昭和41年

年次経済報告

持続的成長への道

経済企画庁


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持続的成長への道

動態経済における需給バランス

需給バランスと企業経営

需要と供給とのアンバランスの影響を最も強く受けるのは企業である。昭和30年から39年までに、国民総生産は3.2倍に増えたが法人所得は4.9倍となり、国民所得中の法人企業の所得比率は第55表に示すように日本が国際的にみても最も高くなっている。しかし第56表にみられるように景気変動期に最も振幅が大きいのも法人所得であるし、また昭和35、36年をピークとして、法人所得の伸びが鈍り、利益率が低下しているという注意すべき変化もみられる。

第55表 法人所得比率の国際比較

第56表 分配国民所得の推移

日銀の「主要企業経営分析」によると第57表の通り製造業の純利益は、39年上期から3期続けて減少し、また粗利潤も40年上期には前期より低下した。また、第51図に示すように利益率は35年上期をピークにして低下に向かい、40年上期には、総資本粗利潤率は13.2%、総資本純利益率は3.5%にまで低下した。

第57表 売上高、粗利益、純利益の対前期比増減率

第51図 製造業利潤率の推移

このような利潤率の低下はなぜ起きているのだろうか。総資本粗利潤率(粗利潤/総資本)は、企業の投下資本が付加価値をどれだけ生みだすかという資本効率(付加価値/総資本)と、付加価値中の資本への分け前である資本分配率(粗利潤/付加価値)の積にほかならない。そこでこの両者のどのような動きによって、利潤率が低下してきたかを見ると第58表の通りであって、資本分配率は40年上期には下落したが、すこしならしてみると35年以降大体60%前後でそれほど変化していないが、資本効率が31年の30%から40年には23%へと著しく低下しこれが利潤率低下の主因となっていることが分かる。

第58表 利潤率、分配率、資本効率

 資本効率の低下の理由としては、次のような点が考えられよう。

 資本集約的な生産方法がとられるようになったこと。

 部門間の設備にアンバランスがあり、資本が十分効果的に利用されないこと。

 拡大した資本に見合うだけの有効需要が不足し、資本が十分稼動しないこと。

まず生産方法の変化の影響をみよう。資本と労働とが協働して付加価値を生みだすのであるから、労働力不足からこれまで人手でやっていた作業を機械で行うようになると、資本1単位あたりの付加価値は低下しやすい。日本では、労働力不足が進むに伴って機械化が進んできた。第52図は労働、資本価格比と資本装備率の関係を示したものだが、34〜35年を境として、賃金の相対的な上昇が目立ちはじめ、企業は、それ以前の労働集約的生産から、資本集約的生産へと生産方法をかえていったことがみられる。その場合、労働生産性が資本集約化に比例して上がっていけば、資本効率も下がらないで済むのだが、第53図にみられるように資本集約度は30年代を通じて直線的に上昇しているが、労働の付加価値生産性の上昇はこれに及ばず、資本効率は低下していった。こうした低下が資本分配率の上昇によってカバーされない限り、粗利潤率の低下になるわけだ。

第52図 資本・労働価格比と資本装備率との関係

第53図 資本効率の低下とその要因

部門間の設備のアンバランスも、資本効率の低下の主要な原因であった。昭和35、36年ごろの経済の高成長は、投資財部門の急速な拡大を必要としたが、その結果増大した設備は、経済が平常に戻った場合には過剰にならざるを得ない。業種別設備資本効率の低下をみても第54図の通りで、34〜36年に対する37〜39年の低下は特に、機械、鉄鋼、重電機等で著しい。第59表にみるように、製造業の総資本純利益率低下に対するこれら投資関連業種の寄与率は、前々回不況の14%から前回は50%、今回は38%と大きくなっている。30年代後半の利潤低下のほぼ半分は、投資関連産業の需給アンバランスによって起こったのである。

第54図 設備資本効率の変化

第59表 製造業の総資本純利益率低下に対する投資関連業種の寄与率

しかし、資本効率低下の最も重要な原因は、資本の増大に対して有効需要の伸びが遅れていたことである。昭和40年上期の資本効率は23%であるが、これを過去10年間の平均の25%に引き上げるためには、10%余分の需要が必要であっただろう。

需要が不足している時には、製品価格の下落、操業度の低下や、販売条件の悪化から生ずる企業間信用の膨張が生じて金融資産が増加し、資本効率を引き下げる。

第60表に示すように製造業の売上高純利益率は昭和38年下期の6.7%から、40年上期は4.6%へと2.1ポイント下落したが、その最大の要因は価格の低下であり、次いで、人件費、償却費、金利の上昇が大きい。価格の低下や人件費の上昇は、需給のアンバランスによる値下がりや、労働の不完全利用に基づくところが少なくないであろう。

第60表 利潤低下に対する価格・コスト要因の寄与率

また企業間信用の増大が資本効率低下の重要な原因となっていることは、第55図からも明らかであろう。資本効率の低下は、物的資産効率の低下よりも、金融資産効率の低下によるところが一層大きいのであるが、それは需要不足に基づく販売条件の悪化による企業間信用の増大が主因だといってよかろう。企業(製造業)の自己資本比率が、過去10年間に41%から27%へと著しく低下したのも、物的資産の増加のほかにこうした金融資産の増加によるところが大きかった。

第55図 資産の伸びと資本効率の推移

物的資産の効率は、棚卸資産が在庫管理の進歩等によって相対的に減少しているため悪化していない。設備資本効率も減価償却が進んでいるため悪化の幅は比較的小さい。しかし第56図にみるように、有形固定資産の純粗比率(取得価額に対する償却後簿価の比率)がこの10年間に75%から59%へ大きく低下しているため、現実の設備能力に近い粗資本ベースでみると設備資本効率は著しく低下しており、能力にくらベ、需要が不足していることが分かる。

第56図 設備資本効率の低下

このように、いろいろな原因から資本効率が低下した上に、40年には第61表に示すように資本分配率が低下し、また金融費用や減価償却費が増えて純利益では一層大幅に低下しているため、企業の受けた打撃は特に大きかった。

第61表 製造業の資本分配率のうちわけ

以上のように、経済の需給の均衡がくずれたことは、とりわけ企業に大きな影響を与えたが、一度バランスがくずれると、企業の投資活動が一層沈滞して、さらに全体の需要の停滞を招くおそれがある。

第62表に示すように、企業の設備投資は、38年度以降急速に利潤に対する感応を強めている。需要不足によって利潤が低下すると投資活動が停滞し、さらにそれが全体の需要を低下させるという悪循環を起こす可能性が最近特に強まっているわけだ。40年度の上期にはこうした状態がみられ、それを打開するために財政面からの支出の促進によって需要を補給する措置がとられたが、このように国家が全体的な見地から投資に行き過ぎの危険があるときはこれを抑えて、需要の不足のおそれがある場合にはそれを刺激していくことは、均衡ある成長を図るための欠くことのできない条件である。

第62表 企業の設備投資とその説明変数の偏相関係数の変化


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