昭和38年

年次経済報告

先進国への道

経済企画庁


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新しい環境下の経済発展

社会資本の新しい展開

住宅難の現状とその背景

我が国住宅難の現状

 国民所得統計からみた1人当たり実行仙人消費女川は、昭和28年に戦前水準まで回復し、37年には更に約5割の同上を示している。特に耐久消費財、レジャー、衣料等の諸分野では消費革命といわれるほど量的質的な発展が著しいが、住宅の改善のみは依然立ち遅れている。

 都市における1人当たり使用畳数は35年においても3.69畳で、16年の3.74畳を下回る状態であり、住宅難世帯も戦後10余年を経過した33年においてなお228万世帯を数えており、その後も年宅地は解消されていない。

 我が国の住宅事情を欧州諸国と比較してみると、我が国では住宅不足戸数がかなり多く、居住面積ではかなり狭い。つまり住宅事情は欧州諸国よりもかなり悪い状態にあるといえる。例えば、国連に報告された1958年の住宅不足戸数(推定)をみると、我が国は欧州諸国より住む不足の数がかなり多いことがうかがわれるし、また1生当たり平均居住人員にしてもアメリカが0.7人と最も少なく、イギリス0.8人、西ドイツ、フランスが共に1人であり、最も過密であるイタリアでも1.3人であるが、我が国では住宅統計調査から推計すると室面積が狭いうえに1.4人とかなり多い。

 以上のように、今月においてなお化七難の状態が続いているのは、戦争被害の甚大であったこともさることながら、激増する住宅需要を住宅建設が補い得なかったことに基因している。最近では大都市における住宅需要がますます強まっているにもかかわらず、用地の取得が国難となり、地価の高騰によって建設費が急膨張するなど、住宅建設を妨げる要因が増大してきている。このため中低所得層の住宅難は深まるおそれがあり、国家公共資本による住宅建設の必要性は急激に高まってきている。以下これらの諸事情について分析を加えてみることにしよう。

激増する住宅需要

住宅困窮世帯と更新需要

 住宅の需要は複雑であるが、これを大きく3つの要素に区分できる。第一は非住宅居住、狭小過密、同居、老朽化宅等に居住している住宅難世帯が新たな住居を求めるものであり、第二は新世帯の形成または世帯分離による追加需要である。第三は世帯の移動による需要であり、労働力の流動化に伴う住宅需要である。

 まず、第一の現在の住宅難世帯であるが、これは客観的にみてその住居の状態が極めて低劣であると認められるものである。35年の「住宅需要調査」によれば、人口20万人以上の35都市における住宅難世帯は、87万戸で、その内訳は非住宅居住2万口、同席28万万、老朽住宅居住6万万、過密居住68万戸となっている。

 しかし、本人自ら住宅に困窮していると意識している世帯は上記に示されているような客観的基準から測定した年推知世帯をかなり上回っている。例えば上記調査によると住宅困窮世帯は185万世帯に達している。客観的住宅難に該当しなくとも主観的西窮を感じている世帯が多いのは、所得水準の上昇や子供の成長等によって狭さを感ずるようになるとか、あるいは住宅としてはよいが高家賃であるとか、立ち退きを要求されていること等のために新しい住宅を求める者が多いことによるものである。

 更に、現在においては客観的にも主観的にも住宅難でない世帯が近い将来においては、住宅困窮を感ずるようになるものに耐用年数をはるかに経過したような古い家の居住者がある。いわゆる住宅の更新需要である。33年の住宅調査によると、大正年代以前に建築したものが679万戸、昭和1~終戦時までが395万戸もあり、終戦向後のバラック建も多いので、住宅の更新需要は今後ますます多くなるものとみてよいであろう。

新世帯形成

 結婚または世帯分離による新世帯の形成のための住宅需要もかなり大きな比重を占めている。いうまでもなく新婚世帯形成は出生後25~30年のタイム・ラグを持って生ずる。従って現在ならびに今後の新婚世帯形成の推移は、これまでの出生数(男子)によって規定される。 第IV-2-1図 は各国について1875年以降の出生数の推移と、このカーブを単純に25年間並行移動させたカーブを描いたものである。この移動カーブをいちおう住宅需要圧力を示すものと考えると、現在の欧州諸国においては、人口(出生)的要因に基づく住宅崩壊圧力は大勢としててい減傾向にあるといえる。しかし我が国では、今後、1970年代までにかけて婚姻者数が出生数を上回り続けていくことが分かる。このため、我が国の新世帯形成による住宅需要は今後もかなり長期にわたって強い増勢を続けるものと思われる。更に重要なことは、需要の規模が著しく大きい点である。

