昭和43年

年次経済報告

国際化のなかの日本経済

昭和43年7月23日

経済企画庁


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9. 物  価

物価上昇については物価水準の上昇と,相対価格の変化の両面があり,43年度の経済白書ではそのうち前者について検討した。しかし,この両者は物価変動という現象を異る面からとらえたにすぎないもので,昨年の白書では問題が相対価格の変動にともなう分配のメカニズムにしぼられていた。

もとより相対価格の変動をまつたく伴わない物価上昇がかりにあつたとすれば,対外的な貨幣価値の低下,貯蓄の減価,投機等が進行するということになろう。そして,その結果たえざる平価切下げ,貯蓄の減少にともなう成長率の鈍化,インフレの進行がもたらされよう。

現実的には,物価水準の上昇は相対価格の変化を伴うものである。しかし,逆に相対価格の変化が物価水準を上昇させるかどうかは全く別問題である。相対価格の変化が物価水準を上昇させるには,相対的に低下する価格が下方に硬直的でなければならない。この場合,水準を上昇させるのは,もし相対価格の動きが心然的なものであれば,相対価格変化の結果上昇する財,サービスの価格でなくまさに相対価格は低下するが,それ自体として価格が下方硬直的な動きをみせる財やサービスなのである。部分的な超過需要は価格が上昇し需要が減少,供給が増加することでみたされる。もし,供給数量が変化しなければ価格の上昇幅はより大きいだろう。つぎに超過需要が解消しても供給数量を統制できれば価格の下落幅をおさえることができよう。それには価格を左右できるだけの供給能力の持ち主があることが必要であつて,白書第2部で共同行為や集中などを問題にしたのもこうした観点からである。ここでも硬直化現象をやや異つた局面から解明し,その消費者物価への影響をもあわせてみよう。

1 卸売物価の硬直化

ここ数年来の卸売物価の推移をみると,従来みられたような循環的変動を明確に示さず,昭和40年の不況期にも下落せず0.8%上昇した。その後41年には2.4%,42年1.9%と上昇をつづけ,34~6年および38~9年を上まわる強い騰勢をしめし,今回の景気調整措置実施後も,その物価面に対する効果は,早急にはあらわれなかつた。こうした卸売物価の根強い騰勢をともなつた硬直化現象は,たんに卸売物価の問題にとどまらず,消費者物価への影響も考えられるし,また,部分的にもせよ,「硬直化」が生まれることは当然主産要素の資源配分に歪みを生じる。それにもまして考えなければならないことは,物価の「硬直化」は,それ自身として存在するものではなく,その背後にある経済構造のさまざまな意味での硬直化現象を反映したものであり,いわゆる「効率化」を妨げる動きを象徴的にあらわすものではないかということである。

まず,30年代から最近にかけての卸売物価の変動を硬直化の視点からみると,卸売物価全体の水準としては, 第9-1図 のように,年次別には38年以降一貫して上昇をつづけている。もちろんこれには非工業製品の上昇によるところも大きいが,工業製品も38年以降下落しておらず,またそれ以前は両者ともに景気変動に応じて変動していたことを考えれば,38年ごろを境として,硬直化しつつあることがうかがわれる。このことは,月別の変動をみても,前月にくらべて卸売物価の下落した月がここ数年減少していることにもあらわれている。

