昭和44年

年次経済報告

豊かさへの挑戦

昭和44年7月15日

経済企画庁


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第2部 新段階の日本経済

3. 成長経済の苦悩

(1) 経済的アンバランス

1) 農業の近代化の遅れ

30年代以降の成長過程で,国民経済に占める農業の地位は,年とともに低下している。国内総生産に占める農業総生産の割合は30年度の15.2%から42年度には6.9%に下がつた。また,総就業人口に占める農業就業者の割合も,同期間に37.1%から18.8%と20%台を割り,43年度には18.0%となつた。労働の付加価値生産性を製造業と比較すると,35年ごろにくらべれば格差は縮小してきているが,なお製造業の3割弱である。( 第149表 )

第150表 農林水産業の国際比較

国際的にみても,先進諸国では,産業構造に占める農業の比重は小さく( 第150表 ),わが国農業のこうした方向は産業構造の先進国化を証明するものではあるが,なお多くの点で近代化の遅れがみられ,後進性を残している。

(ア) 近代化が遅れた要因

農業の近代化が遅れた第1の要因は,高度成長過程における農村からの人口流出が兼業の増加となり,また,地価の高騰などから農地の流動化が容易に進まず,農業経営規模の拡大が十分行なわれなかつたことである。わが国の農家は,経営規模の拡大が困難な事情のもとで,農家所得の増大をはかるために兼業に依存するところが大きかつた。農業センサスによれば,総農家数のうち兼業農家の割合は,30年に65%であつたものが,35年には66%に,40年には80%近くにふえている。

兼業の増大は,さきにのべたように(労働力移動の項),農家所得を増し,農家の生活水準を高めた。しかし, 第151表 にみるように,専業農家とそうでない農家とでは,農業各指標においてかなり大きな格差がみられる。兼業農家の増大は,一方で農業の立遅れを維持する要因ともなつている。

第2の要因は,零細な経営規模のもとでの技術の立遅れである。農業における技術は一貫した機械体系をなしておらず手労働が重要な役割を果たしていた。 第152図 は米生産費の費目別構成比を示したものである。機械等の利用を示す償却費は,35年より43年のほうが高まつてはいるが,なお,18%程度である。これに対し,雇用労働と家族労働とを合わせた労働費は,生産費のほぼ半分を占めている。人間のなまの労働が主要な比重を占めていることを物語つている。他の農産物でもほぼ事情は同じである。いま就業者1人当たり資本装備率をみると,41年には37万円と製造業の113万円に対し3分の1にすぎなかつた。しかも,零細経営では,機械を導入した場合でも,その稼働率は非常に低く,過剰投資になりやすいということも加わつて,農業の生産性の向上のために十分には寄与していないという場合もある。

第3に農業保護の制度が農業近代化の立遅れをもたらした点が指摘されよう

たとえば,農産物貿易の制限は国際収支や国内資源の有効利用等の観点からそれなりの役割を果たしてきた。しかし,それが結果的に農業近代化に対する刺激を弱め,農業近代化へのモメントを阻害している面もあることは否めない。

また,農地法による農地の権利移動等の統制が硬直的になつていること,あるいは,「生産費および所得補償方式」により米価が連年引き上げられたことも,その背景となつた諸条件が大きく変わつた現在では,農業の零細な生産構造を存続する結果をもたらしている。

(イ) 後進性の悪循環

高度成長の過程で農業近代化の遅れがみられ,後進性が温存されたが,このことがふたたび経済的アンバランスを助長するという事態がおこりつつある。それは,農産物価格の上昇という点にあらわれている。生産者段階での農産物価格は35年度から43年度の間に年率7.4%の上昇を示した。もつとも,43年度は天候にめぐまれたこともあつて,前年度比1.9%の上昇にとどまつた。

価格上昇の主要因の第1は,米を中心にして政策的に価格が引き上げられたことである。米についてみると,35年産米生産者価格にくらべ43年産米のそれは,実に98.4%の上昇となつている。零細経営による低生産性という条件の下で,他産業従事者の賃金の上昇に対応して,農業所得の増加をはかるためには,米価の引上げが容易かつ有力な手段であつた。そこで,産業連関表を利用して名目付加価値の増加に対する価格上昇の効果を計測してみよう。

第153表 米価と生産性の上昇率

まず農業就業者1人当たりの米作による名目付加価値額(名目生産性)は30年から35年までの5年間に23.1%,35年から40年までの5年間では81.4%増加した。( 第153表 )この名目生産性の増加を①米価の引上げ,②物的生産性の上昇および肥料等投入構造の変化の両者を反映する実質生産性の増加,それに,③投入品価格の変化という三つの要因に分解してみると,30~35年では名目生産性上昇の大部分は実質生産性の上昇(19.2%)にもとづいていた。これに対して35~40年では実質生産性の上昇は8.5%にとどまつた。それにもかかわらず,名目生産性が30~35年を大幅に上回つて上昇したのは米価の上昇によるものである。なお,42,43年は豊作により物的生産性の伸びが大きかつたので,名目生産性上昇に対する米価上昇の寄与率は35~40年の場合ほどではないものと推定される。

米価が連年引き上げられた結果,平均反収農家の米作による時間当たりの家族労賃は,43年産米価においてすでに製造業賃金(5人以上規模)を35%程度(5~29人規模に対しては79%)上回ることとなつた。時間当たり労賃がこのように高くなつたのにもかかわらず米作によつて自立した経営のできる農家が,なお少数にとどまつているのは,零細経営のためであつて,この問題の解決は米価の引上げではなく経営規模の拡大に道をもとめなければならない。

第154表 主要農産物の相対価格と労働報酬の変化

第2の要因は,コスト面からの価格上昇である。労働力流出と兼業化の進行とによつて農村でも雇用労働力は不足気味になり,農業労働賃金は上昇し,また,それに対応するための生産資材の投入は,急速にふえ,農産物コストはかなり上昇した。それにもかかわらず,生産性の上昇が鈍く,コスト増を相殺することができないでいる。「農家経済調査」と「農業及び農家の社会勘定」によると,農業生産のための資材およびサービスの投入は,35年度にくらべ41年度には実質値で約2.1倍となつているが,農業生産はこの間にわずか16%強の増加にすぎなかつた。また,農業労働費(農業労働日数×農業日雇賃金)は,同期間に約80%の増加であるが,この間農業労働生産性は約60%の上昇にすぎなかつた。

