昭和40年

年次経済報告

安定成長への課題

経済企画庁


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昭和40年度年次経済報告

昭和39年度の日本経済

上期上昇、下期停滞の生産活動

 昭和39年の国民総生産(暦年)は約25兆円で、名目で16.3%、実質で13.9%と目ざましく伸びた。産業別国民所得の前年度に対する伸びをみると、サービス業が13.6%、製造業11.8%、農業が9.3%であった。農業は、前年の麦の凶作からの回復、果実の増加、鶏卵、牛乳等畜産の上昇で、生産指数でみても4.3%の上昇であった。

 景気調整期にもかかわらず国民総生産は16%も上昇したが、それは、一体どのような需要によって支えられたために可能となったのだろうか。主要な需要項目の上昇率と寄与率をみると前掲 第1表 の通りである。上昇率が一番大きいのは、住宅の25%で、次いで輸出23%、民間設備投資21%、政府財貨サービスの購入17%、個人消費支出13%、在庫投資10%の順であった。16%という国民総生産の伸びの半ばに近い7%分は、個人消費需要によるものだ。そのほか、民間設備投資が3.9%、政府支出が3.4%、輸出等が2.5%分をそれぞれ支えている。景気調整期にも、個人消費支出や、財政支出が伸びて、需要の落ち込みを下支えすることは別に珍しいことではないが、民間設備投資の伸びが大きく、その成長寄与率が大きかったことは今回の景気調整の1つの特色であり、このことが輸出の好調と並んで、39年の成長率を高くした要因といえよう。

 もっとも、国民総生産の上昇テンポが速かったのも、7~9月期までで、10~12月期になるとかなり鈍っている。季節調整値によって、四半期別の対前期増加率をみると、1~3月4.3%、4~6月3.1%、7~9月5.7%、10~12月0.8%となっている。

 こうした変化は、鉱工業生産に一層はっきりうかがわれる。鉱工業生産の上昇率も39年度全体としては13.6%とかなり高かった。

第12表 39年度産業別生産の動き

 業種別にみると、織物、繊維二次製品などの非耐久消費財と、家庭電器などの耐久消費財が弱く、自動車、鉄道車両、船舶、大型機械、運搬、化学機械、通信機械などの資本財や鉄鋼、石油化学、その他の化学製品、合成繊維などの生産財がつよかった。

 しかし、生産の上昇テンポは下期に入って急に衰え、39年3月から9月までは年率1.3%であったのが、9月から12月には月率0.3%になり、12月から40年6月には月率0.2%の下降となった。

第7図 鉱工業生産・出荷・在庫・在庫率指数

 第8図 にみるように、上期中は、耐久消費財の生産は低下したが、投資財の増大と生産財の堅調がこれを補った。しかし下期になると、耐久消費財の低下が続いた上に、投資財や生産財も次第に増勢が鈍って生産全体が停滞してきた。

第8図 財別生産指数

 鉱工業生産を支えた需要要因を、38年度下期、39年度上期、39年度下期の3期に分けて、産業連関表によって試算してみると、 第9図 の通りである。半期ごとの生産─上昇率は38年度下期10.4%、39年度上期6.0%、39年度上期3.1%とだんだん低くなっているが、こうした変化を引き起こした最大の原因は、在庫投資の減少で、次いで設備投資の低下である。逆に、輸出と政府支出は増勢を強め、生産上昇テンポの鈍化を緩和する役目を果たした。特に39年度下期の輸出の増加は著しく、それは生産を4%引きあける力を持った。結局、現象的には39年度下期には、在庫投資の減少と輸出の増加とが打ち消しあって、生産が停滞するという姿になったわけである。

第9図 最終需要が鉱工業生産に与えた影響

在庫調整の進行

 上期中かなり速いテンポで増えてきた生産が下期に停滞した原因として、在庫投資が減少したことが大きいことは前述した。在庫投資は38年度中増加してきたが、39年度に入ってからは減少に向かい、下期には他の需要増加を相殺してしまうほどの大幅な低下をみせた。

