昭和44年

年次経済報告

豊かさへの挑戦

昭和44年7月15日

経済企画庁


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8. 金  融

(1) 昭和43年度の金融動向

昭和43年度は,景気調整措置の緩和が行なわれたがひきつづき警戒的な政策運営態度が維持された年であつた。

42年9月から開始された財政・金融両面からのポリシー・ミックスによる景気調整措置は,43年に入つて1月の公定歩合1厘再引上げなどによつて強化された。その後の推移をみると国内経済は総じて順調な拡大をつづけるなかで,海外景気の上昇を背景に国際収支は急速な改善を示した。こうした情勢から,8月になつて公定歩合が1厘引下げられ,貸出増加額規制も7~9月期をもつて撒廃されることとなつた。しかし,その後も都銀などに対しては資金ポジションを重視した指導が継続され,貸出増加が経済の拡大テンポを加速しないよう配慮された。

こうしたなかで金融市場は消費の堅調などを映じて日銀券が根強い増勢を示したこともあつて上期中はおおむね引締まり気味に推移した。しかし年度後半に入つて食管会計の支払い増加などによる財政収支の散超幅拡大もあつて緩和に向かい,コール市場も総じて平静に推移した。

一方,景気調整措置の緩和に伴い,銀行貸出は増加に転じた。しかし,融資態度についてみると都銀などは日銀の資金ポジションを重視した指導もあつてやや抑制的とならざるをえなかつた。また生保信託など長期金融機関も余資の減少から資金供給力が低下した。このような金融機関側の事情に加え,一方,企業の資金需要が実体経済の活況から根強さを加えたため,企業金融にはやや引締まり感が生ずることとなつた。

資本市場についてみると,公社債市況は都銀が資金ポジションの悪化を極力抑制する趣旨から金融債を中心に手持債券の売却を行なつて不足資金の調整を行なつたことに加え,農協系統金融機関などの買い意欲が後退したことから軟調に推移し,市場利回りと発行条件のかい離が拡大した。このため44年に入つて前年にひきつづき事業債発行条件の改定が行なわれた。一方,株式市場は企業収益の好調や外人投資の増加などから活況を呈した。

第8-1表 昭和43年度の金融関係事項

以下こうした点を中心に43年度の金融動向を回顧してみよう。

(2) 緩和に向かつた金融市場

43年度の金融市場は,日銀券が前年にひきつづき根強い増勢を示したものの,財政が外為などを中心に漸次散超幅をひろげたため,しだいに緩和傾向を強めていつた。

43年度の資金需給実績( 第8-2表 )によれば,年度間の資金不足額は4,092億円で,前年度の資金不足額7,790億円を3,698億円下回つた。

まず,日銀券の動きをみると,賃金,所得の上昇や個人消費の高まり及び生産出荷の好調による企業の現金決済需要の増大等を反映して年度初めより根強い増勢をつづけた。平均発行高の対前年同期比は4~6月16.3%増,7~9月16.5%増,10~12月15.6%増,44年1~3月17.0%増と根強い増加を示し,年度間の増発額は5,306億円で前年度末残高比の増発率は17.1%増(前年度は4,618億円で17.5%増)と37年度以来前年度に次いで高い伸びとなつた。

第8-2表 昭和43年度の資金需給実績

一方,財政資金対民間収支は,前年度(752億円の揚超)と様変りに,3,478億円の散超となつた。

以上の動きを上期,下期に分けてややくわしくみてみよう。

まず年度上期には,日銀券は,878億円の増加で,36年度以降では前年度(923億円)に次いで多額の増発となつた。一方,財政収支は,租税,保険の受入れが好調であつたものの,国債発行額が前年度に比べて減額されたことに加え,国際収支の急速な改善を反映して外為が前年と様変りの散超となつたことから790億円の揚超にとどまつた(前年度は2,470億円の揚超)。その結果,資金不足額は,前年同期の資金不足額(4,506億円)を大幅に下回り,2,629億円となつた。

つぎに下期には,実体経済の好調を映じて,日銀券はひきつづき根強い増加を示し4,428億円の増加(前年度3,695億円増加)となつた。

他方,財政は,所得税,法人税を中心に租税の引上げが大きかつたものの,外為が国際収支の好調,食管が豊作による買入れ数量の増大から,それぞれ,大幅な散超となつたことに加え,運用部,公庫融資の増加,公共事業関係費支出などもあつて,大幅な散超となつた。

