昭和44年

年次経済報告

豊かさへの挑戦

昭和44年7月15日

経済企画庁


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2. 鉱工業生産

(1) 堅調な鉱工業生産

(一) 43年度の生産活動

43年度の鉱工業生産は,前年度にくらべ17.2%の増加(41年度,42年度はそれぞれ前年度比17.1%,18.7%増)であった。43年度の生産活動の推移を4半期別にみると,43年4~6月期は米国向けを中心とするラジオやテレビの輸出の急速な増加や電子計算機,通信機械の伸びなどによる電気機械の好調,7月に新設される自動車取得税前の需要増をみこしての乗用車の急増,金属工作機械,風水力機械などの設備投資関連機種や事務用機械,エアコンディショナーの増産による一般機械の上昇など機械工業を中心に前期比5.4%の増加を示した。

次の7~9月期は4.0%増であつたが,生産上昇に対する寄与は前期に続いて機械工業が中心で,次いで鉄鋼業,化学工業などであつた。機械工業の生産増加の内容をみると,本格的普及期を迎えたカラーテレビの増産のほか,10月からの国鉄ダイヤ大幅改正にともなう鉄道車両の大量納入などの一時的需要による生産の上昇とともに,船舶での相次ぐ大型船の着工が大きく寄与している。10~12月期には設備投資関連機種を中心とする一般機械の好調,カラーテレビのひきつづいての増産,旺盛な住宅需要を反映したアルミサッシ,建設用軽金属板製品などを中心にした金属製品の好調により4.6%の増加であつた。一方,取得税施行以来出荷が鈍化していた乗用車では在庫調整のため一部企業において減産が行なわれるなど,鉱工業生産は12月にはいりその増勢に鈍化がみられた。

44年にはいり鉄鋼業,化学工業,石油製品などの生産は好調であつたが,機械工業の伸びの鈍化,食料品たばこ工業の減少により1~3月期は1.1%の増加にとどまつた。しかしながら,4月には1~3月期に停滞した機械工業,食料品工業などの生産増加により前月比6.0%の大幅増となつた。

第2-1図 鉱工業生産,出荷,在庫率の推移

以上のように43年度の鉱工業生産の上昇は金属加工機械,土木建設機械等の設備投資関連機種,事務用機械,カラーテレビ,電子計算機,乗用車などの成長商品の急速な増産など機械工業により支えられ,その増加寄与率は56%であつた。次いで寄与の高い業種は化学工業,金属製品などであつた。( 第2-2図 参照)。

一方,43年度の鉱工業出荷は前年度比(15%増(41年度,42年度はそれぞれ前年度比16.7%,16.9%増)と若干伸び率は低下したものの依然好調に推移した。また,42年中央からしだいに上昇してきた生産者製品在庫率は43年秋以降急上昇を示したが,44年に入り減少に転じている( 第2-1図 参照)。

(二) 生産拡大を支えた需要要因

上にみたような鉱工業生産の拡大をもたらした需要要因は何であつたろうか。まず43年度の鉱工業生産の最終需要別依存度をみると個人消費が最も大きく35%となつており,続いて民間設備投資(民間住宅投資を含む)が29%,輸出21%となつており,以上の3需要で鉱工業生産の86%を誘発している。ついで政府支出(10%),在庫純増(4%)となつている。

つぎに前年度に対して生産を上昇させた要因をみると,最も寄与の大きかつたのは前年度に続いて民間設備投資(寄与率42%)であつたが,その比重は前年度にくらべ低下している。つづいて輸出(同27%),個人消費(同22%)の順になつている。

今回の景気局面における最終需要の生産増加寄与率について半期別にその推移をみると( 第2-3図 参照),民間設備投資の寄与がきわめて大きくとくに42,43年度両下期には生産増加の過半を誘発している。また堅調な伸びを示している個人消費は安定的な寄与を示している。

第2-2図 43年度の業種別生産上昇率と上昇寄与率(対前年度)