 引き締めがはじまると企業は原材料の仕入れを手控え、商社も在庫の増加をひかえ、当用買いに止めるようになった。しかし、内需が強く、輸出も増加していたので、生産は上昇を続け、仕掛け品在庫も増加した。7~9月ごろからは、先行きの生産調整を見越して仕掛け品在庫の圧縮がはじまり、商社も取引が鈍って在庫を減らすようになった。 第11図 は、在庫投資の減少が、まず、1~3月の原材料在庫投資にはじまり4~6月に流通在庫、7~9月に仕掛け品在庫の順で進行したことを示している。この間に、生産者製品在庫は増加したが、出荷が増えていたので、在庫圧迫感はそれほど強くなかった。しかし、製品在庫の累積額が次第に大きくなり、一方、秋口から金融のひっ迫が企業面へ浸透してきたので、産業界には供給過剰感が広がり始め、鉄鋼、特殊鋼、カメラ、石油精製、合繊、家庭電器、工作機械、セメント等いろいろな業種で生産調整が行われるようになってきた。生産調整がはじまると、原材料在庫や仕掛け品在庫を増やす必要がなくなるから、中間財部門に対する需要が減ってくる。その結果、それらの部門でも供給過剰となるといった形で、不況は全般的に広がっていった。このように在庫調整が引き締めの浸透につれて進むというのは、景気調整期にはいつもみられることで、この点では、過去の例と異なるところはなかった。

第10図 民間設備投資と在庫投資の推移

第11図 在庫投資の推移(コモ法による35年価格)

 しかし、今回は、景気上昇期中の在庫投資は、それほど高いものではなかったが、製品在庫や流通在庫の水準が高くなっており、企業間信用も膨張したままであったので金繰りがつまってくると、この高い在庫を支えきれなくなった。そのうえ、景気の先行きに対する企業の期待感が急速に弱まったので、下期に入ると大幅な在庫投資の減少が生じた。

 製品在庫や流通在庫の水準が高かったのは、既に引き締め以前から、需要停滞の兆しが出ていた産業が過去の高成長の持続を期待し、あるいはシェアの維持拡大を図る等のため、引き締め下でも強気の生産を続けたことによるところが大きい。 第12図 のように、過去10年間の鉱工業生産のすう勢成長率は14.8%であったが、電気機械は30.4%、一般機械は19.6%、精密機械は18.7%と高かった。

第12図 鉱工業生産のすう勢と循環

 しかし、電気機械は37年、一般機械、精密機械は38年から、これまでのように需要が伸びなくなってきた。それにもかかわらず、これらの業種には、なお期待感が残っており、高い生産を続けていたから製品在庫率が図に示すように増加していった。需要バランスはくずれていたので販売競争が激しくなり、売掛期間が長くなり流通段階ではたくさんの在庫をかかえる結果となった。引き締めによって、これまでの高い流通在庫水準や企業間信用は、企業の重荷となり、 第14図 にみられるように、電気冷蔵庫、テレビ等家庭電器の流通在庫は大幅に減少した。引き締めの浸透につれて、その他の流通在庫も全般的な調整が生じているとみられる。昨年12月をピークにして、生産は低下を始めたが生産者の製品在庫の整理は進まず、40年に入ってからも高水準横ばいとなっているのは、このような大幅な流通在庫の整理が行われていることにもよるものであろう。

第13図 財別生産者製品在庫率指数

第14図 民生電気、民生用精密機械、自動車(三輪、軽四輪を除く)の流通在庫投資

増勢を続けた設備投資

 設備投資が引き締め後も、増勢を続けたのが今回の特徴だ。民間設備投資(国民所得統計)は、38年1~3月が底で、3兆6,600億円(年率、四半期別)となったが、その後、毎期増えていって、39年1~3月4兆4,100億円、4~6月4兆6,500億円、7~9月4兆9,800億円となり、10~12月には5兆500億円と、初めて5兆円をこした。前年に比べると21%の増加である。

第15図 景気調整期の設備投資動向

 設備投資は金融を引き締めてもすぐにはおちず、1四半期ぐらい伸び続けるのは過去においてもみられたことであるが、景気調整下で、しかも設備過剰が一部で強く叫ばれているのに年度比較で2割も増えるというのは、どうしたわけであろうか。

 これは1つは、今回の金融引き締めのタイミングと関係がある。昭和38年の初めから景気は上昇に向かっていたが、投資がようやく復活を始めたところで既に国際収支の赤字は大きくなり、景気回復後わずか1年で今度の引き締めが実施された。

