昭和39年

年次経済報告

開放体制下の日本経済

経済企画庁


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総説

昭和38年度の日本経済

景気変動の諸影響

労働力不足下の雇用変動

 景気が回復すれば、求人が増え、雇用が増加するのは当然だが、38年はこれが今までにない労働需給のひっぱく基調の上で行われたので、いくつかの特色ある動きがみられた。

 第1は就業構造の変化が激しかったことである。

 生産年齢人口(15才以上人口)の増加は、戦後最大の184万人に達したが、すぐ職場へ出ず、高校、大学へ進むものが増えているので、労働力人口の増加は63万人に止まった。しかし、工業、サービス業などの非農林業雇用者は101万人も増加した。これは農林業の就業者が63万人減少し、就業構造が変化しているためである。

 第2の特色は、学卒を除いても、新規求人に対する新規求職者の割合が前年度の1.17から、0.97となったことである。新規学卒者の不足は前からあったが、学卒以外でも求人超過となったのははじめてのことである。また、今までの例では、求人は景気回復期に増え、求職は景気の下降期に増えた。今回は、求人は増えたが、求職者の方は景気変動によって変化していない。これは、景気調整期中でも失業者の発生が少なく、景気の上下による求職者の変動が減ったためである。労働力不足経済の下では、中小企業が倒産しても、労働者は別の企業に就職口をみつけて移動する者が多いから、失業者の発生は少ない。

 第3に、製造業でわずかではあるが賃金上昇が労働生産性の上昇を上回っていることだ。あ年(暦年)の賃金上昇は名目で、10.3%であったが、生産性の上昇は9.4%であった。賃金が生産性を上回って上昇することは、36年や37年にもみられたが、景気回復の年に、賃金コストが上がったのははじめてのことである。もっとも年間の推移でみると後半では生産性上昇が著しく賃金上昇を上回った。産業別の賃金コストの動きをみると、石油、鉄鋼等では低下したが、消費財関連産業では上昇したものが多い。

第22図 製造業生産性・賃金上昇率

好況感なき企業経営

 企業は、引き締め解除当時、売り上げについては、前回と同じように年率20%の増加を見込むという強気だったが、半年先の設備投資は2%増を見込むに止まっていた(日銀、「主要企業の短期経済観測」による)。ところが、景気回復が進むと、売り上げの実績は大体予想通りに達成され、操業度も38年7~9月以降急速に上昇した。一般機械、電気機械などは別として、多くの業種で、38年後半から再び投資意欲が強まっている。このようにわずか1年で企業の投資態度が変わった理由は何であるか。

 第1は、 第23図 にみるように、売上高純利益率の落ち込みが従来ほど大きくなく、調整期間中も比較的不況感に乏しかった。

第23図 売上高純利益率・総資本純利益率・総資本回転率(製造業)の推移

 第2は、企業が借りだめをして、現預金を増加させたことである。

 景気回復の初期においては、企業は投資に慎重であったが、銀行借り入れについては積極的な態度をとった。強気の売り上げ予想が実現され、操業度も急速な上昇を遂げてみると、先行きに対する態度も積極的になってきた。

 第3に、賃金費用が高まり、労働分配率(法人企業統計による 人件費比率/(営業利益率+人件費比率))が上がってきたため、設備投資を増やして労働生産性を引き上げていく必要が生じたことである。労働分配率は普通不況期に上がり、景気回復期には下がるが、昭和38年には 第24図 に示すように、回復期にもかかわらず上昇した。企業は資本費負担も増え、労働の分配率も高まって、利潤部分が相対的に減るから、好況感は乏しかったが、それにもかかわらず、賃金コストを下げるためには投資の増大を必要とする事情があった。こういった傾向は中小企業に特に強く現れた。中小企業では、景気の上昇過程で、企業の倒産が増えながら、一方で設備投資の増加したのが今回の大きな特色である。東京商工興信所調べによる企業の倒産件数をみると、調整期の37年には1,779件に達したが、38年7~12月には再び1,958件、39年1~4月には2,086件(いずれも年率換算)と37年の水準をこえる増加を示した。倒産は金融機関からの借り入れは比較的容易であったにもかかわらず増加したが、これには従来のような景気の影響や、放漫経営によるものが多いがその背景には労働力不足で経営が困難になるという事情もあった。