今回の局面の始めにおいて寄与の高かつた在庫投資はしだいにその比率が小さくなつてきており,43年度下期にはマイナス要因として働いている。また43年にはいつてからの特徴としてアメリカ東南アジア向けを中心に乗用車,テレビ受像機,鉄鋼などの輸出が著るしく増加したため,輸出の寄与率が高まつていることである。輸出の寄与率の大きいことは岩戸景気の場合と比較した場合に(本報告 第42図 参照)特徴となることであるが,これは今回の景気局面の場合に輸出が増大したことに加えて,鉱工業生産誘発係数の大きい機械関係の輸出のウエイトが高まつた結果でもある。

(三) 耐久消費財需要の盛り上がり

第2-3図 にみるように個人消費は生産を支える安定的に需要要因となつているが,その内容を耐久消費財の国内向け出荷からみると,最近は40年を底としてふたたび上昇局面を迎えていることがわかる( 第2-5図 参照)。この出荷の動きに対応して,生産も同様の波をえがいている。前回の山は昭和35年~38年であつたが,その中心は白黒テレビ,電気冷蔵庫,電気洗たく機など当時の家庭電化製品といつたものであつた。たとえば36年,37年についてみると,耐久消費財の対前年生産増加のそれぞれ43%,50%はこの3商品の増加によつてもたらされた。今回の上昇局面では,カラー・テレビ,乗用車,エア・コンディシヨナーのいわゆる3C商品が中心となつており,43年の対前年生産増加の77%はこの3商品の増加が寄与しており,先導する商品に変化がみられる。( 第2-4表 参照)今回の耐久消費財需要の中心になつているこれらの商品の普及率はまだ低いことからみて,今後さらに需要の伸長が見込まれる。

第2-3図 最終需要別鉱工業生産上昇に対する寄与率の推移

(2) 安定的な在庫投資

(一) 今回の在庫投資の特徴

今回の在庫投資の盛り上がりは,42年度年次経済報告において分析されているように,いわば最終需要にひきづられた形で生じており,景気上昇を始動させる働きは少なかつた。その後も,42年9月から43年8月にかけて景気調整策が実施されたにもかかわらず,在庫調整は軽微で終了し,また,景気調整策解除後も岩戸景気時のような急増はみられない。このように,今回の景気上昇局面では,在庫投資がきわめて安定的な動きを示したことが特徴的であつた。

第2-4表 耐久消費財生産の増加寄与率の推移(機能別内訳)

第2-5図 耐久消費財の出荷および生産の変動

いま景気の谷からの在庫残高の推移を,前々回(岩戸景気)前回今回について,形態別に比較してみると 第2-6図 のようになる。流通在庫においては,42年初の急速な積増し,42年末から43年初にかけての軽微な調整がみられるものの,前回,前々回と比較すると,その推移は相対的に安定していたといえる。製造業在庫は今回の場合ほぼ一定のテンポで増えつづけており,その安定性は一層明確である。このことは形態別にもたしかめられる。

とくに,製品在庫,原材料在庫では景気上昇の初期に急増した前回,景気上昇局面の未期に加速度的に増加した前々回と異なり安定した動きをみせている。また,仕掛品在庫も生産活動の堅調を反映して増加しつづけている。

在庫の動向が安定的だつたことは,国民所得統計によつて,民間在庫投資の国民総生産増加寄与度をみてもあきらかである( 第2-7表 )。今回は過去において最も安定的だつた岩戸景気時の微調整前後と比較してもいつそう落着いている。以下形態別にみよう。