第3の要因は,農産物需給のアンバランスである。これは,国民生活の高度化にともなつて食生活が豊富になつたのに,農業生産が十分対応できなかつたからである。もともと農業生産は,気候や季節等に影響されるため,生産が需要にすぐ対応することがむずかしい性質をもつているが,それに加えて,価格の面で米の相対的有利ということもあつて( 第154表 ),他の農産物生産は需要の伸びほど進まないという点があつた。所得弾性値の大きい農産物の供給が思うようにふえず,反対に所得増加とともにその消費が減る傾向を示している米の生産が大きくふえているという事実にわが国農業の当面する苦悩をみることができる。こうした農産物価格の上昇は消費者物価を上昇させ,経済的アンバランスを大きくした。

以上のように,高度経済成長の過程で農業の相対的遅れが温存され,その遅れが経済的アンバランスを助長するという事態が生じている。このことはひいては経済成長そのものを阻害する結果になりかねない。こうした悪循環をたち切るには,従来のような価格政策などの制度の再検討とともに,国民経済全体の効率化と均衡のとれた発展を可能にするよう,農業構造を改善し,生産性の高い近代的な農業の建設を強力に進める必要がある。

(ウ) 農業近代化の新らしい芽

それでは,農業を近代化するための新らしい芽は育つているのだろうか。いくつかの具体例に即して近代化の可能性についてみてみよう。

近代的農業へ転換するための可能性として,第1に,農業の一貫機械化体系の整備をあげることができる。従来米作における機械化体系の穴は,田植機と刈取機が開発されていなかつたことである。しかし,神奈川県平塚農事試験場の結果によると,開発された手押し一条田植機でも従来の人力による田植と比較して労働時間が4分の1に減少する。しかも育苗器まで含んだ一揃いの田植機が,わずか12万円程度で購入でき,これまでの田植費用にくらべると,4分の1の支出ですむ。最近になると,動力付田植機が開発され,全国的にも普及されようとしており,この場合にはこれまでにくらべさらに田植労働時間は6分の1に減少する。また,32万円程度で購入できる刈取機による刈取時間は,人力による場合の10分の1ですみ,支出は7分の1に低下する。なお,刈取機による刈取から脱穀までの時間も慣行のものにくらべ4分の1に低下する。これらを使つて生産した場合, 第155表 の試算にみるとおり,従来にくらべてかなり生産費が低下すると思われる。田植機と刈取機の出現によつて,トラクター-田植機-防除機-刈取機-脱穀・もみすり・乾燥機という日本的な機械体系が整えられ,米作における機械化体系の穴がうずめられる試みが出てきたわけである。

こうした機械体系の整備はつぎのような効果をともなつている。①生産規模拡大の可能性が生まれてきた。従来,水田経営の適正規模はせいぜい3ヘクタール程度(現在は,全国平均1戸当たり0.6ヘクタール)といわれていたが,1貫機械体系の成立によつて,これが6ヘクタール程度に拡大された。②農業労働時間の急減によつて,流出が鈍つていた農業労働力がふたたび農外に押し出される可能性がでてきた。10アール当たり稲作投下時間は現在の140時間から70~80時間へほぼ半減するとしている。③機械を導入できるものとそうでないものとの格差が拡大し,このことが,農民の間で農業を縮小したり,あるいは離農したりするものと農業経営の有利性を求めて規模拡大をはかるものとの分解を促進する条件にもなるとみられる。

しかし,機械体系が完成されたといつても,いくつかの問題が残されている。一つは,この機械体系は,外国のトラクターを中心にした作業機の集合体系とは違い,それぞれの作業機が個々に独立しており,それだけ体系整備のための投資額が多くなることである。二つは,機械の経済的適正規模が6ヘクタールとされているだけに,個々の零細農家がそれぞれ所有したならば,直ちに過剰投資になることである。農業の機械化の進展は,機械の共同所有,共同利用あるいはいわゆる請負い耕作など生産の組織化や自立農家の育成といつた経営形態自身の転換とむすびつけて考えなければならない。

農業近代化の新らしい芽として第2にあげられるのは,都市化の影響がいちじるしい愛知,神奈川県等におけるいわゆる請負い耕作,佐賀,山形県の集団栽培,あるいは全国的にみられる共同作業,協業経営などによつて生産性の向上生産規模拡大の努力がなされている点である。これらは兼業の進行,人手不足の激化などを背景に機械の導入などを契機にして生産の組織化が進められ,実質的に生産規模を拡大しようとする萌芽である。場所によつて組織化の程度に違いがあり,また,地価上昇や利益,賃金の分配の問題などこうした動きを阻害する条件もあるが,上記諸県の場合はいずれもかなり高い生産性の上昇を示している。これらの例では,規模拡大のためにさきにのべた機械の普及は大きな力となろうとしている。都市近郊の神奈川県下の一例では,田植機,刈取機の使用などとあいまつて生産の組織化が昨年,本年と急速に進み従来より労働生産性はもとより,土地生産性も高くなり,これに参加した農家は,かなり高い農業所得の増加を享受している。一方米作中心の先進地域では中大型トラクターを中心とする生産組織が田植機,収穫機の普及等によつて一貫機械化体系を確立しつつある。このような一貫体系の整備が進めば,農業経営の組織化,効率化はさらに高められよう。

第3は,流通機構の近代化によつて農業の効率化が進められている点があげられる。たとえば,岩手,神奈川県下の例によると,生産者の共同出資などによつて,豚肉の処理,加工,貯蔵,販売などの施設が設立された結果,その傘下では豚肉の流通段階が簡素化され,計画的な生産,出荷が行なわれるようになつた。そして多頭飼育経営も進んでいる。また,首都圏周辺等において卸売市場の分散増設が進み,生産者団体による集配センターの試みもみられる。これらの市場によつて小売店の注文に応じた集荷体制がとられ,一方生産者段階では計画的な生産,出荷体制も組まれようとしている。それによつて生産面での近代化も促進されることになろう。しかしまだこうした動きは緒に着いたばかりで,十分な働きがなされているわけではない。それに市場施設の不備の問題もあるし,また零細小売店舗が多いため,需要予測がつかみにくいなど需要と生産の場が密接に結びつけられにくいということもあろう。今後,流通近代化がさらに進み,小売店の大型化,チエーン化などの大量需要と計画的な大量生産,出荷とが進んだ情報システムによつて結合したならば,需要と生産の距離はいつそう短縮するだろう。それは,価格安定にも役立つことになろうし,生産の場での効率化を進めることにもなるだろう。

