昭和39年

年次経済報告

開放体制下の日本経済

経済企画庁


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総説

開放体制下の日本経済

開放体制下の日本経済の諸問題

国際収支問題

 開放体制に入って、輸入や海外旅行が自由になれば、支払いが増加するが、国際収支の点で心配はないだろうか。それは、日本経済が輸出を発展させる力をどれ位備えているかにかかっている。

 日本の輸出増加率を世界貿易の拡大率と比べてみると 第34表 の通りで、日本は、世界の貿易拡大テンポの2.3倍、工業国の輸出拡大率の1.5倍位の速さで輸出を伸ばしてきた。世界貿易に占める日本の輸出の割合も、10年前の昭和29年の2.1%から38年には4.0%へと倍に高まった。日本の強い輸出競争力を支えた経済的要因として次の二つを挙げることができよう。1つは、価格競争力であり、他の1つは、世界の需要が拡大する商品へと、うまく輸出構成を適応させていくことに成功したことである。

第34表 世界の輸出増加率と日本の輸出

 戦後の日本では、賃金の上昇率も高かったが、労働生産性の上昇率も高かった。1957年から62年までをみると 第35表 の通りで、賃金上昇率は年7.1%、労働生産性上昇率は年7.2%で、生産量あたりに占める賃金費用は、過去10年間をみると大体安定していた。欧米諸国をみると、イタリアを除きすベての国で、賃金コストは上昇している。賃金コストの安定は、輸出の価格競争力を強める1つの条件となってきた。

第35表 生産性、賃金コストの上昇率(製造業)

 輸出発展の原因の第2は、輸出構造の適応が速かったことである。 第36表 に示すように、最近7年間の輸出構成の変化を国際比較してみると、日本は、イタリアと並んで世界で最も高い。これは、重化学工業化が進んだからである。世界貿易には同表に示すように、明らかに重化学工業品の需要がより速く拡張するという傾向があるから日本の重化学工業品の競争力が強まり、需要拡大分野に進出することができたことは、日本の輸出の発展を高めることになった。

第36表 輸出構成変化の国際比較

 こうした輸出の発展は、最近の設備投資の拡大が輸出促進型であったことによるところが大きい。

 産業を昭和35年から38年までの輸出増加率の高低によって、輸出成長産業(輸送機械、精密機械、鉄鋼、金属製品、電気機械、化学、一般機械)と輸出停滞産業(繊維、窯業土石、鉱業、パルプ・紙、非鉄金属)の二つに分け、各グループの設備投資の推移を比較してみると 第41図 の通りであり、輸出成長産業の投資の増大は著しい。特に35年から36年へかけての設備投資のもり上がりは、輸出産業に集中していたことが注目されよう。投資の増大は1つには労働生産性を引き上げて賃金コストを下げ、他面では輸出構造を高度化することによって、国際収支の天井を引き上げた。投資を中心とする経済の高成長は、それがいきすぎて、物価の騰貴などをひきおこしたり輸入の急増を招いたりしない限り、国際収支の均衡と矛盾するものでなく、かえって輸出の成長力を強めて国際収支のバランスの維持を可能にする。

第41図 設備投資と輸出

 開放体制の下では、輸入が増えるから輸出の成長力を高めることに特に努力をはらわなくてはならない。もちろん、いたずらな外国品への依存はいましめなくてはならないが、開放体制下の国際収支対策の基本は、国際分業上日本が得意とする商品やサービスの輸出を伸ばして行くことにある。

 仮に世界の輸入需要が6%で伸び続けた場合の日本の輸出入バランスをみると、 第42図 のようになる。世界の輸入が1%増加した時の日本の輸出の増加率、すなわち輸出の弾力性は、過去10年の平均では2.3、過去5年の平均では1.6であった。また実質国民総生産が1%上昇した時の輸入の増加は1.4であった。これらの条件が変わらないものとすると、同図に示すように、輸出弾性値が2.3の場合には8%~9%の国民総生産の成長を続けても、貿易収支のバランスは維持できるが、輸出弾性値が1.6に下がると6%の成長しか維持できない。過去の関係がこれからも続くという保証はなく、世界貿易の成長率も、輸入の弾性値もこれから変わっていくかもしれないが、特に今後の経済成長を高く維持するためには、輸出競争力を強めていく必要がある。

第37表 世界貿易の地域別・商品グループ別伸び率

第42図 国民総生産の成長と輸出入バランス

 過去の輸出の高成長を支えてきた条件を維持し、また条件が変化した場合にはそれに対応していくような努力を続けてゆけば、国際収支の将来を不安視すベき理由はないが、今後の問題として特に注意を必要とするのは、次のような点である。

 第1は、日本の輸出の重工業化を進めていくことである。 第38表 に示すように、昭和35年までは、日本の輸出増加率は、世界の工業品輸出額の1.8倍であったが、35年から38年になると、1.5倍に下がっている。この鈍化の理由の1つは、日本の労働力不足や、低開発国商品との競争、相手国の輸入規制などで軽工業品とくに労働集約商品が伸びなやんでいることだ。