第9-1図 卸売物価の推移

つぎに,31~34年,35~38年,39~42年の3期間に分けてみよう。卸売物価全体との水準は31~34年98.8(昭和40年=100)から,35~38年には98.3とわずに下落したが,39~42年には101.5上昇し,最近の42年6月~43年5月の1年間の平均をとつてみても104.8と根強い上昇傾向にあり,さらに,月別にみてその変動のパターンがどのように変化したかをみると( 第9-1表 参照),全体としての変動は35~38年からかなり小さくなり,上昇時下落時ともにその程度が減少したが,39~42年になると,下落する程度をあらわす下落係数( 第9-2図 )がさらに縮小したのに対し,変動係数はほとんど変らず,その分だけ上昇傾向がつよまつており,下落回数もこの期間になつてはじめて減少した。このように,35~38年は,物価の下落する程度も減少したものの,むしろ全体としての変動が小さくなつたことが特微的であり,物価水準としては,下落する傾向にあつた。これに対して,39~42年は下落係数がさらに縮小し,下落回数も減るとともに,全体としての変動は拡大し,物価水準も35~38年にくらべて3.5%上昇している。つまり,この時間から,下方硬直性が明確にあらわれ,これにともなつて物価水準が上昇をはじめたとみられる。さらに 第9-2表 によつて,工業製品,非工業製品別にみると,工業製品では,35~38年には,下落係数は56.7%縮小したが,全体としての変動は61.0%縮小し,物価は,2.6%下落したのに対して,39~42年になると,下落係数が50.0%縮小したのに対して,変動係数は22.2%の縮小にとどまり,物価も1.0%上昇し,下方硬直性をみせるとともに,わずかづつではあるが,上昇傾向を示している。非工業製品では,逆に35~38年に比して39~42年は下落係数も変動係数も拡大し,上昇,下落の変動が大きくなりつつ,物価は12.2%と大幅に上昇した。したがつて卸売物価の下力硬直性は,主として工業製品においても,38,9年ごろから生じたものであり,これに非工業製品の上昇が加わつて卸売物価全体が上昇したのである( 第9-3表 )。

第9-1表 卸売物価の変動パターンの変化

第9-2図 物価変動と下落係数の変化

つぎに,用途別にみると,このような硬直化現象がもつともはつきりあらわれているものは生産財である。すなわち,35~38年には下落係数・変動係数とも縮小し,物価は2.5%下落したのに対して,39~42年には,下落係数は25.2%減小し下方硬直性を強めるとともに,物価は2.7%上昇した。消費財は,35~38年には,下落係数が54.6%縮小したのに対して,変動係数は42.3%の縮小にとどまり,物価は4.0%上昇したが,39~42年には,下落係数は7.0%縮小し,下方硬直性を強めるとともに,変動係数は9.0%拡大し,物価も7.2%と大きな上昇を示した。これに対して資本財(大部分は機械器具)だけは,他にさきがけて35~38年の時期から硬直的になつており物価の変動はきわめて小さい。このように卸売物価の下方硬直性を,用途別の財の分類からみると,39~42年になつて主として生産財,消費財によつてもたらされたといえる。

第9-2表 卸売物価の変動パターンの変化

第9-3表 小類別からみた下落係数の変化

以上みたように,卸売物価は38,9年ごろから,下方硬直性をはつきりとみせはじめ,とくに工業製品ないしは生産財,消費財の変動パターンの変化がその内容をなしている( 第9-4表 )。

それでは39~42年の期間についてさらに詳しくみよう。まず,卸売物価の小類別(60品目)でみて,下落係数の変化をまとめたものが 第9-3表 である。39~42年の月別の変動を35~38年と比較して下落係数の縮小したものは,37品目とその過半数を占めておりその中でもとくに下落係数の小さい,下方硬直的な品目としては衣類,建築用金属製品,家具家庭用金物類,一般機械,電気機械器具,木製品,陶磁器,工業薬材,紙製品,電力,土石類などがあげられ,一部を除けば,生産財関係品目の多いことがめだつている。また,下落係数の拡大したものをみると,下落係数の大きいものは,海外市況の影響をうけて価格変動の激しさをましている非鉄関係品目(素材,地金,伸銅品,電線)および原油,普通鋼々材,ガス,化学肥料,皮革同製品など一部にかぎられており,同じく下落係数が拡大した品目であつても,輸送用機械,ガラス同製品,建築用粘土製品などのようにもともと下落係数がきわめて小さく下方硬直的な品目も含まれている。

また 第9-2図 をみてもわかるとおり,下落係数の縮小した品目では,同時に物価の上昇した品目が37品目のうち23品目と6割強を占めており,物価の下落したものでも,その幅が1%以内で殆んど下落しなかつた品目が,4品目あり,これを加えると7割強となる。逆に,下落係数は拡大したが,全体としての変動が大きくなつて物価の上昇した品目は15品目あるが,物価上昇の大きかつたものは非鉄関係品目と食用農産物である。

