昭和40年

年次経済報告

安定成長への課題

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]

昭和40年度年次経済報告

経済成長と企業、国民生活の安定

国民生活の安定の課題

消費者物価の安定

 消費者物価の上昇をでぎるだけおさえることは、国民生活の安定のために最も大切なことの1つである。39年度は金融引き締めで卸売物価は低下したが、消費者物価の上昇は続いた。もっとも景気調整下でも、消費者物価の上がるのは、今回が初めてのことではなく、昭和37年にもみられた。消費者物価の上昇は、 第53表 に示すように、35年度から目立っているが、37年度には、6.7%、38年度には6.6%と極めて大幅になった。39年度は4.8%と上昇率は低かったが、これは年度の前半に、食料の価格が安定していたためで、後半になると、また上昇率が大きくなった。季節商品を除いた指数でみると、その上昇率には、大きな変化はみられない。すなわち、消費者物価は、好況不況にかかわらず上昇を続けているわけである。

第53表 消費者物価対前年度上昇率

 消費者物価の上昇が、どういった商品の騰貴によって引き起こされたかをみると 第66図 の通りである。この図は、35年から39年までの項目別の上昇率と上昇寄与率を示したものであるが、上昇寄与率をみると、農水産食品、対個人サービス、中小企業製品が圧倒的に大きく、この三者で上昇分の約9割を占めている。

第66図 消費者物価の費目別上昇率と寄与率

 消費者物価上昇の直接の原因は大きくいって、(1)消費財やサービスの生産性上昇率が低いこと。(2)賃金格差があったために、その縮小の過程で、従来の低賃金部門でコスト上昇が大きかったこと。及び個人業主所得の増加が大きかったこと。(3)消費需要の増大に供給が立ち遅れたこと、の3つに分けられよう。

 賃金が上昇する場合、生産性の上昇率が平均より低い部門ではどうしても価格上昇が起きやすい。

 例えば、サービス業では、労働生産性の上昇が難しいので、賃金の引き上げは、すぐ料金に反映される傾きがある。人件費比率と料金上昇率との関係をみると、 第67図 に示すように、総費用に占める人件費比率の高いものほど料金上昇率が大きいのは、このことを示すものであろう。

第67図 サービスにおける人件費率と料金上昇との関係

 また、卸売物価の上昇は比較的小さいのに、消費者物価が一上がる一因として、流通段階における費用の増大がある。これも流通段階で労働生産性の上昇が少ないことによるところが大きい。 第54表 に示すように医薬品や化粧品耐久消費財など、販売競争が激しい商品は別だが、果物、野菜、乳、卵、食肉、既製衣料品等では消費者物価は卸売物価をかなり上回って上昇している。

第54表 費目別消費者物価、卸売物価

第68図 卸売物価と消費者物価の推移

 一方消費財でも、大量生産によって、労働生産性を引き上げることのできたものは、物価上昇幅が小さくてすんでいる。

 消費者物価の動きと、供給の増加率との関係をみると 第55表 の通りで耐久消費財、医薬品等大量生産によって供給の伸びの大きい商品の価格は、35年から39年へかけて低下しており、供給の伸びの中程度のグループ(繊維製品、化粧品等)は年率にして4%、供給の伸びの小さいグループ(雑貨類、身の回り品の一部等)では、年率5%の価格上昇となっている。こうした供給の伸びと、物価上昇との関係は、加工食料品についても、認められる。大量生産によって、労働生産性を引き下げることができるため、賃金があがっても、労働コストが低下しているからだ。生産性の上がり方が遅れた部門で、価格の上昇するのはどこの国の経済でもみられる現象だが、日本ではこの他農業、サービス業、中小企業等で、賃金水準が低かったので、それが平均レベルへ追いつくために、他の産業よりも一層上昇率が高くなるという特別な事情があった。 第56表 にみるように、企業規模別にみた賃金格差は、労働需給のひっ迫している若年層を中心に年々縮小し、39年には、若年層における賃金格差はほとんどみられなくなるまでに至っている。日本の消費者物価の上昇は、消費財やサービスの労働生産性─上昇の遅れと、従来の低賃金部門における賃金の追い付き過程で生じたコストの上昇という2つの原因が同時に働いたことによるところが大きい。

