昭和41年

年次経済報告

持続的成長への道

経済企画庁


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持続的成長への道

諸部門の動的均衡

経済が順調に成長していくためには、全体の需要と供給力とがつり合いがとれているだけでは十分でなく、経済の各部門のバランスがとれていなくてはならない。需要が増えている部門と供給力が伸びている部分とが食違うならば、一方に供給超過がありながら、他方で需要超過が起こる。また一方で発展の成果を亭受しているのに、他方でそれにとり残されるという社会的な不公平が発生する。現在、日本でみられる消費者物価の大幅な上昇、交通施設の能力不足、住宅不足、生活環境施設の不備、公害の増大、社会保障の遅れ、中小企業の倒産等はいずれもこうした不均衡の現れということができよう。

もちろん均衡のとれた成長は、工業と農業とが同じ率で拡大するとか、大企業と中小企業が同じテンポで成長するとか、工業製品価格、農産物価格、サービス料金等の相対的な価格体系がかわらないで維持されるということではない。例えば需要についてみれば成長につれて工業生産物に対する需要の方が、農業生産物の需要よりも大きく拡大する。従って、成長過程では、第2次産業の拡大率の方が第1次産業の拡大率よりも大きくなる。また、工業製品に比べて、サービス業の生産性の上昇率は低いだろう。従って、均衡成長のもとでは、工業製品に比べてサービス価格の方が相対的に高くなるのは避けられないであろう。成長は必ず変化を伴う。成長経済における均衡とは、現状のバランスをそのまま維持することではなく、動的均衡であり、経済の発展に必然的に伴う変動につり合がとれるように経済の内部の構造が変化していくことである。そのためには価格メカニズムを生かすような適正競争の維持導入と財政金融政策による調整によって、資源の最適配分を図っていくことが必要である。

消費者物価の安定

消費者物価の上昇も、このような部門間の不均衡がその重要な原因となっている。昭和30年代の高い成長の過程にあって、卸売物価はほとんど安定していた。しかし、消費者物価は、昭和35年ごろから上昇が目立ってきた。第58図に示すように、消費者物価の上昇は、日本だけのことではなくて先進国に共通に起きているが、60年から65年までの上昇率をみると、最高のフランスが年3.9%、一番低いアメリカが年1.3%である。日本は同じ期間に年率6.2%と最も高い。しかし、その上昇の形態にはかなり相違があり、日本では卸売物価は安定しているのに、消費者物価の騰貴率が高いのが特色である。

第58図 各国の物価動向

消費者物価の内訳を第59図でみると、昭和35年から40年の期間、年平均で特に上昇率が高いのは、個人サービス・家賃11.8%、農水畜産物8.4%、中小企業製品5.2%であって、公共料金や大企業製品は割合に安定していた。また、この期間の消費者物価上昇に対する寄与率をみても、第60図のように農水畜産物41%、個人サービス・家賃27%、中小企業製品23%とこの三者で全体の9割を占めている。第61図のように経済の発展につれて、商品別の物価の上昇率に変化があり、価格体系の変化が起きるのは当然である。商品やサービスの種類によって、生産性を高めることが容易なものと難しいものとがあるからだ。生産性の上がり方が遅れたもので物価があがっていくために、生産性上昇率の高いもので物価が安定していても、物価水準が上がってきた。

第59図 消費者物価の変動(特殊分類)

第60図 35〜40年の消費者物価の費目別・特殊分類別上昇率と寄与率

第61図 労働生産性上昇率と価格変化率(部門別)

その理由としては、次のような点を指摘することができよう。

第1は、生産性上昇率が高い投資財部門を中心とする大企業では需要が強かったこともあって生産性が上がった分を価格引き下げにまわすような誘因が弱かったことである(第61図)。もっとも日本では、利潤が増加すると、新しい企業が進出して超過利潤を引き下げるような圧力がかかった。30年の始めごろ、寡占的であった分野へいかに新企業が進出して生産の集中度を引き下げたかは第79表に示す通りである。しかし、この間に、これらの企業では、賃金が上昇し、また販売費や資本費が増大していって、利潤の一部はコストに転化していったので生産性の向上は、そのまま価格の下落となることはなかった。このような関係は第62図 第63図の通りであって、生産性の向上が、賃金の上昇や償却費の増大になって必ずしも価格の下落には結び付いていないことを示している。

