昭和40年

年次経済報告

安定成長への課題

経済企画庁


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≪ 附属資料 ≫

昭和39年度の日本経済

物価

卸売物価

年度間の推移

 日本銀行調べの卸売物価指数(昭和35年平均=100)によると、39年度の卸売物価は前年前に比べ0.1%とわずかの下落となった。しかし39年3月から40年3月への年度中の騰落率は逆に0.5%の上昇となっている。この年度中の卸売物価の足どりは 第10-1図 の通り、小幅な変動に止まって必ずしも明確な区切りはつけ難いが、次の二つの時期即ち4月から6月にかけての続落期、7月から12月にかけての中だるみ期及び引き締め解除後の40年1~3月に分けて、年度間の推移をみることにしよう。

第10-1図 卸売物価の推移

続落期(4~6月)

 卸売物価は38年12月の引締政策への転換を契機に下降に向かった。それが6月まで続き、この間総合で1.2%、工業製品のみについてみると0.7%の下落を示した。しかし業種間に差があり必ずしも全面的な下降現象を呈したわけではない。食料品、繊維品、鉄鋼などが下落の主役であり、紙・パルプ・同製品や化学品のように、逆に堅調な動き示すものもあった。( 第10-1表 参照)食料品の下落は38年中異常な高騰をみせた粗糖の海外相場が、39年に入って反落に転じたため、輸入粗糖や精製糖がこれにつれて下落としたことの影響が大きい。( 第10-2図 参照)繊維品の下落は前回の調整過程にみられたように急速なものではないが、在庫が徐々に増加したことが市況の足を引いたものと思われる。その背景には景気先行きに対する不安感や機屋の金繰り難が取引を細めたこと、4月に綿糸、スフ糸の操短が緩和されたこと、合繊の新規設備稼動による供給増などがあった。鉄鋼では普通鋼がほぼ軒並み下落としている。38年9月を持って粗鋼の減産措置が打ち切られ、供給は増加の体制にあった。しかるに引き締め後も在庫は微増に止まっており、前回の調整過程においてみられた在庫急増、物価急落現象とは格段の差がある。この意味で今回の場合鉄鋼の軟化は、それ自体よりも、下落が小幅に止まったことの方がより重要である。それには輸出好調の寄与が大きいと思われる。この点については後述する。

第10-1表 卸売物価の騰落率

第10-2図 国際市況と国内価格

 他方、堅調業種の代表は非鉄金属であった。もっともこれも国際市況堅調によるものだ。銅を中心に世界的な需給ひっ迫が生じ、原料鉱石、地金とも大幅に上昇した。国内でも鉱石の入手難から地金の生産が需要に対して不足気味となって急速に値を上げ、二次製品も原料高からこれに追随せざるを得なかった。化学品も堅調な足どりを示した。肥料を中心とした輸出の好調、肥料、塩ビなどの生産増に伴う基礎薬品に対する盛んな需要に支えられた面が強い。紙・パルプ・同製品も需給関係がさして悪化せず、下級紙のように一部品種では品不足すら見られた。そのほか、石油・石炭・同製品のように4月から上昇に転じたものもみられた。これにはガソリンの税額1割引き上げという特殊要因があったことを考慮せねばならない。

 このようにこの期は繊維、鉄鋼などの主力製品は下落をみせたものの、小幅に留まり、中には堅調な推移を示した製品もあった。この結果全体として調整過程にもかかわらず、小幅な下降に止まったのが大きな特色といえる。

中だるみ期(7~12月)

 引締政策への転換後小幅ながらも下降を続けた卸売物価は6月を底に7月より緩やかながらも上昇に転じた。それは引締政策転換後7ヶ月目引き締め体制が整った月からみれば4ヶ月目という早いものであった。

 この反騰の中心品種は鉄鋼であった。もっともこれも長くは続かず9月以降は再び弱含みに変わるという、いわば中だるみに過ぎなかったわけだが、前述の非鉄金属が一層上昇テンポを早めたため( 第10-2図 参照)全体としては9月以降も緩やかな上昇を続ける結果となった。

