昭和39年

年次経済報告

開放体制下の日本経済

経済企画庁


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総説

むすび ─輸出力強化を通じて福祉向上へ─

 日本経済は、中進国の状態から脱して、先進国型に変わってきている。経済発展の低い段階では、国内経済の保護が工業の高度化のために必要であった。しかし現在では、幼稚産業は成長して競争力を持つものが多くなってきた。また雇用面でも、潜在失業者が減少し、国際分業の利益を受けることができる条件が整ってきた。日本経済は、開放体制に入ることによって、一層労働生産性を引き上げ、輸出を増やし、所得水準を高める機会に恵まれるだろう。各国が自由貿易を制限し、自給化を強める政策をとった場合、日本は最も大きい損害を受けやすい経済構造を持っている。世界経済の自由化が進むことが、日本の経済発展にプラスに働く効果は強く、日本が自由化という世界経済の流れにしたがい、またそれを促進することは、日本の利益である。

 もちろん、開放体制は、無条件で日本に有利だというわけではない。日本経済はいま過渡期に立っている。日本経済の成長力、あるいは競争力の有力な原因であった豊富な労働力がだんだん乏しくなってきて、もっと、資本集約的で、技術集約的な産業構造に移行しなければならない時期にある。開放体制の下では生産性の低い産業をそのままの形で残すことはできない。過渡期に摩擦が起きないよう十分な対策を行うと共に、労働の余裕がなくなり、賃金水準や所得水準が高まった状態のもとで成り立つよう農業も中小企業も体質をかえていかなくてはならない。

 経済政策の最終の目標は、国民のすべての福祉を引き上げることだ。開放体制の下で、福祉を高めていくことが、これからの日本の課題である。

 それには、経済の規模を大きくすること、安定性を高めること、所得配分を平等にすることなどいろいろなことが必要だが、このうち、どれに重点を置くかは経済の発展段階によって違ってくる。戦後の日本ではまず量を増やさなく゛てはならなかった。パイが小さくてはそれをどんなに平等に切っても、食べる人に満足を与えることはできないからだ。規模を大きくするという目標は、戦後の高成長のおかげで、かなり満たすことができ、国民の消費も向上してきた。しかし成長度を高めるため、資源を生産増加にすぐ役立つような設備の増大などに優先的にふりむけたから、都市の公害の発生、住宅難など国民の生活環境の方には遅れが多かった。国民の福祉は、個人の消費が増えれば、自然に高まっていくというわけではなく、社会的な環境のいかによるところが大きく、この面ではこれから改善していかなければならないことが多い。また、経済水準がかなり高くなった今日では経済の安定や平等に力を入れることも一層必要になってくる。

 もちろん、経済の高成長を続けていくことの必要性が減ったわけではない。1人あたりの所得は、ようやく、西欧の最低水準に接近したところで、満足すべきものではなく、経済規模の拡大がなくては、福祉の向上はできないが、これからは、私的な消費増大ばかりでなく、もっと広い観点から、福祉の向上を図っていかなくてはならない。

 しかし、福祉を高めることは、大きな資源の裏付けがあってはじめて可能であり、それを生み出すものは結局、一国の経済力であり、輸出力である。福祉向上には経済の拡大が必要だが、経済が拡大したために国際収支の均衡がくずれるようでは、福祉の源がかれてしまう。日本経済が開放体制へ入り、世界との交流をふかめていくことは、輸出発展の可能性を高めるが、輸出伸長の努力を怠るならば、かえって国際収支が不安定になって開放体制の利益は不利益に転化する。「輸出力の強化を通じて福祉水準の向上へ」これが、これからの合い言葉とならなければならない。


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