第38表 日本の輸出増加と世界の工業品輸出増加

 第39表 にみられるように、軽工業品の年平均輸出増加率は、28~32年尾24%から、32~35年の9%、35~38年の3%と著しく低下している。これに対して、重化学工業品(除船舶)の方は、この10年間約20%の伸びを維持している。現在では輸出に占める重化学工業品と軽工業品の比重は大体同じだから、全体の輸出増加率は両者の平均位になるわけだ。輸出の成長を高めるためには、軽工業品の品質の向上などが大切なのはもちろんだが、一層輸出の重化学工業化を進め、輸出構成中の成長商品の比重が大きくなっていくことが必要である。そのためにも後述のように技術革新や資本蓄積による生産性の上昇、賃金コストの安定等、日本の輸出の高成長を支えた条件をこれからも維持していくことが今後の大切な課題となる。特にこのことは最近のEEC諸国の経済力の強化や特恵関税問題をめぐる後進諸国の動きを考えると一層重要である。

第39表 商品類別輸出

 第2は、貿易収支はバランスしても、貿易外収支の赤字が予想されることである。

 昭和35年以降、貿易外収支は年々赤字幅を拡大しているが、これは、運輸保険の赤字幅が36年以降大きくなった上に、利子、配当金、特許料等の支払いが大幅に増加したためである。貿易外収支の赤字は船腹を増やして海運収支の改善を図るなど、政策的に左右できる面もあるが、商社の海外経費など、いわゆる貿易付帯経費は、貿易の拡大につれてますます大きくなる傾向がある。貿易外受取のうちにも、日本が国際的にみて優れた条件を持つ観光収入の増加など有望なものが多いので、その拡大に努力すべきである。

 経常収支の赤字は、 第43図 に示すように35年ごろから資本収支の黒字でカバーされるようになってきた。資本収支の黒字が安定的なものである限り、それで経常収支の赤字を補うことは不健全とはいえないが、経常収支の赤字があまり大幅になって、過度に資本流入に依存しなくてはならないようになっては問題である。当面は、国際収支問題を、貿易収支を中心とするだけでなく、総合的に判断し、経常収支と安定的な長期資本収支とを合わせた、基礎的な収支のバランスを目標とする必要がある。また将来は経済力の発展につれて、経常収支の均衡を実現し、さらに資本輸出国へと発展すべきものであろう。

第43図 国際収支の推移

 第3に、輸出の成長力は強くても、経済が短期にあまり急速な拡大をすれば、輸入の増加に追い付けず、国際収支が不均衡におちいるおそれがある。八条国に移行した後は、直接輸入制限によって国際収支の赤字を抑えることはできないから、安定成長を図るためには、長期の成長政策と短期の景気調節政策をうまく組み合わせていくことが一層重要となる。

 第4に、日本商品に対する貿易上の障害の緩和や撤廃がある。日本が自由化に踏み切っても、日本の商品に対して相手国が制限をしているのでは、国際分業の実は得られない。

 貿易上の障害には、関税によるものと、それ以外の数量制限等によるものがある。先進工業国の関税は、概して軽工業品の税率が高く、重工業品が低くなっているので、我が国の現在の輸出にとっては、不利な関税構造になっている。

 アメリカの製造工業品の輸入を、関税の高低によって分類してみると、 第44図 の通りで、税率5%以下の低関税商品が全体の3割を占め、税率が高い商品はあまり多くない。ところが、日本の対米輸出は関税が5%以下の商品は全体の5%にすぎず約7割が10%~30%の税率をかけられている。同様な不利は、対EEC輸出についても見られる。EECは、域内関税と域外関税とに差別を設けているから、それだけでも当然日本は不利であるが、域外輸入だけについても、日本が不利な地位に立っていることは 第45図 に示す通りである。日本の輸出が、軽工業品から重工業品へと変化したために、関税格差による不利は最近幾分低下の傾向にあるがまだ大きい。今後は輸出構造の重化学工業化を一層進めると共に関税交渉を強力に行っていかなければならない。先進工業国の間でも、最近関税障壁の撤廃が特に重要な問題になってきた。工業製品についての数量制限がほとんど撤廃されてしまったので、これから先、貿易の一層の拡大を図るためには、この問題と取り組まなければならなくなったからだ。しかし、従来の2国間交渉は既にむずかしくなってきており、今後は多数の国の間で一括引き下げを行うのが有効である。これを具体化しようとしたケネディ・ラウンドは、我が国の輸出にとっても重要な意義を持っている。

第44図 アメリカの輸入と日本の対米輸出の関税水準別分布

第45図 EECの域外輸入と日本の対EEC輸出の関税水準別分布

 次に数量制限など関税以外の貿易障壁の除去がある。我が国だけを差別する制限の場合にはなおさらのことだ。対日輸入制限や自主規制などによって輸出を制約されている商品は多い。欧米諸国の差別待遇を撤廃させる交渉は、 第40表 に示すようにかなりの成果を挙げてきた。しかしできるだけ早く差別が完全になくなるよう、経済外交の成果にまつところが多い。

第40表 対日差別輸入制限品目の推移

 また米国、カナダに対しては、輸出規制が行われているが、輸出秩序の確立に努めるかたわら、これを緩和・撤廃の方向に持っていくことが重要である。さらに、低開発国のなかには、我が国の輸出超過が著しいことを理由に、対日輸入制限を行っているものがある。一次産品の買い付けを増やし、片貿易を是正することが、その対策として必要であろう。

