昭和44年

年次経済報告

豊かさへの挑戦

昭和44年7月15日

経済企画庁


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第2部 新段階の日本経済

2. 繁栄を支えた新しい要因

(5) 旺盛な消費意欲

個人所得の上昇と生活意識の平準化現象のなかで強まつてきた消費意欲も繁栄を支える要因の一つであつた。

個人消費支出は従来から経済拡大の安定的要素としての働きをしてきた。国民総支出の需要項目の中で最も大きく,かつその割合も過去10年間50数%台で安定した推移を示している。また年によつて若干の変動はあるものの,昭和30年代後半を通じての総需要を名目で8%前後,実質で5%前後年々増加させてきたが,40年代になつてもほとんど変ることなく推移してきている( 第134表 )。

このように消費需要が堅調に伸びた第1の要因は所得が上昇してきたことである。1人当たり雇用者所得,業主所得はいずれも35年以降いちじるしい伸びを示してきたが40年代に入つても堅調な伸びを維持している( 第135表 )。

消費を支えた第2の要因は,生活向上に対する強い意欲と消費意欲の高まりである。生活向上に対する強い意欲は戦後における民主化の進展と所得の平準化,将来に対する明るい見通し,国民のもつ中流意識などによつてひきおこされた。昭和30年代以降の大幅な所得上昇の過程で,産業別,規模別,年令別など各面での賃金格差が縮少し,農家と勤労者世帯向の世帯収入の格差もみられなくなつた( 第136表 , 第137図 )。

また,所得上昇とともに国民の意識も将来に対して明るい見通しをもつものがふえてきた。「国民生活に関する世論調査」(総理府広報室調べ)によれば国民の40%以上が「これから生活がよくなる」という期待をもつている。

さらに,消費者の階級帰属意識についてみると,現実の所得平準化を反映して大部分は中流意識をもち,しかもその比率は年々増加して42年では9割近くとなつている。

中流意識の拡がりは,耐久消費財の普及状況に具体的にみることができよう。30年代前半に都市,農村とも50%以上の普及率を示していたのは,ラジオ,ミシン,自転車など価格も手頃なものが中心であつた。ところが35年以降になると,それまで一種のぜいたく品であつたテレビ,電気洗濯機,電気冷蔵庫を中心にした各種の耐久消費材の普及がみられた。都市では40年代に入ると自動車,カラーテレビ,ルームクーラーが大きく消費者の関心をひいている( 第138表 )。一方,30年後半までは都市とくらべて普及が遅れていた農村でも40年以降,都市との格差を急速に縮めてきた。とくに農村での自動車の伸びはいちじるしく,乗用車,ライトバン,小型トラックをあわせた保有率は44年2月で42.4%と非農家の31.8%を大幅に上回つている。

このような耐久消費材の普及は購買力の増大や技術進歩による新商品の開発を背景にしているが,同時に広告,宣伝などによつて高められた面もある。わが国の広告費は30年代前半に急速な増加をみせたあと,35年以降も経済規模の拡大に見合つてふえ,国民所得の約1.4%を占めている。また, 第139図 は東証第1部上場会社について売上高に対する広告宣伝費の割合をみたものであるが,製造業では医薬品,化粧品,食料品,精密機器などの非耐久消費財産業が最も高く,ついで電気機器,自動車などの耐久消費財産業が高い。また映画産業,百貨店などの第3次産業でも広告費比率は高い。日常の消費生活に近い段階では広告活動が大きなウエイトを占めていることを示している。

また最近では,耐久消費財購入において消費者信用の発達が消費意欲を高めた面も大きい。自動車,カラーテレビ,ルームクーラーを中心とする高額耐久消費財においては 第140表 にみられるように割賦制度の利用率が高い。しかしわが国では家計収支全体に占める消費者信用の比重は6%前後とまだ低く,消費の高度化につれてそのウエイトは今後急速に高まるものと思われる。

消費を支えた第3の要因は消費の多様化である。最近の家計支出の動きをみると,耐久財,サービス支出のウエイトが高まつていることがわかる。エンゲル係数の低下するなかで欲望の多様化,余暇の増大を背景に家具什器,交通,通信,リクリエーション,娯楽,サービスなどの支出増加が目立つている( 第141表 )。所得が消費を規定するという面だけでなく,所得上昇が生み出したこのような新しい消費多様化は逆に所得を高めるという相互作用の働らきをしている。

なお,消費を支えた第の日本的特徴として,社用消費が大きいということがある。43年度の交際費は7,000億円と推計され,ほぼこの年の一般会計の文教関係予算に等しい。社用消費がすべて不必要な支出であるというわけではないが,健全な面ばかりでないことは十分指摘できよう。

生活向上に対する強い意欲は,所得上昇と相まつて消費水準を向上させ,国民の物的な意味での豊かなくらしを実現しつつある。しかし,そうした消費の伸びは特殊な日本的な型をとり,衣食生活の改善,耐久消費財の普及といつた私的消費の充実に対し住宅や道路,公園,上下水道といつた生活関連施設などの社会的消費の立遅れをともなつている点に今後の問題がある。