以上をまとめてみると,用途別では,生産財のうち燃料・動力が全体としての変動係数の方が下落係数よりも縮小幅が大きく物価が下落傾向にあるほかは,いずれも上昇傾向にある。また,素原材料,建設材料,建設材料は下落係数は余り変化せず,とくに下方硬直性を強めることなく,大幅な上昇を示しているのに対して,生産財の6割を占める製品原材料は,全体としての変動幅を縮小しつつ,下方硬直性を強め,その中で上昇するというちがいをみせている。一方,消費財関係では耐久消費財は,物価は価格は若干下つたものの変動がきわめて小幅となり,下方硬直性を強め,これに反し,非耐久消費財はむしろ変動が大幅となりつつ物価が上昇している。いま,耐久消費財の下落係数と製品原材料,燃料・動力の下落係数の関係をみると,

C=△0.069+0.6760M+0.1988F R=0.935

         (0.1480)(0.1160)

ただし C:耐久消費財の下落係数

    M:製品原材料の下落係数

    F:燃料・動力の下落係数

がえられる。耐久消費財の物価変動は上式の定数項が負であるようにそれ自身下方硬直的であるが,同時に製品原材料,燃料・動力などの購入原・燃料の物価変動の影響も,前者はその約68%後者はその約20%とかなり大きい。したがつて,こうした中間財の下方硬直性の強まりは,最終消費財の下方硬直性を助長し,ひいては消費者物価にも影響を与えずにはおかないであろう。また,投資財は,機械器具などの資本財の動向を反映して下方硬直性を強めるとともに建設材料の激しい上昇によつて,上昇傾向をみせている。これが生産財物価に影響をあたえたならば,消費財価格もこれに無関係ではありえないであろうし,あるいは直接消費財価格に影響を与える可能性もある。

第9-3図 用途別,特殊類別からみた変動係数と下落係数の変化

こうしてみると39~40年の卸売物価の下方硬直性の増大および根強い騰勢は,製品原材料,耐久消費財,資本財などによつてもたらされているものであり,素原材料,建築材料,非耐久消費財などの高騰がこれに拍車をかけている。ともすれば後者の高い物価上昇に目を奪われがちであるが,より経済構造に密着し,波及効果も大きい前者の動向,いわば「経済構造の内部からの硬直化現象」を忘れてはならない。このような硬直化をもたらした要因については本文でのべたので,ここでは省略するが,この意味で,物価政策は,決して個々の物価をその対象とするのではなく,経済構造そのものの硬直化現象を対象としなければならない。

以上みたような卸売物価の硬直化現象は,景気調整策の浸透過程でもあらわれている。引締め開始後6ヵ月間あるいは9ヵ月間における卸売物価の変動パターンの変化を今回を含めて過去4回の比較をしたのが 第9-4表 である。

