昭和43年

年次経済報告

国際化のなかの日本経済

昭和43年7月23日

経済企画庁


[前節] [目次] [年次リスト]

第1部 昭和42年度景気の動き

3. 景気政策への教訓

(2) 景気政策の多様化

ア. ポリシーミックスの必要性

昭和30年代の日本の内外不均衡の是正は主として金融政策に依存してきたが,40年度の歳入補てん国債,41年度の建設国債の発行を契機として,本格的な景気浮揚のためのポリシーミックスが行なわれ,その効果をあげてきた。さらに42年9月に実施した今回の景気調整策は本格的な景気抑制のためのポリシーミックスがとられたという点で画期的な意義があつた。今後,国際化が進展すれば,国際収支に占める資本取引の割合が高まり,内外金利差で動く短期資本の流出入も活発化するので,この点でもポリシーミックスの機動的弾力的運営による国内均衡と国際均衡の調和がいつそう重要となつてくる。

第32図(その1) は,国内均衡と国際均衡の関係を簡単なモデルを使つて示したものである。インフレでもデフレでもない完全雇用の状態が国内均衡であり,国際収支が赤字でも黒字でもない状態が国際均衡であるが,現実には両者が両立するとは限らない((その1)の図上のQ点がふたつの均衡の両立点であるが,現実にはQ点になくR,P,G,Hなどの点にあることが多い)。そこで,均衡点に近づけるためには財政金融両面からの調整が必要となる。たとえば,同図(その1)で国内デフレ,国際収支黒字(ケースI,R点)の場合は,減税や支出増などで財政を緩め金融も金利引下げなどで緩める。国内インフレ,国際収支赤字(ケースII,P点)ではそれぞれ逆,さらに国内デフレ,国際収支赤字(ケースIII,G点)では,財政は緩め,金融は締める。国内インフレ,国際収支黒字(ケースIV,H点)ではそれぞれ逆というように,現実の状況によつていくつかの組合せが考えられる。もちろん実際には,内外均衡の同時達成を図る場合とか,とりあえず国際収支の均衡などいずれかの均衡を実現して,ついで他方の均衡の実現をめざすというようにキメの細かい政策の実施が必要となろう。

第33図 内外金利の動き

なお,同図の(その2)は,41年1~3月期以降,国際収支黒字,国内デフレの状態から,同じく(その3)は42年7~9月期以降,国際収支赤字,インフレの状態から,それぞれポリシーミックスによつて内外均衡点に接近していく状態をモデルを使用して参考的に示したものである。41年1~3月期の場合には,不況から脱して国内均衡を達成することが,また42年7~9月期の場合には,国際収支(基礎的収支)の均衡が急務であつたため,それぞれポリシーミックスによつて,とりあえず目標の均衡線への早期接近がはかられたことがうかがえる。

これまで日本の国際収支の不均衡は,主として貿易収支の不均衡にもとづくものであつたが,これからは国際化の進展とともに資本の流出入による不均衡のケースも増えるであろう。その場合,景気政策の運用に当たつては第1に内外均衡からの景気のかい離をなるべく早期にとらえ,適切なポリシーミックスによつて景気の微調整(ファイン・チューニング)を図ること,第2に,資本の流出入から生じた不均衡については,金融政策による金利操作でこれを是正するケースが多くなろう。そしてこれによつて国内経済の不均衡を招くような場合には,金融政策とともに財政政策を活用して調整することになろう。

イ. 金融政策手段の多様化

すでにみたように今回の調整局面においては企業金融その他に景気調整策の効果がなかなか及びにくい面があらわれた。こうした事態に対処するには,すでに述べたような景気調整策の機動的運用や貸出増加額規制対象金融機関の拡大など金融政策手段の多様化が重要となろう。

また国際化が進展してくると一国の金融政策は,資本の国際移動を通じて,①景気調整効果が減殺され,②同時に,他国の国際収支や金利政策に大きな影響を与えるようになつてくる。

たとえば,41年の金融緩和期には貸出金利やコール・レートが輸入ユーザンス金利を下回つたこともあつて,いわゆる円シフトが生じた( 第33図 )。ところがごく最近では,都銀の貸出は貸出増加額規制で量的に供給が制限されているうえに,コール・レートは輸入ユーザンス金利(為銀の調達コスト)を上回つているため円シフトという現象はみられない。また本年初来,本邦企業によるインパクト・ローンの取入れが多額にのぼり企業金融のひつ迫をやわらげたが,これは引締め効果を減殺したひとつの例といえる。しかし,いまかりに貸出増加額規制が行なわれず,またコール・レートが輸入ユーザンス金利を下回る水準に引下げられるとすると,再び円シフトがおこり,長短期外資の流出をもたらすこととなろう。これはわが国の国際収支にとつて赤字の要因となる。

こうした事態に対処するにはもちろんポリシーミックスが必要であるが,諸外国の例にみるように財政政策は機動性に乏しい。そこで金融政策の多様化が要請され,資本流出を防ぎながら緩和効果を確保する手段としてアメリカのオペレーション・ツイスト( )や金利平衡税があり,また流入を抑制しながら引締め効果を確保する手段として,日本はじめ英米などで行なわれている賃出増加額規制その他の間接的規制がある。

また,国際的波及の点については何といつても国際協力が不可欠である。たとえば1966年の世界的な金利戦争は1967年に入つて終熄の方向にむかうことができたが,これはまず1966年11月のOECD第3作業部会で金利問題が討議され,その要請もあつて1967年初めに西ドイツの公定歩合引下げが実現し,高金利是正の糸口となつたこと,さらに1月の欧米5ヵ国蔵相および中央銀行総裁会議で各国とも金利引下げに努力するとの申合せが行なわれたこと,など各国政府当局の国際協力に負うところが少なくなかつた。

一国の経済政策には,景気対策ばかりでなく,他の多くの長期的,構造的政策がある。それぞれの政策は,独自の目標をもつてその有効な運用がはかられるとともに,できるだけ相互に補完し,調和をとりながら実施することも重要である。

景気政策を運用するに当たつて,景気の波動をなるべく小さくするという本来の目標を妨げないかぎり,自主技術の開発,国際競争力の強化,社会資本の充実,物価の安定,財政金融の効率化,などの諸対策と総合的な調和をはかつていく必要がある。そうした必要性は,第2部でみるように,今後,国際化の進展,労働力不足の進行によつていつそう強くなるであろう。


[前節] [目次] [年次リスト]