昭和42年

年次経済報告

能率と福祉の向上

経済企画庁


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12. 国民生活

1. 41年度の所得,消費動向

(一) 世帯所得はひきつづき増加

41年度の世帯所得を実収入でみると,9.4%の増加(人員調整値による)で,前年度の9.0%をやや上まわる増加率となつた( 第12-1表 )。39年度以前の10%をこえる伸びにくらべると高いとはいえないが,着実な伸びがつづいている。四半期別の推移をみると,41年4~6月には0.3%減(季節修正値による前期比)とやや減少したあと,7~9月2.3%,10~12月3.7%と順調に増加したあと,42年1~3月には再び0.3%減と停滞し,このことが年度全体としては,所得の伸びをそれ程高めなかつた原因となつている。前年同期比でみても,10~12月期までほぼ10%をこえる増加をつづけたのが,1~3月には5.4%増と急激に鈍化した。この主因は世帯主の臨時収入および退職金,被贈金,財産収入などを含むその他の実収入がかなり減少したことによる。したがつて,世帯主定期収入はそれほど急激な低下をみせているわけではない。

第12-1表 消費者世帯の所得の推移

しかしそうはいつても41年度を通じてみて39年以前数年間にみられたような高い増勢には戻つていないことも事実である。世帯主定期収入は37~39年の間10%をこえる伸びをみせ,実収入総額でも35~39年の間10%をこえていた。41年が40年と同じようにさほど大幅な伸び率の上昇をみせなかつたことが傾向的なものかどうかは予断を許さないが,家計調査の対象が比較的賃金上昇率の低い中高年層に集中していること,年功序列賃金体系の変化の傾向などが,今後とも家計調査対象世帯の所得上昇力を抑える作用をもつことは充分考えられる。

一方,農家の所得は41年度も14.5%増と,都市勤労者にくらべてかなり高い伸びをつづけている。これはもちろん農外所得が相変らず高い増加率をみせているほか,農業所得も農産物価格の上昇と比較的生産が好調だつたことによつて,農外所得を上まわる高い増勢をつづけているからである。その結果,平均でみると都市勤労者と農家の可処分所得はほぼ同水準になつた。

第12-2表 消費支出の伸び率

(二) 実質でかなり増加した消費

所得の増勢が比較的ゆるやかであつたことを反映して,消費支出の増勢も名目でみる限り,40年度の増加率をさほど上まわらなかつた。すなわち,全世帯は40年の9.7%増に対し8.6%の増加とむしろ鈍化し,勤労者世帯でも,8.4%増から9.2%増へと若干の増勢回復にとどまつている( 第12-2表 )。しかしこれを実質でみると,全世帯では2.1%増から3.7%増へ,勤労者世帯では0.8%から4.3%へとかなり増加率を高め,ほぼ39年度と同程度の伸び率となつた。これはもちろん消費者物価指数が落ついたことが主因である。なお,41年度を上,下別にみると,下期の増勢回復が目立つている。

第12-1図 景気上昇期の消費の推移

ところで,最近都市世帯(人口5万以上の都市)の消費は30年代を通じてどの程度の増勢にあるだろうか。まず,過去3回の景気上昇期と比較してみると,今度の40年末から42年にかけての名目の消費増勢は37~38年当時より低く,33~34年,29~30年当時より若干高い程度である( 第12-1図 , 第12-3表(A) )。これに対し実質では今回の増勢は過去4回の景気上昇期のうちもつとも緩やかである( 第12-1図 , 第12-3表(B) )。