 鉄鋼の中間反騰は、小形棒鋼、中形形鋼を主軸とするいわゆる条鋼類が中心であった。中形形鋼は4~5月に凍結在庫の放出が完了したといわれ、この面の市況圧迫要因が無くなったのと、輸出好調も見逃せない要因であった。中厚板も7月ごろに同じく凍結在庫が解消したことが好影響を与えた。こうして条鋼類は6月から、厚板も7月に反騰を見せた。しかし薄板は依然さえない商状を続け明暗二相をみせた。条鋼類は7月ごろには公販価格に近いところまで回復したのに対し、薄板は公販価格を大きく割るに致った。このため条鋼類は採算的に有利となり公販メーカーの増産や生産を中止していたメーカーの生産再開を招き、供給増加傾向が強くなり、9月ごろには高値訂正安を生ずる結果となった。薄板は12月からホットコイルの1割自主操短という強力な市況対策が打ち出されるに至り、年末になってようやく下げ止まりないし回復の兆が現れた。

 一方繊維品は、軟弱相場を続けた。10月には業界の根本的体質改善策としての繊維新法が施行されたが、長期的にはともかく、短期的には供給増加懸念が強まり市況回復には役立たなかった。その中で人絹糸は11月より自主減産に踏み切った。

 この期の終わりごろになると、供給過剰傾向が強まる業種が目立ち始めたのが大きな特色であった。セメントは引き締め後終止軟化を続けてきたし、石油製品も税引き上げ分の価格転嫁が一巡したあと秋口には再びこれを支え切れなくなっている。引き締め後堅調を持続して来た紙、パも8月ごろより下落に転じ次第に供給過剰感が強まって来た。上質紙がオリンピック需要が期待ほど出ず、板紙も段ボールが家電業界の不振の影響を受けるなど在庫増が目立ってきた。この結果11~12月ごろから市況対策業種が急速に広まった。前述の薄板、人絹糸のほか、上質紙、板紙の自主減産、石油における原油処理当初計画量の圧縮(40年より実行)などが主なものである。業界のまとまりの悪かったセメントについてもアウトサイダー問題が一歩前進し、自主減産体制に入った。

 このことは卸売物価の緩やかな上昇と矛盾するようだが、海外要因の大きい非鉄金属を除外してみるとこの期も引き続きじり安を続けており、( 第10-3図 参照)在庫増の影響を小さいながらも受けていたといえる。

第10-3図 工業製品の卸売物価の推移

再停滞期(1~3月)

 12月には引き締めが解除された。引締政策へ転換してちょうど1年目であり、それは前回と比較して1ヶ月早いものに過ぎなかった。1月には卸売物価は総合では一応引き締め転換時点の38年12月の水準に戻った。しかしこれは前述のように非鉄金属の影響を考慮せねばならないし、また1月に消費者米価の引き上げがあったことも見逃せない。もっとも繊維品にみられるように、引き締め緩和の心理的効果が現れたこと、11、12月ごろより行われた市況対策の心理的効果などから、1月には回復をみせた。重要なのは、これが2月には早くも頭打ちの兆をみせ、3月以降再びじり貧状態に陥っていることだ。

 鉄鋼についてみると、薄板はホットコイルの減産措置から昨年11月以降3ヶ月間は回復をみせたものの、長続きせず本年2月からは再び軟化を示している。家電業界の不振、自動車業界の生産頭打ち傾向などが大きな原因である。条鋼類も不需要期の影響もあって下押している。繊維も引き締め緩和を好感していったんは値上がりしたものの、時の経過と共に実勢悪が見直されてじり安に戻っている。特に年度末ごろにはナイロン、テトロンの合繊関係の下落が目立った。ただ人絹糸は市況対策から、生糸が内需好調、原料繭の不足から、それぞれ堅調を示したに過ぎない。

 このように、この期は引き締めが解除されたにもかかわらず、市況回復が進展せず、むしろ再び軟弱相場となったわけだが、需要不振に伴う供給過剰が最大原因である。企業倒産続発に伴う信用不安の増大、企業経営の極度な悪化、景気先行きに対する見通し難などが取引の盛り上がりを欠かせているためである。さらに基本的には過去の高投資による供給能力の増大が、供給過剰傾向を一層明らかなものにしているといえる。

