昭和38年

年次経済報告

先進国への道

経済企画庁


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新しい環境下の経済発展

経済構造の先進国化

脱皮を迫られる中小企業

成長過程に現れた中小企業の地位の変化

 日本経済の高成長過程で中小企業も目覚ましい成長を遂げ、高成長を支えるうえで果たした役割も大きかった。しかしながら大企業と比較すると、 第III-3-1図 中小企業と大企業の発展 に示すように33年なさかいに中小企業の出荷は総額においても、また1人あたりの出荷額でも大企業との開きが目立ち初めている。もちろんこの間にそれまで中小企業であったものが、大企業へと上向移動を遂げたことや、新しい大企業の出現があったことなどを無視することはできないが、大企業の急速な出荷額増加により、これまで50%以上を占めていた中小企業の比重は35年には50%をわり、続いて36年には46%台へと低下を示している。

第III-3-1図 中小企業と大企業の発展

 このような中小企業の地位の変化は成長業種と停滞業種、あるいはまた重化学工業と軽工業に大別してみると 第III-3-1表 にみるように両者の間にはかなり特徴的な変化がみられる。例えば30年から35年の5ヶ年間に中小企業の出荷額比率は成長業種では46%から34%へ重化学工業では39%から34%へと、それぞれ低下を示しているが、逆に停滞業種では68%から73%へ高まり、軽工業では67%とほとんど変化を示していない。

第III-3-1表 中小企業の地位の変化

 これは第1には成長業種及び重化学工業では高成長過程において大企業は活発な投資を行い著しい生産の増加を示したが、停滞業種及び軽工業では大企業の発展がそれほどでもなく、中小企業と大企業はほぼ同じような成長を遂げたことと、的2は成長業種、重化学工業では停滞業種、軽工業よりも中小企業の規模拡大による大企業への上向移動が著しく、従ってそれだけ成長業種、重化学工業では大企業の出荷額が増加したことなどが原因となっている。

 更にこの5ヶ年間に付加価値額増加に対する業種別、規模別の寄与率、つまり産業発展に対する貢献度合いをみると 第III-3-2表 に示すように中小企業は43%と大企業の57%を下回っている。これは産業構造の重化学工業化の過程で、特に機械、鉄鋼、化学などの重化学工業部門における1,000人以上の大企業の著しい発展が差異をもたらしたためである。

第III-3-2表 30~50年の粗付加価値増加に対する寄与率

 中小企業のみについてみると重化学工業と軽工業ではほぼ同程度の寄与率を示している。中小企業を更に規模別にみると重化学工業では上位層ほど寄与率が高く、逆に軽工業では下位層の寄与率がやや高い。このことは成長著しい重化学工業では中小企業の下位層より上位層の発展が高く、停滞的であった軽工業では小規模でも同じような発展を示したことを意味している。

 このように高成長下における産業欄他の変化のなかで、中小企業は業種、規模によって、その他位はかなり変化を示しているが、特徴的な点は、9人以下の零細企業の比重の低下である。これらの零細企業は車化学工業、軽工業の別なくその他位は低下し、全出荷額に占める比重は30年の8.0%から35年には5.0%へと低下し、また事業所も76.6%から70.9%に、従業員数も20.0%から14.6%へとそれぞれ低下している。しかしながらこの零細企業の事業所数、従業貝数を先進国に比べると、 第III-3-2図 に示すように依然としてかなり高い比重を持っていることが注目される。

第III-3-2図 規模別事業所数従業員数構成の国際比較

近代化のたち遅れ

依然著しい生産性格差

 高成長過程で中小企業の地位はかなり変化を示しているが、同時にこの成長過程で注目されるのは大企業と中小企業の賃金格差の縮小である。高成長に伴う労働力稿暖の増大から中小企業の労働力の不足は、次第に深刻化の様相を呈し始めた。このため中小企業でも賃金の引き上げが活発に行われるようになり、34年をさかいに大企業と中小企業との賃金格差は縮小の方向をたどり始めた。しかしながら、その背景をなしている付加価価生産性(一人あたり純付加価値生産額)をみると、それほど縮小を示していない。例えば中小企業の下位層である30~49人層をとって、1,000人以上の大企業と比較すると、 第III-3-3表 に示すように、31年から36年にかけて賃金格差は44.7%から55.0%へと縮小しているが、付加価値生産性格差は38.0%から39.4%へとわずかな縮小に留まっている。このように賃金格差が縮小し、他方、生産性格差がほとんど不変のままであることは分配率(現金給与額/純付加価値額)の差となって現れている。つまり、中小企業では賃金の引き上げにより分配は依然高い水準を維持せざるを得なかったが、大企業では賃金の引き上げを行いながらも逆に分配率そのものを低下させている。この結果、火企業では‐小企業よりも高い剰余率(1─分配率)を更に高めている。