この結果,下期の資金不足額は,1,463億円(前年度3,284億円)となつた。以上のように資金不足幅は42年度上期より期をおつて縮少してきた。

このような動きに対し,日銀は,短資業者に対する政府短期証券売買操作,国債オペなどをきめ細かく行なつた。この結果,市場は,上期には総じて引締まり気味に推移した。しかし,下期に入つて,前述のように財政が大幅な散超を示したこと,日銀の政策態度がやや弾力的となつたことなどにより,しだいに緩和傾向を示すようになつた。

コールレートは,今回の景気調整期をつうじて従来ほどには高騰せず,43年6月には各条件物ともピークとなつたが(月越物2銭5厘)これは前回のピーク(39年8月,月越物3銭6厘)を大きく下回った。8月の公定歩合引下げ後は,11月2厘低下し,その後は季節的要因により一高一低をつづけた。

(3) 銀行貸出は増加

(一) 預貸金動向

43年度の金融機関の預貸金の動きをみると,預金は年度を通じて好調であり,貸出は上期に抑制されたが,下期には大幅に増加した( 第8-3表 )。

全国銀行(銀行勘定)の実質預金は,3兆6,858億円の増加(前年度は2兆8,043億円の増加)と前年度を大きく上回つた。貸出は,3兆4,845億円の増加(前年度3兆2,268億円の増加)であり,預金にくらべて増加幅は小さかつた。これを上期,下期に分けてみると,上期は,1兆3,171億円の増加(前年度1兆6,197億円増加)と貸出増加額規制下のための前年度を下回つたのに対し,下期には2兆1,674億円と大幅に増加(前年度1兆6,071億円の増加)した。

これを業態別にみると,都市銀行の実質預金は,前年度比46.3%の大幅な増加(前年度9.9%の減少)となつた。これは,①賃金の上昇,所得の増大を背景に個人預金が好調であつたこと。②輸出の好調や個人消費の堅調を背景に売上回収が順調であつたため法人預金が好調だつたことによるものである。

一方,貸出は,上期には貸出増加額規制のため,前年同期比17.2%減となつた。下期に入つて,前年同期比39.1%増とかなりの増加を示したものの,年度間を通じ11.6%の増加にとどまつた。このため預貸差は2,117億円の好転(前年度は2,180億円悪化)となつた。

地方銀行では,農村の米代金支払い増加などによる個人預金の好調や企業収益の好調による法人預金の増加もあつて,実質預金は,前年度比12.5%の増加を示した。一方貸出は,上期は上位行が貸出増加額規制の対象であつたこともあり,前年並みであつたが,下期には,経済の拡大基調の中で,中小企業における増加運転資金の根強い動きや,設備資金需要のもり上りなどにより,前年同期比31.5%の増加となつた。

長期信用銀行においては,上期には,債券の消化難のうえに,貸出増加額規制下にあつたため,実質預金(債券を含む),貸出はともに伸びなかつた。しかし,下期には,大企業の設備支払需要の増大などにより,貸出が増加するにつれ,貸出に伴う預金歩留りもあつて,実質預金は,3,143億円の増加(前年同期2,026億円増加)となり,貸出も,2,679億円の増加(前年同期2,011億円増加)となつた。

第8-3表 43年度の業態別金融機関の資金ぐり

また,全国銀行信託勘定では,貸付信託,金銭信託,年金信託が前年度比19.2%と順調に増加した(前年度11.7%増加)。

一方,貸出は,前年度比15.9の増加(前年度75.6%増加)と増加率では前年度を下回つたが,増加額では過去最高の伸びであつた。下期には余資の減少により資金量の増加に見合った貸出に抑制された。

その他,相互・信金では,実質預金は,個人預金がひきつづき好調であつた反面,上期に貸出が伸び悩んだこともあつて,年度を通じて前年並みにとどまつた。

貸出は上期には,都銀,地銀などが従来の景気調整過程とは異なつて中小企業貸出に積極的姿勢を示したこともあつて,伸び悩んだ。下期には,中小企業の資金需要も盛り上りをみせたことや,合併,異種金融機関転換など金融再編成の動きが本格化するにつれ,業容拡大と貸出重視の経営態度をとつたことなどから大幅な増加をみた。