第79表 高度に寡占的な分野への新規企業の進出

第62図 「主要企業」における生産性向上と製品価格変化との関係

第63図 売上高に占める利益・金利・販売費償却費の割合

物価上昇の理由の第2は、労働力需給のひっ迫等により、生産性が上がらない中小企業でも賃金を大企業よりも一層引き上げなければならなかったことである。高い成長が続いている間に、大企業を始めとして、新規学卒者や若年労働力に対して強い雇用需要が起き、35年ごろから若年層を中心にして中小企業の雇用者の賃金上昇率が高まり、これまで大幅だった賃金格差が急速に縮小した。第64図にみられるように、39年には、製造業では、若年層の賃金に関しては、中小企業の方が高くなってきた。第80表にみられるように、賃金上昇率は、消費財中小製造業、商業、サービス業や農業(日雇)で著しく、35年から39年までの期間では製造業の大企業の2〜3倍の上昇率を示した。こうした部門では、もともと、賃金や所得が低かったから、その上昇率が相対的に高くなるのは当然だが、このことが、中小企業やサービス業、農業等の生産性の低さもあって、コストを高める一因になった。

第64図 規模別・年齢別賃金上昇率と賃金格差(製造業)

第80表 消費関連中小部門の賃金上昇率

物価上昇の理由の第3は、中小企業、サービス業、農業等の生産性向上の遅れである。もともとこれらの部門の生産物は、生産性の引き上げを図ることが難しいものが多いのであるが、その上、中小企業では若い労働力は大企業へ流れ、また第81表にみられるように機械化に必要な資金調達力も劣るという不利な点があった。中小企業で機械化が進まなかったというわけではないが、第65図に示すように、賃金格差は縮小して、低賃金の有利性はうすらいでいるのに、資本装備率(労働者1人あたりの資本額)の格差は消費財・中小企業では従前のままであった。賃金は上昇しているのに機械化の速度がそれに伴わなければ、中小企業のコストは上がらざるを得ない。農業でも第82表に示すように、農村資金は農業に投資される部分は少なく、かなりの部分は農業外へ流出した。第66図にみられるように、動力耕うん機やハンドトラクターの導入等、農業の機械化はかなり進んだが、土改良等への投資の伸びは低い。

第81表 主要企業と中小企業の設備投資資金調達

第65図 資本装備率格差と賃金格差

第82表 農村資金の流出と流入30〜39年度累計額

第66図 農業投資、農業資材投入額の増加

消費者物価の上昇には、また消費需要の強さが影響していたことも否定できない。賃金や所得の上昇が一方では生産物やサービスのコストを高めると共に、他方では増加した賃金や所得が消費財に対する需要の増大となって現れてきた。特に投資リード型の成長では消費財やサービスの生産は相対的に少なくなるから消費者物価が上昇しやすい条件があるわけだ。農産物について需要と供給のバランスの変化を試算してみると第67図の通りで、34、5年以降、需給バランスは需要が供給を上回るように変化してきた。価格が制度的にきめられる米麦を除いた野菜、果物、肉類等についてみるとこうした需給関係の変化と、価格の騰落率との間には密接な関係がみられる。第68図に示すように、農産物のうちでも鶏卵や豚肉等生産が増加したものについては価格は比較的安定していた。

第67図 農産物の需給のアンバランスと価格変動

第68図 農水畜産物の生産増加と価格上昇

サービスについても教育、クリーニング、宿泊料金等所得の増大につれて需要が高まったことがサービス価格の上昇の一因となったといってよいであろう。

また、制度的要因も無視できない。種々なカルテルや価格支持制度が価格を支える役割をした。そのようなものは第69図に示すように中小企業や環境衛生関係業種や農産物等に多い。第83表に示すように41年3月末で中小企業団体法によるカルテルの実施件数は627に及び、しかも3年以上に渡るものが約7割に達している。もちろん、生産性が上がらずコスト割れとなっているときにはこうしたカルテルを直ちに外すことは、競争力を持たない中小企業の経営を困難にすることになるが、生産性を高め、こうした支えなしに経営がなり立つようにならなければ消費者物価の安定は期待し得ないだろう。

第69図 中小企業等カルテル件数の推移

第83表 中小企業カルテルの定着化

このように、消費者物価の上昇の原因は多面的であるが、経済の発展に伴って、賃金格差が縮小したり、サービス等に対する需要が増えてくることは当然で、それが物価上昇の一因となっているからといって、そのこと自体を抑えることはできない。そうした変化を吸収していけるように、低生産性部門の合理化を図り、生産性を引き上げていくことが本筋である。

そのためには、財政資金を農業・中小企業に投入していかなけれはならないが、それが低生産性部門の合理化に役立つことが重要である。もしそれが現状を温存する方向に働くならば、結局低生産性部門は、価格引き上げによって、コスト上昇をカバーせざるを得ないことになる。物価の安定には適正な競争を維持すること、景気の過熱を防ぐこと、賃金上昇をカバーするような生産性の上昇を図ること、適切な輸入政策を実施すること等、多面的な手段が必要だが、経営の能率化、共同化、大規模化、流通の合理化等の構造的な改善を通じて、農業、中小企業等にみられる低生産性部門の生産性を引き上げるような地盤を築くことによって、初めて物価の安定を実現することができるだろう。


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