昭和42年

年次経済報告

能率と福祉の向上

経済企画庁


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第1部 昭和41年度の日本経済

5. 当面する諸問題

(1) 物価の動き

(一) 卸売物価の騰勢

第18表 景気上昇期における商品類別価格上昇率と上昇寄与率

41年度の卸売物価は前年度比4.0%の上昇となり,31年度(6.3%上昇)以来の大きな上昇を示した。

今回の上昇局面における足どりをみると,景気の谷(40年10月)に先行して40年7月に底をうち,42年2月までほぼ一貫して上昇をつづけた。この間の上昇率を過去の同局面とくらべると( 第18表 ),神武景気には及ばないが岩戸景気や前回の上昇率よりもかなり大きい。商品別にみると,6月頃までは,海外相場の高騰を反映して非鉄が急騰を示し,建築用材を中心とした需要の増大などによつて国内材不足の木材がかなり大幅な上昇をみせた。7~9月期以降には,非鉄金属は反落したが,全般的な需給の引締まりや行き過ぎた先高人気がからんで,鉄鋼,繊維など主要商品をはじめ,窯業製品(セメント等),金属製品,雑品目(砂利,砂等)など多くの商品にわたつて上昇が目立つてきた。このように当初は主として非工業品中心,その後は鉄鋼,繊維等主要品目を中心とする工業製品と,卸売物価の騰勢を支えた主役が交替していつた。

第23図 工業製品の卸売物価とその変動要因

そこで以下では工業製品の卸売物価がどのような変動要因に支えられて上昇したかを試算してみよう。 第23図 によれば,今回の卸売物価の上昇は,需給引締まりによる部分がきわめて大きく,これに輸入原材料価格(非鉄金属等)の上昇による部分が加わつた。労働・資本コストは,「企業収益の回復」でみたように資本ストツク調整の進展や稼働率の上昇を反映して大企業の資本コストがかなり大きく低下したため,今回の場合はむしろ引下げ要因として働いた。

需給の引締まりには,需要急増に加えて生産の対応が遅れたことによる影響もかなり強かつた。全般的な需要拡大によつて製品需給の引き締まりが強まつた後においても,企業は生産調整の緩和,撤廃にかなり慎重な態度を示した。少なくとも41年夏頃までは生産の対応が遅れ,需給引締まりにこの面から拍車をかけたことは否めない。たとえば鉄鋼では公共事業関連需要が41年度前半を中心に増大し,下期へかけて民間設備投資も増加していつたが,当時においては景気の先行きが判然としなかつたこともあつて,生産調整は8月まで維持された( 第24図 )。

年度後半になると,設備の供給能力に対する需要不足も解消し,企業側も増産体制に踏み切つた。しかしそれでも綿糸や鉄鋼などの商品においては,42年に入つて需給の引き続く好転を背景に市場人気が行き過ぎて高値波乱含みの様相を呈するに至つた。このように市場人気の行き過ぎが前回などに比べ強かつたことも今回の工業製品卸売物価上昇の特色のひとつに数えられよう。

42年春頃以降さすがに行き過ぎた市場人気は訂正され,在庫をある程度積み増せる程度には漸次供給能力の拡充も進められた。そのため,6月上旬中東動乱の影響などから多少の波乱はあつたものの,卸売物価の動きは全般的に落ち着き気味となつてきている。今後は需要がひきつづき拡大する過程で,供給能力も次第に増加傾向を強めていくとみられるので卸売物価は比較的安定した推移をたどるものと思われる。

(二) 消費者物価の落着き

41年度の消費者物価(全国)の対前年度比上昇率は,4.7%と40年度の6.4%に比べ鈍化した。42年4月,5月とも前年同月比は3.1%の上昇にとどまり,消費者物価はこのところ落ち着いた動きをみせている。

第19表 消費者物価の主要費目別の推移

第25図 消費者物価指数の推移

これは,第1には季節商品の騰勢鈍化,消費者米価の据え置きなどから( 第19表 ),農水畜産物価格の上昇テンポが鈍くなつてきたからである。しかし,これら季節商品や主食を除いてみても,41年後半から最近にかけてかなり著しい騰勢鈍化がみられる( 第25図 )。これは,個人サービス料金や中小企業製品価格の騰勢も,ここ1年鈍化してきているからで( 第26図 ),これが騰勢鈍化の第2の要因である。とくに,42年4~5月になつて,前年比上昇率が3%台に落ちたのは,例年,年度変わりとともに季節的に大幅な値上がりをみせる教育費や教養娯楽費関係の料金額(授業料等)が小幅の上昇にとどまつたことがかなり響いている。

まず生鮮食品についてみると,短期的には激しい変動を示してはいるが,これをならしてすう勢変化をみると, 第27図 に明らかなように,野菜,果物,生鮮魚介とも,この2~3年の騰勢は従来にくらべかなり著しい鈍化をみせている。その背景には野菜の場合,好天候や,ビニールハウス等の不時栽培の普及,指定産地制度の発足などがあずかつている。果物については栽培面積の増大が,また生鮮魚介については豊漁がかなり影響している。

中小企業製品価格,サービス料金の騰勢鈍化は,農産物,繊維原料価格などに落ち着きがみられたことや名目賃金の上昇率が比較的小幅にとどまつたことなどによるものと思われる。さらに物価問題懇談会の提案や世論の高まりなどから,これまでほど安易には値上げがしにくくなつたという事情があつたことも見逃せない。

しかしながら,以上のような消費者物価の落ち着き傾向から,直ちに35年来の上昇すう勢が構造的にも転機を迎えたとみるのは尚早である。

まず第1に,前年同期比の動きをみて落着きを判断する場合,前年同期の事情を十分考慮することが重要である。たとえば,季節商品の動きは別としても,40年10~12月期には新聞の値上げ,41年1月には消費者米価の引上げ,また2~3月には各種交通料金の引上げなどがあつた。このような値上げの動きは,41年末から42年春まではみられないため,指数の動きとしては,前年同期比を押し下げることになつている。

第28図 製造業規模別名目賃金(現金給与総額)上昇率の推移

第2に, 第28図 の規模別名目賃金の上昇率の推移に明らかなように,大企業(製造業)の名目賃金は,41年を通じて速いテンポで騰勢を強めている。大企業の賃金上昇が,ただちに中小企業に波及するとは限らないが,労働需給が引締まり傾向にあるだけに中小企業の賃金上昇がつよまり,それが中小企業製品価格や個人サービスに対して上昇圧力となることも考えられる。ただサービス業や中小企業としては,前述のように安易な価格引上げにたよりにくい事情も生じており,合理化への刺激がいつそう高まる可能性もある。


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