物価の安定

 最近の日本経済では卸売物価は安定していたが、消費者物価はかなり急テンポで上昇した。消費者物価が上昇をはじめたのは、昭和35年ごろからである。30~34年には、消費者物価は年率1%上昇、工業品卸売物価は年率0.7%下落で、大体安定を維持していた。それが34~38年になると、卸売物価はほとんど横ばいであったが、消費者物価は年率5.4%の上昇となり、卸売物価が安定していながら、消費者物価が上昇するという状態が生まれた。

 消費者物価上昇の内容をみると、昭和30~34年の間に騰貴したものには、家賃、地代(50%)、映画料金、診察代(34%)、月謝(18%)、公共利金(10%)等のサービスが多かった。

 しかし、このごろは第1次産業は2.0%上昇、第2次産業の中小企業製品は1.2%低下、また理髪料、洗濯代等の一般の個人サービスは2.0%上昇と、比較的労働集約的部門でもかなり安定しているものが多かった。これらが一斉に上昇へ向かったのは、34~38年になってからである。すなわち同じ消費者物価の上昇といっても34年ごろを境にして性格のちがいがみられる。この期間の特徴はサービス料金の一部が上昇するだけでなく、農産物、中小企業製品など労働集約的商品全体に価格上昇が普及したことである。第1次産業では、卵などに比べ野菜、果物の上昇が著しかった。第2次産業でも、食用油、チョコレート、化繊地、灯油などに比べて、みそ、もち菓子、絹地、木炭などの値上がりは大きくなった。またこれまで大体横ばいに近かった個人サービスは、この間に2倍半になった。労働不足が激しくなり、それまで低賃金であった部門の賃金が上昇し、個人業主も価格の引き上げによって所得の上昇をはかったので、消費者物価は上がってきたのである。つまり、34、35年ごろまでの、供給の弾力性に乏しい商品やサービスに対する需給の不均衡から進んで、36年以降は、労働力不足という、生産要素に対する需要超過が生まれ、それが賃金格差の縮小を通じて消費者物価の上昇をもたらすことになった。

第46図 特殊分類別消費者物価指数(全都市)

第47図 過去8年間の消費者物価上昇内容

 工業生産物を全体としてみると、賃金上昇にもかかわらず、労働生産性も高まり、また、原燃料の輸入価格も低下したためコストが下がり、卸売物価も幾分低下した。輸入価格指数は、35~38年間に、原料品が4.3%、鉱物性燃料8.4%の値下がりを示した。もっとも、工業品のコストも商品によって異なっている。原燃料と賃金を合成したコスト指数を試算してみると、 第48図 に示すように、化学製品、石油製品、機械類、繊維原糸、鉄鋼など資本集約的商品のコストは低下傾向にあるが、食料品、織物、木材木製品、皮革製品、窯業土石などの労働集約的な消費財や建設資材のコストは上昇した。

第48図 業種別主要コストと卸売物価の推移

 消費者物価の上昇は、今までは卸売物価に反映しなかった。それは、農業、中小企業、サービス業など消費財やサービスを供給する低生産部門では、賃金所得が生産性を上回ったが、高い設備投資に裏付けられた工業製品の生産部門では、全体として生産性の向上が、賃金の上昇を上回り、その上、長期的に原材料価格が輸入品を中心に低下傾向にあったためである。

 しかし、卸売物価の安定という日本の輸出競争力を強め、経済成長をたすけてきた要因は、最近変化を遂げつつある。

 それは、労働力過剰の経済が次第労働力不足の経済へ変わってきたし、限界資本係数の高まりによっての生産性が低下してきたからだ。

 賃金は労働力不足のため依然かなり速い上昇テンポを続け賃金コストが高まる兆しがあり、また限界資本係数の高まりによって、資本コストの上昇率も大きくなると考えられる。

 こうしたコストの圧力によって、物価の上昇が農業・中小企業などの低生産性部門ばかりでなく、比較的生産性の高い工業生産部門にまで波及してくる恐れが強まりつつあると思われる。

 完全雇用下の西欧では、 第49図 にみられるように、イギリス、フランスでは、消費者物価上昇と卸売物価の上昇が大体同時に起きている。西ドイツ、イタリアでは消費者物価の上昇ははじめは卸売物価にあまり反映しなかったが、ドイツでは60年、イタリアでは61年ごろから卸売物価にも上昇傾向が現れている。各国とも経済成長と物価安定を両立させることが重要な課題となっており、貿易自由化の推進や関税率の引き下げ、所得政策の実施などの対策が講じられつつある。

第49図 主要国の卸売物価と消費者物価

 我が国も経済環境の変化を考えれば物価の安定のために特に次のような点が重要である。

 経済の安定的な成長を図るよう財政金融政策を適切に運用することによって、安易な値上げが行われないような環境をつくること。

 最近の消費者物価の上昇要因を考えると、農業、中小企業、サービス業の生産性向上を図るための構造対策を重点的に推進し、コストの増大をできるだけ吸収していくような労働節約的生産方法をとりいれることが重要である。このためには、豊富な労働力の存在を前提として形づくられている生産や消費の在り方、制度や慣行は改められなければならない。また特に立ち遅れている流通機構の改善を図ることが必要である。