(二) 融資態度

景気調整策が緩和される前後の金融機関の動きをみると,都市銀行などを中心とする貸出増加額規制対象金融機関は,7月頃から緩和をみこして営業店段階での融資基盤回復ないしは拡充意欲がつよまり,優良中堅中小企業を中心に貸出態度を積極化していつた。

また,今回の景気調整期を通じて,貸出が大幅に増加した規制対象外金融機関でも都銀などとの競合から一層活発な貸出態度になつていつた。このため,金融緩和直後の貸出金利の下げ足は従来にくらべ非常に早かつた。これは,先行きの急速な金融緩和を期待した動きであつた。

このように金融機関の融資態度が総じて積極化する一方実体経済の根強い拡大がつづいていたので,日銀は,貸出増加額規制撤廃後も都銀などに対して,ひきつづき資金ポジションを重視した指導を行なうこととした。この結果,都銀など市中銀行の融資態度は抑制的となり,また,信託生保など長期金融機関は,景気調整下において資金量の増加を上回る融資をつづけていたため,余資の減少から貸出の伸びが鈍化した( 第8-4図 )。一方,企業の資金需要は,設備,運転資金とも根強い強さを示したので,企業金融は従来の緩和期とくらべて引締まり気味となつた。こうした情勢から貸出金利は下げ止まり,総体的にみれば低下幅は小さかつた( 第8-5表 )。

第8-4図 信託・生保の運用資産貸出増加額の伸び率及び運用

一方,中小企業金融をみると,相互,信金及び下位地銀などは,中小企業の資金需要の高まりに対し,貸出を積極化していつたため比較的ゆとりを維持した。

(三) 現段階と今後の方向

このように都市銀行を中心に資金ポジションを重視した指導がつづけられたものの,実体経済の拡大に従い金融機関の貸出はしだいに増加している( 第8-6図 )。全国銀行,生保,信託,相互,信金の貸出増加額は,7~9月前年同期比10.7%減少,10~12月23.7%増,44年1~3月38.4%増としだいに増勢を高めている。なかでも都銀の貸出増加が大幅であることが注目される。都銀では,個人預金を中心に預金が好調であつたこと及び金融債を中心とする新規債券の引受を削減し手持ち既発債券の市中売却を大量に行なつたこともあつて大幅な貸出増加にもかかわらず資金ポジションの悪化幅は小さかつた。

第8-5表 公定歩合の変動と貸出金利の動き

第8-6図 全金融機関規模別使途別貸出金銭残高の推移

その他の金融機関の動きをみると,相互・信金及び下位地銀などでは,都銀,上位地銀が中堅中小企業に対し貸出態度を積極化していることもあつて,従来にもまして業容拡大及び経営基盤の強化を目指して地元中堅中小企業を中心に積極的に貸出を行なつている。この結果,地銀,相互では,資金ポジションが昨年に比べて,悪化もしくは好転幅が少なくなつてきている。一方,長期信用銀行では,債券の消化難にもかかわらず,その取引先に主要大企業が多く,設備資金を中心に資金需要が旺盛なため貸出が増加してきており,そのため,資金ポジションはしだいに悪化してきている。また信託,生保では,42年,43年度と積極的に貸し進んだため,余資が減少してきている。

第8-7図 大企業の流動性比率(製造業)

(4) 引締り気味に推移した企業金融

(一) 根強い借入需要

43年度の企業金融の動向をみると,43年8月に景気調整措置の緩和が行なわれた直後は金融機関の融資態度積極化もあつて緩和感が抬頭した。その後年末から年初にかけては先行き引締り感が生ずるようになつた。

まず企業の手元流動性の推移をみると( 第8-7図 参照)現預金対月平均売上高比率,現預金対金融機関借入金比率とも43年4~6月期以降低下気味となつたが,金融緩和後の低下は従来に例をみないものであつた。また43年に入つて,企業の資金ぐりひつ迫感は漸次強まつたが,金融緩和前後にやや緩和したあと,43年10~12月期から44年1~3月期にかけて資金ぐりが「楽である」とする割合が減少し(15%から11%へ),「苦しい」とする割合が増加した(15%から24%へ。日銀「主要企業短期経済観測」による全産業)。さらに財政の項でもふれたように今回は金融緩和後も法人税即納率は低下気味に推移した。