まず,引締め開始後6ヵ月間の動きをみると,今回の場合は前回までとことなり,卸売物価全体の水準からみると引締時を100として101.1と上昇をつづけ,従来3~5ヵ月の下落月があり物価水準も前回99.6,前々回99.7(引締め時=100)と下落したのとは対照的である。これは,工業製品,非工業製品別にみても同様であり,とくに前回大きく下落した非工業製品が全く下落せず,103.8(引締め時=100)と上昇したのがめだつている。用途別にみると生産財関係ではこれまで下落の大きかつた素原材料が今回は下落しておらず,製品原材料,燃料・動力,建設材料はいずれも若干下落した月もあつたが,これまでにくらべてその下がり方は小さく,むしろ上昇傾向の強さがめだっている。資本財もまつたく下落せず,消費財関係では耐久消費財関係が前回に近い下落係数を示し,物価は99.8(引締め時=100)とわずかに下つたのに対し,非耐久消費財は下落した月もあつたが,物価は102.5(引締め時=100)と上昇し,消費財全体としても102.0と上昇した。このように引締め開始後6ヵ月間の卸売物価の変動は,前回までにくらべて,きわめて下りにくく,とくに資本財,生産財でその傾向が強かつた。つぎに,引締め開始後6ヵ月間の動きをみると,卸売物価全体の水準としては,43年3月0.1%,4月0.8%と2ヵ月続落したため,前回を上まわる下落係数をしめしたが,下落回数はこれまでの5,6回にくらべて2回と少なく,物価水準も引締開始時を100として100.3と上昇している。工業製品,非工業製品別にみると,非工業製品は従来とほぼ同じ下落係数,下落回数であるが,物価水準は依然引締め開始時より下つておらず,工業製品は下落係数は,前回よりも大きいが,下落回数は1回と少なくなり,これも物価水準は引締め開始時と同水準に止まつている。用途別にみると資本財は依然として下落せず,消費財は非耐久消費財の下落係数が前回にくらべて小さくなつたこともあつて,全体として物価水準は103.1(引締め時=100)に上つている。これに対して生産財は,燃料・動力を除くといずれも前回よりも下落係数は大きく,前々回の水準に近く,物価も製品原材料(98.3)建設材料(99.6)は下落している。

第9-4表 引締め後の物価の下落パターンの比較

第9-5表の1 産業中分類別労働生産性上昇率の推移

このように引締め開始後9ヵ月間の卸売物価の変動をみると,資本財が下落せず上昇をつづけ,消費財も回下落したものの上昇傾向が強く,生産財のうち素原材料,燃料・動力は引締め後も上昇しているのに対して,生産財のうち製品原材料,建設材料だけは4,5月に急落した。結局,卸売物価全体としては,従来のように徐々に下るのではなく,引締め開始後もかなりの期間上昇傾向をつづけ,急激に下落したがいぜんその水準が高いのが特微的であり,その後はめだつた下落をみせていない。これは引締めの効果というよりも,一時的な反落とみられ,総じて引締めに対してもかなり硬直性をみせるようになつたといえよう。

さて,以上みたように卸売物価の下方硬直性の強まりは,ここ数年顕著になりつつあるが,この背景には労働市場における需給ひつ迫があることを忘れてはならない。本文第2部でものべたように,近年労働供給の相対的減少に加えて,第3次産業の雇用の相対的増大によつて,これまでになく労働需給がひつ迫している。これは当然賃金水準の上昇圧力となり,またその平準化をもたらす。もちろんこれが価格面にあらわれか否かは,労働生産性・需給バランスあるいは市場の競争状態如何によつて一概にはいいきれないが, 第9-5表 にみられるように,生産性上昇率の低い分野でかなり生産性の上昇がみられ,生産性上昇率の高い分野の上昇率は横ばいか低下したため,労働生産性の上昇率格差は縮小してきており,賃金の上昇が従来よりも広範囲にコスト圧力となつてあらわれる可能性が生れつつある。

しかし,労働市場における需給のひつ迫の影響は,これにとどまらず,労働力の流動性の減少を通じて,需要構造の変化に対応する供給構造の変化を阻害し,部分的な超過需要が発生しやすくなり,これが物価上昇を加速する役割を果たす。事実,最近では労働生産性の上昇をこえる超過需要の変動に対する卸売物価の反応は高まつてきており(後者の前者に対する弾性値は,30~35年0.35,36~41年2.14)こうした傾向が,下方硬直性の強まりと結びつくと物価水準全体の根強い上昇を生みだすことになる。

第9-6表 全国消費者物価指数

こうした卸売物価の上昇メカニズムは,現在の時点ではかならずしも定着したというわけではないが,すでにそのきざしはみられる。しかもこのような部分的超過需要の発生による物価水準の上昇に対しては,総需要抑制政策では十分その効果を発揮しえないことを指摘しておきたい。

2 消費者物価

(一) 年度中の推移

42年度の消費者物価は, 第9-6表 でみられるように対前年度4.2%の上昇にとどまつた。四半期別の推移をみると,年度前半まで漸次騰勢が鈍化し,対前年度同期上昇率も3%台となつていたが,年度後半になると上昇率は再び5%台へと騰勢を高めたのが注目される。