第55表 工業消費財の供給と物価、生産性、賃金

第56表 企業規模別、年令別、賃金格差の縮小

 以上は、消費者物価上昇のコスト側の原因だが、そうしたコストの上昇を、価格に転嫁できたのは、需要側にもそれを可能にする条件があったからだ。高成長によって所得は増大したので農産物やサービスの需要は拡大したが、供給側では、生産性の上昇が比較的鈍く、需要を十分満たすことができなかったため価格が上がりやすい条件があったわけだ。

 消費者物価が、大幅な上昇を続けることが国民生活を不安定にすることはいうまでもないが、それはさらに賃金上昇率を激しくし、卸売物価の上昇を招くおそれがある。

 また、もし賃金費用が上昇を続けながら卸売物価が上昇しない場合には、利潤が圧縮されて、企業経営が困難になるだろう。欧米諸国では、ほとんど例外無しに、消費物価の上昇と共に、卸売物価の上昇が生じている。日本では、これまで、消費者物両は大幅に上昇したが、卸売物価は安定していた。これは、工業において労働生産性の上昇率が高かったので、賃金上昇を物価にはねかえさないですんだためだ。しかし、消費者物価の上昇があまり大きくなれば賃金の上昇率も高くなり、生産性上昇で吸収しきれなくなる。

 今後の消費者物価の動向を考えると、賃金格差の縮小はかなり進んだので、それが消費者物価の引き上げ要因となる力は弱まったとみてよいであろう。しかし、前述したように、消費者物価上昇にはいろいろな要因があり、強い対策がうたれなければ、価格の安定を図ることは難しい。特に、農業、中小企業、サービス業の生産性の向上を図ること、流通組織を合理化すること、賃金その他の所得の引き上げにあたって、国民経済の生産性の向上とのバランスを考慮し、コストの上昇が価格の全般的な上昇をよびおこすことのないよう注意することが重要である。

社会保障の充実

 国民生活の安定のためには、消費者物価が落ち着くことや平均所得が増えることも重要だが、全体的な生活の向上にとり残される者がないようにすることが大切だ。

 日本経済は、これまで順調な成長を続けてきたから、賃金格差の縮小はかなり進んできた。30歳以下の労務者では、中小企業の方がかえって賃金が高くなり、数年前の中小企業は低賃金という観念は通用しなくなっている。また、臨時日雇いといった不安定な労務者も、35年には149万人あったが、38年には135万人に減っている。しかしまだ低所得者層は多い。低所得世帯といっても、どれ位の水準から下をさすかは、きまっているわけではなく、特に各国の平均所得水準の高さによって違うが、アメリカでは全世帯の5分の1にあたる年収3,000ドル以下(1962年)の世帯を低所得層としている。日本でも仮に、全世帯を5つのクラスに分け、その最低所得層(年収22万円以下、38年)を低所得層として、それがどのような種類の世帯に多いかを見ると、 第57表 の通りである。低所得世帯が多いのは、小企業の常雇い、日雇い、家内工業、零細農家、世帯主が働いていない世帯等である。このうちでも、日雇い、家内工業、不就業世帯では低所得世帯の割合が極めて高く、5割から7割に達している。

第57表 低所得世帯の構造

 最も所得水準が低い世帯の数自体は減っておりこの点ではかなり改善がみられる。年収21.4万円(就業構造基本調査第1.5分位37年価格、単身者世帯を除く)以下の世帯数は、31年は746万で、全世帯の43%であったが、34年には627万、32%、37年には395万世帯20%となっている。アメリカでは、1956年から62年までに、低所得層は23%から20%へとわずか3ポイントしか低下していないのでこれに比べると、改善は著しいといえよう。

 全体の水準があっても、所得水準の低い世帯が残ってしまうのは、次のような理由があるからだ。

 第1は、労働力が不足するようになっても、特別の技能を持たない中高齢者が失業して再就職する時には、やはり低賃金で甘んじなければならないことだ。当庁の調査によると40歳以上で、臨時工で就職する時は、月給2万円~2万5千円が普通だ。

 第2は、中年になると、積極的に職業をかえたり、別の土地にうつることが難しいので、他によい条件の職場があっても、低所得から抜け出すことができないことである。生産性の低い零細専業農家等にはこうした事例が多い。第3は、社会保障の水準が低く、また、老後の生活保障や、小零細企業の従業者に対ずる保障が遅れていることである。