農家の消費支出は41年も約12%増と都市世帯にくらべるとかなり高い増加率を維持している。これは,前述のように高い所得上昇率がつづいているからに外ならない。

次に費目別の動向をみよう。 第12-3表(A) のように,被服費を除いて40年度に対して伸び率が高まつた費目は見当らない。そのなかで相対的に伸び率の高いのは住居費,雑費,光熱費である。住居費の伸びは家具什器の増加に支えられた面が大きく,その対前年同期比は,期をおつて増勢を強め,42年1~3月には約20%増となつている。これは後述するように再び耐久消費財の購入が増加しているからである。雑費は交通通信費,教養娯楽費の増加が主因であるが,これはほとんど物価上昇の影響である(41年度の交通通信費の消費者物価指数は16.8%上昇,教養娯楽費は8.0%上昇)。雑費の消費者物価は7.4%の上昇であり,したがつて実質では2.6%の上昇にとどまつている( 第12-3表(B) )。またこの数年比較的停滞していた被服費は最近増勢をとりもどしている。年度全体としてはさほどの増勢ではないが,41年7~9月期ごろからかなり伸び率を高めて2%台から8%台へ上昇し,実質では減少から増加へ転じている。食料費は名目で鈍化しているが,これは消費者物価が鈍化したためであり,実質では40年度より若干の上昇となつている。しかしながら39年度とくらべると伸び率はかなり低く,このことが消費支出全体の伸びを鈍化させる一つの要因になつている。

第12-3表 (A)費目別消費支出の増減率(人口5万以上の都市)

第12-3表 (B)費目別消費支出の推移(人口5万以上の都市)

なお,勤労者の所得階層別に,消費支出をみると,39,40年度では低所得層の方が伸び率が高かつたのが,41年度にはどの階層でも同程度の増加率となつている。( 第12-4表 )。これは41年度の所得増加率にあまり差がなかつたことによる。費目別にみた特徴としては,39,40年度と沈静していた中・高所得層の家具什器が41年度には急増していること,同様に被服費も中・高所得層で40年度より伸び率が高まつていることが目立つている。

一方,農家世帯の費目別支出をみると,若干の変化はあるものの,この数年全般的にどの費目も堅調であり,しかも穀類以外のどの費目も都市世帯の増勢をかなり上まわつている( 第12-5表 )。とくに,保健教育文化費,その他の雑費の増勢はいちじるしく,家財家具費を中心に住居費も,40年にわずかに鈍化したものの,総じてかなりの増勢を保つている。その結果,エンゲル係数は35年度の約43%から41年度には36%に低下し,勤労者世帯(全国平均)の35%とほぼ同水準になつた。また,家具家財費の比率も35年度の7.9%から41年度の9.2%へと増加し,勤労者の比率(41年度5.6%)を上まわつている。勤労者の場合家具什器費比率の最高は38年の約6%であつて,これでみても,農家世帯の家具什器支出の堅調ぶりがうかがわれる。

第12-4表 階層別消費支出の推移

第12-5表 農家の費目別消費支出

なお,41年度の農家世帯平均消費支出は,年間約69万円であるが,これは勤労者(全国平均)の約65万円を上まわつている。ただ,世帯員1人当りでは農家の13.3万円に対し,勤労者では16.2万円となる。農家の場合,食料費にかなりの現物部分を含んでいること,住宅,交通事情に比較的めぐまれていること等を考えると,その差はかなりちぢまろう。従来,都市勤労者世帯におくれをとつていた農家の生活水準も,最近の数年間にようやく追いついてきたといえよう。ただし,この比較は両者とも平均であつて,分布の間題にふれていないこと,医療施設の水準や,公害問題などいわゆる外部経済・不経済の問題を捨象していることを考慮しておがねばならない。

(三) 増加した黒字

40年度には消費が比較的沈静化したにも拘らず,消費者物価がかなり上昇したことと,所得上昇率が鈍化したこととが重なつて,家計バランスは悪化した。41年度は両者ともさほどの増勢回復をみせなかつたが,消費者物価の上昇率が近年にないほど落つきをみせたため,貯蓄率は上昇した( 第12-6表 )。しかし,黒字の内容をみるとやや違つた傾向がみえる。過去3年間を比較してみると,貯金の伸び率があまり高くなく,それに反して保険年金の伸びが高い( 第12-7表 )。39年ごろから耐久消費財ブームが沈静化したことを反映して,月賦,掛買返済(純減)も40,41年と減少している。これに反し,借入金返済(純減)が40年度からふえ始め,41年度から急増している。これを借入金と借入金返済とに分けてみると,前者は38年ごろからかなり高い増加をづけ,後者は40年からとくに増え始めている。これは土地,家屋の購入や,家屋の新築と関係が強いのものと思われるが,その他財産純購入をみると,39,40年ととくに急増している。事実,近年は持家の建築が堅調のようであり,建築動態統計によつても38年以降コンスタントに増えている(本報告第1~6表参照)。不動産に対する支出となれば,当然かなりの部分を借入金に頼らねばならずそれがこうした現象となつてあらわされているものと思われる。