 32年、36年のように、景気の成熟段階では、経済の内部に自律的な投資がおさまるような要因が生まれているために、金融引き締めを行うと、比較的早く投資は下降にむかう。しかし、38~39年の引き締め時には国際収支面ではアンバランスが発生していたが、国内的には、未だ過熱期になかった。従って、金融を引き締めても、投資はすぐには止まらない。工事が進行している場合には、それを中止するよりもむしろ速く完成させた方がコストが下がるし競争上も有利になるからだ。39年度は鉄鋼の一貫製鉄所、石油コンビナート、乗用車専用工場等、継続工事が多くその完成がいそがれていた。総投資中の継続工事(維持補修を含む)の比率をみると、36年度の69%が39年度は75%へ高まっている。(産業合理化審議会資料による)

 第2に、日本経済が構造変化の過程にあるために、高い設備投資を必要としていることだ。 第16図 にみられるように、鉄鋼、機械等の投資関連産業の設備投資は36年度をピークにして、その後回復していないが、最終消費に支えられる食料品、化学等の消費関連産業や商業、運輸通信業等の伸びが大きくなっている。こうした新しい投資需要が高い投資水準を支えているわけだ。

第16図 グループ別設備投資動向

 第3に、生産増加のために、以前よりも多くの投資が必要になるという傾向、すなわち限界資本係数の上昇が続いていることである。限界資本係数の上昇は、景気循環的な影響も受けるが、長期的にみても26~34年の1.48に対して34~39年は1.75へ上昇している。一定の付加価値を生みだすために必要な粗資本ストックの比率、すなわち、粗平均資本係数も、36年までの10年間は下がり続けたが、その後は上昇に向かっている。

第17図 製造業の資本係数

 これは、中小企業の粗限界資本係数が上昇しているためで、人手不足に対処するために機械化が必要になったことだ。

 また大企業で設備の更新比率が高まっていることも資本係数を引き上げる原因となっている。償却対象資産の増加額に占める除去額の比率、つまり更新投資率は、製造業全体でみても増加しているが、特に鉄鋼、電機、一般機械、化学、セメントなど、投資が大幅に増えた産業で増加している。

 例えば、鉄鋼業の平炉から純酸素上吹転炉への切り替えなどがそれで、粗鋼生産に占める平炉の比率は36年度の59%から39年度の33%へ低下し、逆に転炉の比率は20%から46%へ上昇した。このような事情が働いて、投資が増えても実際の能力はそれほど増えないという傾向が強まっている。

 また建設投資の項で述べるように、事務所や福利厚生施設等、生産に直接関連のない部門での投資の比率が増えてきたことも限界資本係数を高める原因となっている。

 この結果、図に示すように粗資本ストックは増えても、生産能力は、それほど増えず、稼働率は高い水準を持続している。39年度も、第IV・四半期になると、引き締めの影響で、生産調整を行ったので、稼働率は低下したが、第III・四半期までは高水準であった。

第18図 製造業の資本ストック、生産能力、生産、稼働率

 第4に、こうした投資需要を、金融面から支えた理由として、今回は企業の手元の現金預金が多く、また減価償却等内部資金で投資を行う力がついており、引き締めの結果金詰まりで、投資が抑えられるということがあまりなかったことが挙げられる。引き締め前の借りだめが大きかったこと、現金化の早い輸出が伸びたので、売り上げの回収が早かったこと、過去の高い投資を反映して、減価償却費が増加してきたことなどのため設備資金の外部負担は従来より軽かった。

 設備資金のうち、自己資金で賄われた比率をみると、36年度の36%から39年度は46%へ高まっていろ(産業合理化審議会、製造業10業種)。

 こうした理由から、引き締め後も投資は高水準を続けたが、引き締めの効果が浸透し、需要が伸びなくなってくろと、設備過剰感が強まっている。需要は増えなくなっているのに、供給力は、過去の投資が生産力化するにつれて増加してくるからだ。稼働率も40年に入ってからはかなり低下し、設備投資意欲も、製造業を中心にして減少してきた。製造業からの機械受注額をみると、10月ごろから急に低下し始めている。こうした在庫投資の減少に始まった需要の低下は、設備投資に及んできて、40年1~3月には、投資の着工も減少に向かった。