 日常生活に関係が深い消費財11品目の流通機構について通産省が行った最近の調査によれば、流通コストは最終販売価格の45~55%となっており、その理由として、流通段階の企業の多くが零細で能率が低いこと、流通径路が多岐でありかつ多段階にわたっていること、慣行的なマージン率が伝統的に保持されてきていることなどがあげられている。

第41表 最終販売価格に占める流通費用の比率

 勧告操短、設備制限、各種の独占や協定などを再検討し、自由な価格決定を阻害する要因を除去すること。

 消費者物価に関係の深い商品については特に関税の引き下げ、輸入の自由化を促進すること。国内の産業に与える摩擦が大きく、すぐに自由化できないものも、供給不足で値上がりするような場合には、一定の価格水準になるまで輸入を行うなど、できるだけ開放体制の利点をいかすこと。

 賃金格差の縮小が進んできた現在では、一層、国民経済全体の生産性の向上と、賃金所得の上昇とのバランスを図り、賃金コストの上昇が、価格の全般的上昇をひきおこさないようにすること。賃金にかぎらず、すべての所得と価格との関係について社会全体が広く責任を分担するという考え方が物価安定のためには重要である。

技術革新

 戦後の経済成長に果たした技術革新の役割は大きい。技術革新が日本の工業の成長に果たした役割を量的にとらえることは難しいが、ダグラス関数による推計の結果を示すと 第42表 の通りで、特に昭和33年以降の経済の成長は、資本や労働の増加によるばかりでなく、技術革新によるところが大きかったことが知られる。31年以降技術革新がなかったとすると、資本と労働の投入は同じでも 第50図 に示すように生産は現実より4分の1位は低かったことになる。実際には資本の増大自体も、技術革新の結果投資機会が増えたことによるところが多いのだから、技術革新が経済成長に与えた影響は、上記の推計が示すよりもずっと高いはずである。業種別にみると自動車、石油化学、合成繊維などで技術革新の効果が大きい。

第42表 技術進歩の寄与率

第50図 製造業の技術革新効果

 最近の技術革新の特徴をみると、素材部門から加工部門へ次第に波及し、その内容も原料転換を通して、生産工程の節約と生産規模の拡大が図られるようになっているものが多い。例えば、鉄鋼のストリップミルは薄板の供給力を飛躍的に増大させたが、その需要産業である自動車でも、自動式大型プレスが導入されて車体の生産能力は大幅に増大するようになった。これに伴って、鋳物部門では合成樹脂を原料としたシェルモールド鍛造法、部品では高性能の特殊鋼を素材とする冷間鍛造機などの、原料転換に基づく量産化が進行している。それは、量産体制に不可欠な部門間のアンバランスを解消させるという技術革新の波及的性格を物語るものであり、その結果として、規模の経済性が鉄鋼から自動車へ、そして関連部品工業へと拡大している。

 戦後技術革新が大幅であったのは、輸入技術による。ところが多い。戦争中の空白期があったために、戦後の技術の遅れは著しく、企業は強い技術導入意欲を持っていた。 第51図 は、積極的な技術導入を行い技術導入製品のシェアが高い産業ほど、付加価値の増加が大きかったことを示しているが、このことが技術導入意欲を一層盛にした。その結果、特許支払料等は増加したが、しかし輸入節約、輸出増大といった国際収支に対するプラスの効果を持っていたことも見逃せない。 第52図 に示すように導入技術に関連した商品の生産は、昭和32年ごろから急速に増加を示し、35年には、通関輸入の総額に大体等しくなった。製品で輸入するかわりに、技術を輸入して国内で生産したことが大きな輸入節約効果を持っていたといってよい。技術革新の効果は、輸出面にも現れている。 第53図 に示すように、技術導入による商品の生産が高まった業種ほど、輸出に占める割合も増大し、昭和35年には、導入技術による部品が生産に占める割合よりも、輸出に占める割合の方が高くなっている。例えば、電気機械では、導入技術商品が生産に占める割合は3割だが、輸出では5割となっており、技術導入商品の輸出に対する貢献が大きいことを示している。

第51図 企業の成長率と技術導入製品

第52図 技術導入の貿易に及ぼした効果

第53図 技術導入商品の輸出効果

 このように、技術導入が技術格差を短期間に縮め、国際競争力を強めた効果は大きかった。しかし日本の技術が国際的にみて、かなりの水準に達してくると、輸入すべき技術は少なくなってくるし、優秀な技術を導入するためにはそれと交換できるような国産技術が必要となってくる。

 また、今までは労働力に余裕があったので、外国から技術をいれれば、賃金が安いだけ、かえって外国より競争力が強くなるという条件があった。しかし、この点も急速にかわっていく。これらの事情から、企業が自己技術の開発を推進していく必要性が高まっている。 第44表 に示すように、製造業が研究のために投じている資金や人員の増加は著しい。製造業の売上高に占める研究費も年々増加して、1962年には0.9%にまで高まった。しかしアメリカ、イギリスに比べれば著しく低い。また国民所得や国の予算に占める研究費の比率も低い。研究投資の低さは、1つには 第44表 に示すように軍事関係の研究投資が低いことにもよるのであって、アメリカ、イギリスでは、総額の約4割は軍事関係にあてられている。しかし反面からいえば軍事負担の少ない日本はそれだけ経済の発展に役立つような研究投資を増大する余力を持っているわけである。