第12-6表 家計バランスの推移

この点は,当庁「消費者動向予測調査」(42年2月調べ)にもあらわれており,全世帯で住宅資金を借入れているものは8.3%(農家10.5%,勤労者6.0%,個人営業世帯10.5%),新規借入世帯2.4%,期末残高は45.6万円となつている( 第12-2図 )。住宅の新築購入に要する資金は,41年2月の同調査によると総費用約190万円のうち約55%を借入れに頼つている。もちろん,借入世帯比率,借入残高とも 第12-2図 にみるように,高所得層ほど高い。こうした住宅への志向の強さは,反面で最近の消費増勢を弱める一因になつているように思われる。

第12-7表 黒字純増の内訳

第12-2図 住宅資金の借入

2. 再び増勢を強める耐久消費財需要

前述のように比較的回復の遅かつた消費支出の中で,家具什器費はかなりのテンポで増加したが,それは主として耐久消費財に対する需要が増加したためであつた。家具什器費の伸びが39年度に鈍化したのは電気器具を中心とした耐久消費財に対する需要が一巡し,これに代る新製品が伸び悩んだためであり,40年度も一部には買替需要の増加がみられたものの新製品としての大型耐久消費財への需要がいま一つ本格化せず,新しい消費構造への移行期と考えられた。41年度の家具什器費の増加は,単に景気の回復に伴う従来製品の買替需要だけではなく,大型耐久消費財に対する需要増加を含んだ新しい消費時代の到来を示すものであろうか。それとも量的な拡大はあつたものの,質的には40年度の延長とみるべきものなのだろうか。この点を中心に,41年度の耐久消費財の需要動向をややくわしくのべてみよう。

(一) 家具什器支出の推移

総理府統計局「家計調査」によつて都市世帯の家具什器支出をみると,39年度に前年比1.7%増とほとんど横ばいになつたあと40年度99%増とやや回復を示し,41年度には10.4%増と3年ぶりに10%台の伸びとなつた。41年度の動きを四半期別の前年同期でみると4~6月1.1%増,7~9月5.9%増,10~12月15.2%増,42年1~3月19.7%増と下期の伸びが特に著るしく,37,38年度をも上回わる伸びを示している。( 第12-8表 )

第12-8表 家具什器費支出と耐久消費財出荷指数

第12-3図 家具什器支出と耐久消費財出荷指数

次に農家世帯の家具家財費の動きをみると都市世帯で伸びが鈍化した37年度にも前年比15.8%増の高い伸びを示し,40年度は7.9%増とやや鈍化したものの41年度は再び14,2%増と都市世帯を上回わる好調な伸びをつづけている。41年度の動きを四半期別にみても7~9月に前年同期比6.8%増とやや低かつたほかはいずれも10%を越えている。

前にみたように41年度の家具什器支出は農村における堅調な伸びにくわえて,都市世帯の伸び率も顕著となり,特に年度後半には,いちだんと顕著となつてきた。これに対応して耐久消費財の出荷も41年度は高い伸びをつづけていた。( 第12-8表 , 第12-3図 )

家具什器支出の伸びを所得階層別にみると 第12-4図 にみるように階層により若干のラグを伴つてサイクルのあることがわかる。即ち,最高所得額である第V分位階層では32年をピークにして伸び率の鈍化がつづいたが,39年を底に再び上昇に向つている。中間所得層である第III分位階層は1年遅れて33年に伸び率が最高となり,その後は鈍化をつづけたが41年には回復を示している。所得の低い第I分位階層はやや遅れて35年にピークを示し,それ以後は鈍化傾向をつづけている。これらのことからも40年度,41年度とつづけた家具什器支出の増加は景気回復に伴う短期的な現象というよりも,耐久消費財を中心とした長期的な需要サイクルの一局面と考えられ,42年度以降,しばらくこの傾向がつづくものと考えられる。ただし,家具什器支出の内容をややくわしくみると,品目によつてはサイクルの下降局面にあるものもあり,これが支出の増加を打消す作用をするために,今後の増加率は30年代前半にみられたような高い増加率よりは若干低いものとなるであろう。