第19図 金融引締下の企業流動性

第20図 金融引締め前後の機械受注の動き

 引き締めの浸透につれて、在庫投資の減少から設備投資の減少へと波及していくのはいつも見られる現象だが、それでは在庫投資の減少が底をつけば、設備投資もまた自律的に復活してくるのであろうか、それとも、設備過剰が著しく、当分は設備投資の回復は遅れるのであろうか。前述のように、今回の景気調整も、従来と同じ性格を持つ面が少なくないので、おそらく在庫投資の減少がやめば、設備投資も徐々に回復に向かうものとみてよいであろう。ただ今回の調整過程を、過去と比べてみると、次の二つの点の違いがあるので、これまでの例をそのまま今回にあてはめることは正しくあるまい。

 1つは、価格はそれほど大幅な低下を示さなかったのに、コストが上がって企業の利潤率が低下したことである。こうした費用価格構造のゆがみによって利潤率が圧縮されていることが、企業の投資意欲を弱めている。特に売り上げ債権や経営外資産の増加もあって、企業の借り入れ依存度は大きくなっていたから金利負担は重く、引き締めで金利水準が上がると、それは企業経営に対する強い圧迫となった。加えて、売り上げ債権の膨張に現れている販売条件の悪化は、実質的な価格引き下げと同じ効果を持っていたから、この面でも企業経営は圧迫されていた。

 第二は、過去の投資が生産力化したため、設備能力が需要を上回り、供給力が先行する結果となっている業種がかなり多いことである。合成繊維、普通鋼、セメント、石油精製等がそれだ。こうした業種が、39年度の製造業の生産に占める比重は約2割程度とみられる。また、工作機械や家庭電器のように需要が一巡して能力が余っている業種もある。一方で高い投資を必要とする分野がありながら、これらの業種では、設備過剰が重荷となっている。

 過去において、国民経済的にみて無駄な投資が行われたというわけではなく、また現在設備が大幅に過剰であるというわけでもない。投資の増大は、 第21図 に示すように輸出能力を急速に高めているが、これは供給力が先行した産業が多いし、また、39年度中の投資水準の盛り上がりにみられたように、投資を必要とする潜在需要は大きい。しかし過去の設備投資が個々の企業にとっては、経営の重荷となり、それが投資意欲を弱めるという矛盾が生じているわけだ。

第21図 輸出数量指数と輸出比率

 在庫投資の減少は底を過ぎたとみられるが、このような費用価格構造のゆがみや過去の成長をリードした業種において供給力が超過となったことから利潤率の低下が生じているため、今後の設備投資の動向は、このまま放置すれば、従来の例と違って回復力の弱いものになる可能性がある。

活発だった建設投資

 設備投資や財政支出と一部重複するが、需要要因として、建設活動が持つ重要性をみおとすことはできない。建設投資の総額は、38年度からは、国民総支出の約2割に達している。39年度の建設投資額も景気調整下にかかわらず大きく、5兆9千億円と前年度比25%という大幅な増加となり、最好況期の34年度(27%増)35年度(27%増)36年度(34%増)に次ぐ伸びを示した。建設投資の増加寄与率をみると、民間69%、政府31%で民間部門の寄与が大きいのが特徴であった。特に民間建築は前年度比36%増、うち非住宅建築は40%増であった。 第22図 にみられるように35年度までは生産部門に直結する機械装置を中心に資本形成が行われていたため、民間固定資本に占める建設投資の比重は低下し、35年度は約43%であったが、最近はその比重が上昇し、50%以上に達しているものとみられる。建設工事のうちでも、工場建設などよりも、事務所や店舗等管理サービス部門や住宅、病院等の福利厚生施設の比重が上がっている。

第22図 建設投資の地位

 しかし年度間の推移をみると、一貫して増加したわけではなく、年度後半には景気調整の影響は明らかになってきた。その上、39年度には、10月にオリンピックが行われたので、上期はそれに関連する建設活動が活発であり、下期の停滞が一層対照的に現れた。建設活動の動きを示すものとして大手46社の建設工事施工高をとり、その推移をみると、 第23図 の通りで、引き締め後、約5ヶ月で建設工事施工高が弱含み傾向に転じている。この点は前回の引き締め時にも同様であった。その内訳をみると4~6月までは、民間建築部門がリードしたが、7~9月、10~12月には景気調整の浸透から民間建築は急速に減少を示し、これにかわって公共工事が拡大したので、全体の落ち込みを防いだ。先行指標である建設工事受注高をみても、 第24図 のように政府部門からの受注は、大体一貫して増加しているが、民間部門からの受注は、製造業部門の減少によって10月以降下降傾向をたどっている。