第43表 製造業の研究投資 32年~36年

第44表 研究投資の内訳

第45表 国民所得および国家予算と研究費

第46表 主要業種別にみた研究費の対売上高比率

新環境下の金融政策

 開放経済への移行によって貿易為替の直接統制ができなくなれば、金融政策は一層重要になる。

 第1に、開放体制へ移行すれば、外資移動が活発になるだろう。特に金融政策にとっては短資の移動が問題になる。1958年末の西欧諸国の交換性回復以来、国際間の短資移動が活発になってきた。日本も35年に自由円制度を導入し、為替銀行の外貨取引を自由化してから流入が多くなった。 第47表 は過去5年間の主要諸国の短資の移動状況をみたものであるが、日本は西ドイツと共に流入一方であり、米国やイタリアが流出一方なのに比べ対照的である。

第47表 最近の短資移動状況

 しかし短資のはいり方をみると、欧米諸国とは違った特徴がみられる。 第54図 Aは短期資本収支尻と貿易収支尻をつき合わせたものだが、37年の前半を除くと、貿易収支尻が悪化した時には、ほぼそれに見合って短資の流入が増え、改善した時には、やはりそれに見合って流入が減るという逆の対応関係がかなりはっきり認められる。

第54図 短資移動の要因

 欧米諸国でも、短期資本の動きには貿易収支との関連はあるが、それよりも金利差や投機的動機の影響の方が大きい。例えば 第54図 Bは西ドイツの場合を示すが、貿易収支尻との関連はあまり強くなく、米国との間の金利差や直先為替相場の変動にかなりよく対応した動きを示している。

 日本の場合、短期資本の動きが、貿易収支と逆の対応を示すのは、貿易金融、特に輸入関連借り入れの影響が大きい。輸入が増えると輸入ユーザンスが増えるという形で、短資が流入するわけである。欧米諸国に比ベて貿易に伴って移動する面が強いのは、一面では日本の金利水準が高いことと、資金不足から輸入金融の外資依存度が高いためだが、また金利裁定資金の流入や投機資金の流出入が、欧米諸国ほどではないためであろう。これには取り入れ金利の規制や円の国際的地位などが影響していると考えられる。

 短資の流入は、国際収支の一時的な不均衡をカバーし、国内の調整に時をかす働きを持っている。短資が貿易収支尻を相殺する方向に動く日本の場合にはこういった均衡作用が半ば自動的に与えられている。しかしあまり短資が流入すると、流動性の増加によって金融政策効果の浸透を妨げ、また多額に流入したものが、内外の政治経済上の不安などから急激に流出すれば、金融市場にかく乱的影響をおよぼす。欧米諸国はしばしば均衡破壊的な短資移動に悩まされ、これに対処して非居住者預金に対する特別準備率の適用、付利禁止、金融当局の先物市場への介入、国際協調体制の緊密化など、政策手段の多様化、弾力化が図られてきている。

 日本では短資の動きは、全体としてみれば、まだ貿易収支に支配されている面が強く、欧米諸国に比べ金融政策への負担は軽かった。しかしこの場合でも、輸入に伴う短資の流入が、輸入超過による自律的な金融の引き締まりを弱める作用を持ったし、前回の調整期にはユーロ・ダラーの流入によって、金融引き締めりがある程度遅らせられた。

 今後は、円の国際通貨としての地位が向上するにつれて金利裁定資金の流入も増え、また投機の波にさらされる危険も増えてくる。従って、国際的な資本移動に注意することがますます必要となるだろう。

 一方、国内面でも金融機構に注意すベき変化が生じている。

 その1つは金融市場に生じた変化である。金融市場では資金需要が強まると、日銀貸し出しが増大するが、その貸し出し条件と返済圧力が銀行貸し出しを抑制し、やがて資金需要を減少させるという需給均衡化のメカニズムがはたらくのが本来の姿である。

 しかし、このメカニズムが働くためには、日銀借り入れは最後のよりどころであり、本来それに頼るべきものではないという金融的節度がなくてはならない。

 ところが日銀貸し出しが膨張し固定化するにつれて、こうした金融市場の機能が作用しにくくなってきた。

 これは、金融機関が日銀借り入れを当然視し、日銀借り入れが増えても、それによって自らの融資活動を抑制する態度が弱まってきたからである。今までの日銀貸し出しには成長通貨を供給するルートという面もあったが、こうした傾向が強まって金融的節度が失われると、金融市場の機能がまひする恐れがある。新金融調節方式は、こうした事態への反省から生まれたものであり、経済の正常な運営に必要な通貨はオペレーションによって供給することによって、オーバー・ローンの激化をさけ、金融的節度の回復を図ろうとするものである。