以上みてきたのは,まだ,きわめて部分的,萌芽的な現象にすぎないが,機械の普及が生産規模の拡大を可能にし,また,生産規模の拡大が機械の普及を速めるとか,流通段階にあらわれた新らしい芽が生産段階を近代化し,さらにそれが流通の効率化をもたらすなど,相互に影響し合いながら農業全体に飛躍的な革新をもたらす可能性を秘めている。こうした状況をふまえつつ,近代的な農業への転換をはかるための,これからの農業政策のあり方としては,農地流動化による規模拡大,協業等集団的生産組織の育成,流通機構の整備,農業機械化技術の改良等の政策努力が要請される。同時にいまや農業問題は構造政策ひとつとりあげても明らかなように,他の政策分野と関連するので,政府全体としてこれを推進するという総合的な配慮が必要であろう。

2) 中小企業の近代化の遅れ

わが国の中小企業は,発生と消滅をくり返しながら,ふえつづけている。31年から41年にかけて,中小製造業(従業者数1~299人)の事業所数は43万から59万へ,また中小卸小売業(同1~49人)の商店数は138万から165万へと増加した。

これらの増加は,30年代前半よりも後半の方がいちじるしい。しかも製造業では,1~9人層の零細企業の増加が目立ち,卸小売業では家具・じゅう器,繊維,身回り品,食料品などの零細商店が増加している。

第156表 中小企業・大企業別および重・軽工業別の構成(製造業)

中小企業は,これまで日本経済の後進性をあらわすものとしてみられてきたが,近年の経済成長のなかで,それはどのように変貌してきたであろうか。

(ア) 大企業との生産性格差

高度成長の過程で労働需給がひつ迫して,中小企業の人手不足は深刻化した。31~36年にくらべて36~41年では,製造業の従業者数増加のうち,中小企業が吸収した労働力の割合は58%から79%へと高まつているが,絶対数では158万人から123万人へと減少した。こうした労働力不足を反映して,中小企業では大企業を上回る賃金の引上げが行なわれ,大企業との賃金格差はしだいに縮小してきている( 第157表 )。この面では,かつての経済的アンバランスが高度成長の過程で解消の方向へ進みつつあるといつてよいであろう。

しかしながら,一方では,中小企業と大企業の生産性格差はそれほど縮小していない。たとえば,従業者数1,000人以上の大企業と,従業者数20~49人の中小企業との生産性(純付加価値額)格差は,31年の36%から,36年37%,41年45%へと,わずかに縮小したにとどまつている。

こうした中小企業と大企業の生産性格差の背景には資本装備率の格差が大きな原因となつて働いている。資本装備率の格差は, 第158図 にみるように,賃金格差,生産性格差以上に大きく,軽工業にくらべ重工業の方がいちじるしいが,製造業全体でみると1,000人以上の大企業を100とすると,20~49人の中小企業の資本装備率は,41年には28ときわめて低水準にとどまつている。このような資本集約化の遅れと,賃金の大幅な上昇は,中小企業の労働分配率を相対的に高めることになつた。もつとも,中小企業は乏しい資本と低い賃金で経営をつづけているが, 第159図 に示すように,労働力の不足,賃金の上昇によつて労働から資本への代替が漸次進みはじめている。もちろん,中小企業と大企業の生産性格差を縮小するには,資本装備率を高めるだけでなく,これとならんで製品の高級化,品質の向上,販売力の強化などが今後ますます必要になろう。

(イ) 中小商業の立ち遅れ

わが国の卸小売業の商店数は30年代なかばにやや減少を示したが,その後ふたたび増加し,41年には166万店に達した。このうち卸売業が29万店,小売業が137万店となつている。卸小売業の商店数は毎年4~5%の廃業に対して,他方では6~7%という新規商店が発生しているが,いま33~37年と37~41年をくらべると, 第160表 にみるように大企業の商店数,従業者数はひきつづいで大きくふえつづけ,このため,卸小売業のなかで中小企業の相対的比重は下がつているが,中小企業の商店数,従業者数は,最近のほうがはるかに高い増加率を示している。これには,大都市周辺や農村の都市化で,比較的小資本で開店可能な零細自営業主が増加したことや,商工業間の労働条件の差による若年労働力のホワイト・カラーへの志向などがその要因として考えられる。

地域性をもち,多様な商品を扱い,不特定な多数の消費者を対象とする小売業は,国際的にみても各国ともかなり多く,しかも零細商店が圧倒的な比重を占めている。そのなかで,わが国の商業はいくつかの異なつた特徴をもっている。

第161表 商業の就業構造

第162表 小売店の国際比較

その第1は,家族従業者の割合が高いという点である。卸小売業166万店のうち,雇用者をもたないいわゆる個人商店は,約70%の114万店にものぼつている。従業者数のなかで,家族従業者の割合をみても 第161表 に示すように,先進国に比較してかなり高い。家族従業者を主体とする多くの零細商店は企業というよりも,生業的性格がつよく近代化意欲も乏しい。

第2は,生産性の低さである。わが国の小売業の店舗数はヨーロッパ諸国にくらべてはるかに多く,アメリカの170万についで137万にものぼつている。1店舗当たりの人口数,従業者数は,アメリカ,イギリス,西ドイツなどと比較するとかなり少なく,とくに1人当たり販売額での格差がいちじるしい( 第162表 )。そのうえアメリカ,イギリスなどの小売業者では, 第163表 にみるように規模による相異はそれほどみられないが,わが国の小売業では大型店と零細小売店とで1人当たりの販売額の格差が極端にひらいている。こうした小売業の零細性と生産性の低さが,わが国商業全体の労働生産性の低さをもたらし,工業との相対生産性のうえでも先進国と比較して商工業間のひらきを大きくしている( 第164表 )。

第3は,流通機構が複雑なことである。細分化された小口需要,多様な商品,小規模な生産単位,はげしい季節性などによって,わが国では生産者から最終消費者に至る商品の流通パイプが長い。とくに伝統的な商品である繊維品,食料品などでは,生産者と小売店との間に2次店以下の中間卸売業,あるいは仲買人などが多数存在している。

卸売業者の販売先をみると,アメリカでは卸売業者へ15%,小売業者へ41%,一般産業需要者へ38%という割合となっているが,わが国では卸売業者に38%,小売業者24%,一般産業需要者25%と,卸売業者が同じ卸売業者へ販売する比率は高く,卸売業と小売業との間に多層の流通段階が存在している。

複雑な流通機構は,市況の変動に対するリスクの回避,軽減という面もあるが,流通コストを高め,消費者物価高騰の一因となって作用しているばかりでなく,多数の零細な卸小売業を存立させるという側面をもっている。

