などが生鮮食料品生産の労働費用水準に影響を与え,生鮮食料品価格に反映される傾向にあるようにうかがわれる。

サービス価格も政策要因が大きい。サービス価格のうち公共料金は物価政策上の観点から決定される場合が多く,39年の一律ストップを含めしばしば消費者物価の抑制手段に利用されてきた。しかし,賃金と資本費の上昇を主因とするコストの上昇傾向から,40年,41年にはあいついで引上げを余儀なくされている。この結果,40年以降についてみると,公共料金はコストの動きを反映する度合いが強まつた。

工業製品では,原材料コストの動きも個々の価格変動に少なからぬ影響をもつている。まず,加工食料品は割高な農水産物を原料としている場合もあり,原材料コストも増加傾向にある。また,繊維製品,耐久消費財などその他製品でも,食料品ほどではないが原材料価格の上昇が価格上昇圧力になつている(卸売,消費者物価の用途別,規模別推移については 付表7 参照)。

以上の点を総合してみると,経済全体としては生産性と所得および賃金の相対関係が物価水準を支配するといえるが,具体的な物価変動には米価,輸入政策などの政策要因や,後にみるように海外インフレが大きく影響しており,物価安定策はこれらの要因を充分考慮に入れなければならないことがわかる。

(3) 地価上昇のメカニズム

地価は戦後インフレが終息したあとも,高度経済成長の本格化,都市への人口集中を背景に高い上昇をつづけている。戦前についてみると,経済成長の過程で地価はむしろ卸売物価,消費者物価の上昇を下回つていた( 第121図 )。

こうした地価上昇(とくに宅地価格上昇)の原因は基本的には,活発な住宅建設にともなう宅地需要や公共用地需要,工場用地需要が著しい増加をつづける一方,供給が不足していることによるものである。住宅建設にともなう宅地需要が著しいのは,①都市への人口集中や核家族化の進展によつて都市地域での世帯数増加が著しくなつていること,②所得上昇によつて居住水準の向上意欲が高まつていることなどによるものである。

宅地の供給が不足したのは,基本的には有効な都市政策が行なわれなかつたことによるところが大きいと思われる。また,たとえば①交通関連および生活関連の社会資本の整備が遅れ,宅地の新規供給が進まなかつたことがあげられる。私鉄資本による鉄道建設が進まなかつたのは,輸送需要の構造変化など鉄道それ自体の性格や,鉄道運賃の抑制によつて新線経営の収益性が必ずしも高くなかつたことなどによる面が多い(32年以降10年間に首都圏の鉄道営業キロ数は地下鉄を除けば5%を下回る増加にとどまつている)。また,宅地供給が進まなかつたことには,都市周辺農地の宅地化がそれほど進まなかつたことも影響している。さらに②強い地価上昇期待のもとで,機会利子率を考慮しても土地固有の性格として,維持管理費負担が少なくてすむことから,土地の持越費用負担(維持管理費・各種税負担等)が相対的に軽く,遊休地の売却圧力がかからなかつたことがあげられる( 第122図 )。③借地法,借家法などによる借地,借家権の保護のもとで,土地の収益・処分権の著しい制約が生まれ,高層集合住宅などによる土地の有効利用や流通が円滑に進まないことも影響している。

第120表 消費者物価の上昇要因

こうした需給のアンバランスがもたらす地価の高騰のなかで,住民は入手可能な土地を求めてしだいに遠隔地に土地を求めるようになつている。

しかも,こうした通勤の遠隔化は,交通至便な既成市街地にプレミアムをもたらし,さらに地価上昇をうながす一因になつている( 第123図 )。さらに,長期にわたる地価上昇傾向が将来の値上り予想を生み投機的動機による仮需要の増大をもたらし,これが地価上昇に拍車をかけている点も無視できない。

以上のように地価の上昇は,経済成長にともなう土地需要の増大に,各種の制度,慣行さらに政策的要因が複雑にからみあつて生じたものであり,その解決は必ずしも容易ではない。しかし将来における地価上昇期待が土地の仮需要を強め,地価水準を高める大きな要因となつている事を考れば,地価問題に対する確固たる政策の実行は地価上昇期待に水をそそぎ,地価抑制に大きな効果を持つているといえよう。


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