昭和40年

年次経済報告

安定成長への課題

経済企画庁


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≪ 附属資料 ≫

昭和39年度の日本経済

企業経営

 今回の景気調整が、企業収益にあたえた影響は、従来の調整期に比べると、すくなくとも表面的には、あまり大きくない。全産業で、39年上期は、前期に比べ売上高6.7%増加、純利益3.4%減少、下期は売り上げ6.5%増加、純利益2.6%減少と2期続いて増収減益となり、製造業でも、 第3-1表 にみるように、前回調整期と同様、増収減益となった。しかし、これを前回(及び前々回)の調整期における企業決算と対比してみると、収益の減少は、今回が最も少ない。また、利益率の低下も、 第3-2表 に示すように、今回は小幅である。

第3-1表 景気調整期の企業収益推移

第3-2表 景気調整期の利益率の低下(製造業)

 業種別にみても、今回は、石油、砂糖、紙パなど、いわゆる市況業種の一部に減収がみられたほかは、主要業種は、軒並みに売上高の上昇を示し、前回、鉄鋼、非鉄、一般機械など広範囲にわたって、大幅な減収がみられたのと、きわ立った対照を示している。

第3-3表 業種別収益対前期比増減

 また、食料品、繊維、紙パ、セメントなどの各業種を除けば、減益幅は小さく、化学肥料、非鉄、医薬品、通信機械などの製造業や建設、電力ガスなどの各業種では、景気調整下にもかかわらず、2期続いて増益となり、鉄鋼、一般機械など主要業種の減益も前回に比べるとずっと少ない。

 肥料、鉄鋼などは、好調な輸出に支えられたためであり、通信機械、建設業などは、公共予算の増大に見合うものである。そのほか国際的に市況が堅調であった非鉄は、あまり不況の影響をうけず、また生産調整が早めに実施され、急速に市況が立ち直った石油も、一部の異常欠損を除けば、特に不振とはいえない。

 しかし、後発メーカーの進出により需給バランスが急速にくずれた合繊、自由化を目前に相次ぐ値下げに踏み切った自動車、設備投資の停滞によって需要が大幅に減退した工作機械、電気機械、産業機械など、これまで成長業種といわれた各産業の収益の伸びの鈍化、利益率の低下が目立った。

 景気調整期には、企業の活動が弱まり、製品の需給バランスがくずれて、価格の下落やコストの上昇がおこり、企業収益の悪化を招くことは、普通である。今回も例外ではなかったが、このように公表された数字だけからみると、むしろそれほどきついようにみえないのはなぜであったか。

 第1は、輸出の好調を支えとして、生産もあまり低下させずに済み、国内需給のアンバランスによる値くずれも、輸出価格の堅調で、ある程度カバーされたことだ。例えば大手3社の鋼材の平均販売価格が、38年上期から39年上期にかけて国内価格では255円の下落となったのに対して、輸出価格は2,800円の上昇となって輸出価格の国内価格に対する格差は38年上期の88%から、39年上期の95%に縮まってきている。もちろん、販売製品の構成が変化したことにもよるが、鋼材の販売価格の低下をある程度支えたことはまちがいない。

 第2には、減価償却費、支払い利息などの資本費用の増大が、比較的少なかったことが指摘される。景気調整期におけるコストの上昇は、生産の伸び悩みによる資本費の相対的上昇によることが大きいが、今回は、売上高に対する資本費用率の上昇は、10.7%に留まり、前々回の13.5%、前回の11.3%を下回った。39年上期には、自己資本充実を目的とする税制改正の影響で、減価償却費が前期に比べ20%も増加したという特別な理由から、減価償却費率の増加は、前回を上回っているが、これも、下期になると、東証第1郡上場会社で定率償却を実施している485社の22%にあたる105社の償却範囲額が減少して、低下に転じている。従って、39年度における資本費の対前期比増加率は上期の15%増から、下期には4%増へと急激に鈍化している。

第3-4表 資本費用率の増加比較

 第3は、賃金コストの低下である。昭和36年から、賃金上昇率が、労働生産性の増加を上回る状態、つまり、賃金コスト上昇の状態が続いたが、39年には、賃金の上昇率も11%と高かった反面、生産性も14%と大幅に上昇し、賃金コストは38年の8%上昇から、39年は3%の低下に転じた。

 このように、今回の景気調整は、これまでの景気調整に比べると、企業に与えた影響は、必ずしも強くなかったように見える。しかし、企業倒産が、件数でも負債額でも戦後の最高水準を記録し、また、資本市場にも問題はあったにせよ、企業収益を反映する株価が、長期にわたって低迷を続け、企業の不況感は、極めて深刻である。このような不況感は、一概に根拠がないときめつけてしまうことができるだろうか。それとも、最近の企業経営には、これまでと違った様相が認められるのだろうか。

