昭和42年

年次経済報告

能率と福祉の向上

経済企画庁


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第2部 経済社会の能率と福祉

2. 高能率経済の原動力

(3) 労働力の供給

労働はすべての価値の源泉である。その担い手である労働力の供給の点において,日本経済は昭和30年代を通じてみれば量的にも質的にも恵まれていた。しかしながら,今後,労働力人口の増加が鈍化すると,よりいつそう労働力の適正配置による能率化が必要となるし,また,能力開発によつて労働力の質の向上をはかるとともにそれを十分に活用することがますますす重要になつてくる。

(一) 量的供給

30年代の労働力人口は,生産年令人口の大幅な増加によつて年率1.3%と,国際的にもかなり高い増加であつた。もちろん,生産年令人口が全部労働力人口になつたわけではなく,とくに30年代後半は進学率の上昇などもあつて労働力率(生産年令人口のうちで,実際労働力になるものの割合)は低下したが,それでも年平均60万人の増加であつた。そして,労働力の約6割は40歳未満の若い層であつた。

ところが,40年代にはいると,とくに,後半には労働力人口の増加は鈍つてくるとみられる。すなわち,過去の出生率の低下を反映して,生産年令人口の増加数は35~40年の年平均156万人増加から,40~45年には128万人増,さらに45~50年には90万人増,と減少が予想されている( 第57表 )。進学率の高まりなどいろいろの事情で労働力率は今後も変化するが,さきに発表された経済社会発展計画によると,労働力人口の増加率は,40年代当初の2%弱から,中頃からは1%をかなり下回るところまで鈍化するとみられている。

このように,労働力人口の総数の増加が鈍つてくると,いままで以上に労働力を有効に活用していかないかぎり,経済は停滞することになつてしまう。

労働力を有効に活用していくためには,労働力を産業間に効率的に配分していくことが重要である。前にものべたように,経済全体の生産性は,労働力が生産性の低い部門から生産性の高い部門に移ることによつて,また個々の労働力の能率が上がることによつて向上するからである。

第52図 農家からの人口流出

この場合,新しく供給される労働力が多いほど産業間の構成変化も容易である。新しい労働力は適応力に富んでいてよりよい条件の産業ヘ就職しやすい。現に,日本の産業間の就業者の構成比が,30年代に大きく変化したのは,新しい労働力が生産性の高い部門に就職したことによる面が大きかつた。

労働力の構成変化で第1の特徴は,先進国の場合どこでもそうであるが,第1次産業就業者の減少ということである。わが国の第1次産業の就業者の割合は,30年の40.1%から40年には25.5%へと激減した。しかしながら,この減少の内容をみても,農村出身の新規労働力が農業に従事せずに,都市や近郊の第2次,第3次産業に就職するという形で行なわれたことによる面が大きかつた。学校基本調査によると,新しく学校を卒業し就職したもののうち,農林水産業に就業したものの割合は,30~35年には中学卒が21.9%,高校卒で12.1%であつたが,36~40年にはそれぞれ9.0%,4.5%ヘ激減している。

一方,第1次産業にすでに就職している労働力の減少テンポは31~39年では年平均3.5%で,主要先進国とくらべてもとくに高くはなかつた。農業就業動向調査によれば,主として農業に従事しているものの流出数は,36年をピークに減少し,40年には17万人と33年当時を下回つている。新鮮な労働力が豊富に高生産性部門に供給されて,全体の生産性を上げるには役立つたが,低生産性部門には能率の低い労働力が残されているところに問題が残つている。

また第2の特徴は,高生産性部門への労働力の移動が非1次部門内部でも活発化してきたことである。新規学卒者の就職状況をみると, 第58表 のように中学,高校,大学ともに製造業とくに重化学工業ヘ多く向かつている。また就業構造基本調査によつて,非農業部門内部の転職者数をみても34年の50万人から40年には93万人へと増加している。

第53図 各国農業就業者の年齢構成

転職の形態も, 第59表 にみられるように,同じ規模やより規模の大きい企業に移動するものが7割を占め,また転職の理由も31年当時は「仕事が一時的不安定」とするものや「人員整理によるもの」「収入が少ない」とするものが6割近くを占めていたが,40年には「よりよい条件を求めて」とするものや「個人的,家庭的事情によるもの」が6割と逆転している。さらに,職業別にも専門的,技術的職業,管理者,事務従事者の割合がふえている。年令別にはまだ流動性の高い30歳未満の層が6割を占めているものの次第に年令の高い層の移動が増えてきている。

以上のように,生産性が低く技術進歩も少ない衰退しつつある産業や企業から,発展的な成長性の高いところへ労働力が移ることは自然のいきおいであるし,そのことは個々の労働力のもつ潜在的可能性をより発揮させるという意味で望ましいことである。今後労働力人口の増加が鈍つてくると,今までより以上に既に就業している労働力の移動が重要となつてくる。

