昭和38年

年次経済報告

先進国への道

経済企画庁


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新しい環境下の経済発展

経済構造の先進国化

流通過程における価格形成

 ここ数年来の消費者物価の上昇は、高度成長に基づく構造変化に深く根ざしたものといえるが、その一要因として流通機構の立ち遅れが指摘されている。一方最近では、いわゆる「流通革命」の胎動がクローズ・アップされており、流通機構の再編成がにわかに表面化してきている。以下流通過程の価格形成メカニズムの側面から最近における流通機構問題を掘り下げてみることにしよう。

小売価格の構造と流通コスト

小売価格の形成パターン

 消費財によって構成される小売物価は、生産財が大半を占める卸売物価とはかなり異なった価格形成が行われている。それは生産者と消費者の間を媒介する流通業者が幾重にも介在していることや商品それぞれの取引慣習など複雑な要素の絡んでいることが、大きく作用しているからである。ここでは供給構造や市場構造からみて類似する4つの商品グループに分けて、小売価格形成の態様をみることにしよう。

第III-4-1図 主要商品の流通経路

第III-4-2図 商品別流通マージン

生鮮食料品

 青果物、鮮魚、食肉などの生鮮食料品は、生産、消費単位が共に零細でしかも分散しているため産地には出荷組合または仲買人が、消費地には仲買人がそれぞれ介在し、流通機構を多段的にしている。中間距離の長いことは、それだけ流通コストなりマージンが累積されて小売価格を高める結果になる。野菜では小売価格に占める流通経費が50~70%にも達し、生産者の手取り分は30~50%にしか過ぎず、マージン率は、卸売り人10%(対卸価格)、仲買人5%前後、小売商30%前後といわれている。生鮮食料品の生産は自然条件に支配され、かつ貯蔵性に乏しいため、価格変動を激しくしている。そして生産者価格と卸売価格はほぼ同時的に動くが、小売価格になると比較的硬直化している。

 これは主として小売業者の零細性に基づく流通コストの割高に原因するものといえるが、小売りに限らず生鮮食料品の流通機齢は全体的に近代化が遅れ、取引面の不合理性が末端価格を押し上げていることは否定できない。

中小企業補品

 陶磁器、家具、がん具、洋傘、袋物といった日用品雑貨は、中小企業のうちでも零細な家内工業が大半を占めている。この分野では、問屋が生産者にたいし金融的、材料的援助を与え、下請け生産する問屋制支配がいまなお根強く残存しているので価格は問屋によって左右されている。

伝統的商品

 繊維品(天然、化学繊維)、医薬品などの伝統的満品の流通機構は、極めて複雑化している。繊維品についてみると、原糸から最終製品に至る多くの加工工程が分業化しているため、この間の加工業者を有機的に結ぶ商社、問屋の介入が必要となり、勢い流通径路も複雑多岐化せざるを得ないわけである。そして紡績業者は、取引慣習として、糸の売り放し方式をとっているので、加工段階ごとに関係するそれぞれの流通業者によって順次製品価格が決定されるしくみになっている。このため糸価が大幅に変動しても、それが小売価格にまで波及することなく、中間において吸収されてしまう場合が多い。

技術革新的商品

 天然、化学繊維と対照的なのが合成繊維である。合繊の場合は、指定商社を通じて織布業者に糸が流され、更に二、三次加工業者によって製品化されたものをメーカー・チョップ品として販売するシステムが採られている。ここでは加工流通段階がすべてメーカーの管理下におかれ、メーカーの意志が末端まで徹底できる体制が整備されている。また家庭電器では、量産化に伴い、流通パイプを太くする必要から、卸小売商の系列化を積極的におし進め、同時にメーカーの価格政策の浸透を図っている。このように量産型新製品では、流通機概の組織化により、リーダーシップを握るメーカーが再販売価格をコントロールしている。

 以上のグループのうち、生鮮食料品と中小企業商品は、生産者の力か弱く、また伝統的産品についても、メーカーの流通機構掌握が不十分のため、いずれも価格決定の主導梅が流通業者に帰属しており、このため流通マージンをためる結果になっている。これにたいし、技術中新的産地では流通機構の近代化が最も進んでおり、流通業者を系列化することによってメーカーの価格影響力が小売り段階にまで及んでいる。

流通コストの増大

 小売価格の構成要素は、これを次のように分解することができよう。

※図表※

 このうち小売価格に占める総流通費用は、小売価格から生産者価格を差し引いた分すなわち卸仕入原価、小売り仕入原価に対してそれぞれ付加された営業費と利益の合計に生産者価格の中に含まれる販売費を加えたものである。