第12-4図 5分位階層別家具什器支出の伸び

「家計調査」によつて家具什器支出の伸びを品目別にみると,41年度平均で乗物用具(自動車,自転車,オートバイ等)が21.7%増,電気製品が21.7%増,電気製品が12.7%増と大幅に伸びているのに対し,台所用品,家具などは伸び悩んでいる。電気製品を更にくわしくみると,テレビ,ステレオなどの電子機器類が18.5%増と電気器具(照明器具,熱器具など)や電動器具(洗濯機,掃除機など)にくらべ伸び率が高い。( 第12-9表 )これらの動きを四半期別にみると電気製品は41年7~9月から顕著な増加を示し,なかでも電気冷蔵庫,扇風機などの普及一巡から減少をつづけていた電動器具が洗濯機,掃除機などを中心に需要が増加しているのが注目される。乗物用具の中心は自動車であるが,40年度に著増を示したこともあつて,41年4~6月,7~9月は前年にくらべて減少となつたものの,10月以降再び増勢をとりもどし,前年同期にくらべ4~5割の大幅な増加となつている。

第12-9表 家具什器品目別支出の伸び

次に耐久消費財の最近の普及率と購入率を当庁「消費者動向予測調査」によつてみると 第12-10表 のとおりである。

普及率では冷蔵庫が非農家で77%,農家で49%と着実な増加つづけ,石油ストーブも非農家で60%,農家で34%と高い,そのほか非農家では掃除機が50%をこえ乗用車も11%となり農家ではオートバイ,スクーターが54%と高いのをはじめ,掃除機22%,テープレコーダー12%などが目立つている。購入率ではテレビが農家,非農家を通じて相変らず高いのをはじめ,洗濯機,冷蔵庫,掃除機も高い。とくに冷蔵庫は非農家よりも農家での購入率が高く,普及速度にラグがあることを示している。これに対し,テレビは非農家の購入率が農家よりも高くなつているが,これは普及の早かつた非農家で買替需要が多く出ているためで,41年3~8月には非農家の購入率5.6%のうち3.6%が買替え,41年9月~42年2月には6.8%のうち4.8%が買替えとなつている。この傾向は非農家の購入率が農家より高い洗濯機にも認められる。

第12-10表 主要耐久消費財の普及率と購入率

(二) 増加する大型耐久消費財

30年代前半のような耐久消費財ブームが到来するためには,新しい耐久消費財に対する需要が盛り上らなければならないが,その中心となる商品はいわゆる三C商品(乗用車,カラーテレビ,ルームクーラー)のほかにピアノ,電子レンジ,ビデオテープレコーダーなどがあげられる。ここではこれらのうちからカラーテレビと乗用車をとりあげて,その需要動向をみてみよう。

第12-11表 テレビ受像機の価格と所得の関係

カラーテレビは42年2月現在の普及率が非農家で2.0%に達した。これを所得階層別にみると年間所得150万円以上では10.2%で,120~150万円の4.2%にくらべ非常に高い普及率を示している。カラーテレビの普及を所得とセツトの価格との関係でみると 第12-11表 にみるように41年にはセツトの価格は月平均の所得の2.89倍であつたのが42年にはセツトの価格は下がり,所得は上昇すると考えられるので,この比率は2.2倍程度になると思われる。これは白黒テレビが普及しはじめた30年代はじめと比較すると,31年に2.80倍(普及率1.5%)32年に2.27倍(普及率3.0%)となつており,カラーテレビの場合,価格所得比率にくらべ普及率はやや低いが傾向には類似した動きをしている。今後もこの傾向がつづくとすれば価格所得比率が2.0以下になるころから普及は急速にのびるものと思われる。

乗用車(ライトバンを含む)の非農家における普及率は41年2月現在で13,5%とかなり高い。 第12-12表 にみるように乗用車の出荷台数は昭和37年に価格・所得比率が1.00を割つてから急速に伸びはじめた。即ち弾性値が高まつたわけであるが,これはそれまで個人営業世帯や経営者層を中心に普及していた乗用車が勤労者世帯にも浸透しはじめたためと考えられる。37年2月に勤労者世帯2.1%,個人営業その他世帯10.2%であつた普及率は41年2月には勤労者世帯9.0%,個人営業その他20.7%となり勤労者世帯の伸びが高い。