(ウ) 零細部門の就業者の増加

大企業との生産性格差は,同じ中小企業でも規模が小さくなるほど大きいが,最近こうした零細経営層の就業者が,自営業主,家族従業者を中心に増大するという現象があらわれてきた。

就業構造基本調査でみると,40年から43年にかけての就業者の増加数422万人のうち,業主,家族従業者の伸びは60万人足らずであるが,伸び率でみると第2次および第3次産業では雇用者を上回る勢いで伸びている( 第165表 )。

自営業主の増加は,業種によつて特徴を異にしている。概して,製造業での零細業主の増加と,流通,サービス部門での大規模化の動きが目立つている( 第166表 )。また,非農林業の雇用者から非農林業々主,家族従業者への移動がふえてきたことも特徴である( 第167表 )。

経済成長にともなつて農林業就業者がへり,雇用者がふえることは周知のとおりだが,非農林業の業主や家族従業者の割合を国際比較してみると,一般に国民所得水準が高まるにつれて小さくなつていく( 第168図 )。このなかで,日本は,非農林業業主,家族従業者が38年頃から再びふえてきたことと,その割合が高いという点で特異な存在となつている。

零細部門で就業者が増大しているのはどうしてだろうか。

一つには,一部で所得水準の上昇とともに消費が多様化,高度化し,新製品の需要が創出されたり,手工業的な生産形態による高級品の需要が高まつたことである。サービス業や繊維,衣服・身回り品などでふえているのはこうしたことの反映であろう。この種の零細企業は,概して特殊な用途のための生産様式をとり,規模の経済も働きにくく,今後経済が発展しても存立の基盤を失うことはないであるう。

二つには,消費需要の増大を背景に,零細部門の業主所得を上げ,それを消費者物価に転嫁しても成り立つ業種があることである。このような部門では,生産性が低くとも企業の陶汰がおこりにくい。

三つには,最も重要なことであるが,労働力の供給側の要因が考えられる。

製造業々主および雇用者の中身をみると,老令化と女子化の傾向が強まつている。自営業主の場合,零細業主が後継者のないまま老令化し,零細化していく場合がある。また,労働力不足に対応する手段として大企業が下請依存度を増大させていることもあるし,雇用者のなかの中高年令者などが老朽化した機械設備をもらいうけて独立するというケースが地方産業などではふえているといわれている。

こうしたことが,金属加工,織布などで,いわゆる1人親方の増加の原因になつている。もつとも,その実態は明らかではないが,低い生産性を長時間労働でカバーすることによつて,所得としてはかなり高いものを得ているのではないかと想像される。

このように零細部門就業者の増加には,一方で消費の多様化などにともなう前向きの増加もあるが,他方近代化の過程のなかで,一時的過渡的現象として,従来の生産性の低い零細部門が温存され,時には増加することによつて生じた面がある。

(エ) 中小企業の近代化への対応

これまでみてきたように,経済成長は中小企業の発展をもたらすとともに,他方ではその過程でその後進性を温存する面もあり,この後進性がさらに,経済的アンバランスを助長しているという面があつた。しかし,最近ではこの中小企業の後進性を脱皮するような動きもでてきた。

第1は,製造業で労働節約的な機械が積極的に取り入れられるようになり,省力化への努力が行なわれていることである( 第169図 )。

省力化の内容,対象は中小企業の規模や作り出す製品,業種によつてさまざまであるが,機械加工では数値制御工作機械,金属加工では油圧プレス,自動溶接機,繊維では高性能な自動織機,自動編機など中小企業においても新らしい機械設備の導入が活発化している。これらは,総じてみれば,主生産工程部門に力点がおかれており,限られた資本を集中的に投入して省力化の成果をあげようとする努力のあらわれである( 第170図 )。

第2は,団地化,協業化などの共同化への動きである。大企業に比較して生産,販売,金融などの面で,はるかに劣つている中小企業が共同化によつて相互に支援し合い,事業協同組合を結成し,その相対的立場を強めようとする歩みは,かなり古い歴史をもつているが,労働力の不足,用地の狭あい化,輸送難,公害問題など中小企業をとりまく環境の急速な変化のなかで,より積極的に共同化を進めようとする動きが活発化している。いくつかの中小企業がその独立性を守りながら行なう工場団地の建設は36年からはじめられたが,44年3月末にはその数は120団地にのぼつている。また,複数の中小企業が事業活動を統合して共同経営を行なう協業組合は,42年以降44年3月末にかけて,食品,家具などの業種であいついで設立され,233組合に達した。

こうした共同化の動きは,共同施設の利用という面からさらに進んで,歯車,油圧機械などでは,いくつかの中小企業が共同の事業会社を設立し,新鋭機械の導入による量産化,コスト引下げ,品質の向上などをはかるという動きとなつてあらわれてきた。

印刷機械,パルプ,印刷では,中小企業のグループ化による共同受注,共同研究,共同検査なども行なわれ,織布,マッチ,洋がさ骨などでは業界ぐるみの体質強化や構造改善をすすめはじめている。また,金属洋食器,刃物,眼鏡わくなどの産地では,輸出統一ブランドの制定によつて輸出の拡大をはかろうとしている。新らしい事態に対応する動きは,業種や地域によつてさまざまであるが,その特殊性を生かした新たな動きが注目される。

他方,卸小売業の分野でもそれをとりまく環境は変化しており,そのなかから近代化の芽が生まれている。その第1は,流通施設の整備である。取引量の増大や商品の種類の増加に加えて交通事情が悪化したため集配機能が低下しているが,東京,大阪,高崎,札幌などでは,卸総合センター,卸商業団地が建設されて効率の回復をはかり,また,大都市周辺では貨物自動車ターミナルの建設,倉庫の集団化などが進められている。これらは,長い流通のパイプを短縮する役割も果している。こうした動きを積極的に助成するため,去る41年には「流通業務市街地の整備に関する法律」が成立し,資金の貸付等の配慮もなされている。また,政府関係金融機関,中小企業振興事業団などによる融資制度も実施されている。このような流通施設の整備によつて,大量生産と大量消費を結びつける大量販売体制も促進されるであろう。

第2は,大型総合小売店の台頭である。最近,低マージン,高回転,セルフ・サービスという新しい商法によつて大量販売体制をとるスーパー・ストアやディスカウント・ハウスなどが進出している。これらは,多店化,チエーン化を進め,食料品,衣料などの日用品から家庭電気製品などの耐久消費財まで取扱品目を広げ,また,割賦販売方式をとるなどして大型総合小売店へと進んでいる。また,わが国でもアメリカにみられるように大都市郊外に百貨店やスーパー・マーケットを中核として多数の専門店,サービス施設などを単一企業体が計画的に建設する「ショッピング・センター」の構想も生まれている。