(二) 原材料在庫投資

原材料在庫投資は,生産の見通しや企業の資金繰り,原材料価格の動向などによつて規定されているが,同時に原材料在庫の水準によつても影響される。生産規模との関連でみた業種別の原材料在庫過不足状況については本報告にのべたが,これら業種別の過不足額を合計して製造業全体の過不足状態をみると 第2-8図 のようになる。神武岩戸景気時には,景気上昇がつづき,高水準の在庫積増しがつづいたため,景気の山に近づくにつれて,原材料在庫は生産規模にくらべて過大になり,この時点で引締め政策がとられた結果急激な在庫調整をみた。これに対し,43年12月および39年3月の引締め時点では,原材料在庫水準は生産規模にほぼ見合つており,その後の在庫調整は在庫残高を圧縮するまでに至らず軽微で済んだ。今回は,42年9月の引締め時点で原材料在庫水準はむしろ適正水準以下であり,そのためわずかの調整にとどまり,43年末時点,でもなお過剰状態にはない。したがつて,44年1~3月期は輸入素原材料在庫投資が減少したものの,今後傾向的には,生産の拡大テンポに見合つた積増しが行なわれるのと予想される。

第2-6図 形態別在庫残高の局面比較(①,②,③)

第2-7表 民間在庫投資のGNP増加寄与率

(三) 仕掛品在庫投資

第2-9図 に示すように,仕掛品在庫投資の動向は生産の増加にほぼ対応しているが今回も41,42年に増加したのを生産の増勢鈍化を反映して横ばいで推移している。

第2-8図 原材料在庫過不足率と原材料在庫投資

第2-9図 仕掛品在庫投資と鉱工業生産増加

仕掛品在庫投資と生産増加との関係をさらに詳しくみると,景気上昇の初期には,仕掛品在庫投資は生産の増加ほどには大きくならず,景気上昇がつづくにつれて生産の増加以上に盛り上がるという動きがみられる。このような傾向は,生産に対する仕掛品在庫残高の比率が,景気上昇の初期に低く末期に高くなるという循環をえがくことからも確かめられる( 第2-9図 )。このように,原材料在庫→仕掛品在庫→(生産)→製品在庫という物の流れに一見矛盾するかのような現象が生じるのは,仕掛品在庫のなかには,実際に生産工程の中にあるもののほか,生産工程と生産工程の間に貯蔵されている,いわば原材料在庫の性格と製品在庫の性格を併せもつた部分があるためと思われる。このような在庫は,需給がひつ迫している景気上昇の初期には少なく,生産体制が整つてくるにしたがつて増加していくものと考えられる。今回も,42年末から生産増加に較べて仕掛品在庫投資が大きくなつてきている。今後生産が一定のテンポで増加をつづければ,生産増加額も増加していくので,仕掛品在庫投資は増加傾向をたどるものとみられる。

第2-10図 業種別製品在庫投資と製品在庫

(四) 製品在庫投資

製品在庫投資は43年1~3月期までほぼ一本調子でふえつづけたが,4~6月期以降やや減少気味である。業種別にみると( 第2-10図 )鉄鋼業,化学などでは,在庫率が水準そのものは低いながら,42年10~12月期,43年1~3月期頃からそれぞれ上昇し,その結果製品在庫投資は43年4~6月期以降減少している。一方,電気機械,一般機械などでは,在庫率水準がひきつづき低位にあり,43年中も製品在庫投資はふえつづけた。

この間の製品在庫率指数の動きをみると,41,42年の間の景気上昇につれて急速に低下してきたが,42年末から上昇に転じ,43年後半に入つてさらに急激に上昇し,43年12月には95.9と39年末に匹敵する水準に達した( 第2-11図 )。しかしながら,43年後半の在庫率指数の高水準は,エアコンディショナー,石油ストーヴ,灯油など一部の指数採用品目の動きに大きく左右されたこと,製品在庫率の高い品目の伸びが相対的に大きいため製品在庫率指数に傾向的な上昇が認められることなどによる面が大きい。「法人企業統計季報」によつて算出した製品在庫率には,非常に低くなつた在庫率水準を戻す動きが42年末からみられるものの43年末時点でいぜん低水準にある。また本報告でものべたごとく,日銀の「主要企業短期経済観測」(44年5月調査)によつても,製品在庫水準が適正ないし不足とみる企業が全体の77%を占め,過大(1%)ないしやや過大(22%)とみる企業は非常に少ない。したがつて,今後製品在庫投資は増加していくものとみられる。