第IV-2-1図 出生数と住宅需要圧力の推移

 試みに年齢別人口構成と婚姻率との関係から、1960年以降10年間における欧米先進諸国の新規世帯形成数を推算してみると、年平均にしてアメリカが、120万で最も多く、西ドイツ41万、イタリア32万、フランス、イギリスが共に26万となる。一方我が国の場合には35~40年が78万、40~45年が85万、45~50年が94万と今後約20年間にわたって欧州諸国の2~3倍の規模を持って増加し続けることが予想される。それと同時に、我が国の婚姻率が欧米諸国よりも高い点も考慮しなければならないであろう。

 最も、新世帯形成がそのまま住宅需要の増加となるわけではない。それは新婚世帯が親の世帯と同居するものが少なくないからである。戦前の大正9~昭15年においては世帯数の増加は婚姻数の4分の1程度に過ぎなかった。しかし、30~35年においては婚姻件数の81万件に対し普通世帯の増加は44万世帯と約5割を占めるようになっている。また、最近では単身者世帯が増加してきていることも見逃すわけにいかないであろう。それだけ戦後は世帯の分化が進んできているわけである。 第IV-2-2図 は我が国の世帯分布を外国と比べたものであるが、これでも分かるように我が国の世帯構造は多人数の複合世帯が多くを占めており、世帯の細分化傾向は今後とも続いていくものと予想されるので世帯形成による住宅需要の増勢は更に強まっていくものと考えられる。

第IV-2-2図 世帯人員別世帯数分布

住宅需要の大都市集中

 我が国の住宅需要は地域的にみると大都市ほど激しいことが特徴である。33年の住宅統計調査によると住宅難世帯の割合は郡部が8%であるのに比して東京都区部では23%を超えており、地域間の差異が著しい。その理由としては戦争被害による住宅難の改善がはかどらない間に人口の都市集中が急激に進んで追加需要が都市へ集中してきたからである。

 人口の都市集中は経済発展の必然的な方向であるが、30年以降の都市集中の速度はかなり強まっている。総増加人口の中の七大都府県への配分割合をみると、大正9~昭和25年は33%、昭和25~30年が67%、30~35年が96%と最近の都市集中の速度はかなり強まっている。しかも、これ等の都市集中人口の大部分は出生による自然増ではなく、就職、就学等の社会的増加であり、その多くは30歳未満の未婚者である。そのため出生の場合とは異なり、直ちに新世帯を形成するかあるいは短期間に世帯を形成して住宅需要者とし、表面化してくるので、それだけ大都市における住宅需要を急増させている。

 なお、この外に求人難のために中小企業が労働者を確保するための住宅需要、石炭金属鉱山等からの中高齢層離職者が大都市に再就職するための住宅需要等労働力流動化のための住宅需要も増大してきている。

住宅建設の現状とその阻害要因

持ち家建設の比重低下

 住宅需要の急増に対応して住宅建設も増勢をたどっている。住宅難世帯の最近の推移をみるとわずかながら減少を続けているので、住宅建設は住宅の追加照度を幾分上回っているものとみられる。しかし、その追加需要を上回る供給はあまり大きなものでもなく、最近では地価の高騰による建設費の膨張等で住宅難問題の解決に大きな障害が生じている。それは一方において自力建設もしくは住宅金融公庫融資による持ち家建設を困難にすると共に、他方では高家賃の部屋貸し木造アパートのような狭小な民間貸家貸し間の増大をもたらしている。

 戦後の住宅建設を所有形態別にみると、30年ごろまでは持ち家建設が中心で304でも建設数の約66%を占めていたが、その後次第にその比重が低下し、37年の建設数では5割を下回るようになってきている。

 持ち家建設の比重が低下してきたのは、主として次の理由によるものである。第一は自力で住宅建築が可能な者はこれまでにかなり建設が進み、住宅難階府が自力建設の困難な中低所得層に集中してきていることである。第二は地価及び建築費の高騰が激しく自宅建設を目標に貯蓄をしてきた者でも自力建設が難しくなってきたからである。

 最も持ち家建設を望む者は現在においても少ない割合ではないが、持ち家建設の困難化に伴い次第にその比重は低下している。住宅金融公庫の申し込み者の倍率も30年当時の5.7倍から37年の4.3倍に低下している。

 現在東京都区部及びその周辺において新たに土地を取得し、住宅公雌の標準規模程度の住宅を建設するためには住宅公庫の融資を利用しても100万円以上の手元金が必要である。しかし、現在の住宅公店の申し込み者(全国)の大部分は月収2.5万~4.5万円の中低所得層であるから、その手元金の調達や融資金の償還等は大きな負担となっている。総理府統計局の貯蓄動向調査によると月収2.5万~4.5万円の階層で貯蓄保有額が100万円を超えるものは3%に過ぎない。

