昭和44年

年次経済報告

豊かさへの挑戦

昭和44年7月15日

経済企画庁


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第2部 新段階の日本経済

2. 繁栄を支えた新しい要因

(4) 労働力の移動

戦後の高度成長の過程で労働力需要は製造業を中心にいちじるしく増大した。これに対して労働力の供給面では,生産年令人口の増加を背景とした新規供給の増加を中心に,産業間,職業間の労働力移動も活発化し,増大する労働力需要に応じてきた。とくに,これまでになく大規模で激しかつた農家人口の他産業への流出は,労働力の面から繁栄を支える大きな要因であつた。

第127表 人口,生産年令人口,就業者数の推移

第128表 年令別就業率の推移

1) 生産年令人口の増加と就業率の上昇

昭和30年代後半の生産年令人口(15才以上人口)の増加はいちじるしいものであつた。35年から40年にかけて,人口は年平均97万人(年率1.0%)の増加であつたが,これに対して生産年令人口は年平均156万人(年率2.3%)と人口の増加をはるかに上回り,増加数においても増加率においても戦前,戦後を通じて格段に大きなものであつた( 第127表 )。このような生産年齢人口の急増は,人口動態が戦前の多産多死型から少産少死型への移行過程であつたのに加えて,22~24年のベビー・ブームが重なつた特異な現象であつて,36~40年にピークに達したあと,41~45年には年平均128万人(年率1.7%)とかなり低下する傾向にある。

しかし就業率(生産年令人口に対する就業者の比率)は40年代に入つて若干高まつている。なかでも15~19才層と女子中高年齢層での上昇が注目される( 第128表 )。

15~19歳層の就業率が進学率の向上にもかかわらず高まつたのは,30年代末に進学率が急速に向上した結果高校卒業者が増加したことに加えて,41年以後の好景気の持続と若年層賃金の上昇によるところが大きい。

第129表 従業上の地位別にみた就業者の比率

さらに,激増する労働力需要によつて主婦の労働力化が促進され,パートタイマーなどとして雇用者化したり,自営業主化したりした( 第129表 )。

今後生産年齢人口は年平均にして46~50年90万人(年率1.1%),51~55年83万人(年率1.0%)といちじるしく増加テンポが衰え,労働力不足は本格化の段階を迎えるが,労働力不足による経済成長の鈍化を招かないためには,産業の近代化,合理化をはかり労働力の流動性をいつそう促進し,女子労働力や中高年齢層の活用,労働力の質的向上をおしすすめなければならない。

2) 農家人口の流出

昭和33年から43年にかけての10年間に,非農林業部門での雇用者は1000万人をこす純増加をみた。

第130図 就業者人口の変化と農家人口の流出

一方,農林業の労働力人口は400万人をこえる純減少をみせている。この間,農家から非農林業への労働力の供給は,年間50~60万人にのぼる流出超過となり,非農林業部門での増大する雇用需要に応じてきた。( 第130図 )農家から供給された労働力の分布をみると,製造業が約4割,卸小売およびサービス業が約2割,建設業が1~2割であつた。

このような農家人口流出の第一の特徴は,流出規模がいままでになく大きく激しいことである。わが国の農業就業者人口は長い間1400万人台に維持されてきた。総就業人口もふえたので,農業就業者人口の相対的割合は漸減してきたが,絶対数では明治以後大きな変化はなかつた。それが,この10年間に400万人をこす減少をみて,総就業人口に占める農業就業者の割合も33年の31%から43年には,18%低下した。他の先進工業国ではかなり前から進行した農業人口の減少が,経済成長率が高かつたわが国で,近代化以降1世紀近くたつてようやくはじまるに至つたのは,それまで労働力人口の増加が大きく,新規学卒者と失業者で労働力需要をほぼ賄えたからである。