 職業訓練や住宅問題の改善の必要性は、先に述べたが、社会保障の充実も今後の課題である。

 社会保障制度は、公的扶助、社会保険、公衆保健サービス、社会福祉の4つに分けられる。公的扶助というのは、貧困に落ち込んだ人の最低生活を保障するためのものだが、最近生活保護基準の大幅引き上げによって被保護世帯の生活はかなり改善されてきている。被保護世帯1人当たりの生計費は38年で5,883円で一般世帯(勤労者世帯)平均の44.3%で、28年の48%よりも低いが、35年の38%よりも高くなっている。しかし、ヨーロッパ諸国と比べてみると標準世帯に対する生活扶助基準の格差がやや大きいことや、資産調査(ミーンズテスト)の厳しいこと等で劣っている点もある。

第58表 一般世帯に対する被保護世帯の生計費の比較

 日本の社会保障制度のうち、ヨーロッパ諸国に比べて特に遅れが目だつのは、貧困に落ち込むのを防ぐための社会保険制度である。医療保険や老齢年金については、被用者を対象とする職域保険と被用者以外の者を対象とする地域保険とによって国民皆保険と皆年金が実現し、制度としては一応整ったがまだ給付水準がひくく、特に地域保険で遅れている。例えば老齢年金についてみると、民間被用者保険の厚生年金は40年の改正でこれまでの5千円から1万円に引き上げられたが、老後の生活保障としてはまだ充分でなく、ヨーロッパ諸国の水準に比べても低い。地域保険の国民年金では一層低く、65歳からの支給開始で給付水準は厚生年金の3割以下である。また医療保障についても、39年度から4ヶ年計画により国民健康保険の家族の7割給付が実施中であるが、なお被用者保険の水準より低い。また、被用者保険については家族給付が半額であり、家族の傷病による医療費負担の増大が貧困化の原因となることが少なくない。そのほか、社会保障を最も必要とする5人未満の零細企業には、国民健康保険が適用されているが失業、老齢年金等の被用者社会保険が適用されていないこと、世界の主要国がほとんど実施している多家族者保障のための児童手当制度がまだ実施されていないことなど、今後、拡充改善を必要とする分野は多い。もちろん、社会保障制度を充実するためには、それを担えるだけの国民経済の発達が必要であるし、またその費用を社会保険の被保険者、雇い主、国家財政でどのように分担していくか等多くの問題があり、急にそれを拡充することは難しい。しかし、現在のところ、国民総支出に対する社会保障給付の割合は、日本は4.7%で西欧の2分の1ないし3分の1程度に止まっており、今後これを引き上げていくことが重要であろう。

第59表 国民総支出に対する社会保障給付費の比率

住宅問題

 国民の食生活、衣生活は随分よくなったが、まだひどく立ち遅れているものも少なくない。そのうちでも重要なのは住宅である。

 もちろん住宅難が全く緩和していないというわけではない。住宅建設戸数は、昭和30年度40万戸、33年度50万戸、38年度の80万戸と増加している。また、1962年の千人当たりの住宅建設戸数を国際比較してみても、アメリカの7.9戸、イギリスの6.2戸、西ドイツの10.1戸、フランスの7.2戸、イタリアの7.2戸に対し、日本も8.3戸(日本は1963年度)で、戸数の点では大体国際水準にある。

 仮に、同居世帯、住宅でない建物にすんでいろ世帯、1人当たりの畳数が2.5畳に満たない世帯を合わせて住宅難世帯とよぶことにすると、その数は、昭和38年では359万世帯で、普通世帯総数の約17%を占めている。昭和33年には、住宅難世帯は448万戸で全世帯の25%であったから、このごろに比べればかなりよくなってはいるが、住宅難はまだ大きい。

 住宅難が特にひどいのは先進都府県である。 第60表 にみられるように先進6都府県では38年でも、23%が住宅難世帯である。東京や神奈川では比率は低下しているが、住宅難世帯の絶対数では増加がみられる。また、住宅難が特に低所得層にとって大きな負担になっていることも問題である。年間収入階層別に、住居の所有をみると 第69図 の通りで、比較的所得の高いクラスは、家賃の安い給与住宅や公営借家に住むものが多いが、中、低所得層はかえって、質の割合に家賃が高い民営借家や貸し間に住まなければならないものが多いという矛盾がでている。その結果、 第70図 にみるように、家賃、地代支出は、特に低所得の借り間や民営借家世帯で家計にとっての大きな負担となっている。