 このように持ち家建設を困難化してきているのは建設費が膨張して所得に対する持ち家建設費の倍率が非常に高くなってきているからである。試みにアメリカの住宅センサスによって年収所得に対する自家建設費の倍率をみると、平均2.4倍である。これに対し我が国は自力建設住宅実態調査による最近1年以内の用地取得者について推計してみると、1961年の七大都府県では3.3倍、東京都区部では5.0倍に達している。

第IV-2-1表 新設住宅の所有関係別戸数と構成比

民間貸家の増大と家賃の高騰

 持ち家建設の困難さが加わるにしたがい、住宅難世帯は借家によって住宅難を解決しようとする者が増加してくる。特に比較的低家賃の政府施策による公営、公団の入居希望へ集中してくる。建設省の住宅需要調査においても、借家希望の大部分は公営公団住宅入居によって住宅困窮を解決しようとしている。しかし公営公団住宅洋も建設資金の制約と建設単価の上昇で、30年の7万2千戸力hら37年の8万8千戸に増加しているに過ぎない。従って公営住宅の入居競争率は30年以降30~40倍であり、公民h入居者の競争率は32年の8倍から37年の53倍へと増加している。

第IV-2-2表 所得に対する建築費の割合の日米比較

第IV-2-3図 入居競争率

 このように政府施策による貸家への入居が困難なため、大部分の者は民間貸家を求めざるを得ない。しかし、普通理の貸家では建設刺の膨張のため家賃が─高額となり、現在の住宅難世帯や勤労者層にとっては到底その負担に堪えられない。そこで最近は建築単価の安い狭小な木造アパート式貸家建設が急増している。

 住宅形態をみると30年ごろは5大都市においてもアパート式貸家貸し間が、民間貸家(給与住宅を除く)の25%であったが35年には47%に増加している。1戸当たりの面積については最近時点建設のものは明らかでないが、25年7月以降の貸家は6.6坪であるから戦前(6~13年)の11.7坪に比べても著しく狭小化している。

 また、家賃の騰貴も著しい。総理府統計同の消費者物価(東京)は30年から36年までに16%の上昇であるが、家賃は96%上昇している。国際的にみても 第IV-2-3表 に示すようにフランス、イタリアを上回る際立った上昇を続けている。

第IV-2-3表 家賃上昇の国際比較

 特に前述したような新たに建築される民間貸家の上昇率は大きく、 第IV-2-4図 に示すように坪当たり実際家賃の上昇率は30年以降、男子労働者の賃金上昇を大きく上回るようになってきている。

第IV-2-4図 家賃と賃金

 現在の借り家借り間世帯の平均的家賃負担率は総理府統計あらし「家計調査」(東京都)の世帯では36年平均で消費支出の12%と戦前より若干低い状態にある。国際的にはアメリカ、スイス等の高所得国よりは低く、西ドイツ、フランス、イタリア等のヨーロッパ諸国に比べると若干高い程度である。現在の家門負担率(平均)が低いのは建設コストの安い時期に建設された家に永住している世帯の家賃が比較的安いことが反映しているためであって、婚姻・転居などのため新たに住宅を必要とする世帯にとっての家賃負担はかなり重い。例えば、東京都区部及びその周辺地区における木造アパートの家賃は6畳1間で6千円から9千円ぐらいが多く、その外に礼金を支払っているのが実情である。結婚適齢期にある者の所得水準から考えると新婚世帯がこれ等の民間貸家に入居する場合には所得の3─4割の家賃負担となるものと思われる。

 もともと家賃負担には限界を決めることは難しいが、東京都の世論調査では37年でも4,000─5,000円を限度とする者が大多数を占めているので、現在の民間貸家入居者の家賃負担は家計に対してかなりの圧迫となっているといい得る。

地価高騰とその要因

 このように住宅建設を阻害し家賃の高騰を招いているのは建設コストの上昇によるものであるが、その最大の要因は地価の高騰である。日本不動産研究所調べの市街地価格は30年以降も急激な上昇を続け37年には30年に対し6大都市市街地住宅用地で6倍に上昇している。特に郊外になるほど騰貴率は高い。このため住宅建設費に占める用地費の割合は急激に高まっている。自力建設実態調査から37年を推計すると六大都市では建設費総額の5割が用地質であり、東京都区部では7割が土地代である。また公団質質住宅においては建物が高層建築であるため用地費の割合は比較的低いが、それでも建設費増加分に占める用地費の割合は最近急激に高まっている。更に都営住宅においては建物の中高層化による用地面積の節約と比較的土地価格の安い遠隔地域への移動によって補っているが用地費の増加による建設費の膨張は逐年強まってきている。

