昭和41年

年次経済報告

持続的成長への道

経済企画庁


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持続的成長への道

諸部門の動的均衡

流通部門の合理化

合理化を進め、生産性を高めていく余地が大きい分野として、流通部門がある。

社会的な流通費の総量(生産者の販売費用や消費者の購入付帯費用を含む)がどの位であり、またそれが増加しているかどうかは、統計的な制約があって明らかではないが、昭和35年時点の流通産業費用を推定してみると第84表の通りであり、財貨の総購入額に占める比率は約11%であった。このうち民間消費支出部門だけについてみると(第85表)、流通費率は約21%であった。特に製造工業品に比べて農林漁業等では流通比率が高く3割以上を占めているが、これは生産や消費の零細性や散在性等が影響しているのであろう。こうして流通費用は次第に高まる傾向にあるようだ。

第84表 財貨購入額に占める流通産業費用

第85表 民間消費支出に占める流通産業費用

産業連関表をベースにして、昭和39年の延長を試算してみると第86表の通りで、総購入額に占める流通産業費比率は約13%に増加している。もちろん流通産業費用の増加がすべて流通産業の責に帰せられるわけではない。商品のアフターサービスの拡大は商業マージンを増加させるし、輸送のスピードアップは運賃の増加をもたらすだろう。また生産者が販売部門や自家輸送部門を分離すれば流通産業費用としては増加するだろう。仮にこうした点を無視して、流通産業費用の増加が消費者物価上昇に与える寄与率を、第87表に示すような方法で試算すると、流通産業費用の消費者物価指数上昇寄与率は30%前後にも達する。

第86表 流通産業費用増加傾向の推計

第87表 流通産業費用の消費者物価上昇寄与率

以上のような流通産業費用の増加要因は何であったのか、まず商業については人件費率及び資本費率の上昇が挙げられる(第70図)。前者は賃金上昇に労働物的生産性の上昇が追いつかなかったことが原因となっている。後者は店舗や倉庫の新増設、近代化、自動車保有数の増加(第88表)等の結果で資本装備率(第89表)は昭和30〜39年度で3倍に上昇したが、固定資産回転率(第71図)は急激な低下を示した。こうした資本費の増加は、主として諸種の販売付帯サービス増によるものであるが、それを可能にした条件として消費水準の高度化等を指摘できよう。

第70図 人件費、資本費の上昇

第88表 一店当たり自動車保有台数の推移

第89表 資本装備率の上昇

第71図 固定資産回転率の低下

次に運輸業費用の増加の原因をみよう。運輸業費用は輸送量×賃率として現されるが、輸送量の伸びによる費用増は当然として、問題は賃率上昇による部分だ。

このうち船舶輸送についてみると、内航海運賃率はこの間にほとんど上昇をみせなかった。これは船舶過剰による業者間の競争が激しかったほか、船舶の大型化、自動化、専用船化等の技術革新によるところが大きかった。

陸上輸送では国鉄の輸送分担比率が大きく、また自動車の実効運賃(契約ベースでの運賃)は国鉄運賃との比較で相対的に決定される面が強い。国鉄賃率は昭和36年に約15%上昇したが、それは経常収支の悪化に起因するものではなく、過去の投資不足による荒廃設備の更新と、輸送力の増強とが主目的であった。もともと運輸業の輸送分担比率は、運賃のほかスピード、利便性等給付の質的内容の差異により、かなり流動的である。30年代に入って鉄道の輸送は弾力性喪失が著しく、このため自動車への転移傾向がみられていたが、鉄道運賃上昇の結果、その転移傾向が一層促進されることとなった。

一方、自動車輸送は、基礎設備を全額自己負担で建設せざるを得ない鉄道に比べ、設備資金を理由とするコスト上昇要因は小さいが、労働生産性や輸送コストの面では鉄道より不利(第90表)という基本的な条件がある。特に30年代は労働生産性上昇率が停滞傾向にあったため、賃金コストの圧迫要因は大きく働いていたが、鉄道運賃の上昇があったので、自動車輸送量の転移を招くどころか、むしろ輸送分野を拡大しつつ同時に増加コストを運賃に反映していくことが可能とされた。以上のように、国鉄運賃の上昇が運輸業費用増加の誘因となったことは否定できない。

第90表 運輸機関別貨物輸送コストの比較

流通産業はその労働集約的産業としての性格から、産出量の増加を労働力の流入に依存する度合いが大きい。これまでの労働力過剰経済の下ではそのことが可能であったし、事実かなりのテンポで流入増がみられた。しかし労働市場の構造変化に伴い、今後は労働力確保が次第に困難化することが予想され、また他産業との労働生産性上昇率の格差は流通費用増加の要因となる。

商業及び運輸業の労働生産性を製造業と比較すると(第72図)、生産性上昇率の格差がみられることは否定できない。従って、流通費の軽減には労働生産性の上昇が基本となるが、流通合理化を考える場合、需要者の商業サービスや運輸サービスの質的内容に対する自由選択の可能性を阻害しないことが前提となろう。ただしその反面、現状では地域的独占や価格協定等の結果として包装、アフターサービス、景品等諸種の付帯サービスが半ば強制的に提供されている場合も多いと思われ、こうした制度的障害はできるだけ除いていくことが必要だ。