費目別にみた動きとしては,第1部でのべたように消費者米価などの改訂,生鮮魚介,肉類などの生鮮食料品や衣料品などの値上がりなどがその要因とみられる。

第9-7表 42年度全国消費者物価指数

しかし,費目別の動きからは季節的需要など需給変動による上昇要因しか判明しない。賃金などコストと物価上昇の関係をみるために,商品サービスの性格ないし供給者別に分けた 第9-7表 の特殊分類別の対前年同期上昇率および寄与率をみてみよう。

最近の物価上昇は,農村の都市化・都市人口の増加で需要が伸びても人手不足などで生産が対応できない農水畜産物や,生産性の伸びを上まわる賃金の伸びや人手不足に悩む中小企業製品,サービスなどの価格上昇がいちじるしい。

42年度の場合も,農水畜産物・中小企業製品の価格やサービス料金の値上がりが上昇寄与率の9割以上も占めている。年度前半には消費者米価の改訂もなく西日本など日照りによる野菜の値上がりはあつたが,西瓜など果物が値下がりし農水畜産物は落着いていたし,繊維製品や中小企業製品の食料品も原料安と中小企業の賃金上昇率の鈍化もあつて,あまり値上がりしなかつた。ただ,サービス関係の民営家賃間代だけが就職・進学などに伴う都市への移転もあつて,4~6月期に対前年同期にくらべ8.7%も上昇した。

第9-8表 製造業規模別賃金格差および賃金上昇率

ところが年度後半に入ると,耐久消費財を除いてどの商品・サービスとも騰勢を高めた。まず,農水畜産物は夏季の水不足・初秋の台風・季節的需要圧力などで野菜・生鮮魚介・肉類など生鮮食料品が値上がりしたうえ,10月には消費者米価の改訂で米麦などの農水畜産物も値上がりした。この消費者米価の改訂は,うるち配給米を全国平均で14.4%値上げするものであり,これだけで消費者物価総合を42年度中に0.35%上昇させたほかに,うるち非配給米・外食などの若干の値上げをひき起したことは否定しえない。

第9-8表 の製造業規模別賃金格差および賃金上昇率をみると,41年度10~12月期以降従業者でみた規模が大きな事業所ほど賃金上昇率が若干大きくなり,規模の小さな事業所の賃金上昇率は漸次鈍化しつつあつた。ところが42年7~9月期以降再び規模の小さな事業所の賃金上昇率も高まり,規模別にみた賃金上昇率そのものの格差も小さくなつた。ところで,繊維製品や中小企業製品の動きをみると,規模別の賃金上昇率の動きとほぼ同じように42年度後半に若干上昇率が高まつていることからみて,賃金コストの上昇による製品価格の上昇とみることができよう。ただし,繊維製品は,綿糸の卸売価格の暴騰とか夏冬物といつた季節的需要による値上がり分もあろう。

また,サービスも医療費の改訂や東京・大阪など都市交通料金の改訂や入浴料金の改訂などで公共料金が若干上昇したほか,中小企業賃金上昇の影響で対個人サービスの騰勢が高まつた。

第9-4図 共通品目物価指数の対前年上昇率

すでにみたように,最近の卸売物価,消費者物価はかなり30年代後半と異つた動きをしている。卸売物価は在庫に感応的でなくなつたし,消費者物価は前半季節商品,雑費の上昇が少なかつたこともあつて,35,6年以後最低の上昇率に止まつた。

第9-5図 共通品目物価指数の動き(昭和35年~40年)

むろんその上昇率の差は大きいが,それは両指数が異つた品目を含んでいるからである。いま日銀の卸売物価と小売物価のうち共通品目分だけをとり,それを組みかえてみると次のことがわかる。

ここではとくに2つの事実をあげておこう。1つは近年卸売物価でウエイトの相対的に高いようなものの物価上昇幅が大きく,したがつて小売物価のウエイトを卸売におきかえると指数が上昇することである。(しかし,この点を考慮しても卸売物価の上昇率の方が高いことはまちがいない。)これは30年代後半でも大企業製品についてはみられたが,最近とくに明らかになつている。