そうしたなかで非農林業における雇用が30年代になつて急増し,一方,農家においても労働力を排出する可能性がでてきて,このような労働力の移動が生じたのである。

第131図 農家人口の就職移動

第2の特徴は,若年層なかでも新規学卒者の流出が大きいことである。総就業流出者のうち,19歳以下の割合はほぼ70%で,そのうち9割までが新規学卒者であつた。( 第131図-① )農林省「農家子弟の新規学卒者の動向」および総理府「就業構造基本調査」から推計すれば,ここ数年新規学卒者(中学,高校)の非農業部門への就業者のうち約4割が農家子弟により占められているものとみられ,近代産業にとつて必要度の高い新鮮な労働力の大きな部分が農家より供給されてきたといえる。若年労働力の流出は,農業労働力の引退,死亡にともなう補充を困難にし,世代交替の時期において農業労働力人口が急減する可能性をもつている。

第3の特徴は,流出形態の変化である。農家人口が就業のため流出する形態には,離村(就職転出)と通勤就職の二つがある。就職のため流出したもののうち,33~37年の間には約6割にも達していた離村は,年とともにその割合が減り,38年以後は逆に兼業の割合がふえている。( 第131図-② )30年代の初めは,農家の過剰人口が都市における雇用機会の増大にともなつて離村という形で流出した。その後,非農林業部門での雇用需要が急増し,また農業生産性の上昇によつて農業での労働人口排出力が強まり,農家の若年層や零細農家などにおける離村がつづく一方,近傍における雇用機会の出現や交通の発達もあつて残つた農業労働力の兼業化が進み,兼業の比重が高まつたと考えられる。兼業従事者数(16歳以上)は,35年の約650万人から40年には785万人に増加した。

ところで,農家人口の流出は38年を頂点に漸減し,とくに農業を主とするものの流出超過が激減している。( 第130図-① )。これは流出しやすい層の流出が一段落し,新規学卒者を含めて農家の若年労働力の供給源そのものが小さくなつたことのほか,農業所得と他産業の賃金との格差が縮少し,所得面からの流出要因が弱まつてきたことなどによるものである。

しかしながら,43年にほぼ80万人の流出者(流出超過数では60万人弱)を数えており,農家労働力の流出基調はいぜんつづいているとみることができる。

3) 移動の背景

労働力が移動する原因は複雑である。それは経済的側面のみならず,社会的条件や個人の精神的,肉体的条件がからみあつているからである。しかしながら,これを経済的要因に限つてみるならば,農家人口の流出は,農業部門における労働力の排出力と非農業部門における雇用吸収力,それに両部門間での所得格差によつて規定されるとみることができる。

第132図 にみるように農業の機械化投資の伸びはいちじるしく,これによつて農業の労働生産性は35年から42年の間に6割の上昇を示し,農家の労働力流出を可能にし,排出力を強めている。他方,非農林業における雇用の増加はいちじるしく,とくに30年代後半には新規学卒者の求人難が深刻化したため,求人対象が一般の若年層,さらには中年層へと拡大し,農家の労働力を吸収する度合いを強めていつた。つぎに, 第133図 にみるように,農業と非農業における時間当たりの所得は,年々縮少しているものの格差があり,とりわける30年代の前半には,農業所得は規模30人以上の製造業における賃金の半分でしかなく,兼業先での賃金をかなり下回つていた。このような所得格差が農業就業者や農家子弟を第2,3次産業にひきつける大きな力となつた。このような背景のもとで,まず非農林業による吸収力は農家の過剰労働力を流出せしめ,兼業を促進することとなつた。農家の兼業化は,農村周辺地域での雇用機会の増大,農業機械化による省力化,土地資産評価の高まりのほか,老後保障や住宅問題など幾多の要因が複雑に組み合わさつた結果である。それはまた,わが国特有の零細自作農による生産構造を温存することにもなつた。

以上に述べたような農業から非農業部門への大規模な労働力の移動は,わが国経済の各方面に大きな影響を及ぼしている。一面では,人口の急激な都市集中や農業就業者の老令化と後継者問題など,摩擦的現象を招来しているが,総じて①近代産業部門の増大する労働力需要に応えることができ,労働力が経済成長の制約要因にならなかつたこと,②高い生産性,高い所得部門への移動によつて二重構造が解消に向かい,経済全体の生産性を高め,近代化を進めたこと,③流出の一方で農業の機械化が進められた結果農業の生産性が高まつたこと,④兼業化により,余剰労働力の排出と農家の所得水準を高めたことなど経済社会の繁栄に寄与するところが大きかつたといえよう。


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