第III-3-3表 中小企業と大企業の賃金・生産性格差と分配率の推移

 いま、1,000人以上の企業を100とした製造業の賃金及び付加価値生産性格差の国際比較を行ってみると、 第III-3-3図 に示すように、我が国の賃金格差は、ここ数年来縮小を示しているものの、規模別格差の傾斜は先進国に比べてはるかに著しい。1,000人以上の大企業に対して、我が国の賃金格差(1960年)は4~9人層で実に33、付加価価生産性格差は24であるが、アメリカでは(1958年)3~9人層で、賃金格差は67、付加価値生産性は、70に過ぎない。更に中小企業の中位層である60~99人層の賃金格差を比較すると、アメリカの74、西ドイツの81、フランスの79に対して、我が国では54とかなりの開きを示している。

第III-3-3図 賃金および付加価値生産性格差の国際比較

低い資本装備率

 経済の構成長下に伴う労働需給の変化や、貿易自由化の過渡などにより中小企業は盛んな近代化な欲を水し、新しい機械や新しい技術が導入され初めている。プラスチック加工における自動射出機、ネジにおけるコールドヘッダー、メリヤスにおける自動丸編み機、紙器における高速打抜機、陶磁器におけるトンネル窯などその一例である。そのうちでも設備近代化の目立つのは、業種的には機械、合繊織物、プラスチック加工などの成長業種、規模別には中小企業の上位層、業態別には系列化された下請け中小機械工業である。成長業種では持続的な好収益が設備近代化の促進要因として働き、上位届では小・零細企業に比べて資金調達力にまさる条件を備えている。また系列下請け中小機械工業では親企業の資金援助、技術指導を受けながら、量産体制、品質向上、コスト切り下げのための設備近代化を進めてきた。

 しかしながら、中小企業全体についてみると設備近代化は大企業に比べてかなり立ち遅れている。設備近代化の1つの指標である1人あたりの有形固定資産残高、すなわち、資本装備窓をみると、 第III-3-4図 に示すように中小企業は大企業に比べてかなり低い。たとえ0よ35年における1,000人以上の大企業の資本装備率が836千円であるのに対して30~49人の中小企業ではその21%の180千円に留まり、大きな開きを示している。

 この資本装備率と付加価値生産性は 第III-3-4図 でもあきらかなようにかなり高い相関関係を示しており、付加価値生産性を増大させるためには資本装備率を高める必要があることを示している。

第III-3-4図 資本装備率と付加価値生産性の関係(製造業)

 最近における中小企業の資本装備率をみると、活発な投資活動の結果、大企業と資本装備率の格差は縮小を示し、例えば1,000人以上の大企業と30~49人層の中小企業の資本装備率の格差は31年の11%から35年には46%へと縮小を示している。しかしながら 第III-3-4表 に示すように、業種別にみるとかなり相違がみられる、重化学工業においては中小企業の資本器横もかなり進み、大企業との格差の縮小がみられるが、軽工業ではむしろ逆に資本装備率の格差は拡大を示していることが注目される。

第III-3-4表 大企業と中小企業の資本装備率格差

近代化を阻む諸要因

 中小企業の近代化を阻害し、困難なら占める諸要因を挙げると、第1は資本蓄積力の低さである。設備近代化資金の前提となる剰余率、自己蓄積効率などの資本の再生産能力をみると 第III-3-5表 に示すように中小企業は大企業に比較してかなり低い。設備資金調達の構成比(36年度)を中小企業金融公庫の調べによると、中小企業の自己資金は大企業の32.6%と同率であるが、資本及び社債市場よりの調達力が乏しいため、増資、社債の比率は大企業の26.6%と5.5%に対して7.4%と0.1%に留まり、それだけ金融機関からの借入金構成比率は59.1%と大企業の34.0%を上回っている。しかしながら自己資本及び充。b事に対する長期借入金の比率は 第III-3-5表 にみるように極めて低い水準にあり設備資金調達面で中小企業はかなり劣っていることを示している。更に資本蓄積の他の源泉である減価償却についてみると、 第III-3-6表 に示すように特別償却は中小企業は大企業に比べて低い比率を示している。大企業は特別償却制度の恩典を受けやすいが中小企業、特に下請け企業の場合その通用を受けられない場合が多い。

第III-3-5表 規模別の資本再生産能力および長期借入金比率(36年)

第III-3-6表 減価償却中の特別償却の比率

 第2は中小企業の経営を圧迫し、不安定性をもたらすいくつかの作用である。中小企業は相互間の激しい競争と、大企業の生産力の増大、更には下請け中小企業では親企業の受注単価切り下げの要請をたえず受けている。もちろんこれらは反面では中小企業の近代化を促進する要因になっているが、むしろ過当競争、受注単価の切り下げは近代化のための資本蓄積のマイナス要因として働いている例がみられる。