第IV-2-5図 住宅建設費増加分の内訳

 地価の高騰は住宅建設を都心部から郊外へと外延的拡大を強める。東京都営住宅をとってみても、既成都市街地建設率は25年当時は83%を占めていたが、30年には65%、36年には40%と減少し、用地の大部分は農地となっている。

 こうした都市部からの外延的拡大は通勤の遠距離化をもたらし、通勤時間の長時間化と混雑とによるいわゆる交通難を激化させている。そして通勤者のエネルギー消耗をため余暇時間の減少を招くなど労働能率や労働力再生産に悪影響を与えている。

 このように国民生活の各部面に大きな影響を及ぼしている地価高騰はいかなる要因によるものであろうか。基本的には土地需要の増大に対し土地供給が追いつけないこと、つまり需給のアンバランスにあるが、そのことが投機的な土地需要を誘発し、更にアンバランスを強めてスパイラル的な高騰を引き起こしているのである。

 30年以降における土地需要の中では工業用地が大きな比重を占めている。すなわち30年以降の技術革新は工場ぐるみのイノべーションといわれ、大企業は近代化投資のために大量の工場用地を買収してきた。 第IV-2-4表 は用途別土地使用の実績であるが、これでも明らかなように工業用地は30年には全使用土地の7.5%であったが、36年には29.2%に拡大し、この間に10倍の増加をみている。非住宅の建設用地も17.5%から19%へと拡大し2.8倍の増加を示している。これに対し住宅用地は30年の48.0%から36年の29.7%へと大きく低下し、この間わずか1.6倍しか増加していない。更に30年から36年までに増加した土地使用面積6,300万坪のうち住宅用地は約1,140万坪、わずか18%しか使用されていない。これに対し工業用地にはその63%が使用されている。

第IV-2-4表 全国用地供給実績

 このように工業用地の需要が強く産業資本によって大きく購入されたため、住宅用地との競合が生じまず工業用地が高騰し、それが商業用地や住宅用地にも波及していったものと思われる。 第IV-2-6図 はこの関係を示している。

第IV-2-6図 地価・建築費・家賃の推移

 用地のための土地命要の他に、財産保全のため、あるいは価上りを見越した投機的上地情愛も少なくない。35年に内閣審議室が行った「宅地の需要に関する世諭調査」においても、土地入手後の建築予定が「5年後以降」「時期不明」「建築意思なし」が約30%を占めている。地価の持続的上昇が予想される限り投機的思惑的土地需要が増加することは避けられない。

 このような土地需要の増加に対し土地の供給も増加はしているが、土地需要に追いつけないのが現状である。最近の用地の供給をみると、既存宅地の利用は次的に減少し農地転用や山林からの造成の割合が大きくなってきている。宅地使用面積と農地から宅地への転用面積から推計すると30年ごろは住宅用地の38%が農地からの転用であったが37年には77%に拡大している。現在の宅地供給は民間の宅地造成業者、民間の自力調達、政府施策による計画供給によって行われているが、民間業者による造成は電鉄会社等を別とすると小規模なものが多く工事の程度や環境施設等充分なものは少ない。政府計画によるものは、住宅公団、住宅公風、地方公共団体等の土地造成が大部分を占めているが最近はかなり増加している。しかし、37年度においてもこれ等団体の造成による土地供給が充分なものといい難い。これは資金的な制約と売り惜しみ等の障害によるものである。従ってこれらの障害を取り除き適正価格で買収が可能となる措置を講じながら国家資金の大量投入により政府機関もしくは公共団体が農地の転用、山林の開発等により大規模な造成を行えば、大都市周辺においても宅地供給を大幅に増やすことは可能である。しかし今後の宅地造成は市街地の外延的拡大を一層進めることになるので、都市計画と密接な連係の下に、道路、ガス、上下水道、公共施設、交通機関の設置等を同時に行うことが重要である。また、単に既成市街地の外延的拡大のみでなく、衛生都市建設のための土地造成を図り人口の大都市集中を抑制することも土地価格抑制に有効であろう。

 なお、土地需給を改善するためには、既成市街地難物の中高層化を進めて土地利用の効率化を図ることもかなり効果があろう。特に終戦直後に建設された公営住宅の木造バラック式建物の改築等は積極的に進めることが住宅の質的同上を図る観点からも必要性が強い。


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