昭和38年

年次経済報告

先進国への道

経済企画庁


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新しい環境下の経済発展

経済構造の先進国化

農業近代化の条件

低い国際競争力とその要因

 我が国の農産物関係物資の輸入量は、近年かなりの増加を示している。主な農産物のうち、30年ごろまでは主要食料輸入の比重が比較的に高かったが、国内生産の高まりにつれて漸減し、そのかわりにトウモロコシ、大豆等の原料的農産物や、需要増加の大きい脱脂粉乳、チーズ、牛肉等が著しく増大し、なかには小麦、大豆、脱脂粉乳、トウモロコシ等、既に国内生産量を大幅に上回る量が輸入されているものさえある。

第III-2-1表 主要農産物の輸入

 これら主要農産物価格の国際比較をCIF価格と国内生産者ないし卸売価格とで示したのが 第III-2-2表 である。もとより価格の比較には品質差や流通段階等の問題がある上に、特にCIF価格の場合には各国の輸出補助等の問題もあるので、これを持って直ちに価格競争力をうんぬんできないが一応の目安にはなりうると思われる。

第III-2-2表 主要農産物の国内産価格と輸入価格の比較

 本表によると、国内産の方がチーズ、バターで2~3倍高、肉類6~8割高、小麦5割、米3割、トウモロコシ1割高である。牛乳生産者価格の国別比較をすると、わがくには酪農先進国であるデンマーク、ニュージランド、オーストラリアなどよりは若干割高であるが、西ドイツ、イタリア、アメリカとは同程度か若干割安になっている。

 おしなべて、国際商品農産物としての我が国主要農産物の国際競争力は相当低いといってさしつかえないであろう。それは生産力の低さに現れている。例えばアメリカとの比較では、lha当たり投下労働量は、我が国の方が小麦で約110倍、米46倍、牛1頭当では約7倍の多きに達している。

 競争力の低い理由には、技術の遅れ、資本装備の低さ、流通加工過程の低生産性等々のこともあるが、1生理単位の経営規模があまりにも零細なこともある。

 例えば、各国の一経営当たり平均農用地面積をみると、日本の約lhaに対し、アメリカ118ha、デンマーク16ha、オランダ7ha、西ドイツ8ha、イタリア5haである。

 いうまでもなく、経常襲用地面積の大小の持つ意味は、作る農産物によっても、また経常方法等によっても異なるが、我が国にとって主要な国際的商品農産物である穀類、畜産物では、農用地の大小が他の農産物生産に比べその経済性を規制している度合いが大きいだけに、日本農業の零細さは、経営方式、技術の遅れともなり、それだけ生産力の低さを示すことになろう。

 日本農業が国際的な水準に近づくためには、技術の革新、資本の増設等必要なことはいうまでもないが、あまりにも零細な経営規模の拡大が必要である。ここではその1つの問題として経営規模拡大のための土地のことを扱ってみたい。

第III-2-3表 世界主要国における単位面積(または乳牛1頭)当り平均投入労働日数

 問題の足がかりとして、まず現状を把握するために経営規模の拡大の方向を指向する上向発展層の動向をとらえ、より上向するための若干の土地の問題点を指摘しよう。

上向発展層の動向

 上向発展層の動向を最も正確に示すものは、農民層分化、分解の指標である。近年の分化、分解は、農家人口のかつてない激しい流出を契機にして行われているのが特色である。

人口流出と2つの波紋

 農家人口の流出は極めて激しい。33年の農家人口減少数は38万人、減少率は1%であったが、その後漸次増大し、36年には減少数72万人、減少率2%の多きに達した。農業就業者の減少も健家人口同様に激しく、33年の10万人の減から36年には21万人の減となり、農業就業者数は農林省推計によれば33年の1,404万人から36年には1,303万人となった。

 この人口減は、主に農家の新卒者あるいは34歳以下の若い働き手が、非農業へ就職するためのものである。その結果、農家人口構成は老齢婦女子化いた人手不足さえ生ずるに至り、農業日雇い労賃は年率2割以上の上昇率さえ示している。