第3は,メーカーの流通部門への進出と小売店の系列化が進んでいることである。自動車,家庭電気製品,家庭用ミシン,化粧品,医薬品などでは,メーカーが別に販売会社を設立したり小売店を組織化したりする動きが盛んになつている。これらが,不必要な推奨販売等により非価格競争を招来することは注意しなければならないが,合理化を通じてコストの引下げに役立つ可能性も高いので消費者行政の観点からの正しい育成がのぞまれる。

第4は,中小小売店の側でも,以上のような動きに刺激されて,チエーン化などを通じて実質的な規模の拡大をはかろうとする動きが活発になつていることである。異業種商店による寄合い店舗の設置,既存商店街の近代化,さらには共同仕入れ,共同販売,共同配達などの同業種間の協業方式をとるボランタリー・チエーン化なども進んでいる。44年3月末には,チエーン数は107,加盟店数は27,600に達した。

こうした流通近代化への芽ばえは,加工技術の進歩によつていつそう促進されようとしている。たとえば,食料品の流通についてみると,近年冷凍,缶詰など加工食品の発展,米,食肉,野菜などにおける集中処理,プレパッケージの発達あるいは「マスプロどうふ」の進出などによつて,しだいに職人的な技術をもとにした零細な小売店の存在を不安定にし,大型総合小売店の発生や小売店のチエーン化の基盤をつくりだしている。また,そうした流通の近代化は製造,加工業を発展させ,それがひいては農業のあり方を変えたり,他面では消費者を大量購入に仕向けるなど相互に作用しながら,生産,流通,消費を通じる近代化を促がすことになろう。

中小企業をとりまく環境には,特恵関税の供与,開発途上国の追い上げ,労働力不足の進展などきびしいものがあり,中小企業の近代化はますます要請されている。以上のような近代化の芽を育てるとともに,新らしい事態に対応して成長部門への円滑な転換をはかることも必要であろう。

3) 消費者物価の上昇

消費者物価の上昇は,わが国経済の成長過程で生じた最もきびしい苦悩である。

急速な経済の拡大過程である程度の物価上昇は避けられない面もあつたが,反面で物価上昇は実質的な生活水準の向上をさまたげるとともに,貯蓄の減価,老人世帯の生活難をもたらし,また,地価の高騰は価格メカニズムが働きにくい社会資本の整備を遅らせ,国民の不満感を高めることとなつた。

物価上昇には,さきにみたように経済成長のなかで低生産性部門の近代化が立ち遅れてきたことが大きく影響している。しかし,近年では,こうした要因に加えて,労働力不足の進行を背景とした賃金の急速な上昇が,消費需要の堅調と相まつて物価上昇を根強くする要因になりつつあるようにみえる。以下では,40年代における物価動向を中心に,物価上昇要因の動きと賃金上昇がおよぼしつつある影響についてみよう。

(ア) 物価上昇要因とその変化

消費者物価は,30年代後半から強い騰勢に転じた。30年代前半には年平均1.5%程度の上昇にとどまつていた消費者物価は,後半には6.2%の上昇となつた。40年代に入ると上昇率は4.8%とやや鈍化したが,その騰勢の基調に大きな変化はみられない。他方,30年代後半には安定的な推移を示していた卸売物価も40年代に入ると年平均1.7%の上昇となつている。

第171表 卸売・消費者物価の上昇率

30年代後半における消費者物価上昇の主役を演じたのは,農水畜産物,中小企業性製品,サービス料金であつた。急速な経済成長の過程で農業,中小工業,流通サービスの近代化が立ち遅れ,これらの分野で労働力不足を背景に大幅な賃金・所得の上昇が生じ,これを旺盛な消費需要のなかで製品価格に転嫁しえたのである。

このような物価上昇のパターンは40年代に入っても基本的には変つていない。たとえば,農水畜産物,中小企業性製品,サービスの3者による消費者物価の上昇寄与率は,30年代後半には約96%であつたが,40~43年平均でも約92%といぜん高いウェイトを占めている。

もつとも,40年代に入つてからの消費者物価の上昇内容をやや細かくみると部分的にではあるが物価上昇のテンポを鈍化させているものもある反面,物価上昇を根強くさせているものもあるなど,微妙な変化もみられる( 第171表 )。まず,生鮮食料品と流通費用比率(消費者物価に占める流通費用の割合, 第171表の備考参照 )の上昇率は鈍化している。生鮮食料品は,30年代後半は年平均9.7%の上昇であつたが,40年代に入つて5.8%と鈍化した。とくに季節商品は12.3%から5.2%へと上昇率は大幅な低下を示した。これは,施設栽培が普及したこと,果物生産に大きなウェイトを占めるみかんの増産がいちじるしかつたこと,都市近郊から遠隔地に移動した野菜の主産地が次第に安定した生産をあげるようになつたことなど,供給体制がやや遅れをとりもどしてきたことによるところも大きい。30年代後半には年平均2.9%の伸びであつた野菜の生産は,40~43年には6.9%の増加を示し,果実も4.1%から12.6%へと伸びが高まり,需給関係の好転は生鮮食料品の物価上昇率を鈍化させた。

これまで流通コストの上昇は,消費者物価上昇の大きな原因の一つであつた。卸売物価,消費者物価両指数に共通する消費財についてみると( 第176図 ),30年代後半には卸売物価で年率約3.0%,消費者物価で4.1%の上昇であつたから,流通コストの上昇率が卸売物価のそれをかなり上回り,流通費用比率の高まりが消費者物価の上昇に大きく影響していることがわかる。しかし,こうした流通費用比率の上昇は40年代に入つて鈍化したようにみえる。たとえば, 第172図 のように,農水産物や中小企業性製品ては,卸売物価と消費者物価が40年頃から次第に並行した動きを示し,その結果,消費財の共通品目については40年代に入つて卸売物価の年平均3.7%の上昇に対し,消費者物価は4.0%の上昇にとどまつた。こうした流通費用比率の動きの背景には,萌芽的なものではあろうが,すでにみたようにたとえば野菜などにおける集荷体制の新らしい動き,スーパー・ストアーやディスカウント・ハウスといつた大型総合販売店の出現が,徐々に効果をもたらしているものとみられる。

