昭和45年

年次経済報告

日本経済の新しい次元

昭和45年7月17日

経済企画庁


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第1部 昭和44年度の景気動向

第2章 長期繁栄の迎えた試練

3. 強まつた物価の騰勢

(1) 卸売物価の持続的上昇

43年8月の金融緩和後上昇傾向に転じた卸売物価は,44年春以降上昇テンポを速め,45年4月で15ヵ月間の連騰を記録した(これまでの記録は朝鮮戦争時の14ヵ月間連騰)。この結果,44年度の上昇率は年度平均3.2%,年度間5.0%となつたが,これは31年度(年度平均6.2%,年度間7.0%)以来の大幅な上昇である。

その内容をみると,上期に全般的に騰勢が強まつたが,とくに鉄鋼,非鉄金属を中心とする大企業性製品の生産財が著しい上昇を示した。下期に入るとこれらに繊維品,紙・パルプ・同製品,木材・同製品など中小企業性製品の高騰が加わり,卸売物価の騰勢は一段と強まつた。

わが国の卸売物価が従来,先進国のなかで最も安定していたのは,非工業製品や中小企業性工業品が上昇していた反面,大企業性の工業製品価格が低下傾向にあつたためである。ところが40年以降大企業性製品も強含みに転じ,44年度は上昇傾向を強めた。さらに44年度後半から中小企業性製品の高騰が加わつて,13年ぶりの大幅上昇となつた( 第47表 )。

では,こうした卸売物価上昇の要因はなんであろうか。まず需要のひつ迫による影響である。需給ギャップ率は,43年末から44年初めの「かげり現象」を反映して,若干拡大をみせたあと,44年春以降ふたたび急速に縮小に転じ,過去にその例をみないほどの需給ひつ迫を示すようになつた。こうした需給のひつ迫が,卸売物価上昇の最も大きな原因と考えられる。ただし,この場合に注意を要するのは,需給のひつ迫をもたらしている要因として内需と輸出の両方があり,需給ひつ迫要因のすべてが国内要因とみることはできないことである。鉱工業出荷の内訳でみると,年度後半に輸出のウエイトが若干高まつており,輸出増加が需給ひつ迫の一因であつたことがわかる( 第48表 )。

次に,海外インフレの影響があげられる。卸売物価指数の採用品目に占める輸出入品のウエイトから,輸出入価格の上昇が卸売物価指数の上昇に寄与した割合をみると,44年度上期16%,下期18%となる。さらに,輸入品と同一の国産財の価格上昇も海外インフレの影響とみて計算すると,44年度上期22%,下期30%となり,海外インフレが輸出入価格に与えた影響は下期に若干強まつていることがわかる( 第49表 )。しかし,輸出品や輸入品の価格上昇は国内の需給バランスによつても影響をうけることを考えると,これらすべてを海外インフレの影響とみなすことはできない。さらに,完全に海外の商品である輸入原材料の価格の動きについても,わが国が世界の輸入素原材料市場で第1位のシエア(OECDの原材料輸入では18.0%)を占めていることから,わが国の輸入需要の強さによつてもかなり影響されていることに留意しなければならない。

第50図 景気の谷を100とする賃金,生産性および賃金コストの推移(製造業)

最後に,賃金コストが強含みであつたことも物価上昇の要因として働いた。 第50図 にみるように,今回の景気上昇期には岩戸景気時を上回る物的生産性を実現しているにもかかわらず,賃金上昇率が著しかつたため賃金コストの低下が小さく,44年度に入つてからは賃金コストは上昇を示している。こうした賃金コストの上昇が,物価に対する潜在的上昇圧力となつたとみられる。賃金コストの影響を企業規模別にみると,大企業(資本金5,000万円以上)では潜在的に賃金圧力が強まつていることがわかるが,製品価格の上昇は賃金コストの上昇分を上回つている。したがつて,44年度についてみれば大企業の賃金コストは物価上昇の主要因とはみられない。しかし,中小企業では賃金の平準化傾向のなかで賃金上昇率が生産性の伸びを上回り,同時に労働分配率も上昇しており,賃金コストの上昇が価格上昇圧力になつたとみられる( 第51表 )。