 こうして、この期は、セメントや石油製品のように一部に市況対策の効果がみられたに過ぎず、むしろ市況対策に本腰を入れる業種や、市況対策強化に乗り出ず業種が増加したのが目立った。ナイロン、テトロン、石油、特殊鋼、伸銅品などがその例である。

卸売物価の下落を小幅にした要因

 以上39年度中の卸売物価の推移を3期に分け回顧したが、そこでみられた特色をあげると、第1は景気調整過程にもかかわらず卸売物価の下落が非常に小さかったこと。第2は、39年末ごろから供給過剰傾向が顕著となり引き締め解除後も卸売物価の回復がみられなかったこと。第3は海外市況の影響から粗糖、精製糖の急落により食料品が下落した反面、非鉄金属は39年中を通じ大幅に上昇したことである。33年、37年、39年と3回の景気調整を比較してみると、その都度下落幅が小さくなっていることだ。食料品、非鉄金属を除いてみると 第10-3図 のように年度中を通じほぼ下降傾向を続けたといえるが、それでもなおその下落幅は著しく小さい。39年度の卸売物価の大きな特色といえる。もっとも実勢価格は指数に現れた以上に下落しているともいわれる。しかしその実態の把握は困難である。たとえそれがある程度事実であったとしても、そういう事態は前回の調整過程でもあったであろうから今回の調整過程での卸売物価の下落幅が、前回よりも相対的に小さかったということは否定出来ないように思われる。以下この卸売物価の下落を小幅にした要因を検討しよう。

需要の堅調

 39年3月以降完全な調整過程に入ったわけだが、39年夏どろまで生産者製品在庫率はほとんど高まらなかった。前回は引き締め後急速な在庫増を招来したのとは大きな違いである。このことは需給バランスが崩れなかったことを意味する。38年末に引締政策に転換した直接動機は国際収支の赤信号にあった。しかし国際収支の悪化には38年の小麦の減産による輸入急増、粗糖の値上がりや、フレイトの上昇による輸入額の増高という特殊要因が働いていたことが大きかった。つまり景気の過熱という面は比較的薄かったといえる。このため引き締め開始後も設備投資を中心に需要が比較的堅調に推移し在庫の急増を生じなかったものと思われる。 第10-4図 は主要業の在庫率と卸売物価の推移を示したものだが、年度上期において在庫率が高まっているのは、繊維、機械、紙パに過ぎず、それも前回の引き締め時より小幅に留まっている。

第10-4図 在庫率と卸売物価

輸出の増大と輸出価格の堅調

 需要を支えた要因として輸出の好調も見逃せない。輸出数量の伸びをみると前回は引き締め開始後半年ほど経てから輸出ドライブが急速にかかって来たが、今回は引き締め初期から高水準に推移し、期を経るにつれ拡大している。( 第10-2表 参照)。今回の調整過程での輸出増大の大きな要因は、米国の好景気を中心に世界貿易が拡大したことのほか、我が国の輸出競争力の強化も大きく寄与している。

第10-2表 出荷と輸出の推移

 こうしたなかにあって輸出価格は堅調な動きを示した。日本銀行調べの輸出物価指数は 第10-5図 の通り前回の調整過程での急落とは対照的に、緩やかながらも上昇さえみせている。中でも金属、化学品の堅調が目立った。この輸出価格の堅調も輸出を一層増大させたものと思われる。輸出価格が堅調だったため相対的に輸出が有利となったわけである。 第10-6図 は鉄鋼の薄板と尿素について、卸売り、輸出両物価と輸出数量の対前年同月比の39年度中の推移をみたものだが、上述の傾向が読みとれる。

第10-5図 輸出物価の推移

第10-6図 卸売物価・輸出物価

 こうした諸要因に基づく輸出の増大が、国内の需給バランスを支え、ひいては卸売物価の下降を小幅にとどめる役割を果たしたわけである。

高い企業の流動性

 引き締め後も増勢も示さなかった在庫は昨年秋ごろより急速に増加し始めた。 第10-7図 にみる通り39年第4四半期から40年第1四半期の在庫率の水準は前回の引き締め時のピークであった37年第4四半期の水準に達している。しかし卸売物価の動向をみると、前述のごとく、それまでのじり貧基調にさして変化がみられなかった。在庫が増加すれば卸売物価が下落とするのがこれまでの姿であった。これはなぜであろうか。