またサービス料金では,40年代に入つて民営家賃・間代,対個人サービス(外食を除く)などの騰勢が鈍化した。

しかし,反面では根強い動きを示しているものもある。農水畜産物のなかでも米麦は毎年の米価引上げから上昇率が高まり,サービス料金でも交通関係などの公共料金が上昇率を高めた。

また,消費財工業製品についてみると,中小企業性製品は,41,42年に賃金上昇率が鈍化したこと,加工食料品が原料価格の落ち着きから騰勢を鈍化したことなどにより上昇率が低下したが,全体としての騰勢の基調にほとんど変化はみられず,また,これまでは比較的落ち着いていた大企業性製品が40年代に入つてやや上昇率を高めた(前掲 第171表 および第1部 第28表 )。大企業性製品の上昇には,たばこ,牛乳,新聞などの値上がりや全般的に上昇鈍化傾向にある流通費用比率が,大企業性製品の場合むしろやや拡大していることがひびいていよう。

なお,中小企業性製品の上昇の背景には,つぎにみるように近年における賃金や業主所得の強い上昇傾向が一面で企業のコスト圧力を強めるとともに,他面では旺盛な消費需要を支える要因となつていることも見逃せない。以上のように,40年代に入つてからの消費者物価の動きには,部分的にではあるが上昇率が鈍化しているものもみられないわけではない。しかし,消費者物価全体としては,経済の急速な成長過程で生じた低生産性部門の立遅れがいぜん物価上昇の大きな要因となつており,加えて40年代には消費財工業製品とくに大企業性製品の上昇率もやや高まつたため,物価上昇の内容を品目別,特殊分類別にみると,30年代とちがつてそれぞれの項目の上昇率がそろつてくるという状態も生じてきている( 第173図 )。

(イ) 賃金上昇の物価面への影響

近年の賃金上昇は,次第に企業の人件費コストを高めつつある。労働力不足の進行するなかで,賃金格差が縮小し,中小企業では大企業を上回る大幅な賃金上昇が生じ,物的生産性の低さもあつて,人件費コストは上昇した。日銀調べ「中小企業経営分析」によつて,30年代以降の売上高に占める労務費比率の変化をみたものが 第174表 である。大企業ではほぼ横ばい状態であつた。しかし,中小企業では32~36年11.5%,36~39年12.9%,39~42年13.6%と期を経るごとに労務費比率を高めてきた。しかも,こうした傾向は,食料品,繊維,衣服・その他の繊維製品,パルプ・紙・紙加工品など消費関連業種でいつそう強い。 第175表 は,企業が賃金上昇をどのような形で吸収したかを示したものである。大企業では,賃金は,35~39年10.2%,39~42年11.3%と上昇したが,両期間とも賃金上昇の大部分を吸収したのは物的生産性の上昇であつた。しかし,大企業でも40年代に入ると,多少製品価格の上昇で吸収するという面もみられるようになつてきたことが注目される。他方,中小企業では,この間賃金は13.1%,12.5%と大企業を上回る伸びを示したが,物的生産性上昇率の低いことから製品価格の上昇で吸収した割合は大企業にくらべかなり大きい。業種別にみると,消費関連業種において製品価格への転嫁がより大きい。しかも,この傾向は,40年代に入つて,中小企業でも物的生産性上昇率はやや高まり,それによつて賃金上昇を吸収する割合が上昇したものの,分配率や付加価値率の上昇に限界があることからいつそう強まることとなつた。

もちろん,以上は中小企業を全体としてみた場合のことであり,個々の業種や品目についていえば,供給側の事情だけで賃金上昇を価格に転嫁してきたわけではない。経済成長過程で消費構造が変化し需要が急速に減少した商品では,生産の合理化や業種転換をはかる過渡的な段階で競争制限的な配慮もされ,需給関係とは逆に価格が上昇したものもあろう。しかし一般的にいえば,中小企業は市場支配力が弱く,価格形成は需給関係による市場決定型であり,したがつて,中小企業製品の価格上昇が可能だつたとすれば,それは強い需要圧力の存在を背景に,需給関係がひつ迫していたという事情があつたからだといえよう。

第176表 にみるように,中小企業性消費財では,実質出荷額や産出事業所数の増加が大きいものほど価格上昇も高い。このことは,需要増加率の高いものほど供給体制がそれに追いついていないことを示すものである。

消費関連業種における規模別の出荷額の変化をみると,大企業にくらべ中小企業の伸びの方が高いが,大企業では労働生産性の上昇による供給の増加が大きいのに対し,中小企業ではむしろ事業所数の増加によつて供給力を高めており,こうした傾向はとくに小企業で強い( 第177表 )。中小企業におけるこうした形での供給増加は大企業製品にくらべて需要増加への対応にずれが生じがちであり,そのことは賃金コスト圧力の上昇とも相まつて,中小企業製品の価格上昇を生みやすくしている。小規模事業所のふえ方が大きい業種ほど価格上昇率が高いこともこのような事情を反映したものであろう( 第178図 )。

以上のように,賃金の急速な上昇は,企業の賃金コストの上昇傾向を強め,中小企業とくに消費関連の中小企業への影響度を高めてきた。しかも,40年代に入つて大企業にもその影響がみられはじめるようになつた。

今後,労働力不足がきびしさを増すにともない賃金上昇が加速される可能性が強まつてくることは避けがたいと見られる。しかし,それに見合つて労働生産性が上昇しなければ,賃金コストの増大は企業収益や製品価格に対する強い圧迫要因とならざるをえない。このような傾向が消費関連業種に多いことは,消費者物価にあたえる影響がより大きいということを示している。その意味で今後の消費関連業種における賃金や物価の動きは注目を要するものがある。

(ウ) 物価安定の方向

消費者物価の上昇は,経済成長の過程で生じたアンバランスの集約された表現である。しかも,近年においては労働力不足の進行にともなつて,賃金・所得は大幅に上昇し,コストの増大,消費需要の強まりなどを通じて,消費財工業製品の騰勢をいつそう強めることとなつた。もしこのような状態がつづけば消費者物価の上昇のみならず,卸売物価の水準をも上昇させ,ひいてはわが国の強い輸出競争力にも影響なしとしない。

一般的にいつて成長率の高い経済では,多少の物価上昇か避けられない面もあろう。経済成長と物価安定との間には非両立的な関係,つまり,トレード・オフの関係があるとされている。