次に,このように金融緩和後にもかかわらず企業金融が引締まり気味となつた背景をみてみよう。

まず資金需要の内容をみると,在庫投資は景気調整期中減少し,金融緩和後も落着き気味に推移したが,設備資金需要は設備稼動率のたかまり,国際競争力強化のための大型投資の進行,省力投資の増加などを背景に盛り上りを示した。また金融資産投資も売上増に伴う現預金の積増し需要を中心に上昇した。

一方,内部資金調達額は企業収益の好調などからひきつづき増加したものの,資金需要がこれを上回る伸びを示したため,企業の自己金融力(内部資金調達額/設備投資)は42年度下期の74.2%から,43年度上期の70.8%,同下期66.6%へと漸次低下した(日銀「主要企業経営分析)による。製造業。なお,43年度下期は当課推計)。

第8-9図 増加をつづけた外資導入

第8-8表 産業資金供給(増減)状況引締め緩和前後1年間の比較

外部資金面( 第8-8表参照 )についてみると,資本市場からの調達(増資・起債)は既発債市況の軟化などから少額にとどまつた。また,生保・信託など長期金融機関の融資態度は,余資が漸次低下したことから,43年秋ごろより抑制的となつた。

こうして企業の借入需要は全国銀行,なかでも,都銀に集中する傾向を生じた。銀行貸出は金融緩和後増勢を強めたが,都銀の融資態度についてみると,日銀の資金ポジションを重視した指導が行なわれたこともあつて,ある程度抑制的にならざるを得なかつた。

このような事情から43年末から44年初にかけては,企業金融に引締まり感が生ずることとなつた。こうしたなかで企業は景気調整期にひきつづき外資導入,農協系統金融機関との取引関係維持など資金調達ルートの多機化をはかつた。ことに海外金利と国内金利の逆転にもかかわらず円シフト現象はみられず,外資導入は年度をつうじて高水準であつた( 第8-9図参照 )。

(二) 企業金融の新らしい特色

このような推移の中で企業金融には従来みられなかつたいくつかの特色があらわれてきた。

その第1は,資金調達力の企業間格差が目立つてきており,成長力の高い企業ほど資金調達力も大きくなつていることである。その要因として,高成長企業ほど収益力が高いためもあつて自己金融力が高いこと,最近金融行政面から競争原理の導入がはかられていることもあつて金融機関が優良成長企業に対し積極的に融資しようとする動きを強めていることなどがあげられよう。

第2は,企業金融が引締まり気味となつているにもかかわらず,企業間信用比率がほぼ横ばいに推移しており( 第8-7図 参照),中小企業の受取条件は大企業の下請対策の変化をもあつて,むしろ改善されていることである(日銀「中小企業短期経済観測」によれば比率は43年1~3月期以降10~12月期まで3.61,3.52,3.46,3.43と低下)。

(式)

第3は大企業と比較して中小企業の資金ぐりに相対的なゆとり感がみられることである(本報告 第37図 ),これは中小企業の設備投資が41年から42年はじめにかけて盛り上りを示したあと42年央以降ほぼ横ばいに推移していること( 第8-10図参照 )。相互・信金など中小企業金融機関が資金量の増加や再編成の進行を背景に融資基盤の拡大をはかつていること,都銀なども優良企業を中心に中小企業に対する融資を積極化していること,前述のように中小企業の受取条件が改善されていることなどにもとづくものである。

第8-10図 企業規模別貸出と設備投資の動き

(三) 現局面

以上でみたように43年度の企業金融は総じて引締まり気味に推移したが,44年度に入つて銀行貸出が増勢を強めていることなどから企業金融の引締まり感はやや後退してきている。

一方,都銀の貸出増加額の前年同期をみても(本報告 第83表参照 ),44年1~3月期54.0%増のあと4~5月期260.4%増となつており,融資態度も弾力的となつてきている。