 金融政策の効果の企業段階への浸透の面でも、注目すべき変化がある。その第1は、銀行外の資金ルートの拡大である。38年には銀行貸し出しが急増したが、それでも30年から34年までと35年から38年までの期間を比べてみると、総産業資金供給中の全国銀行貸し出しの比重は、49%から43%に低下し、その他の民間金融機関貸し出しの比重が相互銀行や信用金庫の伸びを中心に、24%から30%に上がり、また株式が13%から16%に上昇している。このような、日銀が直接規制できる範囲の縮小という環境の変化に対しては、日銀のオペレーションや準備預金制度の適用の範囲を次第に相互銀行のなかに広げるなどの形で、一現在対応が図られているが、特に今後の問題としては、外資依存度の増大を考えておかなければならない。短期資本はもちろん、長期資本の面でも、現在は産業資金供給に占める比重は小さいが、一部にみられるような金繰り外資の導入が今後増えてくれば、金融政策にとっては看過しえないものとなろう。

第55図 産業資金供給の推移

 第2に企業間信用の問題がある。企業間信用は、 第56図 にみられるように、金融ひっぱくにつれて悪化が著しくなった決済条件が、緩和期に元通りに改善しないという形をとって、これまで膨張を続けてきた。そして金融引き締め期における膨張は、企業部門内の余裕資金を、企業間信用を橋渡しにして相互いに利用し合うことによって、企業通貨の効率的使用をもたらし、金融引き締めと企業金融との間のクッションとしての機能を果たしてきた。しかしその結果、現在決済条件は相当悪化してきている。企業間信用の比重の大きい主要企業70社について、金融引き締めを間にはさんだ34年から38年までの平均決済条件の変化を推計してみると、販売面では現金比率が15%低下し、決済期間が20日延び、支払い面でもそれぞれ15%、15日悪化している。そして38年末現在、企業の決済条件は販売面で売掛比率8割、決済期間5ヶ月、支払い面で買掛比率6割、決済期間4.5ヶ月に達している。決済条件は、本来慣習上決まる性格の強いもので、変化に限界を画することはできないが、今後一層悪化するという形で企業間信用が大幅に膨張すると、開放体制を迎えた金融政策にとって負担が増すばかりでなく、企業経営を一層不健全にすることになる。

第56図 大企業の企業間信用の推移(全産業)

 以上みてきたように、金融政策をとりまく環境には、内外両面でさまざまな変化が生じてきている。貿易為替管理に頼れない開放体制のもとで、こうした条件変化に対応し金融政策が効果をあげて行くためには、従来にもまして金利政策、オペレーション、外貨準備金制度、為替平衡操作等多様な政策手段を弾力的に用いていく必要がある。

企業経営

 開放体制を迎えて、企業は経営面で不安がないだろうか。通産省調べ、国際経営比較によると、 第48表 のように付加価値生産性(償却費用を含む)では、アメリカに比べるとまだかなり低いが、付加価値生産性を資本装備率と設備生産性の二つの要因に分けると、設備生産性ではアメリカの水準より優れた業種がかなりみられる。

第48表 日米主要企業の粗付加価値生産性比較(1961年)

 これは、技術革新に支えられた設備投資によって、日本の代表的企業の国際競争力が急速に高まりつつあることを物語ると共に、日本の企業経営がアメリカに比べ、労働よりも、資本能率をあげるという、資本不足、労働過剰型の経済環境に応じた姿をとってきたことを示している。

 企業収益力の指標である営業利益率(売上高に対する営業利益の比率)をとってみても、 第57図 のように、彼我の差はほとんど認められない。

第57図 欧米主要企業の営業利益率と総資本利益率(1961年)

 日本の代表的企業の国際競争力は、企業収益率ではかなりのところまで追い付いているといえよう。

 しかし他方では、欧米企業に比べ積極的な設備投資を行ってきたため、総資本利益率(総資本に対する税込利益の比率)は、自動車など一部を除き低い。

 設備投資が急速に増えると、企業の未稼動資産が増えるし、未償却資産も大きくなるから、総資本回転率(総資本に対する売上高の比率)は低下する。

 また、設備資金の外部依存度も増加することになろう。

 こうした理由が日本の企業の総資本利益率を低めているが、外部資金調達を主として銀行借り入れに依存するところから、経営面の金融費用負担も増大している。

 第58図 は、日本と西ドイツの主要企業で、売上高に占める金融費用率の差がどの程度あるかを業種別にみたものである。製造業平均では、西ドイツの1.4%に対し、日本は4.0%で差は2.6%となっている。このうち鉄鋼、紙・パルプのように、投資成長率の差が大きい業種では、5~6%も日本の方が割高であるが、その他の業種でも2~3%は日本が高い。

第58図 日独企業の金融費用率の差とその要因(1961年)

 金融費用率を構成する要素は、金利、借り入れ依存度、総資本回転率の三つに分けられるが、西ドイツの金利が比較的高いためもあって、借入金利差による影響はそれほど大きくない。もっとも大きいのは借り入れ依存度で、総資本回転率の低いことがそれに次いでいる。

 内部留保が低いため、借り入れ依存度を高めながら国際競争力を強化してきたことが、結局日本の企業にとって経営上の負担となっている。自己資本比率を欧米と比べてみても、アメリカの65%、イギリスの61%、西ドイツの41%に対して、日本は30年の38%から38年には28%まで低下してきている。

 それでは、金融費用の負担を軽減するには、設備投資を抑えなければならないのだろうか。日本でも、労働力不足の経済へ移行するにつれて、今後は労働分配率が次第に西欧型へ接近する可能性が考えられる。労働分配率の上昇に備えるためにも、資本装備率を高めることによって付加価値生産性を引き上げることが今後ますます必要になってくるだろう。