第9-6図の1 共通品目物価指数の動き(昭和40年1月~43年2月)

これは食料品では肉・乳製品など,衣類では絹着尺地,カツターシヤツ,タオル等の労働集約的製品の上昇,木材板ガラスや灯油等を中心とする燃料類の上昇などに原因している。これらの製品は比較的卸売物価でのウエイトが高く,そのため卸売物価でウエイトづけした指数がより大きく上昇しているのである。つぎに中小企業性製品の卸売物価上昇率を卸売物価全体の中小企業性製品物価上昇率とくらべると明らかに前者の方が高い。後者は41年,42年にそれぞれ3.9%,4.2%であるのに対し,前者は5.5%および6.3%となつている。これは住宅関連の木材等の指数がかなり上昇していることがひびいている。( 第9-7図 )

第9-7図 中小企業性製品の価格の動き

つぎに耐久消費財については質の変化も反映して価格の下落幅は36年,37両年の約2%から40年0.3%,41年1.0%,42年0.6%とむしろ縮少している。耐久消費財については卸売物価の動きがそのまま小売物価に反映される。( 第9-8図 )こうした点から卸売物価の上昇はかなり消費者物価に直接影響を与えるような可能性ができてきた。

第9-9表 共通指数(工業製品)(卸売物価)の対前年上昇率

第9-8図 共通指数中分類指数の動き

つぎに落ちつきをみせていた雑費についてみよう。雑費のうちで値上りのはげしいのは対個人サービスであり,これを除くと上昇率はさほどはげしくない。しかし対個人サービスは36,39,42年には全体的な上昇率が低かつたため上昇寄与率は上昇率に比しやや高く出ているものの,総じて近年の上昇寄与率はむしろ30年代後半より高くなつており,問題は必らずしも解決されていないことがわかる。( 第9-10表 )とくに料金について規制のない対個人サービスの上昇寄与率は42年には36年以降の最高(対除季節商品について)になつている。したがつて,サービス料金のおちつきによつて消費者物価が鈍化したということはむずかしい。サービス料金の上昇寄与率はどんなに上昇率のたかい年でも35%をこえないのであるから,やはり上昇の主因は他にあつて,サービス料金はむしろその影響をうけて上昇すると考えるべきではないだろうか。少なくとも生産性上昇率の大きくない対個人サービスとしてそのコストである生計費を押し上げるような消費者物価の上昇をカバーするための価格上昇は避けられない。

第9-10表 対個人サービスの上昇寄与率

なおサービス価格上昇には季節性があり,それは主として教育費などが4月に上昇するからである。教育費関係の上昇寄与率は対個人サービス全体の4割をしめている。( 第9-11表 )(ウエイトでは対個人サービスが除季節商品総合の913.1に対し220.9,教育関係は76.7であるからウエイトに比例してやや寄与の度合が大きい)。また,雑費中の対個人サービスの対雑費上昇寄与率は8割に近く,かなり高い。なお公的規制のある料金の上昇率および上昇寄与率はそれのないものにくらべ,かなり小さいが,42年についていえば,他の年にくらべて特に小さいとはいえない。上昇率はほぼ平均なみの割合(規制のないもの2に対し,あるもの1)寄与率も平均と大差ない。

第9-11表 教育関係費上昇寄与率

第9-9図 35~40年の上昇率でグループ分けした上昇率の動き

30年代後半と40年に入つてからの2期にわけて消費者物価をみると,30年代後半に上昇率の低かつた商品で最近寄与率の上昇がみられるほか,教育,家賃地代,教養娯楽では傾向的に上昇がみられる。最近は消費者物価の上昇率は低いが,こうしたなかで,価格体系のアンバランスが修正される形になつており,こうした調整期が終り,労働需給がひつ迫するとふたたびはげしい上昇期をむかえる可能性もなしとしない。そして今度の上昇期には卸売物価の上昇原因が消費者物価を上昇させるという,いままでとは異つたかたちをとる可能性も強い。


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