第12-12表 乗用車の価格と普及率

勤労者世帯の普及率を所得階層別にみても,41年2月現在で年間所間90万円以上の層では10%をこえている。このように乗用車は職業別にみれば個人営業世帯から勤労者世帯ヘ,所得の点では中間所得層ヘ普及の中心がうつりつつあり,最近の高い伸びがここしばらくつづくものと考えられる。

以上のように,いわゆる新しい耐久消費財ブームも,ようやく入口にさしかかつたとみることができよう。このまま順調に推移すれば,2~3年のうちに大衆的なブームを迎える可能性が強い。しかし,30年代のいわゆる三種の神器を中心としたブームとくらべると,若干の条件の相違もあり,まつたく同じような普及率の推移を示すとは考えられない。乗用車にしろ,カラーテレビ,ルームクーラーにしろ,従来のものよりはかなり価格が高く,また,道路,駐車場,住宅といつた他の生活環境の側面との相関関係が大きいと思われるからである。

3. 貧困世帯の問題

30年代の国民生活の向上は平均的にいつて目ざましいものがあり,最近では乗用車を中心とした新しい耐久消費財ブームの時期がおとずれようとさえしている。しかし,一方では,なお貧困に悩む世帯も減少の傾向にあるとはいえ,かなり比重をしめている。簡単に,家計調査における赤字世帯(実収入と実支出が等しいか,実支出の方が高い世帯),の比率をみても,30年の約27%から減少しているとはいえ,40年にはなお20%をしめている。これは調査上の理由から多めにでていると思われるが(1~11月平均であること,調査世帯が半年で全部入れ代ることなど),なおかなり赤字世帯が存在することを想像させる。

そこで,厚生省の「厚生行政基礎調査」によつて,いわゆる低消費水準世帯の推移をみよう( 第12-13表 )。低消費水準世帯は,消費支出の水準が,生活保護世帯と同水準かそれ以下の世帯であり,低所得世帯あるいは貧困世帯と完全にイコールではないが,おおむね貧困世帯と考えていいだろう。それによると,低消費水準世帯数は30年の204万世帯から40年の153万世帯に低下し,全世帯にしめる比率も10.8%から5.9%へかなり減少している。しかし,生活保護世帯を含めてなお7.3%の貧困世帯が存在することは無視すべきことではない。

第12-13表 貧困世帯数の推移

この推計の基準となつている生活保護世帯の消費支出はどの程度のものかというと,東京都の場合,40年で,エンゲル係数は52%であり,一般世帯の約37%とくらべて大差がある。一般世帯とくらべて,なかでも格差が大きいのは雑費,被服費であつて約2~3割の水準にすぎない。食料費支出が比較的高い(約半分,1人当りでは約7割)ことの影響が,その他のものの極端に低い水準となつてはねかえつているわけである。

ところで生活保護基準の上昇率は低消費水準世帯の推計基準より若干高い。したがつてさきの推計はやや過小にでているとも考えられる。今後とも貧困世帯の解消のために労働政策,社会保障政策などの強力な実施が必要である。

4. 生活環境の悪化

前述したように,平均的にみた消費支出は一応順調に増加し,その点での生活水準の上昇はつづいているが,反面,全体としての生活環境の悪化が進行し,重大な社会問題となりつつあることは周知のところである。問題は非常に多岐にわたるが,ここでは,最近とくに激化しつつあり,それがひいては成長制約要因にもなりかねないと思われる,交通事故と産業公害の問題をとりあげよう。

(一) 交通事故の激増

本報告第二部でもとりあげているように,最近の交通事故による死者,負傷者数は増加の一途をたどつている。41年の交通事故による死者数は30年の2.2倍,負傷者は6.9倍にふえた。死傷者合計は約53万人であり,この大部分は自動車によるものである。単純に計算すれば,1分間に1人ずつの死傷者がでている勘定になる。こうした自動車事故は諸外国と比べると格段に高く,自動車1万台当り事故数は1964年でアメリカ5.4件,フランス11.4件,西ドイツ14.8件,イタリヤ21.7件に対し,日本は24.7件となつている。