 従って、設備投資を進めながら、しかも一方では、内部留保を高め、金融費用の負担軽減を図ることが、企業経営の今後の重要な課題で、そのためには自己資本充実のための制度的な検討も必要であろう。

成長を通じての福祉増大

消費水準の向上

 高成長の結果、国民生活も向上した。もっとも、国民生活の向上の度合いを、どういう物差しではかるかはなかなか難しい問題だ。

 まず、1人あたりの消費水準をみると、昭和29年の78(35年=100)から37年の114まで8年間に46%と年率4.9%のテンポで上昇した。

 国際的に比較しても、昭和25年には、日本の1人あたり消費支出は80ドルで、アメリカの16分の1だったが、37年には292ドルになって、アメリカの6分の1に接近した。日本は、アメリカよりも、消費財やサービスの値段が安いので、この点を反映するように、特別の換算率を作って、実質的な消費水準を比べてみると、アメリカの4分の1になる。同様の比較をヨーロッパ諸国と行ってみると、イギリスの4割、イタリアの7割になっている。消費ばかりでなく個人の財産や教育文化水準などいろいろなものを総合した生活水準ではイタリアにほぼ近いといわれている。生活の様式が違うから、国際比較は難しいが、日本の生活水準がヨーロッパに大分近づいてきたことはたしかだろう。

 しかし、国民の福祉は、消費水準が高まれば、向上するというわけではない。もちろん消費の絶対水準が高くなければ駄目だが、国民の間の所得分配が不平等になったり、貧乏、失業、病気などで生活が苦しい人が増えたり、生活の環境が悪くなって、かえって生活しにくくなれば福祉の向上はない。

 こういった観点からみて、最近の国民生活はどのようになってきたか。

第59図 1人当り個人消費支出の比較

所得分配と社会保障

 高成長のもとで所得分配はどのように変化したか。昭和34年ごろまでは、所得の伸びは低所得層よりも高所得層の方が大きく、所得格差は拡大していく方向にあった。しかし、34年以後になると、低所得層ほど所得の増加率が高くなって、所得配分の不平等化の傾向は止まった。非農林雇用者世帯(単身者を除く)についてみると、 第49表 に示す通りである。世帯の所得の多少によって10のグループに等分してみると、34年に比べて37年は低所得層である第1、第2階層の分前が幾分高まり、第4分位似上の所得層の比率がやや低下している。これは、労働不足から、低所得層ほど、賃金上昇率が大きかったためであろう。ただいくつかの注意すべき点がある。第1は、全般的に平等化が進んでいるが、最高所得層だけは一層大きく伸びている点である。これは、財産所得の伸びが大きいこと、重役俸給の増加率が高いこと等によるものであろう。財産所得については 第50表 に示すように平等化の傾向はみられない。

第49表 非農林雇用者一般世帯(単身者を除く)の所得分布

第50表 財産所得分布の推移(非農林雇用者一般世帯)

 第2に、日本の所得分布を、アメリカやイギリスと比較してみると、日本では幾分低所得層の分配分が低く、高所得層の分配分が高い。低所得者の分配分が低い1つの理由は、二重構造の存在や不完全就業者が多かったことである。

 このように、所得分配には、最高所得層の伸びが大きかったり、欧米よりやや不平等であるといった問題があるので、社会保障制度や、租税政策によって所得再分配を行うことが望ましい。

 日本で社会保障制度や所得税がどれ位、所得再分配効果を持っているかをみるために、階層別の所得分布をローレンツ曲線に描いてみると、 第60図 の通りである。 第60図 は当初所得と、社会保障給付や所得税負担を調整した再分配所得とを比べたものであるが、当初所得に比べ再分配所得の方が45度線に近づいていることはそれだけ分配が平等化していることを示している。また、社会保障給付が当初所得に対してどれだけの比率を占めているかという、所得再分配係数を階層別に計算してみると、 第61図 の通りであって、33年度以降、社会保障給付による所得の再分配機能は高まっている。

第60図 階層別所得再分配効果

第61図 所得階層別所得再分配係数

 しかし、今後の経済水準の上昇を考えれば、社会保障制度の充実は一層必要性が強くなるだろう。どこの国でも経済発展の初期には、資本蓄積のため、社会保障に資力を割く余裕は乏しいが、成長が進むにつれて、社会保障制度の整備が進んでくるのが普通である。その内容も貧困に陥ったものを救済するという公的扶助中心であったものが、進んで、貧困に陥ることを未然に防止するための社会保険制度の役割が重要となってきている。

 日本でも、この数年の間に、医療保障の国民皆保険化、国民年金の実施、公的扶助基準の引き上げ等、社会保障の前進がみられた。しかし、ILOの研究によって国際比較を行ってみると、国民1人あたりの社会保障給付額は、フランス152ドル、西ドイツ148ドル、イタリア58ドルでこれに比べて、日本は26ドル(日本は1962年、外国は1957年)であった。所得水準に比べてもかなり低い。国民所得に対する振り替え所得の比率についてみても、西ドイツ15.7%、フランス15.2%、イタリア14.5%に比べ、日本は5.0%(日本は1962年、外国は1960年)である。社会保障の国際比較は統計に表現される各国の社会保障の内容が同一性を欠いているため注意が必要であるが、日本では年金部門が低いこと、児童手当制度がないことが社会保障の水準を低めている。年金部門の低さについてはその支給が本格化していないこともあるが、社会保障の今後の充実が必要であろう。 第62図 にみられるように経済が成熟段階に達した国では、社会保障の充実と経済の成長とは必ずしも矛盾するものではない。経済の発展が高い段階に達すれば、社会保障へ割くための資力も増えてくるし、また社会保障の充実が国民生活の安定を増したり有効需要を増大すると共に労働力の資質を高めるからであろう。