 更に中小企業に対する景気調整の影響は漸次軽微になっているとはいえ、景気変動に伴う経営の不安定性は景気後退過程における金融機関の選別融資の強化、親企業の決済条件の悪化など、そのしわ寄せはぬけきれていないことも見落とせない点であろう。

 第3は労働力の問題である。経営内的には技術者の不足は熟練工員、若年労働力の不足と共に中小企業において深刻化している。生産技術向上のうえでこれら従業員の果たす役割は大きいが単なる量的な確保の面ばかりでなく、大企業ほど質的向上の機会が恵まれていない既に就業している技術者の問題や、更には中小企業経営管理者の管理能力の問題がある。また、経営外的には依然構い比重をもち中小企業の約4分の1に達する小零細加工業と、約20万世帯の家内工業の存在である。賃金の上昇により労働集約的性格の強い中小企業の存立基盤は漸次ゆるぎ初めているが、一部には設備近代化よりも、存在する比較的低い賃金労働力を活用しようとする態度が根強く残っている。このため中小企業でも2次、3次下請け加工業者の利用、あるいは家内労働力の積極的な活用などが図られているが、それらは反面では中小企業の近代化を阻害する要素として働いている。

近代化の要請その方向と問題点

 中小企業の近代化の要請はますます強まっているが、その1つは労働事情の急速なる変化である。規模別賃金格差の縮小傾向はその端的な反映であり、それま日本経済の二重構造解消への歩みとして望ましいが、それはまた低賃金労働力の利用から脱却し、労働節約的な設備の近代化を進めなければならない大きな要因として働いている。第2は貿易・為替の自由化という封鎖的経済から開放経済への条件の変化である。既に自由化の影響は直接的には消費財関連の一部中小企業に現れ初めている。また間接的には自動車・重電機のように親企業の自由化対策によりその影響は下請け中小機械工業に波及している。第3は中小企業、大企業側の諸格差の存在が、産業発展の制約要因として働きだしていることである。下請け中小企業の技術水準、生産性の低さは単に親企業との関係に留まらず、産業全体の発展な阻害し、ひいては国際競争力のマイナス要因となってきている。第4は物価安定上からの要請である。特に消費財関連産業の近代化、合理化は物価安定のうえからますます重要となってきたが、これら中小企業の生産設備の近代化を図るばかりでなく流通機満の改善、整備を含めた広い意味での近代化が必要となってきた。

 このような諸要請から中小企業は近代化への脱皮が迫られているが、近代化の方向として、まず第1に必要なことは、中小企業、大企業の生産性格差の是正である。このため中小企業では新しい機械装置の導入、機械化などによる資本装備率の引き上げや、経営管理、技術水準の向上が必要になってきた。また工場の集団化、協同組合等の共同施設の活用などをより一個積極的に進めることも重要視されなければならない。更に飛躍的に生産性を向上するため、企業経営規模の適正化の見地に立ち企業の合同、合併なども考慮されなけれはならないであろう。

 第2は資本蓄積力の増大と効率的な利用である。中小企業の資本蓄積力の低さは既にみたとうりであるが、問題は蓄積力を高めるための方法とその効率的な利用の仕方である。蓄積方増大のためには税制その他施策の適切なる適用や、中小企業に対する投資の円滑化を図るための積極的な措置がとれなければならないが、これと同時に蓄積効率を高めるために中小企業の協業化を図る必要があろう。また効率的な利用の価では単に増産を月的とした生産設備から生産効率に重点をおいた設備投資を計画的に行う必要がある。

 第3は過度な競争の防止と取引の適正化である。中小企業の過度の競争による不当な価格の引き下げ、親企業と下請け中小企業間の公正をかく取引は中小企業経営の不安定性を増し、適正な利潤の確保、ひいては設備近代化を阻害する面が強い。このため未組織分野の組織化の推進、合理的な専門生産体制の確立、下請け関係の近代化による下請け取引の適正化などを図る必要があるが、これらはひとり中小企業者のみの問題に留まらず、そのための施策があわせ考慮されなければならない。

 日本経済の先進国化にあたって大きな課題の1つである二重構造の解消を推進しながら、日本経済の国際競争力を高めるために、中小企業の近代化、生産性の向上を図ることは極めて重要であるが、近代化の過程には多くの問題がある。例えば、競争力の乏しい中小企業が設備近代化をいそぐあまり、借り入れ依存度を増し、金利負担の増大、資本の固定化など経営の弾力性をそこなう面がないとはいえない。また最近の賃金の上昇に対してどのように対処し、経営の安定を図りながら近代化を進めるか。更には大企業と可小企業間の生産力及び近代化の不均衡性とそれに伴う競争の激化の問題や、停滞ないし衰退的産業における中小企業と、等閑視することのできない先進国に比べて高い比重を持つ小零細企業の問題などがある。ともあれ、先進国への道をあゆむ我が国にとって中小企業問題はますますごろ要であり、そのために中小企業の実情に即応した適切な施策が積極的に講ぜられることが必要である。


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