昭和39年

年次経済報告

開放体制下の日本経済

経済企画庁


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昭和38年度の日本経済

金融

景気上昇過程の企業金融

 38年度の資金供給は銀行貸し出しを中心に根強い増勢を示したが、それが企業でどう使われ、今回の景気上昇にいかなる役割を演じたか、次にこれをみていこう。

資金需要の構成変化

 今回景気上昇期の企業資金需要は、規模別業種別にかなり不均衡的な動きをみせたが、そのなかで大企業に比べても中堅、中小企業で特に資金需要が増加したことが最も特徴的といえる。

 すなわち 第9-4表 によって企業規模別に資金運用状況を比べてみると、次のような対照的な動きがみられる。第1に大企業では設備投資、在庫投資などの資金需要もかなり根強かったが、資金供給はそれを上回り、その手元流動性は著しく高められた。第2に、中規模企業では設備投資、在庫投資とも極めて活発で、資金はあげて業量の拡大にむけられている。第3は、さらに小規模の企業でも極めて根強い投資資金需要が存在していたが、それをまかなったのは借り入れよりもむしろ企業間信用であった。

第9-4表 法人企業の資金運用状況

 資金需要の中心が中小企業に移ったことについては、設備投資、在庫投資の動きを期別に追った 第9-7図 によってもこれをみることができる。すなわち中小企業では設備投資は景気調整期間中やや落ち込みをみたが、引き締めの解除と共に急速な回復をたどったのに対して、大企業の設備投資はこの間高水準ながらもそれほどの振幅を示さず、他方在庫投資についても中小企業がより急傾斜の回復を遂げている。

第9-7図 大企業および中小企業の投資活動

 こうした中小企業を中心とする投資活動の盛り上がりの背景には、最近の人手不足や物価賃金の上昇に対応して、これまで立ち遅れていた中小企業段階にも合理化、近代化の流れがおしよせたことが、まずあげられる。人手不足に対応した福祉厚生施設の拡充、あるいは流通革命の進展に応じた店舗改築や輸送配給手段の充実など、いずれもこの傾向をあらわすものであった。さらに流通段階でも末端需要の堅調や大企業の売り込みもあって在庫投資が増大している。また中規模企業の段階では、これに加えて消費需要の活発さに支えられ終始業容拡張に積極的なもの(食品加工、繊維、化学)、自由化やニュー・エントリーを背景に大手メーカーが進めている系列化の動きに応じて合理化投資を増やしているもの(合繊加工、自動車部品)、供給圧力の増大や企業間競争の激化から在庫保有の増大、販売条件の緩和を余儀なくされているもの(機械、金属、合成樹脂、繊維)などが目立っている。

 またこれ以外の部門でも、最近の建築ブームや余暇消費の増大を反映して、建設業、不動産業、サービス業などの資金需要が活発化している。全国銀行貸し出しをみても、これらの業種への貸し出しは、それぞれ前年度を34%、73%、48%上回る大幅な増加となっている。

 以上のように、38年度においては、中小企業の投資活動は活発で盛んな資金需要が続いた。その多くは、最近の我が国経済構造の変化への企業の適応に根ざすものであって、それだけに資金需要としても根強い性格のものであったといえる。これに対して、大企業の投資活動は自動車、石油化学、石油精製などの業種を中心にかなり根強かったが、同時に資金も極めて潤沢に供給され、ために大企業の手元の流動性はかなり高められた。このような手元資金繰りの緩和を背景に、供給圧力の増大している電機、機械、鉄鋼、さらには業量拡大をめざす商社などでも激しい販売競争が続いた。事実、前掲 第9-4表 をみても、中小企業の盛んな投資活動は、こうした大企業の与信超過によって支えられた面が強い。これは流通段階の在庫投資についてもあてはまる。大企業への高水準の資金供給が、企業間信用の流れをつうじていかに中小企業の投資活動を支えたかを、次に検討しよう。

第9-5表 業種別金融機関借入の内訳

投資を支えた金融の役割

企業間信用と投資活動

 一般に、企業間信用は企業間取引量の変動につれて増減するが、同時に金融の繁閑閉に応じて伸縮をみせるのがつねである。前回の引き締め期には大企業を中心に大幅な与信超過が続いたが、今回の金融緩和によってもその全面的な解消はみられないままに、再び大企業は大幅な与信超過となった。

 もっとも、この間、大企業の買い入れ債務もかなり増加している(前掲 第9-4表 )。これは、1つには大企業の一部で景気の先行きを懸念して支払い条件を緩和しなかったことにもよるが、輸入の増大にともない買掛が増加したことによるところも大きい。 第9-8図 によって大企業の買い入れ債務増加額の内訳をみても、綿紡、石油、鉄鋼など原材料の輸入依存度の高い業種や卸売業などの増加が大きく、卸売業を除く上記3業種だけで38年中の製造業大企業の買い入れ債務増加額の約4割を占める。また主要商社の支払手形は38年度上期に805億円増加したが、このうち441億円は輸入関連支払手形とみられ、これを除く国内向け支払手形の増加は37年度上、下期よりかえって小幅となっている。