ただ,こうした労働力の移動が円滑に行なわれるためには,それに対応した適切な手が打たれねばならない。そうでないかぎりいたずらに生活不安を招き,かえつて人間能力をむだにしてしまう。労働力の移動を円滑にするには,まず第1に近代的な労働市場の形成を促進するとともに,職業訓練を充実することが必要である。今後供給労働力の中に占める転職者,非就業者の比重は上昇すると見込まれ,またこれらの多くは全く経験のない職業に就職することを考えると転職のための職業訓練を一層充実することがますます必要となつてくる。その他にも交通機関の整備と住宅の供給が重要である。職業を変える場合,就職先が既住地の近くであれば,住居を変えずに通勤することになるが,その場合でも,バス,電車等の交通機関が整備されていなければならない。新しい就職先が通勤圏にないときは住居を変えなければならないが,その場合困るのが住宅事情である。土地や建築費が隘路になつて,いまでも,全国で200万戸以上の住宅不足があるがこの問題は移動する労働力にとつては最も深刻な間題である。大都市および人口流入県では住宅戸数の増加は多いが,世帯数の増加が大きいため人口流出県にくらべ住宅の不足の程度がより大きくなつている( 第54図 )

労働力の移動を進めるには,また,社会保障制度が充実されていなければならない。失業をした場合はもとよりのこと,職業を変える場合にはつねに危険を伴うから,この種の所得の中断や喪失については,金銭その他の給付による社会保障が完備していなければならないことは当然である。しばしば指摘されるように,わが国の社会保障の水準は先進国にくらべて低い。これはわが国の所得が低かつたこと,社会保障制度の発足が遅れたということのほか,これまで家族制度や終身雇用制や年功序列賃金などの企業内の諸制度がカバーしてきた面があつたからでもある。しかし,労働力の移動はこの種の私的保障制度を崩していくから,こんごは産業政策と並んで社会保障制度が資源の適正な配分を促進させる方向でも充実されなければならない。

(二) 労働力の質

労働の能率を高める大きな力は,労働力の質を高めることである。とくに,労働力供給の減退が予想されるこれからの日本経済ではその点がこれまで以上に重要な意味をもつてくる。

労働力の質を客観的に測ることはむずかしいが,質の良い労働力の基本的条件は健康であり,かつ働く健全な意欲をもつていることである。戦後の日本人は,一般的な所得と消費水準の上昇によつて物的なゆとりができ,とくに食生活の改善による栄養水準の上昇と罹患率の減少にはめざましいものがある。さらに,労働時間の短縮や家事労働の軽減もあつて国民の健康状態は戦前戦時にくらべ数段よくなつた。このことはそれ自体労働者の福祉を高めるという点で好ましいことであつたが労働力の質的向上という点からも重要なことであつた。もちろん,職場における対人関係や労働の緊張度の強化などによつて精神的な現代病がふえたことや,体格にくらべて体力が伴わないという問題はあるが,労働力の肉体的側面が改善されたことはまちがいない。

労働力の質についての他の重要な要素は,労働力の教育水準である。

教育は,本来知識・技能を高め,情操を豊かにする機能をもつているものであり,労働力の質を高めるというだけの目的をもつものではない。

しかし,教育が新しい技術に適応性の高い労働力をつくることも事実であつて,教育水準が高い国はそうでない国にくらべてより能率を高めうる条件をもつている。25歳以上の人口を教育をうけた年数によつて区分けして,国際比較をしてみたのが 第60表 である。日本については,とくに初等教育修了者以下が,男子17.6%,女子30.6%と少なく,中等教育修了者が男子65.9%,女子61.3%ときわめて多いという特徴がみられる。今日の技術を消化・吸収し,生産に役立てるのに少なくとも中等教育卒業程度の労働力が重要であることを考えると,日本経済が高い能率を発揮できたのは,このような中等教育以上のレベルの労働力が多く存在したことが大きく影響している。

第61表 進学率の推移

日本の教育水準の高さは,このような普通教育の普及だけでなく,技術開発を進める原動力となる科学技術研究者数をみても前述したように西欧諸国と比べて多かつた。30年当時は26.5%と低かつた理工科学生の比率も,40年には30.8%と徐々ながら高まつており,大学院の理工科学生数も33年から40年に4倍,技術者として就職したものの数も3倍近くに増加している。

以上のように,日本の教育水準は高く,そのことが生産性の大きな上昇を可能にした要因の一つであつた。ところで,ここ数年, 第61表 にみられるように高校大学への進学率の上昇はめざましい。こうした進学率の上昇は,教育水準を一層高め,また,教育をうける機会が広まつてきたことを示している。

しかし, 第62表 にみられるように,教員数,学校施設が進学率の上昇に追いつかず,また,企業の雇用需要の内容と学校教育の内容とが対応していない面があり,そのため進学率の上昇が,必ずしも,労働力の質の向上と結びついてはいないという問題がある。

本来,教育の水準が高いことは,国の大きな資産であるとともに,個々人が,より豊かな生活を営む条件ともなる。こうした教育の高い労働力を十分に開発し,活用していくことが,経済の能率向上のためにも,それぞれの福祉向上のためにも重要なのである。