第24図 労働分配率の推移(製造業)

 日銀調べ、「中小企業業況予測調査」によれば、経営上のあい路の約5割が人手不足や人件費の増加に基づくとしている。

 また中小企業金融公庫の調べによると、売上高純利益率が低下した理由の約4割は、賃金コストの増大であった。コスト圧力の増大から企業収益が低下し、業績不振をまねいている企業が最近目立って増えている。

 大蔵省調べ、「法人企業統計」によれば、38年の設備投資は、大企業の6%減に比べ、中小企業が34%増加しているが、これは労働生産性をあげてコスト圧力を軽減するための投資意欲が、中小企業で特に根強かったことを示している。

やや落ち着いた消費者物価

 景気変動に伴って、物価が激しく変動するのが、これまでの日本の特色だった。しかし今回は、引き締め解除(37年10月)からピーク(38年11月)までの13月間に、工業品(除食料品)の卸売物価は、33年10月~34年11月の8.5%に比べ3.1%と緩やかな上昇率に留まった。

 粗糖・羊毛・小麦など国際商品の急騰で、輸入素材と食料品は騰貴したが、工業品物価全体は比較的落ち着いた動きを示していた。

 その理由の第1は、貿易自由化が進んで競争が激しくなっていることだ。

 第2は、粗鋼、綿糸、そ毛糸、人絹糸、上質紙、クラフト紙では次々に操短が緩和されるなど、全般的に生産能力に余裕があったことである。卸売物価は11月をピークに反落に向かい5月までの半年間に2.6%の下落となった。これは、前回の2.4%と大体同様である。

 一方消費者物価は、38年度の対前年度上昇率は6.6%で、36度年の6.2%、37年度の6.7%に引き続き、3年間6%以上の上昇をした。

 しかし年度中の動きをみると、37年度下期中5.8%上昇、38年度上期中3.1%上昇、下期中0.2%下落とだんだんおさまっている。下期に、半年間、消費者物価は落ち着いたがこれは、33年の下期以来のことである。これには、暖冬で出回り量の増えた野菜や冬物需要の減った衣料が値下がりしたことが影響している。もしこれらの値下がりがなければ、下期中2.5%上昇したことになる。

 しかし、この他にも消費者物価を落ち着かせる要因があった。それは、これまで上昇の1つの柱でもあった対個人サービスの一部に鈍化がみられたことである。洗濯代は36年度の16.5%から、37年度13.1%、38年度2.9%と次第に上昇率が鈍っている。理髪料、パーマの上昇は15.3%、9.6%となお高いが、それでも上昇率は以前よりも鈍っている。このうち洗濯代などでは、合理化が進みコストが低下していることも影響していると考えられる。

 また、これまでの消費者物価上昇のひとつの要因であった値上げムードも、39年1月にとられた公共料金の1年間据え置きの実施などによって、かなり沈静化してきたように思われる。

 38年度の消費者物価には一部でこうした安定化の動きもあるが、全体としての上昇基調が収まったとはみられない。

 季節商品の値下がりは一時的要因によるところが大きく、対個人サービスも、月謝、宿泊料などはかえって上昇しており、土地や建築費の値上がりの影響で家賃地代の騰貴も大きい。

 工業品でも、消費財では、賃金コストが上昇している。 第27図 に示すように、繊維・紙パルプ・皮革などの消費財の賃金コストは37年から急速に上昇しており、それは価格に転嫁されるおそれがある。

第25図 卸売物価と消費者物価の推移

第26図 特殊分類別消費者物価上昇率

第27図 製造業の賃金コスト推移

 このように、消費者物価は、再び燃え上がる危険性を含んでおり、警戒を必要とする要素が多い。


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