第2-11図 製造業製品在庫率

(五) 流通在庫投資

流通在庫投資は,鉄鋼,繊維を中心に42年9月からの金融引締め期間に調整がみられた。規模別には1千万円未満の小規模層で顕著な調整が行なわれた。その後,流通在庫投資は引締め解除に先んじて43年4~6月期から再び増加に転じた。しかし,在庫率が42年初のような低水準にはないことなどからその増加テンポはゆるやかであつた。こうしたなかにあつて,1千万円未満層では,43年7~9月期まで調整がつづき在庫水準も低下したため,10~12月期には大幅増加をみせた( 第2-12図 )。

以上のように,在庫投資は今後も傾向的には増加をつづけるものとみられるが,岩戸景気時の引締め解除後在庫急増の中心か原材料在庫投資であつたこと(前掲 第2-7表 )を考えると,今回は同様な大幅増加は考えられない。

(六) 在庫構成の変化

本報告にものべたように,今回の在庫投資の盛り上がりをそれ以前と比較してみると,経済規模の拡大を反映して絶対額では最も大きくなつているものの,国民総生産に対する比率では岩戸景気時のピークの半分という低さであり,その動向も安定的である。こうした現象の背後には,経営情報処理の発達を含めた在庫管理技術の発達によつて,必要在庫保有量が経済規模に較べて少なくなつてきているという事情がある。 第2-13図 にみるように,最終需要(国民総生産から民間在庫投資をひいたもの,(名目)に対する在庫残高(名目)の比率は,景気による循環的変動はあるものの,顕著な低下傾向を示している。すなわち,各景気循環毎のピークをとつてみると神武景気36.6%,岩戸景気32.3%,オリンピック景気31.1%,今回(43年10~12月期までの最高)29.1%となつている。

第2-12図 卸小売業規模別在庫投資,在庫率

第2-13図 所得ベース在庫率

第2-14表 形態別在庫残高構成比

このような在庫圧縮効果は,形態別,業種別,規模別に一様ではない。以下にこうした動きを検討しよう。

第1に,法人企業について形態別の在庫残高構成比をみると 第2-14表 のようになる。特徴的なことは,原材料在庫のウエイト低下および流通在庫のウエイト上昇である。昭和31年当時在庫残高の3割強を占めていた原材料在庫は,43年には全体の2割を割つている。他方,31年当時約3割であつた流通在庫の比率は43年には4割弱に高まつている。また,製品在庫,仕掛品在庫の比率も若干ながら高まつている。このような構成比の変化は,在庫管理技術の発達が原材料面でもつとも著しかつたこと,流通在庫に関しては,商品の多様化により在庫を多くもつ必要性が高まつてきていることによるものとみられる。

第2に,製造業について在庫率の推移を業種別にみると,ここでもその動きは一様ではない。鉄鋼,輸送用機械,電気機械,一般機械などのいわゆる重工業では,原材料在庫の圧縮により在庫率は顕著に低下している( 第2-15図の1 )。これに対し,繊維,食品,その他製造業などでは,傾向的な低下現象はほとんどみられない( 第2-15図の2 )。このような業種別の相違には,当初の在庫率水準のちがい,業種毎の在庫管理の難易,後にのべるような企業規模別構成の相違による影響などがひびいているとみられる。もつとも,在庫率の低下がいちじるしい業種が同時に成長業種である関係から在庫の業種別構成上に大きな変化はみられない。

第2-15図 製造業業種別在庫率(①,②)

第2-16図

第3に,規模別の在庫率水準をみると,卸小売業では,本報告でも述べたように,小規模層ほど在庫率が高い。一方製造業では,逆に大規模企業ほど在庫率が高くなつている。これは製品,仕掛品,原材料のすべてにみられる現象である( 第2-16図1.2.3 )。製造業では,卸小売業とことなり,規模別の生産工程の差や製品の市場性(下請関係)などが反映されているためであろう。