第23図 建設工事施工高の推移

第24図 建設工事受注額の推計

伸びなやんだ消費

 消費は、上期は堅調を続けたが、下期になると伸びなやみが目立つようになってきた。39年度の都市農村を総合した全国全世帯の消費支出は、前年度に比べて10.3%の増加で、37年度の12.0%、38年度の13.1%の伸びを下回った。特に下期の鈍化が目立ち、上期には前期に対し季節修正値で6.7%の増加であったが、下期は2.8%しか増えなかった。都市と農村に分けると、上期では、都市5.9%増に対し、農村は8.6%増、下期は、都市2.3%増に対し、農村は4.0%増で、都市は農村に比べて、初めから増勢が弱く、下期の鈍化も大きかった。消費は、景気後退期でもあまり影響をうけないのが普通だが、前回の景気調整期に比べると、上期は今回の方が強かったが、下期では都市、農村とも、増勢鈍化が目立った。

第25図 消費の推移(対前期比)

 消費が伸びなやんだのは、所得の伸びが鈍ったうえに消費性向が低下したためである。まず都市勤労者の税引き後の所得(可処分所得)をみると、上期は労働需給がひっ迫していたので初任給の上昇率が大きく、また春闘のベースアップが12%をこえる等で、前期に比べ、季節修正値で8.5%増加した。しかし、下期になると、年末ボーナス支給率の低下や、所定外労働時間の減少などで、前期に比べわずか1.5%しか伸びなくなった。

 消費の増勢を弱めた第2の理由は、所得の中消費にあてる割合、すなわち消費性向が低下したことである。39年度の勤労者世帯の平均消費性向は、年度の初めから、前年同期を下回り、前年同期比でみると上期は1.4ポイント、下期は1.5ポイントそれぞれ下がった。年度全体としても前年度の84.6%からら83.1%へと低下している。前回の景気調整期では、消費性向は前年を上回っていた。また農家の平均消費性向(暦年)も38年の86.4%から39年は84.8%へと低下している。これまでの都市勤労者の消費性向の動きをみると、実質可処分所得の増加率が高い時には低下する傾向があった。これは、所得が増えても、消費はすぐそれにつれて増えることはないからである。39年度の場合も上期中は、所得増加率が比較的高く、一方消費者物価は落ち着いていたので、実質可処分所得の増加は大きかった。従って消費性向が低下してもそれは従来の動きと特に変わっていたとはいえない。しかし、下期になると、所得の増勢が鈍り、消費者物価は再び上がり始めたため、実質可処分所得の増加率は著しく鈍ってきた。それにもかかわらず、消費性向が低下するというこれまでにはない現象が現れた。これは次のような理由によるものと考えられる。第1は、景気調整による先行きの所得増加に対する期待が弱くなってきたことや、株価の低下で資産が減少したために短期的に消費者の態度が変化したことである。消費者動向予測調査によると39年9月期調査以降消費者の態度にはかなり慎重さが現れてきている。

 第2は、現在家庭電器など耐久消費財が普及し、他方、ルームクーラーや乗用車などを購入するにはまだ所得水準が低いという消費の転換点にあることだ。その上、39年度は、繊維品の伸びも小さかった。費目別の消費支出の伸びをみると、 第13表 の通りで、住居費は6.3%、被服は3.3%で前年の12.8%、11.2%に比べ著しく低かった。こうした状況は、昭和29年の景気後退期の消費パターンとよく似ている。29年の景気後退の際も、それに先立つ消費景気の中に一応の充足が進んだ反動で、住居支出や被服費支出の減少が大きかった。

第13表 費目別消費支出の伸び

 一方、39年度の消費者物価は、年度平均としては、都市4.8%、農村5.4%の上昇に止まり、上昇率は前年度より低かったので、実質消費は、都市3.9%、農村7.2%、全国4.9%の増加となった。しかし上期・下期に分けてみると、物価が比較的落ち着いていたのは上期で、下期は上昇率が高くなってきた。その結果季節修正後の都市農村総合の全国全世帯の消費水準は、上期は、前期に対し、4.1%増加したが、下期は1.2%の低下となっている。この傾向は都市、農村とも共通にみられるが、特に都市では、耐久消費財と繊維製品の伸びなやみで、下期の工業消費財の購入は前年同期を下回っている。