第10-7図 物価、在庫率、流動性の推移

 企業の手元現預金の水準を企業の流動性というなら、この企業の流動性の高水準が在庫増に耐え卸売物価の下降圧力を減殺したのではないかと考えられる。企業の流動性の指標として、売上高に対する現預金の比率と棚卸資産に与信超過(売掛金─買掛金)を加えこれに対する現預金の比率をみると 第10-7図 のように39年の水準はかなり高い。

 企業はこれまでの引き締めの経験から、38年金融緩和時に企業の流動性を高める努力をした。これは企業の先行きの経済動向と資金調達に関する予想が、これまでになく慎重となり、予備的動機に基づく流動性選好が著しく強まったためとみられる。こうして蓄積された企業の流動性は、引き締め後多少取り崩されたものの、なお高水準のまま在庫急増期にまで持ち越された。この高い企業の流動性が企業の在庫増に対する抵抗力を強める結果となり、卸売物価の急落を押さえる役割を果たしたものと思われる。

コスト要因

 卸売物価を下支えした要因としては、さらにコスト要因がある。 第10-8図 コストの推移 は主要コストの推移をみたものだが、総コストは38年上期までの低下傾向から以後上昇に転じている。総コストを資本コスト、賃金コスト及び原材料コストに分けてみよう。比較的安定しているのは賃金コストだ。37年度上、下期と38年度上期には若干高まっているが、これは景気調整下にあって従業員1人当たりの生産量が低下したことによるものであろう。

第10-8図 コストの推移

 これに対して、資本コストと原材料コストは大きな変動をみせている。37年度ごろまでの資本コストの急上昇に対し、原材料コストは大幅低下をみせている。38年度以降は資本コストが横ばい傾向に対し、原材料コストは上昇を示している。こうしてみるとこれまでは資本コストの上昇を原材料コストの低下でカバー出来、総コストも引き下げ得た。しかし最近は、資本コストの上昇は一服気味だが、原材料コストの上昇が著しく、これが総コストを引き上げる結果となっている。39年度下期については明らかではないが、食料品を除いた輸入物価指数(日本銀行調べ)をみると、39年度平均は前年度平均を1.1%上回っており、原材料コストの大幅低下はなかったように思われる。従って下期もコスト圧力は強かったものと思われる。

 こうしたコスト圧力の増大が、卸売物価の下落を下支えしているといえる。

市況対策

 在庫の増加を企業の流動性で支えるといってもそれには限度がある。在庫が大幅に増加し、供給過剰傾向が明らかとなり、先行き急速な好転が見込み薄となればやはり問題である。第1部総説で述べたように、企業利潤の低下が目立つときに、卸売物価の急落を招くようなことになれば、企業経営は一層深刻なものとなろう。そこで価格下落防止のための、いわゆる市況対策がとられるわけだ。39年の年末から、40年1~3月にかけて、市況対策にのり出した業界がかなりみられるに致ったのはこのためである。

 もっとも冷延薄板やガソリンのように、それまでに市況対策を行っていたものもあった。しかしそれは部分的なものであり、従って効果もさして上がらなかった。ところが12月ごろになると供給過剰が明らかとなり、先行きに対する不安が高まったため、かなり積極的に自主操短に乗り出した分けてある。

 例えば、まず11月に人絹糸が自主減産に入り、12月には鉄鋼が薄板対策としてホットコイルの約1割減産に踏み切り、亜鉛鉄板も減産体制に入った。上質紙、板紙もそうだ。新年に入ってからはナイロン、テトロン、石油、伸銅品、セメントなどが挙げられる。又特殊鋼の構造用合金鋼は不況カルテルか認められた。これらの市況対策が引き締め解除間際や、解除後に本腰を入れて行われた点が注目される。こうした市況対策も卸売物価を下支えした要因の1つと考えられる。

むすび

 以上のように、39年度の卸売物価は、食料品とか非鉄金属といった景気変動とさして関係のないものや国際市況の影響を大きく受けたものを除いた工業製品を中心にみた場合、中だるみや引き締め解除直後の一時的反発はみられたものの、総じてじり安基調に終止したといえる。そこには引き締め過程での下落が比較的小幅であったという点と、引き締め解除後も市況の回復力が弱かったという特徴が見いだせた。