つぎに在庫率の傾向的な変化をみると,製品在庫では,卸小売業の場合と同様に,資本金1千万円未満の層では在庫率の上昇が認められるのに対し,資本金10億円以上の大企業では若干ながら低下傾向にある。仕掛品,原材料についてみると,資本金1千万円未満の中小企業を除いて在庫率の低下傾向がみられるが,その程度は規模の大きな企業の方が著しい。これは,在庫管理,生産工程短縮等の努力が大企業を中心に進められてきたことを物語るものといえよう。

(3) 拡大つづける設備投資

(一) 経済拡大を主導する民間設備投資

40年10~12月期の4兆9千億円(国民所得ベース,季節調整済,年率)を底に上昇に転じた民間企業設備投資は,42年9月から43年8月に至る約1年間の景気調整策実施期間中もほとんどその影響を受けず,現在まで3年余の息の長い拡大テンポを持続している( 第2-17図 )。

この3年間の民間企業設備投資の対前年度伸び率は,41年度25.4%増,42年度27.1%増,43年度25.1%増(44年1~3月期は当庁QE法による推計)といずれも年率25%をこえる大幅増加で,この結果,43年度の投資は9兆9,951億円とほぼ10兆円の大合に乗せる大規模なものとなつた。

第2-17図 業種別規模別設備投資の推移

また,43年に入つての動きを四半期別の3期移動平均前期比でみると,1~3月期6.4%増,4~6月期4.9%増,7~9月期5.9%増,10~12月期5.1%増と,後半になつて増勢に若干の落着きはみられるものの,いぜん高い伸びをつづけている。

このように高い増勢をつづけている民間設備投資が,経済全体にどの程度の割合を占めるに至つているかをみると 第2-18表 に示すように,43年において投資比率では18.0%,国民総支出の増加寄与度では25.1%と,いずれも36年以来の高さである。

ここで,今回の設備投資の盛り上がりを36年をピークとする,いわゆる岩戸景気時と簡単に比転してみよう。まず,投資の拡大期間は44年1~3月期で岩戸景気時の14四半期間と同じであるが,その拡大テンポは 第2-19図 に示すように,今回が若干緩やかである。したがつて,同じ3年半の累積投資額は,景気の谷の時点の投資規模(年率)を基準にして,岩戸景気の5.5倍に対し,今回は5.2倍とまだいくぶん下回つている。つぎに,投資比率,あるいは国民総支出増加寄与度でも,先にみたように岩戸景気時にくらべ今回はかなり低い。また,民間企業設備投資に占める製造業設備投資の割合は岩戸景気の35年,36年にはそれぞれ52.3%,52.0%であつたものが,今回の42年,43年にはそれぞれ42.5%,45.4%と製造業のウエイトが低下している。さらに製造業設備投資の中でも,食料品,化学,民生用電機,自動車など個人消費に誘発される度合の強い業種の投資が相対的に大きくなつている。

第2-18表 国民総支出と民間設備投資

このように,今回の設備投資は岩戸景気当時のように投資だけが独走するというかたちではないまでも,経済の拡大に果した役割はきわめて大きかつた。

(二) 業種別設備投資の動向

最近の設備投資動向を業種別にみると,まず製造業については,岩戸景気以来の大きな盛り上がりを示しているが,その中にあつて,増加テンポは42年4~6月期以降急速に落着きをみせてきている。とくに,43年に入るとそれまで一様に伸びていた各業種間に,それぞれ増勢の差があらわれてきた点が注目される。すなわち, 第2-20図 にみるように一般機械,電気機械,金属製品,あるいは鉄鋼,非鉄金属などの投資財関連業種では,最近時点でも高い増勢を持続しているのに対し,化学,食料品,繊維,紙パルプ,自動車が中心の輸送機械など,比較的消費需要に誘発される度合の大きい業種の設備投資は,43年に入つて増勢鈍化ないし減少が見られる。このことは,前者が31年以降41年前半まで長期間投資が低滞していた業種で,現在の投資に未だ過去の投資不足の補填的要素が強い反面,後者に属する業種では,38~39年にも投資の盛り上がりがみられ,したがつて今回の需要拡大期にも比較的短期間の投資で設備不足に対処しえたためと考えられる。