 人口流出、人手不足、日雇い労賃の上昇という1つの流れは、農業経営に大きな影響を及ぼした。それは経営が、手労働による家族労作経営であっただけにその影響が多方面に渡り、また大きかったといえる。

 その波紋はいろいろの方向に描かれているが、主な流れは、(1)つは人手不足と労賃上昇によって、農家として農業経営の比重を相対的に縮小し、兼業化をより深化しようとする方向である。(2)は人手不足、労賃上昇を契機にしてこれを克服するために機械化したり、協業方式をとり入れるなど、経営の仕方を変え、生産力を間めていこうとする方向である。

3つの農民層の流れ

 農民層の分化、分解は、大別すると3つの流れに分けられる。(1)つは脱農家の増加、(2)第2種兼業農家、(3)2の増加町以上層の増加である。

増大する脱農家

 農家口数の最近の減少数については、確定的な数値はないが、一応の目安として35年2月と36年12月調査とを比較すると、総戸数で、この1年8ヶ月間に約16万戸減少している。この減少数は両調査の方法等が異なるためにその絶対数をうんぬんすることはできないが、外の資料等によって補完して考えると、従来の年間平均千戸の減少数をはるかに上回る数値であることだけ果たしかである。

 脱農家したものの約90%は5反未満の零細兼業農家で、「兼業に専念する」ことを動機として脱農家しているものが最も多い。

第2種兼農家の増加

 兼業農家の増加は著しい。35年総農家数のうち兼業農家の割合は約66%であったが、36年には74%に達し、中でも2種兼業農家は32%から43%へと増加している。2種兼業農家は農家所得のうち79%が非農業所得である。その性格上 第III-2-4表 にみるごとく、専業農家に比べ、農業生産力は低く、また農業への投資も、短期間に回収できる流動的なものが多く、固定的農業投資は至って少ない。これらの点から考えると、2種兼業農家は将来日本農業の生産担当者となるのではなく、むしろ非農業からの収入を補完するための自家飯米確保の農業としての意味しか持たない農業関係者で、むしろ労働者に近い性格のものであろうといえよう。こうした農家が将来とも農業生産を行っていくことは、農民層の上向的展、農業の近代化にとって後に見るごとく重要な問題を投げかけている。

第III-2-4表 兼業農家の経済諸指標

増加する2町以上層

 2町以上層は 第III-2-5表 にみるごとくそれ以下層が停滞ないし減少しているのに、増加傾向を示している。この層は以下層に比し、農業への固定投資も多く、またその効率も良く、生産力水準は一般に高いなど、大きな経営の有利性を発砲している層である。

第III-2-5表 経営耕地規模別農家数

 2町以上層増加の内容を35年、36年12月調査の結果によってみると、 ① 増加戸数は約7千戸で、総農家数に比べるとわずかなものである。 ② 2町以上増加といっても、5町以上層は減少していて増加したのは2~5町層のみである。 ③ 2~5町層への増加は、5町以上層から下がったものもあるが、ほとんど1~2町から上昇したものである。

 5町以上層が減少したのは、庄内等の場合では、今までこれらの層が年雇いと馬耕を中心にした古い経営形態にあったのに、年雇いの減少によってその経営形態がくずれ、経営を縮小したことが大きな原因になっている。しかし現在なお経営を維持しているものは、機械化等によってその古い経営を改善しようとしているが、機械の効率に対する土地の狭さ、あるいは田植え、刈り取り等の機械化等でそれ以上層への上向には問題があるようである。

 ところで2~5町層増加の主要原泉となっている1~2町階層の分化の状態をみると、 第III-2-6表 のごとく2~5町へ上向するものの割合はごくわずかでほとんどは下降している。この中間層の多くが下降するのは一面からいうと当然のことでもあるが、上向するものが少ないのは、これらの層が資本の不足、あるいは土地を購入しようとしても土地を手放す人がいないこと、あるいは地価が収益に比し相対的に割高である事々の問題があるからである。庄内地域の調査でも経営規模拡大の希望は相当強いと見受けたが、それには農地を手放す人があること、価格が適正であること、土地購入資金の低利、長期融資という条、件が必要であるとのことである。