第72図 労働生産性指数の比較

第73図 商業の労働生産性指数

第74図 運輸業の労働生産性指数

商業の合理化─規模の適正化と流通経路の短縮─

我が国の商業は過剰、零細、低生産性であるのが特徴だ。例えば小売店数の国際比較でも(第91表)、そのことは明らかだ。 国によって消費水準や消費慣習が違うから一概に比較はできないが、我が国に有力な大型店(デパートやスーパー等)の少ないことが小売店数の多い理由のように思われる。 しかし小売店の大規模化が直ちに流通経費の節減につながるとはいえない。規模別原価構成の比較では(第75図)、卸売り業では売上原価率が上昇(従ってマージン率は下降)し、 大規模の経済が認められるが、小売業ではそうした傾向は認められない。過去10年間の実績をみても、小売店数は人口増に比例して増加し、人口一万人当たり約134店とほぼ変わりなく推移しており、 また規模別商店数の構成比率(第76図)でも、大規模化の現象は特にみられなかった。その理由としては生業的色彩の強い1〜2人規模が約70%を占め、 賃金コスト圧迫の影響が小さいこと、市街地の地価高騰が大量廉売店の新規参入に対し阻止的に働いていること等が考えられる。また一方では、大規模化一商店数の減少一顧客圏の拡大によって、 消費者の購入に要する外出等の犠牲が増加することも無視できない理由である。大規模化が消費者に利益となるのは、こうした犠牲増を相殺する以上のマージン率切り下げがある場合だ。 それを可能にするのは、商品仕入面での合理化はもちろんだが、セルフサービス、無包装販売等販売面での合理化によるところが大きい。 これまで慣習化されてきた付帯サービスの切り捨てに消費者がどの程度応じ得るかどうかが問題となるわけだ。

第91表 人口1万人当たり小売業商店数の国際比較

第75図 資本金規模別原価構成

第76図 常時従業員規模別商店構成比の推移

流通経路が短縮されればされるほど流通費用が節減されることはいうまでもない。 しかし小売業に対する卸売り業の比率推移(第92表)をみると、むしろ卸売り業の比重が増加傾向にあることを示している。 我が国の流通経路を例えばアメリカと比較すると(第77図)、卸売り業相互間の取引が多く、また小売業の卸売り業に対する依存度が大きい。 この表からみる限りでは、流通経路の合理化は卸売り業間取引の短縮と小売業の機能強化にあることを示している。

第92表 小売業対卸売業比率

第77図 商品流出入バランスの日・米比較

第93表 商品流出入バランス

我が国の流通経路のこうした特色は、流通経路に内在する非能率要因にもよるが、また多分に生産や消費の小量性、散在性を反映した結果でもある。しかし生産 の大量化、人口の都市集中化、購買力の向上等が進行する一方、ボランタリーチェーン、卸総合センターや、コールドチェーンシステムの開発等新しい流通経路 への促進要因も出てきている。今後、取引慣習や市場機構の合理化、流通施設立地の適正化等、流通経路の短縮を図る余地は次第に大きくなると思われる。

運輸業の合理化─社会資本の充実と総合的合理化─

生産増に伴い輸送量も大きく伸長したが、社会資本の蓄積が立ち遅れたため、交通過密化の現象が広がり、運輸業の生産性向上を阻害する要因となっている。社 会資本の充実が早急に必要となるが、この場合、そのための資金負担面や、計画実施のテンポの面で、輸送機関別に均衡を失わないようにすることが重要だ。投 資のバランスがとれていないと運賃体系や輸送力のアンバランスを生じ、このため適正な輸送分野の形成が妨げられることとなるからである。また大量輸送機関 が十分に機能を発揮できるよう、運賃制度の弾力化を図ると共に、コンテナ、パレット、ビギーバック等大量輸送機関と小量輸送機関との一貫輸送体系(ユニッ トロードシステム)を推進すべきだろう。

なお、倉庫業も従来の受動的保管に留まらず、物資流動を効率的に調整する積極的機能を果たすよう、設備、在庫管理等の近代化を進める必要がある。

輸送費が節減されても保管費や荷造包送費が増加すれば効果は減殺される。物的流通費が総体として低減されないと意味がない。問題は流通体系をいかに流動的 に構成するかにあるわけだ。包装の標準化、保管倉庫の流通倉庫化、コンテナ化等がそれだ。鉄道を中心とした場合の総合的合理化の例を示ぜば第95表のようだ。

第94表 流通倉庫建設による経済効果

第95表 輸送近代化による経済効果例

これまで流通費用の増加は大幅であって生産性上昇率は低かった。流通の合理化は重要な課題である。しかし流通サービスの質的低下をもたらすような単純な流通経費の節減が必ずしも消費者の利益と結びつくわけではない。

流通合理化の方向は、消費者の自由選択の条件を整備しつつ、流通に内在する非能率要因の解消を図ることでなくてはならず、その場合生産及び消費の方式も、流通の合理化にマッチするよう同時に合理化がすむことが必要だ。


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