第60表 住宅難世帯の推移

第69図 年間収入階級、住居の所有関係別世帯分布

第70図 家賃、地代が家計支出に占める割合

 また、都市では、通勤に便利なところでは地価が高かったり、土地の入手が困難なため、個人の持ち家は建設されずに狭小過密な個人アパートが多くなり、比較的質のよい公団住宅や持ち家は地価の安い土地を求めて郊外に分散している。 第71図 にみるように、東京では、都心からの距離に応じて個人アパート特化地帯、公団住宅特化地帯というように居住形態に分化がみられ、持ち家は都下や周辺の県に分散している。こうして都市では中心部では狭小過密という物理的な住宅難が、郊外では通勤難という形でのかくれた住宅難が発生している。

第71図 東京における居住形態の分化

 こうした問題の解決のためには、一層、住宅建設に力をいれなくてはならない。

 国民総支出に対する住宅投資の比率は年々上昇し、最近では 第72図 に示すように、4%をこし欧米をこえる率になっているが、固定資本形成中に占める住宅投資の比、率はなお低い。経済の発展の水準が低く、資源を直接生産増加に役立つ部分に集中する必要がある場合は、これもやむを得ないが、経済水準が高くなれば、住宅投資の比率をもっと高めていく必要があろう。日本で住宅問題の解決を阻んでいる重要な原因は地価の騰貴である。ほかのものであれば足りなければ輸入したり他のものでかえたり、増産したりできるが、土地は供給を増やすことが難しいので需要が増大すると、地価は騰貴しやすい性格を持っている。また土地が上がり始めると土地の売り惜しみや投機的な仮需要を招いて地価を一層高める。30年以後の地価の上昇は、土地に対する需給の不均衡が基本的原因だが、投機的な要素も見のがせない。

第72図 住宅投資/国民総支出の推移

 現実の建築着工や宅地の増加面積、農地転用、土地登記などの状況を地域別にみてみると、東京、大阪などでは実需が供給を上回っているが、その周辺地域では一部に投機的仮需要もみられる。

 地価の上昇は、国民生活にいろいろな面で悪い影響を与えている。その第1は、個人が自分の家をたてることが非常にむずかしくなっていることだ。 第73図 にみられるように、昭和30年から39年までに、住宅地価格は6倍となっている。賃金の上昇は2倍である。上地を持たない一般、中低所得者層の住宅建設は不可能に近い。民間資金による住宅建設の比重は、36年以降横ばいであるが、そのなかでは貸家建設の比重が高まり、持ち家建設の比重は下がっている。住宅金融公庫融資住宅も持ち家に準ずるものとみられるが、これも比重が下がっている。これらは、個人が自分の家をたてることが難しくなっているためであろう。

第73図 住宅地価格、標準建築費、賃金の推移

第61表 着工新設住宅資金別、利用関係別総括表

 そのため中、低所得層の住宅難の解消のためには公営、公団住宅などの拡大が期待される。

 地価の騰貴が引き起こした、第2の問題は公共工事において、総事業費の中に占める用地費、補償費の比率が高くなって、公共投資の効率が低下していることである。表にみられるように、建設事業費中の用地費、補償費の割合は、昭和34年度は10%であったが、37年度は15%となっている。東京における区画整理などの街路事業では、6割強が用地費、補償費で占められている。

第62表 建設事業費に占める用地費、補償費の割合

 第3に、土地利用の増大、地価の上昇で受ける上地所有者の利益が大きいため、土地を持っている人とそうでない人との間の不公平を強めていることである。土地売却による収入だけを抜き出すことは、資料の制約からできないが、譲渡所得をみると、30年度の34億円から36年度にはその40倍の1,374億円に達しているが、これは、土地の売却による所得が極めて大きいことを示すものであろう。

第63表 土地関係所得の推移

 昭和30年代には、公共投資は、産業基盤を固めることに重点がおかれる必要があったが、これからは、公的機関による借家建設など生活環境をよくするための投資も増やしていく必要がある。また、住宅難は、地域別にみれば都市に、また、階層別にみれば中、低所得層に集中しているため、特に大きな問題となっているという面を見逃せない。

 そのため住宅対策としては、住宅難が特に激しい大都市の中、低所得層を中心とした施策が必要とされる。また、中、高所得層でも自分で家を建てるためには地価の上昇が妨げとなっており、しかも地価上昇は、その他にも国民生活に多くの弊害を与えているので、地価の安定は今後の大きな課題とされよう。


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]