しかし,トレード・オフの関係は市場条件,賃金・所得・価格形成に関連するいくつかの制度や慣行を背景にして成立するものである。その意味で後進部門の近代化や労働力の流動化など構造政策の推進とあわせ,制度や慣行のなかにある硬直性や競争制限的な要因が打破されなければならない。また,物価や賃金・生産性のあり方などについての国民的な認識の広がりが,今後の物価安定のためより必要な課題となつてこよう。

4) 金融構造のひずみ

金融は企業の投資活動を支え,成長通貨を供給することによつて戦後の経済成長に貢献してきたが,同時にその過程において金融面でいくつかの問題がとり残きれてきた。

(ア) 公社債市場の未発達

戦後の経済成長の過程では,間接金融方式が圧倒的な比重を占めてきた。また同時に企業のオーバーボロウィング,銀行のオーバーローンが生じたわけであるが,こうしたなかで金融構造のひずみが端的にあらわれたのは公社債市場である。公社債の発行条件が十分に弾力的でなかったうえ,その水準もさまざまな政策的要請もあつて資金需要の実勢にくらべ総じて低泣に固定されてきたが,一方では経済成長を反映して根強い資金需要がつづいたため,公社債市場にはいくつかのひずみが生ずる結果になつた。

第180表 社債発行企業の格付け別経営指標

第179表 公社債の消化状況

このように低利に固定された結果新発債は投資対象として魅力の少ないものとなつたが,それに加えて個人や機関投資家の金融資産蓄積が不十分であつたこともあつて,これまで公社債の消化先は銀行にかたよつてきた( 第179表 )。このため起債市場の規模も思うようには拡大せず,投資家の「広がり」と「深さ」を不十分なものにし,流通市場も未発達の状態がつづいた。また低利の発行条件のもとでは,起債希望額がほとんど恒常的に消化可能額を上回る結果となり,そのため金利メカニズムによる資金需給の調整作用が働かず,「起債調整」という人為的な調整がしばしば行なわれてきた。

これを事業債についてみると,個別会社の起債額は引受証券会社・受託銀行など起債関係者の話し合いによつて決定され「格付け」などが判断基準として用いられた。しかし,「格付け」は本来,債券の安全性を評価するための基準であつて必ずしも収益性,成長性といつた面での各企業の実力を反映したものではない( 第180表 )。社債市場で資金調達を行なう企業のなかには公共性が強く伝統的に社債を主要な資金調達手段としてきた業種もあつて,一概に市場原理で割り切れない面もあることは否定できないが,話し合いによる配分では適正な資金配分が必ずしも期侍しえない状況にあつたといえよう。

第181図 公社債の銀行消化比率

また,発行条件が非弾力的であるため,企業自身で発行条件を主体的に選択することができず,発行条件を通じる需給の調整はほとんど行なわれない状態になつている。

こうした公社債市場のひずみは,最近の経済構造の変化のなかで,次のような矛盾となつてあらわれてきている。

その第1は,第1部で述べたように,既発債市場が急速な拡大をみたことである。この結果市場の実勢価格が顕在化するようになり,市場原理にもとづく金利形成の基礎ができるという面があらわれている。しかし,同時に,発行条件が固定化されているため,金融ひつ迫期には,発行条件と市場の実勢価格とのかい離が目立ち起債環境をいつそう悪化させる要因となつてきている。

第2は,主たる消化先であつた銀行が資金効率重視の方針から公社債とくに金融債の消化に消極的になつていることである。その結果, 第181図 にみるように,従来の金融ひつ迫期と異なつて銀行の消化比率が低下傾向をつづけ,一部の新発債には実質的売れ残りも生じている模様である。したがつて,これまでのように発行条件を低位に固定して銀行中心の消化方式を踏襲することは,かえつて起債市場を縮小均衡させることになるであろう。

しかし,このような公社債市場にも将来の発展につながると考えられる新しい動きが出ている。それは若干ながら保有者層が多様化していることである。 第182表 が示すように長期的にみると個人保有が増加している一方,既発債を中心に機関投資家の保有も増加している。このことは発行条件を弾力化することによつて,公社債市場に「広がり」を持たせることが可能になつてきていることを意味している。

公社債市場のひずみは発行条件が低位に固定されていることなどから生じたものであるが,発行条件の低位固定がそれ自体としてさまざまな政策的役割をになつていたことはいうまでもない。これらの政策目標が現在もそれぞれ重要な意味をもつことはもちろんであるが,これらが他方で公社債市場の発達,資源配分の効率化という政策目標を犠牲にしてきたことも否定できない。公社債市場に新らしい動きがでている今日,これら政策目標間の相対的重要性について再検討する時期がきているといえよう。

(イ) 企業のオーバーボロウイング

企業の借入依存が高まつたことも,経済成長の過程で生じた大きなひずみの一つであつた。30年以降,産業構造が重化学工業化するのに応じて,法人企業の設備投資が急増し,企業部門の貸金不足は急速に拡大していつた。一方,資金余剰部門である家計の貯蓄は流動性や安全性を求めて金融機関に集中した。このため,資本市場の発達が相対的におくれた。さらに税制面でも,借入れが有利であるという条件があつたので,企業は銀行借入れによつて大部分の資金を調達するという行動をとつた。その結果,借入依存度が高まり,資本構成が悪化することとなり,そのことがわが国企業の財務構成の特色として定着することになつた。自己資本比率の低さという経済的アンバランスは,資本市場の発達が不十分なもとで,企業規模が急速に拡大したことによる必然的な帰結であつたともいえる。しかし,こうした自己資本比率の低さは40年不況期における収益の大幅減退にみるように不況抵抗力の弱さとなつてあらわれ経営の安定を失わせる面をもっている。

幸い,40年不況の苦い経験と資本自由化の進展のなかで,各企業とも財務体質の強化に漸次力を注ぐようになつてきた。

すでにみたように,自己金融力の高まりに伴つて企業財務面のひずみは若干ながら改善の方向に向つており,企業体質の強化が徐々にではあるが実を結んでいる(前掲 第123図 )。もちろん高い経済成長がつづき自己資金を大幅に上回る企業投資が行なわれる限り,今後とも自己資本比率の低下はある程度避けられないが,企業が高い成長をつづけながら,企業体質の強化に意欲的になつている姿は将来への新しい芽として評価できよう。

(ウ) 銀行のオーバーローン

30年代の高度成長の過程は,都市銀行のオーバーローンという経済的アンバランスが定着した過程でもあつた。オーバーローンは都市銀行がその信用創造機能を極度に利用して取引先企業の資金需要に貸し応じ,現金準備の不足は,恒常的に多額の日銀借入れ,あるいはコールマネーの取入れによつてまかなつてきたために生じてきたものであるが,同時に新金融調節方式が導入された37年まで成長通貨が市中金融部門に対する日銀貸出を通じて供給されたこともその背景となつている。