第2-19図 民間企業設備投資の推移

つぎに,非製造業では,今回の景気回復期に中小企業を中心に急増し,その後伸び悩んでいたが,43年後半からふたたび,大企業を主体に伸び率を高めてきている。とくに最近の増勢の高まりに寄与しているのは,電力業,運輸業などの公共サービス関連業種( 第2-21図 )で,これは経済活動の活発化に伴つてこれら公共サービス提供設備――たとえば,発送配電設備,都市交通,貨物輸送,海運関係設備などが相対的に不足状態を呈し,これに対処するため製造業におくれて大きな投資を実施しているためである。

このように,非製造業投資が製造業投資におくれて伸び率を高める傾向は, 第2-21図 にみるように,岩戸景気時や前回にも見られた傾向で,今回も43年央より両者の伸び率は逆転した。そして,製造業投資の伸び率鈍化を非製造業投資の増勢高伸で相殺し,全体としては最近のところ年率20%強の増勢をつづけている。

第2-20図 製造業設備投資の推移(①,②)

第2-21図 非製造業設備投資の推移

第2-22図 民間企業設備投資前期比増減率

(三) 根強い投資誘因

以上のように,業種別あるいは規模別にそれぞれ主役が交替しながら,全体としては一貫した高い増勢を持続しているのが今回の設備投資の特徴であるが,つぎに,この投資拡大持続の背景をなす根強い投資誘因を整理してみよう。

その第1としては,総需要の根強い増勢があげられよう。もちろん,需要要因としての設備投資が高い伸びをつづけていることも無視できないが,需要の大宗を占める個人消費が所得の増大を背景に伸び率を高め43年には前年比15.1%増という高い伸びになつたほか,民間住宅が同31.5%増,輸出が同23.7%増とそれぞれ30年代以降かつてない大幅な伸びを示したことなどの影響が大きい。一方,生産能力は設備投資拡大の結果逐次伸び率を高めてきたが,生産の増加テンポとほぼ見合つたのは43年後半になつてからであり,しかも高水準の稼働状態でのバランスは,当然のことながら企業の投資マインドを刺激しつづけることとなつた。

第2は,最近とみに深刻化してきた労働力不足と,これに伴う賃金の高騰から,省力投資が増加してきていることである。 第2-23表 は生産増加が労働,資本いづれの要素の増加によつてもたらされているかを試算したものであるが,岩戸景気当時は稼働率の上昇がほぼ限度にきた時点でなお労働力の増加によつて生産増の約2割をまかなえたものが今回は労働力の増加による分は微々たるもので,生産の増加はもつぱら設備増加によらざるをえなくなつている。こうした状況を反映して,数値制御工作機械やトランスフアー・マシンあるいはコンベアシステムが急速に普及し,また電子計算機利用の高度化に伴ない生産ラインや倉庫,流通,事務管理等の各面で省力化,無人化のための投資が割合を高めている。

これら省力機器の最近の生産動向をみても(本報告 第112図 参照)その増加率は著しく高い。

第3は,需要の大きな盛り上がりの中で,新たな技術革新の進展やその波及の加速化がみられることである。30年代に主として外国技術導入によつて大企業中心に進展した技術革新は,40年代にはこれが経済の各段階にまでおよんできている。ポリエステルやポリプロピレンなど各種合成樹脂の新用途開発,電子関係におけるIC部品の応用,電子計算機システムを用いた各種の管理技術向上などが新たな設備投資を誘発しているし,その上,鉄鋼業における連続鋳造設備,電力業での原子力発電などもすでに実用段階を迎えた。