第62図 経済成長率(国民1人当り)と社会保障費

公的消費と私的消費のバランス

 個人の生活の豊かさは、自分の所得から買うものの量が多いか少ないかによってきまるだけでなく、社会的な消費の大きさによるところが多い。個人では庭がなくても、よく手いれのいきとどいた美しい公園が近くにあれば、生活のやすらぎが得られるし、美術館や図書館を、自分の家と同じように利用できれば、個人が絵や本を買う必要は少なくなる。また、道路、電話、水道など、もともと社会的な手段でなくては、供給できないものもある。日本が私的な消費の増大に比べて社会的消費が立ち遅れていたことは表からも明らかである。

 こうした立ち遅れは、最近は改善の方向に向かっている面も多い。社会的サービスを、運輸・通信、生活環境、厚生福祉の三つに分けてそれぞれについて社会的サービス消費指数を作ってみると、 第63図 のようになり、ほとんどの指数が実質個人消費の伸びよりも高くなっている。しかし出発点の遅れが大きいので、社会的消費のための資本が蓄積されて、バランスがとれた生活ができるようになるまでには、なお一層の努力が必要だ。

第51表 生活環境施設の国際比較

第63図 社会的消費と個人消費

 私的部門と社会的部門とのバランスがくずれているのは、特に大都市で著しい。

 経済活動は、大都市に集中する傾向がある。例えば昭和30年から36年の間に、全国で東京、神奈川、愛知、大阪、兵庫、福岡の先進工業地帯が占める比重は、人口、所得、工業品出荷額、固定資産、設備投資等すべての指標で高まっている。その結果 第53表 にみられるように私的経済活動と社会資本の不均衡は特に都市で著しい。

第52表 都市集中の指標(六大都府県の対全国構成比)

第53表 資本の集積度

 こうした不均衡があっても、個々の企業では都市集中は利益となる場合が多い。それは消費需要が大きく、また産業が集まっているためお互いに補完し合ったり、輸送距離が短いので、販売量増大の利益、産業多角化の利益、輸送費節約の利益等を受けられるからだ。また情報収集や取引上の連絡、管理上の便宜も無視できない。都道府県中どこが消費需要に恵まれているかを、県民分配所得と、府県間の距離とを用いた潜在需要指数を用いて比較してみると、 第64図 の通りで、東京と大阪周辺が著しく高く、そのほか愛知、福岡と、東京、大阪をつなぐベルト地帯が高いことがみられる。また、工業の多角化係数を推計してみると、 第54表 の通りであって、東京、大阪、兵庫が、全国で最も多角的な工業発展地域となっている。福岡のように、金属工業に特化し、多角化の度合いの小さい地域もあるが、一般に、産業の都市集中は同時に多角化の利益を伴っていることがみられる。

第64図 所得ポテンシャル

第54表 工業多角化係数

 土地の値上がり、水の不足、輸送能率の低下など、部分的な生産あい路は発生しているが、企業にとって都市の持つ集積の利益は依然大きいので、自由にまかせればますます集中が進む傾向にある。

 しかし、過密化が進むに従って、社会的費用がかさんでくる。

 社会的費用の増大の例として水や道路があげられる。過密の。度合いが進むにつれて、水を遠方から引く必要が出てくる。その結果、水道の建設費用がかさんでくる場合が多いが、この水も、都市への新規流入者や受益者は限界費用ではなくて平均的な価格で使用できるから、あまり大きな負担とはならない。

 第65図第66図 にみられるように、東京における水道投資、道路投資はかなり増加しているが、1人あたり給水量はほとんど増加しておらず、自動車1台あたりの道路面積はかえって低下し、道路や水道の限界費用は急速に上昇している。ばい煙、汚水、地下水のくみあげによる地盤の沈下等の公害も、社会的費用である。

第65図 道路投資の効果(東京)

第66図 水道投資の効果(東京)

 私企業にとっては、都市集中が利益であっても。国民経済全体の立場にたてば、社会的費用の増大を伴っているわけである。

 企業が都市に集まって、集積の利益をうけているのは、自己の企業の外にある環境が与える恩恵をうけているからで、いわば外部経済を内部化しているわけだ。その反面、都市集中によって社会に与える外部不経済の費用を負担しないのでは、国民経済全体の福祉の最大化という点からみて不合理である。最近では次第に、地下水くみあげの規制、ばい煙の排出規制、水質基準の設定などの公害防止措置が国、地方公共団体、企業によってとられるようになってきたが、さらに限界費用負担、外部経済の受益者負担、公害等外部不経済負担などのルールを定めて、経済活動の都市への過度の集中を防ぎ、分散化の方向を進めて、バランスのとれた地域構造の確立をめざすことが必要であろう。


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