第183図 都銀の外部負債依存度とその他金融機関の余資運用比率の推移

37年以降成長通貨が債券売買によつて供給されることとなつたため,市中金融部門全体として日銀借入増大の必要がなくなり,都市銀行の日銀借入依存度も大幅に低下している( 第183図 )。しかし,39年3月からの金融ひつ迫期には都市銀行が大量にコール資金を取入れる一方,農協系統金融機関,相互銀行,信用金庫等ではコールレートの上昇に応じてコール運用の比率を引上げたため,都市銀行のオーバーローン,その他金融機関の余資増加というアンバランスが目立つようになり,これがいわゆる「資金偏在」として問題となつた。

このような都市銀行のオーバーローンも,外部負債依存度からみる限り40年1月の引締め解除後は最近に至るまで漸次改善の方向に向かっている。しかしその是正過程に問題がなかつたわけではない。公社債市場が未発達のもとで,債券売買による成長通貨の供給が行なわれることとなつたため,日銀信用の調節が機動的に行なわれにくいという面があつた。また資金需要が貸出金利の低い都市銀行に集中するという構造に変化が生じていないため,金融ひつ迫期に都市銀行の資金ぐりが困難になる傾向がつづいている。こうしたなかで都市銀行が資金ポジションの悪化をくいとめるためには,貸出増加あるいは債券保有増加のいずれかを抑制しなければならないが,42年9月以降の景気調整期間では債券保有増加の抑制に力点がおかれる結果となり,それが手持ち既発債の売却というかたちをとることとなつた。そのこと自体は金融機関の自主的な資産選択の結果ともいえるが,そうした過程で公社債市場のひずみが浮彫にされてきたことも否定できない。

(エ) 中小企業金融の変化

30年代における重化学工業部門中心の経済成長は中小企業の金融面にもいくつかのひずみをもたらしてきた。すなわち,景気調整期における中小企業貸出の圧縮,全国銀行における中小企業向け貸出比率の低さ,さらには金利や拘束性預金にみる貸出条件の不利などがそれである。しかし,こうしたわが国特有の金融構造のアンバランスも,成長にともなう経済構造の変化のなかで,徐々に解消の方向に向かおうとしている。

そうした変化の背景の第1は,中小企業自体の成長である。消費財生産,部品生産,仕上加工などの需要の多様化に伴つてその独自の分野で中小企業が次第に成長し,このため金融機関とくに都市銀行の通常の融資対象となりうる企業も数多くなつてきた。

第2は,中小企業専門金融機関の貸力が増加してきたことである。中小企業金融に占めるこれらの金融機関の比重は,30年代のはじめには30%強であつたが最近は50%近くにもなり,中小企業に対する金融の量が次第に増加している。

第184図 業態別の中小企業向貸出比率

第3は,金融構造の変化である。経済の国際化と競争原理を重視するかたちでの銀行行政の変化を反映して,このところ各金融機関とも資金効率および長期的な収益性に対する配慮が高まつており,とくに都市銀行,地方銀行では,優良中堅中小企業に対する貸出を重視するようになつている。その結果,42年9月からの景気調整期においては中小企業向け貸出の比率が従来の景気調整期とちがつてさほどの低下をみないまま推移している( 第184図 )。また相互銀行,信用金庫等中小企業金融機関でも金融再編成の動きをながめ,業容の拡大に積極的となつており,コール運用をさけ,貸出を重視する方針をとつている。

以上のような中小企業および金融機関の変化にともなつて,金利面での大企業との格差は漸次縮まつている( 第185図 )。経済成長にともなう経済構造の変化が金融の二重構造をきりくずしている一つの例をみることができよう。

ただ,中小企業金融の面でも今後注意していかなければならないいくつかの問題があることも否定できない。

その第1は,小規模企業に対する金融の問題である。小規模企業は資金需要の規模などからいって健全な資金需要がある場合でも金融機関の通常の融資対象となりえないものがかなりあり,自由な市場メカニズムのもとでは信用のギャップの生ずるおそれのある分野である。小規模企業に対する融資状況は 第186表 のとおりであるが,小規模企業部門の近代化が今後の経済効率化の重要なカギとなるだけに,こうした分野における金融機関や信用補完制度の役割はひきつづき重要なものとなろう。第2は,金融機関自体の経営に関する問題である。すでにみたように都市銀行,地方銀行等が優良中堅中小企業への接近を強めている結果,一部の相互銀行,信用金庫等では優良貸付先の確保に苦慮する動きもみられる。今後,これら金融機関では経営の合理化,再編成等による資金コストの引下げ,経営体質の強化が重要な課題となろう。

(オ) 農業金融の動き

農協系統金融機関でも長い間アンバランスがみられた。すなわち30年代前半において,農協系統金融機関では貯金の伸びにくらべ貸出の伸びが小さいという問題があった。これは第1に,末端農協の規模が小さいことなどから効率的でない面があつたため資金コストが高く,貸出金利も高くならざるをえなかったからである。第2は,農業経営においては,借入資金を投入して経営を拡大していくだけの安全性と収益性が大きくなかつたからである。このため農家側でも借入れようとせず,系統金融機関においてはコール等高利運用に振り向け,農林中金等では系統外貸出を次第に増大させていく面もあつた。

第187表 農業金融の推移

これに対し,農業の改善事業を進めるため,財政資金による融資(主として長期資金)が増加していつた。また36年には,このような系統金融の実情を背景に農業近代化資金制度が設けられ,その後も各種融資制度が整備されるなど農業に対する金融が一段と充実された。このような過程で技術の進歩,機械化による省力投資も進み,農業経営の面でも次第に新しい動きがみられるようになつた。

一方,農協系統金融機関のほうでは,制度金融による貸出が増加をつづけると同時に,住宅資金貸付など制度金融によらない普通長期資金の貸出も41年以降大幅な増加を示している( 第187表 )。このため系統金融機関にみられた資金調達面と資金運用のアンバランスは急速に解消しつつあり,42年9月以降の金融引締め期には,39年にみられたような余資運用比率の上昇はみられないままに推移している。

ただ,こうした過程でかつての資金運用難は解消されつつあるが,農協預金における米代金のウェイト低下から預金吸収コストが上昇して今後の収益圧迫要因となることも予想されよう。今後,農協金融組織全体としての効率化,経営の合理化がいちだんと重要な課題になろう。