 今回の企業不況現象には、これまでの調整期にはみられない二つの特徴が認められる。

 その1つは、企業の収益水準が、前回調整期からほとんど上昇しないで、引き続き長期に百つて停滞していることである。 第3-1図 にみるように、主要企業の利益率は、38年度にわずかな回復をみせたあと、39年度には再び低下した。38年度の景気回復が、極めて短期間に終わったため、企業収益に充分な潤いを与えるまでには至らなかったのである。前回ボトムの37年下期から、ピークの38年下期にかけて、売上高利益率は、わずか1%の上昇に留まり、31年あるいは35年の上昇期における3~4%の上昇と比べると、極めて小さい。このため、これまで、好況期にはいろいろの形で公表以上の利益を内部にたくわえ、不況期にそれをはき出してしのぐといった決算をとることを常としてきた企業の実体は、非常に厳しい現状にある。例えば、特殊鋼業界のように、従来から、特に激しい競争で余裕の乏しかった業界では、企業の内部にひずみをかかえたまま、急激な膨張を図った企業や、逆に、合理化の努力を怠った企業は、破滅せざるをえなくなった。その他石油、セメントなどの業界でも、同様にいずれも限界に近づいている。( 第3-2図

第3-1図 企業収益性の推移(製造業)

第3-2図 公表損益と修正損益

 2つには最も重要な収益性指標である総資本利益率が、傾向的に下がってきていることだ。 第3-1図 にみるように、企業の売上高利益率は、景気変動に伴う循環的な動きはあるが、特に傾向的に下がっているとはいえない。しかし、総資本利益率は、循環的な動きの中にも、次第に、低下のすう勢をたどっている。これは、いうまでもなく、製造業全体の資本の回転率が低下していること、つまり、以前に比べて、製造業全体で同じ売り上げをあげるために、より多くの資本がいるようになったことを意味する。総資本回転率低下の原因は、 第3-3図 にみるように、2つある。第1は、固定資産回転率が低下していることだ。設備投資の急速な増大だけでなく、業容の拡大につれて、新しい工場用地の造成や買収、あるいは間接部門や福利厚生施設など生産の増加に直接貢献しない設備投資が増えたことが、その最大の原因だ。また、設備が巨大化して、投資の回収期間が長期化していることや、企業の拡張期には、系列企業への投融資や、未稼働資産が増えることも、これに拍車をかけている。第2は、売り上げ債権回転率の悪化だ。35、6年における設備投資の高成長によって、資本不足が急速に解消に向かったが、経済の活動水準の上昇テンポが鈍ると、以前に比べて広範囲に、需給バランスのくずれがみられるようになった。こうして激しい販売競争が、金融引き締めと重なって、いわゆる企業間信用の膨張を招き、売り上げ債権回転率は、前回調整期以降急速に低下したまま、現在に及んでいる。 第3-4図 に示すように、産業構造が、急速に、重化学工業化の途を歩んだため、本来回転率の低い重化学工業のウェイトが増えたことと、重化学工業の回転率の低下がその他の工業に比べて一層大きかったことも見落とせない。

第3-3図 資産回転率の推移(製造業)

第3-4図 (その1)総資本回転率の変化(その2)重化学工業の構成比

 第3の点は、これまで不況知らずといわれた合繊、電気機械、自動車などの産業が、そろって、大幅な利益率低下を示したことである。今回の調整では、昭和30年代を通じて、平均以上の成長を遂げ、特に、35、6年の設備投資高成長の波にのって高収益をあげた一般機械、電気機械、輸送機械などの設備投資関連産業の収益低下が大きく、どちらかといえば、成長率も小さく、設備投資のテンポも緩やかだった化学肥料、非鉄、ガラスなどの業種の好業績との明暗の対照が、極めて特徴的である。

 また、同一業種の中でも、企業間格差が拡大してきたことも、見逃せない。ゴム、セメント、特殊鋼、工作機械、など低迷にあえぐ業界の中にあって、着実な業績をおさめている企業が存在することは特筆に値する。いずれも、これまでの成長過程を通じて、健全な投資態度を持し、自己資本の充実を図ってきたもので、このような企業努力の差が、次第にはっきりするようになったことも、今回の大きい特徴といってよい。

 このように、今回の景気調整は、企業にとって、単に金融引き締めによる調整に留まらず、設備投資の急速な成長による資本不足状態の解消や、労働需給の変容、開放体制への移行など企業をとりまく環境の変化への適応を進めていく過程での調整であった。しかも企業の急激な成長が企業内部のゆがみを拡大し、企業がこのような環境変化に対応する力を弱めてもいた。

 これまで、日本経済全体の成長と共に、順調な拡大発展を遂げてきた企業は、いま、極めて困難な、そして避けることを許されない道にさしかかっている。企業が、この試練を乗り越えて、新しい環境に適応し、国際競争に打ち勝っていくためには、適切な政策による支援が必要であることはいうまでもないが、経営者の責任と自覚に基づく企業の自己努力にまつところ、極めて大きいものがあるといわねはならない。


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