以上のように卸売物価の上昇には,国内要因,海外要因,コスト要因が相互にからみあつているが,今回の卸売物価上昇がとくに著しかつたのは,これらすべてが同時に,上昇要因として働いたためである。

(2) 騰勢強まる消費者物価

44年度の消費者物価は前年度に比べて6.4%上昇した。これは40~43年度の年度平均上昇率4.6%を大幅に上回る高い上昇率である( 第52表 )。44年度中の消費者物価の動きを四半期別にみると,期を追うことに騰勢が強まり45年1~3月期には季節商品の高騰もあつて,上昇率は前年同期比で8.1%に達した。

こうした消費者物価上昇の内容をみると,消費者米価が据置かれたにもかかわらず,農水畜産物が上昇したことと,これまであまり上昇を示さなかつた大企業性製品が騰勢を強めたことなどが目だつている。

まず農水畜産物価格(上昇寄与率36%)についてみると,消費者米価は据置きとなつたものの,野菜,果物などの季節商品は夏季の長梅雨,冬期の干ばつなどの影響で著しい値上がりを示した。さらに,魚介,乾物なども中高級魚の魚獲の停滞,操業費の増加,流通機構の立遅れと人件費の増大などから高騰した。ここで,やや長期的な野菜の需給関係をみると,業務用需要などは増大しているが,主力である家計での購入数量は必需品だけに30年代以降あまり変つていない。このため,野菜の価格変動の多くは供給要因すなわち生産の動きにかかつている。そこで主な品目について44年度の作付面積をみると,前年に野菜が安値であつたこともあり,作付面積はいずれも若干減少している。これに加えて44年度は長梅雨のために,きゆうり,トマトなどの果菜類が,また年末からは寒波と干ばつの影響により,白菜,キャベツなどの葉茎菜類が不作で収穫量もかなり減少した。こうした需給のひつ迫が44年度の野菜の高騰となつてあらわれたわけである( 第53表 , 第54図 )。

次に,工業製品についてみると,中小企業性製品が食料品や繊維製品を中心に上昇しているのに加え,これまで比較的落着いていた大企業性製品も上昇テンポを速めている。工業製品の値上がりは,所得の伸びにともなつて消費財に対する需要が高まつていることが第1の原因であるが,同時に,賃金の著しい上昇によつてコスト面からの価格上昇圧力が,これまでの中小企業やサービス業から大企業の消費財部門においても強まつたためと考えられる。なお,公共料金は抑制気味であつたものの,民間サービス料金がやや上昇率を高めている。これは人口の都市集中傾向の強まりから,民営家賃間代がふたたび騰勢を強めたほか,対個人サービスがいぜんとして上昇をつづけているためである。

以上のように44年度は,卸売物価と消費者物価が同時にしかも大幅な上昇を示した。また,消費者物価に与える卸売物価上昇の影響も最近になつて強まつてきた( 第55表 )。このことは卸売物価の上昇が消費者物価の上昇を加速化させることのないような配慮が,いままでにもまして重要なことを示しているのかもしれない。

物価上昇の背景にはいくつかの要因があり,それに即応した対策が必要であるが,同時に賃金コストが上昇し,しかも賃金が物価上昇の強まりのなかで,加速化傾向をたどつていることが注目される。このような動きがつづくならば,物価と賃金の全般的上昇が生じる可能性もしだいに否定することができなくなつており,生産性と物価と賃金の間の整合性ある動きを確保する環境をとどのえていくことが今後の課題になつてきたといえよう。要するに物価問題に対しては,これまで以上に総合的に判断,対処していくことが必要となつてきたが,これらの点については,改めて第2部において検討するとこるである。