交通事故,とくに自動車事故が急増する原因は,もつとも一般的には激増する自動車に対し,安全対策がおいつかないところにある。交通事故を類型別にみると,人と自動車との事故が3分の1強をしめる( 第12-14表 )。このことは,まず歩行者を保護する対策が急がれねばならないことをしめす。一例として,近年の道路投資は膨大なものであるが,歩道が整備されている率はほとんど零に等しい。歩行者の安全は第二義的となつている。大都市における歩道橋の設置にしても,商店街などの営業上の利益が優先して,予定通り進まないことも一例である。

交通事故増加のもう一つの要因として,自動車運転者(営業者の場合)の労働条件の間題があげられる。その一例として 第12-15表 をあげておこう。これによると,トラツク(大型貨物自動車)運転手の労働時間は,全産業男子平均に対して約25%も多い。これを企業規模別にみると,大規模の方が長時間である。また,所定内給与の給与総額に対する比率も低く,時間外労働の比率が高いことをしめしている。給与体系については,いわゆる能率給の比率が極めて高いことも一般に指摘されているところである。こうした営業車における労働条件の低さが,交通事故を加速化している一因であることは想像に難くない。

第12-14表 死亡事故類型別発生状況

第12-15表 トラック運転手の労働時間,賃金

さらに,交通事故による死傷は,単に本人の事故だけではなく,被害者の家族の生活を一挙に不安におとしいれることが,大きな社会問題となる。これは加害者にもいえることである。賠償金負担で生活困難になる例は少なくない。こうした問題は,一般的には各種社会保障制度の拡充の必要とも結びつくが,直接には,損害補償金の水準の問題である。ところが,現在の強制保険の限度額は死亡の場合で150万円(300万円ヘ引上げが検討されているが)であり,国際的にも極めて低いといわれている。こうした国際比較はいろいろの制度上,慣行上の相違から困難であるが,一例をあげると 第12-16表 のごとくである。これでみると,日本の1人当り最高保険金額は,国民所得の水準と比較しても,非常に低額であると思われる。もちろん,最低保険金額の引上げは,保険掛金の負担増大となるが,人命尊重の立場からいえば,当然負担せべきものである。

第12-16表 自動車損害賠償保険(強制)の最低保険金額

こうしてみると,交通事故対策は極めて包括的,総合的な対策を必要としており,今後最大の力を入れなければならない問題であると思われる。

(二) 深刻化する公害

本報告書にも述べたように,公害は産業の発展と共に増加し,広域化してきた。例えば41年6月に東京都が行なつた調査によると, 第12-5図 のような結果となつている。これによると63.7%のひとが何らかの公害による被害を被つていることになる。特に区部では66.7%と高く,市部・郡部でもそれぞれ48.9%,46.2%の人が公害の悩みを訴えている。その結果,生活環境が極度に悪化して,国民の生命,健康を蝕むところまで被害の程度が進んでおり,もはや放置できない段階に達している。しかし,産業の発展は経済全体の成長を通して,国民生活を豊かにする原動力である。そこで公害を押さえながら産業の発展をはかるのがこれからの課題である。

第12-5図 東京都民が困っている都市公害

公害による社会的費用も経済の原則に従がうものであり,発生源による防除対策が十分なされなければ,その被害を軽減できない。現在原油の脱硫,重油の脱硫,排煙脱硫の三方法が考えられ,研究がすすめられているが,その対策の早急な実施がのぞまれている。

また,河川の汚濁を防ぐためには諸外国に較べて遅れている下水道の普及率( 第12-17表 )を高めねばならないが,そのためには企業や住民がその還元利益に応じた費用を負担せねばならない。このように公害を防除するためにはそれに応じた投資が必要である。本報告書でも述べたように,宇部市では発生者が費用を負担し,地方公共団体や住民と協力して生活環境の改善と産業の発展との両立を可能にした。このように,発生源による費用の負担と地域社会の協力によつて,都市の生活環境を改善することも可能である。

第12-17表 下水道普及率


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