第9-8図 大企業・主要業種の売上債権と買入債務の増減

 他方、大企業の売掛債権の回収状況を前回の金融緩和期と比較してみると、現金比率が上昇し手形サイトが短縮されたとする企業が前回並に増えている一方、現金比率の悪化や手形サイトの延長を報告するものが前回よりはるかに多くなっている( 第9-9図 )。これは、引き締め下の異常に累積した企業間信用の決済がある程度進ちょくをみせながらも、供給圧力の増大している電機、機械鉄鋼などを中心とする激しい販売競争によってこの動きが打ち消しされざるをえなかったことを示すといえよう。

第9-9図 大企業の回収条件の推移

 いまこのような企業間信用の推移をみるために、大企業、中小企業の売掛期間、買掛期間の動きをみると、 第9-10図 のようになる。38年は、売掛期間、買掛期間とも幾分短縮されたが大企業では買掛期間の短縮が売掛期間のそれを上回り、中小企業では逆に売掛期間の短縮が買掛期間のそれを上回っている。つまりそれだけ大企業の売掛超過が増大し、逆に中小企業では買掛超過となった。このようにして企業間の流れが中小企業の投資活動を支える資金源泉となることができたのである。

第9-10図 大企業・中小企業の売掛・買掛期間

 さらにこの点を製造業について業種別にみても、中小企業では買い入れ債務の伸びの大きい業種ほど在庫投資もさかんであるが、大企業ではこれに対して、概して売掛を供与したものほど借り入れが増え、現預金の増加が大きい( 第9-11図 )。これは大企業に対する高水準の銀行貸し出しがその手元資金繰りを緩和させ、企業間信用の拡大を可能にして中小企業の投資活動を支えたことを示している。

第9-11図 企業流動性・企業間信用・在庫投資

 また、在庫投資と借入金、買い入れ債務の推移を 第9-12図 によってみても、同様のことがうかがわれる。すなわち中小企業では37年以降在庫投資の回復と共に急速に買い入れ債務が増加しており、一方大企業においては、37年以降、借入金が大幅に増加したが、投資活動が比較的落ち着いていたため、これらは現預金の増加と売掛超過の資金負担にむけられた。

第9-12図 在庫投資と短期借入および買入債務

 このように、今回の景気上昇期には、かなり潤沢な資金供給が中堅企業以下での活発な投資活動を可能にしたと同時に大企業の手元資金繰りの緩和が中小企業への企業間信用の拡大を容易にし、この面からさらにこれら企業の投資活動を支援したとみられる。

企業流動性の評価

 以上のように資金需要の増勢も根強かったが、全体としての資金供給はこれをかなり上回り、大企業の手元には高水準の現預金が蓄積された。景気回復の初期には手元現預金の補てんが行われるが、本格的な景気上昇過程に入ってもなお現預金水準が著増したのは、これまでにはみられなかったところである。これが企業間信用をつうじて中小企業の投資活動を支えたことは既にみたが、それはより直接にも大企業の行動に影響を及ぼしてきたと思われる。

 企業の手元資金繰りの緩和はまず大企業の在庫過剰感を一掃し、生産拡大に強気ならしめる背景をなした。製品在庫率が高いままで生産が増加したのは、今回の景気上昇期の特徴であるが、それには在庫率が高いながらも在庫過剰感はうすれ、在庫水準切り下げ意欲が消滅していった事情がある。これは借り入れが容易になって企業手元現預金が増大したことに影響されていよう( 第9-6表 )。大企業の在庫投資そのものは今回の景気上昇過程でそれほど大きくなかったとしても、こうした金融的支えがなければ高水準の製品在庫をかかえたままで生産を増加させていくことはできなかったであろう。

第9-6表 在庫過剰感と企業流動性

 第2に、この生産拡大が稼動率を上昇させ再び設備投資意欲を増大させるに当たっても、企業の手元現預金が潤択であったことが影響している。大企業では38年半ばごろから国際収支の先行きを懸念し、いわゆる借り急ぎ、借りだめの動きがみられた。しかし、そのなかには、将来の設備投資が金融ひっ迫期にも計画通り遂行できるよう、銀行借り入れ枠をふやすばかりでなく、増資、外資、長期借入金など大口資金の流入に際してこれを温存している企業が多い。国際収支に余裕のない段階では在庫投資一巡後設備投資がこれに続いて急増し経済規模を一段と拡大することが、懸念されざるをえなかった。この企業の設備投資意欲の高揚を封ずるところにも、金融引き締め政策発動の1つの意義があったといえよう。

 こうした企業手元現預金の大幅増加を中心に、国民総生産に対する通貨供給量の比率(いわゆるマーシャルのk)は38年には36%に達し、従来の水準(30%前後)をかなり上回った。主要企業の手元現預金の企業総資産に占める比率も38年上期で8.39%を示し、(三菱経済研究所調べ、以下同じ)、アメリカ(1956年、4.94%)、イギリス(1962年、4.97%)、西ドイツ(1961年、6.33%)よりも高い。我が国企業の現預金が高水準なのは、外国のように金融市場が発達しておらず貨幣代替物(政府短期証券など)の保有が少ないこと、借り入れ依存度が高く借り入れと見合いになっている部分が多いこと、企業間信用の膨張を支える必要があること、あるいは将来の支出計画の増加テンポが大きいことなどの事情が作用しており、必ずしも企業の資金繰りに余裕のあることを示すものではない。38年度において企業流動性が高まったとしても、企業間信用の累増など同様の事情はさらに強まっている。ただ、実物投資の借り入れ需要が充足され、借りだめなどによってなお現預金を増加しえたことは、企業の経営態度を積極的にする背景をなしているといえよう。


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