 第III-4-1表 は法人企業統計により小売価格を100として、段階別に流通マージンの占める割合を試算したものである。これによれば、およその月やすとして、製造原価60、管理販売費9、生産者利益6、卸マージン6、小売りマージン19の構成比となる。30年以降のすう勢では、製造原価が減少傾向にあるのに対し、管理販売費と小売りマージンが増加傾向をたどっている。製造原価の低減は合理化効果の発現であり、一方管理販売村の増加はメーカー間の販売競争激化の影響とみることに異論はないであろう。また卸マージンがやや低下気味にあるのは、産業の重化学工業化に伴う卸の地位の低下(コミッション・マーチャント化)、業者数の増加による競争の激化などを反映したものと考えられる。しかし、ここでの問題の焦点は、小売りマージンの増加が果たして流通コストの増加によるものかどうかである。そこでまず製造業と商業の生産性と賃金の関係を対比してみることにしよう。 第III-4-3図 によれば、29~35年の6年間において、製造業の生産性は59.8%の大幅な上昇を示したが、小売業は41.7%、卸売業では26.4%の低位に留まっている。一方賃金をみると、製造業の賃金上月。カーブは一貫して生産性を下回っているのに対し、卸、小売業の賃金は共に生産性を上回る急騰を示している。このため合金コストは製造業の低下傾向に対し、卸、小売業は逆に上昇‐傾向にあって、両者のかい離が拡大している。

第III-4-1表 小売価格構成要素位の推移

第III-4-3図 製造業、卸小売業の生産性、賃金、賃金コストの変化率

 次に各種の経営指標を用いて最近の事情を更に細かく追ってみよう。まず 第III-4-4図 Aをみると、卸売業は34~36年のマージン率が低下傾向のなかにあって、35年まで営業利益率が上昇を示している。これは売上高の急増に伴う販売効率の上昇によるものであろう。ところが36年には、販売効率の上昇にもかかわらず営業利益率が低下しているのは、マージン率の若干の低下が影響しているにしても、主因は人件費増大による付加価値分配率の上昇にあるといえよう。小売業では34年まであまり変化はないが、34年から35年にかけて、マージン率、販売効率の好転により営業利益率が大幅に上昇している。しかし36年には販売効率の上昇基調のなかで営業利益率が低下している。これは卸売業と同様に人件我の圧迫から付加価値分配率の上昇をまねいたからだといえよう。次に 第III-4-4図 Bにより収益性動向をみると、37年には卸売業のマージン率の微増にもかかわらず、人件費、固定資本の増大によって経営資本営業利益率は低下している。またマージン率に対する営業弾比率の比例的増加により、マージンの増加分は相殺されている。小売業では収益性に大きな変化はないにしても、油&回転率の上昇が月だっている。商品回転率の急上昇にもかかわらず営業費、資本効率が横ばいで、しかも営業利益率が変わらないことは、実質的には経費増を意味しよう。

第III-4-4図 卸、小売業の経営指標

 以上の資料は比較的規模の大きいところを対象にしているが、数の上で圧倒的比事を占める零細な個人商業の状況についてみれば、 第III-4-5図 の通りである。ここでも賃金の上昇側回が顕著な反面、生産性の伸びが緩やかなため、賃金コストの上昇が明らかに推定できる。一方、個人業主所得に相当する営業利益も増加しているが、これは生業に近い零細業者では一般の賃金水準上昇に並行してその引き上げを図るようになってきたからであり、需要増加による価格上昇がこれを可能にしたといえよう。

第III-4-5図 個人企業(商業)の経営指標

 以上のように、賃金上昇を生産性上昇によって吸収し得ず、賃金コストの上昇圧力が増大していることは、製造業のような資本設備をもたず、労働依存度の大きい卸、小売業の流通コストを。高めていることはいうまでもない。説明するまでもなく、このような商業部門における急テンポの賃金上昇は、高度成長下の労働力不足を契機に、これまでの低賃金を是正して製造業との賃金格差を縮めようと図ったことからひき起こされたものである。ただいままでのところ、このような賃金・所得の改善に基づく流通コストの増大は、消費需要の堅調に支えられて、比較的これを価格上昇に転嫁しやすい経済環境にあったといえるであろう。

変容する流通機構

「流通革命」の展開

 前項では主として30年以降の産業部門における賃金上昇圧力と流通コスト増大の事情についてみたのであるが、いまや我が国の流通機構は全体的な構造変化の波に洗われて、激励期を迎えようとしている。流通環境の変化は、第一には、労働市場の変化である。高度成長は人手不足経済へと移行させたが、特に新規学卒者を中心とする労働補給が窮屈になってきた。このため従来過剰労働力と低賃金に依存し労働条件の劣る商業部門では求人難が─きわ深刻化している。第二には、生産面の変化である。生産水準の飛躍的な上昇と共にオートメーション化による大量生産体制の整備により、規格化された商品が大量に市場へ送りこまれ、一方新製品の創出やモデル・チェンジなどにより産品のライフサイクルを著しく短縮化している。このため、メーカーのマーケティングに対する関心が急激に高められてきている。第三には、消費面の変化である。それは所得水準の上昇と消費パターンの変化により、いわゆる生活中新が促進され、消費の生産依存効果とも相まって、工業消費財の大量消費の素地をつくったことである。この他マスコミの発達、人口の都市集中など社会的条件の変化も見落とせない。このような流通環境の変化は、停滞した流通機構を大きくゆさぶり、流通の効率化、近代化により大量生産、大量消費への適応を追っている。 第III-4-2表 にみられるように、経済成長の過程で商業部門においても非常に緩慢ながら集中化の方向に進み、既に変化の兆しが現れつつあった。ところがここ2、3年来、スーパー・マーケット、スーパー・ストアといった新しい形態の大型小売店舗が出現し、急速な勢いで伸びており、流通機構全般に竹的な変化を及ぼし始めている。こうした大型小売店舗の登場は、生産面における量産化、規格化と消費面における大衆消費市場の形成を背景にしているわけであるが、それは系列化によるメーカーの流通過程への進出と共に、いわゆる「流通中命」の始動を示唆している。