第III-2-6表 経営耕地規模別農家数相対表

 問題の性質は耕種農業の場合とは異なるが、酪農の場合には、大規模経営の有利性を発揮する方向に進んでいるが、健全な酪農を育成するのには草地の造成による飼料基盤の拡充が資金問題等と共に問題になっている。しかし、土地に比較的に制約されない養鶏部門等では、多数羽飼育経営が個人や、協業方式で多数発生しているのは注目にあたいしよう。

 以上、上位層の動向を農民肩の分化、分解を通して検討した。零細兼業農家の脱農の増大もみられたが、それは総農家数に比すれば、まだわずかなものである。一方、2種兼業農家の増加がみられ、彼らは非農業からの収入を補充するために、生産性が低いままで自家飯米確保の農業に従事している。その中で2町以上層の増加が示されたが、その増加数はわずかであるばかりでなく、中間層からの上向数は相対的に少ないものであった。

 上向的展の前には克服しなければならない問題がいくつかあるといえようがその中の1つの問題である土地のことについて次にみよう。

上向発展を制約する要因

土地の流動性

 上位層の上向発展を制約する要因には、今までの検討からもほぼ推察されるように、土地の問題、資本の不足、技術の未整備等々いくつかのことがある。これらの要因は、時により、場合によって、因となり果となって上向発展を阻害している。例えば、技術のことについてみても、現在問題になっているのは、大型機械による一貫作業体系の整備とそれを受け入れる条件をいかにして整えるかということである。技術的な問題では、田植えを真播き機に変え、また刈り取りをコンバインでと、従業のネックをある程度解決する方向がみいたされ、一貫作業体系は実験段階に入っている。

 しかし一般でも取り入れやすいとみられる12馬力程度の乗用型トラクターを使用する場合でも、機械を経済的に採算にあうように稼動させるためには、土地面積のことが問題になっている。

 こうみると、上向発展をする場合に障害になると思われる1つの問題は土地問題であるといえる。土地問題は、歴史的に、また制度的に強く規制されている事柄で、非常に複雑な問題であるが、ここでは農地の流動性のことを問題にしよう。

 上向発展層が、耕種農業でより経営規模を拡大するのには、農地を取得する必要があろう。そのためには土地の流動性が高まっていることが1つの条件である。 第III-2-7表 は農地の売買移動実績を示したものである。本表によれば、移動件数、面積とも年々増加しているが、1件当たり面積はわずかに1.5反、総耕地両頭に対する移動向積の割合は1%程度で、1件当たり面積も少なく、更に、その移動が必ずしも経営上向に結び付いていないことが問題である。

第III-2-7表 農地の売買移動件数及び面積

 上向発展層が経営規模を拡大するのには、種々のことが考えられるが、ここでは土地と関連した1~2点についてみる。

土地を手放さない2種兼業農家

 上位層が経営面積を拡大するのには、それに対応して開墾、干拓の必要もあるが農地を手放すものもなければならない。農業生産の面からみて現在最も農地を手放しやすい条件にあるものは、第2種兼業農家であろう。それはこの農家が先にみたように、非農業からの収入の補充的な農業生産しか行わず、むしろ労働者に近し“性格にあるからである。

 2種兼業農家の現在耕作している面積を全体としてとらえることは困難であるが、おおよその数値を推計してみると、総耕地面積517万町歩のうち約300万町歩が兼業農家全体の経営耕地面積とみられ、そのうち約100万町歩(総耕地の20%金)前後が2種兼業農家のそれであろうと推定される。

 この経営耕地を、農業生産性の低い2種兼業農家が手離さない経済的の主な理由は、(1)兼業先の労働条件が悪く、また不安定であるため、自家飯米農業によって収入の一部を補充し、同時に1つの安全弁としての役割をもたせていること。(2)老後の社会保障が充分でないので、兼業先をやめた場合の老後の生活保障を飯米農業によって確保しようとしていることや、その外都市近郊地において地価の値上がりを見通して土地を手放さないことなどが、その大きな原因になっている。