貸出増加の背景は,第1に企業の資金需要がひきつづき根強い動きをみせていること,第2に銀行預金の伸びが順調で銀行は資金ポジションをそれほど悪化させることなく貸出を増加させることが可能になつてきていること,第3に日銀の政策態度が漸次弾力化していることなどである。

企業の投資態度は総じて慎重かつ計画的となつているものの,在庫投資,大企業の付帯設備投資,中小企業の設備投資はなお企業金融の動向に左右される面も大きく,事実最近投資を積極化する動きも一部にみられ,こうした動きに十分注意していく必要があろう。

(5) 資本市場の推移

(一) 起債環境の悪化と流通市場の拡大

43年度の起債規模(純増ベース)は1兆5,990億円で,前年度にくらべて1,705億円(9.6%)の減少となつた( 第8-11図参照 )。これを債券種類別にみると,金融債が6,192億円で前年度比6.9%の増加,事業債が2,813億円で前年度比41.0%の増加となつたほかは,国債が前年度実績より減額されて市中分4,460億円(前年度比28.1%減)政保債が2,054億円(前年度比35.2%減)地方債が471億円(前年度比13.3%減)となつていずれも前年度の規模を下回つた。このうち,純増ベースでみた43年度事業債の起債規模が拡大しているのは,42年度に大量の借替債があつたためで,発行ベースでは 第8-12表 にみるように前年度にくらべて減少となつている。43年度には増大する企業の資金需要を反映して起債希望額が増大したにもかかわらず,起債実績が前年度を下回つたため,起債達成率は大きく低下した。

このように起債市場が不振であつたのは,本報告でもみたように43年度の既発債市況が一層の軟化傾向を示して総じて発行条件とのかい離が拡大したこと,大口消化先である都銀が資金効率重視の立場から銘柄選別色を強めたことなどにより,起債環境が大きく悪化したためである。

このため,43年度上期には事業債において格付けや純資産額を基準としたいわゆる「起債調整」が復活して,関係者による起債の量的調整がなされた。また下期には,上期のような「起債調整」は一応撤廃されて,話し合いによる調整方式がとられたが,起債市場における需給の不均衡は相変らず続いた。

第8-11図 公社債発行状況(純増ベース)

こうした環境の中にあつて,事業債の発行価格は43年4月にひきつづいて44年3月にも一律50銭引下げられた。しかし,その対象が事業債にかぎられ改定幅もかい離の状況にくらべて小さかつたこともあつて,発行条件弾力化の観点からは必ずしも十分なものではなかつた( 第8-13表参照 )。

第8-12表 事業債の起債達成率

一方,公社債の流通市場においては,市場規模の拡大が42年度にひきつづいて一層進展した。しかし,この流通市場拡大の内容をみると,日銀の資金ポジションを重視した指導もあつて都銀の金融債売却が増大したことが主因となっており,必ずしも正常な形での流通市場が拡大したとはいえない面を持つている。すなわち,売り手が都銀,買い手がその他金融機関,共済組合などと売買が主として一方通行になつており,またその取引も 第8-14図 にみるように証券取引所内での取引は少なくて,実際の取引は主として店頭市場において行なわれているが,この取引は,各証券業者の店頭における相対売買が大半を占めているため,流通価格形成の機構については今後一層の整備を要する面が残されている。

なお,日銀は公社債市場の整備育成を支援する趣旨で,43年12月に公社債流通金融の拡充を実施して,従来の証券金融会社を通ずる日銀信用供与限度(50億円)の枠を撒廃し,また,担保対象銘柄の拡大を行なつた。

以上みたように,43年度の公社債市場は多くの点でまだ正常化からは程遠い状態にあるが,発行条件の改定,流通市場の拡大など不十分ながらもより市場原理に即した方向での金利形成を行ないやすくする動きがあつたことは,一歩前進したものと評価できよう。

第8-13表 既発債の実勢レートと発行条件のかい離状況

第8-14図 既発債売買高

(二) 活況だつた株式市場

43年度の株式市況は前年度の不振とは様変わりに期初からほぼ一貫して上昇を続け,10月2日には株価(東証第1部旧修正平均)は1,851と36年の高値を更新して史上最高値を記録した( 第8-15図参照 )。その後はさすがに高値警戒観が抬頭したことに加えて,政策当局の経済運営に対する警戒的姿勢が示されたことなどから整理場面となつたが,44年3月頃から再び水準を高めて5月末には2,000の大台に乗せた。