 36、7年ごろまでみられた原材料コストや賃金コストの低下傾向は見られなくなっている。輸入原材料価格が下降から横ばい基調に移っているなど、これまでコスト低下への寄与の大きかった、原材料コストの低下はあまり期待出来ないであろう。従って総説で述べたように、企業は需給バランスを十分考慮し、過当競争を避けるよう努めることが望まれるわけである。同時に企業はより一層合理化に努め、生産性を向上し、積極的にコスト引き下げを計ることも極めて重要であることはいうまでもない。

消費者物価

概況

 36年度から年率6%をこえる急速な上昇を続けた消費者物価は、39年度にやや鈍化した。総理府統計局調べ「消費者物価指数」(全都市昭和35年基準)によれば、39年度平均指数は前年度に比べ4.8%の上昇であり、38年度の上昇率6.6%を下回った。

 しかし、年度平均指数にみられる上昇率の鈍化は、38年半ばから39年の初めにかけて、消費者物価が横ばいを続けたことを反映しているものであって、39年度中の動きをみると、騰勢は再び強まってきており、消費者物価上昇の基調には基本的変化はみられなかった。

 年度中の動きをみると、38年度中の上昇率2.9%に対し、39年度中は7.7%であり、39年度に入ってからは、消費者物価上昇のテンポは大きかった。

 39年度中の消費者物価の上昇幅を大きくしたのは、野菜、生鮮魚介等の季節商品の価格の高騰である。

 38年度には、これら季節商品の価格が、年度後半にかなりの下落をみせ、消費者物価の沈静に寄与したが、39年度は、これと対照的に年度半ばから急上昇を示し、消費者物価全体を引き上げた。

 一方、季節商品以外の費目の動きをみると、39年中は落ち着いており、39年4月から39年12月までの期間には2、5%の上昇をみせたに過ぎず、38年の同じ期間の上昇率4.2%をかなり下回った。しかし40年に入ってから、消費者米価の引き上げ、診察料の改訂等があり、年度中の上昇率では、38年度を若干上回る5.8%となった。

 39年度の消費者物価は、景気の調整過程にもかかわらず、このように根強い騰勢を続けたが、これは前回の調整期においても同様であった。

第10-3表 四半期別消費者物価の推移

第10-9図 消費者物価の推移

消費者物価上昇の内容と特色

第10-4表 費目別消費者物価の上昇率と上昇寄与率

野菜の高騰と畜産物の安定

 野菜の価格は35年を100とした指数でみると、38年4月には205.5であったものが38年度後半には急落とし、38年12月には120.9まで下がり、その後39年に入り4月から上昇に転じ、39年10月には235.1まで急騰し激しい価格変動を示している。このような価格変動は38年から39年にかけての暖冬による野菜の出回り増加に対して、39年には天候不順等による生産の減退があったためである。生産が自然的要因によって変動するのに対し、需要の方は価格弾力性が小さいために、価格の変動にもかかわらずすう勢的に動き、需給のアンバランスが生じてくるものである。

 野菜の供給量と価格の変動の関係を東京の卸売市場の入荷量と東京の野菜小売物価についてみると、 第10-10図 に示すように、前年に比べ入荷量が増加するときには価格は下落とし、入荷量が前年並あるいはやや減少すると価格は大幅に上昇するという傾向がみられる。

第10-10図 野菜の入荷量と価格の変動対前年同月変動率

 野菜の価格はこのような激しい価格変動を繰り返しながらすう勢的に大きく上昇してきているが、このような傾向は、基本的には、野菜の生産が零細規模でしかも副業的に行われているものが多いために、生産性が低いと同時に、激しい価格変動の下で、生産が不安定になるために、さらに供給の安定的拡大が難しくなることによるものである。

 野菜の高騰に対し、鶏卵、肉類などの畜産物の価格は39年度には比較的落ち着いた動きを示した。鶏卵及び豚肉の価格が39年度中、下落ないしは若干の上昇を示したに過ぎないのは1つは生産の周期性による価格の下落期にあたっていたこともあるが、畜産物に対する需要の伸びの大きいことが、成長農産物として生産の拡大を促進し、需要の伸びに対し、供給が対応し、需給のバランスが長期的には保たれているという面もある。