第2-23表 製造業生産増加の生産要素別寄与率度

第4は,海外をも含めた市場の拡大と,外国資本あるいは商品との競争に対処するため規模の利益を追求する大規模プラント投資が進行していることである。3,000立方m高炉,30万トン/年エチレンセンター,1,000トン/日アンモニアプラント,50万トン船渠などがつぎつぎと着工ないし完成しているが,これらは投資規模が大きいだけに,着工に際しては長期の需要予測や資金調達などの面で企業の投資態度を慎重にさせる反面,着工後は工事期間が長期を要するため継続工事として全体の設備投資を下支える要因として作用している。

第5に,企業の収益面でも,3年半に及ぶ増益基調が継続しており,高水準の期待収益率と資金的余裕感は企業の投資意欲を根強いものとしている。

(四) 需給バランスと今後の設備投資

すでにみたように,根強い設備投資の増勢がつづいた結果現在の製造業での生産能力増加テンポは年率16~17%の水準で生産の増勢にほぼ見合つてバランス状態を維持している(本報告 第75図 参照)。

しかし,現在能力増と生産増がバランス状態にあるといつても,生産の増加をもたらしている需要の大半が在庫投資による需要増であつたり,また製造業設備投資自からがつくり出した需要であつた場合には,つぎの段階でそれが供給圧力を生み出し需給のバランスを崩すことになる。

まず第一の点,すなわち在庫投資による仮りの需要の多寡であるが,この観点から生産能力と実生産との受給ギヤップ率を製造業製品と卸小売業商品の在庫残高および在庫投資で調整してマクロの需要と供給のバランスをみてみると(本報告 第79図 参照)在庫調整前のバランスではまだ均衡を保つていた神武景気の32年,岩戸景気の36年には,在庫を調整すると,すでにギヤップ拡大過程に入つていたことがわかる。しかし今回は,在庫を調整してみても,現在まで需給バランスは均衡ないし若干需要超過気味傾向にすらある。

第2-24図 機械受注と設備投資

つぎに第2の点,すなわち製造業設備投資の動きであるが,前項でみたように今回は岩戸景気の場合にくらべ,非常に落着いた動きを示している。最近需要の増勢を強めているのは,むしろ消費や住宅投資や非製造業設備投資それに輸出などであり,それゆえ現在のところは能力の一方的急増によつて需給バランスが崩れることはおこりえないと考えられる。

では,今後の設備投資はどうであろうか。製造業設備投資が増勢を高めるのは,需要の増勢が強まり需給ギヤップ率の縮小度合が一段と大きくなる場合(本報告 第44図 参照)か,何らかの投資刺激要因によつて需給状態に関係なく投資が行なわれる場合かであるが,現在高い増勢をつづけている消費や輸出などの需要がこの上さらに増勢を強めることは考えにくく,また政策の慎重な運営態度や,40年不況の反省もあつて企業の投資マインドが需要の増勢に見合つた程度の投資を行なうという慎重なものになつていることから,今後とも落着いた動きを示すことになると思われる。

一方,非製造業設備投資は,電力,運輸などでの伸びが高まる段階にあることから,やや強含みに推移することとなろう。事実,設備投資に約2四半期の先行性を示す機械受注も, 第2-24図 にみるように,製造業については43年初来高水準ながらほぼ構這い傾向に転じているのに対し,非製造業では一貫した増勢をつづけている。

さらに,設備投資の予測調査などからみても( 第2-25表 )根強い拡大傾向にはあるものの,その増勢には製造業を中心として落着きの方向を示している。

これらのことから,ここ当分設備投資の急増,したがつて能力の急増はおこりえないと判断される。とすれば問題は需要の動向であり現在の設備投資の増勢落着き傾向を定着させると同時にこれら総需要を今後とも現状程度の伸びに維持していくならば息の長い高度成長が達成できよう。

第2-25表 投資予測調査による設備投資の伸び率

付表1. 耐久消費材の機能分類品目内訳

付表2. 業種別原材料在庫残高の推計式


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