第8-15図 株式市場の推移

このように株式市場が活況となつた背景にはいくつかの要因があげられるが,まず第1には44年3月期で7期連続増益決算という岩戸景気以来の大型景気下での企業業績の好調,国際収支の大幅改善などわが国の経済力に対する確信が強まつたことがあげられよう。こうした企業収益の好調を反映して,1株当り利益金の水準もかなり上昇してきている( 第8-15図参照 )。

第2の要因としては,株式需給関係の改善がある。増資額をみると岩戸景気の水準をかなり下回つたところにとどまつており,株式の新視供給量はあまり大きくならなかつた( 第8-16図 )。また,近年巨額の株式を市場に対して売り越していた株式投資信託の売却超過額は43年に入つてかなり減少した結果,市場に対する株式の売却圧力はそれだけ弱まつた( 第8-17図 )。さらに,39~40年にかけて合計で約4,000億円の株式を凍結した日本共同証券,日本証券保有組合の棚上げ株は43年中放出が大きく進んだ結果,保有組合は44年1月に解散の運びとなり,また共同証券の保有株式数もかなりの減少を示しており,長らく株式市場の圧迫要因となつていた棚上げ株の解消にメドがついた。

第8-16図 上場会社増資状況

一方,需要面では外人投資の急増が目立つた。海外からの対日証券投資は42年7月の資本自由化以来徐々に増勢をたどつていたが,特に43年3月頃から急速に増大した。これは基本的には日本経済の成長力を評価したものと思われるが,外人投資の対象が一部の銘柄に集中する傾向があること,それにつれて国内投資家も外人投資の入りそうな銘柄を先回りして買うなどの投機的な仮需要も増大したことなどから,値がさ株と中低位株との動きに格差が生じて,株価にいわゆる跛行現象がみられた( 第8-18図 )。

第8-17図 棚上げ株,投資信託,外人投資の状況

第8-18図 株価指数の推移

この結果,一部の値がさ株の動きが東証旧修正平均株価を大きく引上げた面もあつて,旧修正平均株化と50円当り時価の動きにかい離が生じている( 第8-15図参照 )。

第8-19表 株式分布状況

こうして43年度の株式市場は活況を呈したが,前述のように株式発行市場の資金調達市場としての役割は依然低位にとどまつており,また株式分布調査においても 第8-19表 の如く個人の持株比率は近年ほぼ一貫して低下し続けていて,株式市場から大衆が遠ざかつている状態に大きな変化はみられない。これらの点は,今後,株式市場を正常な形で発展させていく上で注目を要するところであろう。なお,発行市場における43年度の新しい動きとして,時価発行に対する意欲がかなり高まつて来たことがあげられる。この方式が望ましい形で今後のわが国に定着するならば,発行市場における価格メカニズムの導入,証券会社の引受機能の拡充など株式市場の整備にとつて好ましい効果をもたらすことが期待される。

むすび―当面の問題と残された課題

当面の経済の動きをみると,生産・出荷の増勢がつづき,企業収益は好調に推移しており,企業の設備投資の動きも底固いものがある。実体経済の好調を反映して,企業の資金需要は旺盛であり,一方,賃金,所得の上昇や輸出の好調などを背景に,銀行預金の伸びが順調なこともあつて,銀行の貸出は大幅に伸びている。

他方,企業の資金調達の重要な場である資本市場をみると,起債環境はひきつづき厳しく,既発債市況と発行条件のかい離はいぜんとして大きい。こうした環境のなかで発行条件の一部改定が行なわれた。公社債市場の正常化への道は遠いが,市場原理をよりよく働かせるために各方面のいつそうの努力が必要とされよう。

43年度経済の特徴は,国際収支の黒字と国内経済の拡大を両立させたことである。国際収支の天井が高まつたので,従来と異なり,需給バランス,物価安定といつた国内均衡を重視しながら,機動的かつ多面的な景気の微調整を行なう必要性が増大している。金融面では,拡大する経済のなかで銀行貸出の増加が景気を過熱することのないよう慎重に見守つていく必要があろう。


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