景気調整期の労働力不足

 39年度は雇用の増え方は少なかったが、これまでの景気調整期とは異なって、労働需給はひっ迫し、労働移動が活発化した。

 雇用の増加率は全産業で91万人、3.5%と30年以降では最低であったが、これは労働力の需給が増えなかったからではなく、新規学卒の就職希望者が減少したからである。39年度の生産年齢人口は183万人も増えたが、大部分は在学生の増加となって、中学・高校・大学卒の就職者は前年度より11%も減少した。そのため中学卒の求人倍率は前年の2.6倍から3.6倍へ、高校卒でも2.6倍から4.0倍へと求人難は激しくなった。また学卒以外の一般求職者についても新規求人は新規求職者を1割以上も上回った。こうした状況のために労働者はより良い労働条件を求めて移動する者が多くなり、離職率は30年以降最高の激しさになった。企業は移動する離職者の補充と追加雇用のために職安への申し込みだけでなく、新聞広告を大きくしたり、職員を労働力の給源地に派遣するなど積極的な手を打つ必要に迫られたので、求人競争は一層激化した。

第26図 景気調整期の求人と求職(除学卒)

 移動する労働者も中高齢層の割合が多くなり、移動先も中小企業から大企業へ移るだけでなく、大企業相互間の移動も激しくなってきている。当庁の調査によると、5,000人以上の大企業が中途採用した労働者の中1,000人以上の大企業等から来た者の割合は本工で29%、臨時工では41%にも達し、35年と37年の調査に比べると大幅に増えてきている。

 労働移動が活発化してきたので賃金平準化はさらに進んできている。当庁の調査によると、中途採用の臨時工の賃金は規模別の差がほとんどなくなっており、熟練工については中小企業がかえって高い賃金を支払うようになってきている。そのこともあって、規模別の賃金では30歳以下についてはむしろ小規模の方が高くなってきている。

 労働需給のひっ迫と消費者物価の上昇、さらに労働生産性の上昇なども影響して、賃金水準はかなり上昇した。産業総数、製造業とも前年度に対し10.8%上昇し、景気調整下でも10%以上の上昇が依然続いた。特にベースアップは12%を超え36年に次ぐ上昇率になった。最近のベースアップによる賃金の配分をみると、一律定額の配分が多くなり、その比率は39年では製造業平均(30人以上)で42%に達し、5,000人以上の大企業でも27%を占めるようになってきている。このことは職務給の導入のように、企業内の年功賃金体系を急速にくずすものではないが、徐々に年齢別の賃金格差を縮める働きをしている。

 一方、製造業の労働生産性は前年に対し、14.3%と30年以降最高の伸びとなり、一方では賃金の引き上げを可能にしたが、他方では賃金コスト低下の要因になった。39年の生産性がこのように高い上昇となったのは、39年は景気調整期といっても生産の増加率が高く操業度がそれほど低下しなかったことと、34~36年度の高度成長の設備投資が実を結んで新鋭設備が稼働するようになってきたからである。そのため追加生産に必要な雇用増加量である雇用弾性値は39年は2割に達せず31~37年平均の半分以下に低下している。

 しかし、景気調整の影響は40年1~3月になると、明りょうに現れ始め、求人が減り、求職者が増えて労働力需給は緩和し、労働者の移動も沈静化してきた。40年3月卒の学卒就職をみると、中学卒については求職者は引き続き減少したので求人倍率は前年よりさらに高まって3.8倍になったが、高校卒については求職者の増加で前年の4.0倍から3.5倍に低下している。また、41年春卒業の大学生の就職については、大企業の中には採用を手控える企業も現れている。新規学卒者の労働力供給をみると、40年、41年と増加し、42年春から減少傾向に入る峠にさしかかる。従って長期的には労働力不足が明後年以降本格化することになるが、短期的には景気調整の影響と労働力供給増とが重なり合うことになるので、明年学卒者の労働力需給は一時的に緩むことになろう。

 また賃金面については39年末のボーナス支給率から影響が出始め、39年末のボーナス支給率は前年を下回った。40年春の賃上げ率が前年をやや下回っており、賃金の増勢も鈍り始めている。

 一方、労働生産性は1~3月になると前年同期に対し、7.2%の上昇にまで鈍化し、再び賃金は生産性を上回るようになってきた。


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