 野菜、豚肉、鶏卵の生産量の伸びをみると 第10-11図 にみるように、野菜は35年からほとんど生産量が伸びていないのに対し、豚肉、鶏卵の生産量は35年を100として39年には豚肉202.3、鶏卵187.2と大きく増加している。

第10-11図 野菜・鶏卵・豚肉の生産量と小売物価の推移

公共料金の据え置き措置

 38年12月の物価懇談会の報告に基づき、政府は、39年1月より39年中公共料金等政府の規制する料金及び価格の値上げを認めない方針を出した。この結果公共料金は 第10-12図 に示すように、39年4月に電気・ガスの消費税引き下げにより、0.1%下げた水準で39年中推移し、政府の据え置き措置はほぼ完全に実行された。

第10-12図 特殊分類別、消費者物価の年度中の推移

 公共料金の消費者物価上昇に対する直接的な寄与率はもともと小さく、従って公共料金据え置きの消費者物価抑制に対する効果はさほど大きかったとはいえないが、しかし公共料金据え置き措置を始めとする一連の物価抑制策は抑制策に直接関連のない価格や料金についても安易な価格上昇を許さない間接的な効果をもたらしたものといえよう。

個人サービス、加工食料品の上昇鈍化

 39年初めから、加工食料品や、対個人サービスの価格や料金も上昇テンポをゆるめており、加工食料品について、特に39年度に価格の下落の著しかった砂糖を除いてみても、39年1月から39年12月までの価格の上昇は2.0%に留まり、38年の同じ期間における上昇率5.8%をかなり下回った。また対個人サービスについても、洗濯代、写真焼付代等が前年度に引き続きほぼ横ばいであったのに加え、理髪料、月謝、映画観覧料、宿泊料等も依然として上昇率そのものは高いが、前年度に比べ上昇のテンポは鈍化した。

第10-5表 個人サービスの費目別上昇率

 39年1月から39年11月までの期間における対個人サービス料金指数の上昇率をみると5.8%であり、38年の同じ期間における上昇率12.2%を大きく下回った。

再び強まった上昇テンポ

 公共料金の据え置き措置による上昇テンポの鈍化が一部にみられたものの、野菜や生鮮魚介等の季節商品の高騰によって39年度の消費者物価は再び上昇してきた。

 40年に入って消費者米価の引き上げ、医療費の改訂、交通関係の諸料金の値上げ等が続き、天候不順による野菜の高騰とあいまって、消費者物価の騰勢は強まっている。

 消費者米価の引き上げは、穀類の家計支出に占めるウェイトが大きいだけに、39年12月に対して40年1月には消費者物価は総合で2.0%の月間としては大幅な上昇となったが、このうち74%は穀類の上昇によるものであり、穀類の価格上昇はそれだけで消費者物価全体を1.5%引き上げた。

 また教育費や家賃の上昇テンポも依然として大きく、39年度には国立、公立の学校の授業料が据え置かれ、公営家賃の上昇も鈍かったため、教育費、家賃全体の上昇率は38年度より若干低かったものの、私立校の授業料や民営の家賃の上昇率は38年度の上昇率を上回って、39年度平均指数では民営家賃13.1%、私立校授業料12.5%の上昇となっており、40年4月にも私立校の授業料はさらに大幅に引き上げられている。

 このような各費目にわたる消費者物価の上昇は再び全体にわたる上昇ムードをさらに強め、生産性向上の努力なしの安易な価格上昇を招くおそれがある。

 35年から続いた消費者物価の上昇は総論第2部に述べたように、基本的には、消費需要が農業、中小企業、サービス業等の低生産性部門の生産に依存するところが大きいためである。賃金や所得水準の平準化の過程においてこれらの部門におけるコストの上昇がみられる一方、高成長過程での消費需要拡大に対して、消費財、サービスの供給の相対的立ち遅れがみられた等の種々の要因が絡み合って消費者物価の上昇は起きてきた。従って、消費者物価抑制のためには農業、中小企業、サービス業等における生産性の向上による安定的供給拡大及び流通機構の合理化近代化等長期構造的な対策が最も重要な課題である。


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