第III-4-2表 従業者規模別商店数構成比の推移

第III-4-3表 大型販売店の設立年別店舗数

「流通革命」の経済的効果

 「流通革命」の持つ意義は、流通径路の短縮化と流通業者の大型化にある。つまり流通パイプを太く短くすることにより大量流通を可能にする点にあるといえよう。こうした「流通革命」の担い手となっているのがスーパー・マーケットに代表される大型小売店である。次にこれら大型小売店の経営の特色をみよう。 第III-4-6図 をみると、スーパー・マーケット、スーパー・ストア、スーパー・レットの大型小売店は、一般小売店や百貨店に比べて売上高総利益率(マージン率)が薄いにもかかわらず、人件費率、営業経費率の低いことによって、純利益率ではむしろ高くなっている。更に 第III-4-4表 により年商1億円以上のスーパー・マーケットの販売状況についてみると、1店当たり年間売上高は平均3億円強、1日当たり平均購買客数は3,000人を超えているが、平均客単価は290円と低い。1坪当たり平均年間売り上げ幅は168万円で小売り平均の976千円を約6割上回っており、従業員1人当たり年間売上高でも513万円と小売り平均を約3割上回っている。このように大型販売店が低マージンでもなおかつ高い経営効率を上げている理由は、現金仕入に基づく仕入原価の引き下げと高い商品回転率及びセルフ・サービス方式による人件費の節約に求められる。特に近代的な計数管理の導入と共に、セルフ・サービス方式が大量販売経営を支える大きな柱となっている。

第III-4-6図 一般小売店とスーパー店の経営指標の比較

第III-4-4表 スーパー・マーケットの販売概況

 既に明らかにされたように、一般小売店では最近の雇用充足難からくる人件費高に悩まされているが、それは対面販売や戸別配送など人的依存の販売方法が賃金費用の増高を避けがたくしているからである。これに対し大型販売店では、極度のサービス圧縮により人件費負担の軽減を図り廉価販売を可能にしている。このことは、小売価格形成において全く新しい要素の芽ほえを意味するが、それは小売業者の経営合理化を促進し、更に競争手段をサービスから価格中心にかえることによって硬直的な傾向にある小売価格を伸縮的にする効果を持つ。在来流通機構の体質改善と共に、こうした価格引き下げ効果こそ「流通市命」の持つ大きなメリットといえよう。

 いま消費者物価指数に占める一般小売店と大型小売店のマージンを試算してみると、 第III-4-5表 の通りである。これによれば、一般小売店の平均マージン率が22%であるのに対し大型小売店のそれは17.4%を上めており、小売り全体が合理化されて大型販売店並の販売効率を上げ得たと単純に仮定した、場合、消費者物価指数の総ウェイト10、0皿のうち235.9、つまり2.4%のマージンが節約できることを示している。最も大型小売店じたい現状ではまだ生成期にあるので経営基盤が動揺しており、今後合理化すべき余地が多く残されているといえよう。

第III-4-5表 消費者物価に占めるマージン

むすび

 以上、価格形成過程から眺めた最近の我が国流通機構は、一般的傾向として賃金コスト上昇に伴う流通コスト増大の反面新しいタイプの大型小売店の出現により、価格引き上げとこれをけん制する2つの要因の交錯しあっている現状にあることが分かった。ところで労働力需給の引き締まり傾向は、今後ますます強まることが予想されている。労働力不足が恒常化すれば商業部門への労働力流入はかなり制限され、賃金上昇圧力は持続するものとみなければならない。しかし、小規模卸、小売業の生産性上昇は、ある程度は可能にしても技術的に限界がある。そうだとすれは、この賃金と生産性のギャップは物価上昇によって埋め合わせられることになる。物価上昇を避けるためには、生産性の高い大規模販売業者の拡大により平均生産性の上方シフトを図ること、つまり商業構造の高度化がどうしても必要になってくる。既に流通構造は変革期に入っており、次第にテンポを速めつつあるが、一方これに対する摩擦と抵抗の増大している間のあることも見逃せない。もちろん零細商業者の不安を除去する配慮も必要ではあるが、流通機構近代化の課題は、いまや国民経済の見地から推進する時期にきているというべきであろう。


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