 先にみたように、この1~2年、零細兼業農家の脱農は従来より多くなっているが、全体としてはまだわずかなものである。これらの条件が満たされないならば、土地を手放すものは依然として少ないであろうし、またより以上急速に脱農家をみることも困難であろう。現状では、兼業農家が飯米を充分に確保するために農地を取得する事例さえあるといわれ、今後、社会的に1つの階層として存続する恐れがあろう。

 上位層が発展するのには、これらの条件を満たし、2種兼業農家が容易に農業生産を縮小することができるような環境をつくることが、この成否のカギをにぎる1つの条件だといえる。

小作地の流動性

 経営規模を拡大するのには多数の零細農家が農地を小作に出すことによってもできる。しかし、実際には小作地面積は漸減の傾向にある。これは小作に出し難い事情が種々あるからであるからである。たとえばその1~2の点についてみると、強く耕作権が認められているために、小作に出してしまうと、小作人の同意がない限り再び自作地とすることが困難になるという心配があることや、小作料が統制されていて土地を貸すことにうまみがないことである。

 農地価格は最近まで激しい上昇を示したが、ようやくこの1年位で頭打ちの状態になった。しかし、それでもなお普通由で全国平均反当たり19万円余(36年、不動産研究所調べ)である。従って、単なる土地所有者の考えからすれば、反当たり数千円の小作料を期待するかもしれない。しかし一方で、そういう高い小作料になると、一部の上位階層以外はその収益からして、日雇い賃金より安い労働報酬に甘んじなければならないという問題がある。この点をいかに調和させるか問題である。

 もとより農民が土地に対しひと一倍強い執着心を持ち、また財産視しているが、一方で、土地を取得しようとする上向発展層にとって、現在の収益に比して地価が高いということでもある。要は、経営規模を拡大するのに役立つ方向で、農地移動についての問題を検討することが必要である。

 農地制度の問題は複雑である。小作料の枠1つの問題をとってみても、問題は多方面に影響し、流動性の面からのみこれをうんぬんすることは、あまりに早計すぎるという譲りがあることは当然であろう。しかし、前向きに日本農業を新たにつくっていくという意味からは、真剣にこの問題を検討すべき時期にきているであろう。

上向発展の条件

 貿易の自由化に伴ってその国際的農業の影響がただちに日本農業に及ぶとは思わないが、国際競争力が低いだけに国際水準に近づく国内農業体制の整備は急がなければならないだろう。

 国際競争力の低い原因には、いろいろのことがあるが個々の農業経営があまりにも零細であることもその1つの要因である。経営規模の拡大は構造改善事葉の求める方向でもある。

 経営規模を拡大し、上向発展していこうとする階層をめぐる環境には、農業人口の激しい流出を契機として一面では零細兼業農家の脱農、農地移動の漸増農地価格の頭打ち等従来と変わった局面も生じている。しかし上位層への上向はいまのところ、全体からみると微弱なものである。

 上向発機を阻害する要因には、技術の問題や資本不足の問題等ももちろんあるが、土地取得の難しいことも、その条件の1つになっていた。

 もとより経営規模の拡大は、協業経営という方向もあるが、この方式にしても、経営を持続し、またより規模を拡大していくためには、技術、資本あるいは分配労力等々の困難な問題に当面しているのが現状である。

 上向発願層が経営規模を拡大していくのには、もちろんそれと関連して、上向発展層のエネルギーをより充実させ、発現できるような諸条件を整えることがいうまでもなく必要である。以上の検討からは第2種兼業農家等が、農業生産を縮小しやすいように兼業先の労働条件の改善等を日本経済全体の中で解決する環境をつくることや、経営班視を拡大するために役つ方向で農地移動の問題等農地制度全般について検討することが必要である。

 もとより、これらの条件を満たすことは、いずれも容易なことではないであろう。しかし、日本経済の中でとり残され、遅れた産業部門としての農業を近代的な農業へと変えていくためには、欠くことのできない条件の整備である。


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