昭和38年

年次経済報告

先進国への道

経済企画庁


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新しい環境下の経済発展

不均衡成長のゆがみ是正

生産能力と資本係数

資本係数の低下傾向とその要因

 資本係数(資本量/生産量)は経済成長と設備投資の関係を考える際の大きな前提のひとつである。そして資本係数が生産量と資本量の一定の技術的な関係を現すことからいえば、稼働率の影響を除いた能力資本係数(資本量/生産能力)が問題になるであろう。資本係数はかなり長期的な観点からとらえられる比率であるが、その水準は経済成長率や経済の発展段階と関係があり、その推移は経済構造の変化を現しているともいえよう。

 また長期大型の設備投資が急増しているときには、資本係数は特に増分の資本係数(限界資本係数)を上昇させるであろう。前に述べた技術的な資本係数が設備投資の供給側面の事情を現しているとすれば、これは需要側面の事情を示しているといえよう。

 このような意味で、戦後我が国の資本係数の動向を製近業を中心に概観することとしよう。

我が国の低下傾向

 国民所得と純資本存在品(減価償却を控除したネットの資本ストック)の関係つまり資本係数(純資本存在量/国民所得)の推移を国際比較してみると、 第II-4-1図 のように三つの傾向がうかがわれる。1つはイギリスの場合で、低成長率のなかで純資本存在量が相対的に増加していることである。2つはアメリカの場合で、同じく低成長率のなかで純資本存在量が相対的に減少していることである。三つは西ドイツ・日本の場合で、高成長率のなかで純資本存在量が相対的に減少していることである。しかし成長率が高い場合には減価償却の速度も速く、国民所得が必要とした資本量を正確にとらえることは難しいので、むしろ粗資本存在量(資産価価を取得時価で評価したいわば物的な資本量)でみた資本係数の力が国民所得の必要とする資本量の実態を現すことができるといえよう(次項以下の資本係数は、いずれもこの粗資本存在量でみたものである。しかしこれは統計上多くの困難があって国際比較をすることはほとんど不可能に近い)。

第II-4-1図 主要国の純資本存在量と国民所得の関係

 ところで我が国では、戦後の傾向として高成長率のなかで資本係数の低下現象が示されているわけだが、更に資本係数の水準を国際的に比較してみると、西欧先進諸国がほぼ2~3であるのに対して、我が国は1~2と低位にある。

 それでは国民所得の必要とする資本量が、我が国では戦後の高成長率のなかでなぜ低下傾向を示したのだろうか。またこの傾向は今後どのような方向をたどるであろうか。こうした問題が、設備投資の長期的な動向をみるためにも極めて重要な条件となることは明らかであるといえよう。

遊休設備の稼動

 我が国の資本係数(以下これを限界資本係数と区別して平均資本係数とよぶ)の推移を中心とする製造業についてみると(ここでは償却前の付加価値額が必要とした土地を除く粗有形固定資産の比率で現している)、 第II-4-2図 のように、毎年の増加分(限界資本係数)では漸増を続けながらも、平均でみると一貫した低下傾向をたどってきた。

第II-4-2図 製造業資本係数の推移

 もちろん現象的には、平均資本係数の水準がその限界値より著しく大きければ、当然このような傾向が生ずるわけである。しかしそのメカニズムを考えると、以下に述べるような三つの理由があったものとみられる。

 第一は、出発点において膨大な遊休設備があって、その後の生産増加は稼働率の上昇によって可能となったことである。この場合には新しい資本の追加、つまり設備投資はそれほど多くを要しなかったし、また設備投資が増えたとしても過去の資本量が大きいから、追加分を含めた新しい資本量の伸び率は、設備投資の伸び率ほど大きくはならない。このような事情が、戦後の平均資本係数を低下させたひとつの理由であり、前述したアメリカ、西ドイツの平均資本係数の低下傾向についても同様のことがいえる。

 なお我が国でみると、元来一定の生産量に対する必要資本量が相対的に大きい資本財業種において、より多くの遊休設備が存在していたことである。

 例えば、生産指数と細有形固定資産の成長率でみると、26~29年においては、製造業平均が生産13.5%、粗有形固定資産9.3%であったのに対して、資本財はそれぞれ11.3%、6.6%と低位にあった。この間に平均資本係数は、製造業が2.32から1.94、資本財が3.89から2.58へと特に後者の低下が著しかった。つまり遊休設備の稼動によって、この間の生産増に対応することができたのであり、資本財の設備投資についてみると概して補修的な範囲に留まっていたといえよう。

 しかし、29~32年の景気上昇期を迎えると、製造業平均が生産16.6%、粗有形固定資産10.0%の成長率であったのに対して、資本財はそれぞれ24.8%、8.5%と推移し、資本財の生産増加つまり製造業全体の投資需要が急速に増え始めたことを物語っている。そしてこの間に資本財の遊休設備はほぼ完全稼動の段階へ到達したものと考えられ、資本財の投資がにわかに活発になり始めたのもこのごろからであった。たとえは、32~36年の成長率をみると、製造業平均が生産15.7%、粗有形固定資産15.9%であったのに対して、資本財はそれぞれ17.6%、18.9%となり、従来の傾向と逆転していることが分かる。これと共に平均資本係数の推移をみても、製造業が1.63から1.75、資本財が1.78から1.77となり、ほぼこの間に平均資本係数の低下傾向が鈍化し、底をつく動きを示し始めたことがうかがわれる。

能力資本係数の低下傾向

 資本係数は、一定の生産母が必要とする資本量を現しているが、実際の生産量は稼動率によって変動するという問題がある。

 つまり生産量と資本の間には生産能力が介在しているわけで、技術的な意味の資本係数としては、生産能力に対する資本量の比率で現すのが正確だということになる。

 戦後の能力資本係数の推移を通産省調「生産能力調査報告書」に基づき、33~36年度について推計してみると、 第II-4-3図 の通りで、ここでもほぼ一貫した低下傾向がうかがわれる。いいかえれば、一定の生産能力が必要とする資本量は低減しつつあるわけで、技術革新に伴って資本の効率が向上していることを示している。従って稼動率が一定であったとすれば、能力資本係数の低下はそのまま資本係数の低下傾向につながることとなり、資本効率の向上という事実が、企業の期待収益率を高め、高成長率のもとでの平均資本係数の低下傾向をもたらした第2の理由であるといえよう。

第II-4-3図 製造業の能力資本係数の推移

 ところでこのような能力資本係数の低下傾向は、新しく追加される資本ほど量産効果を発揮して投資効率が向上することを意味していなければならない。そこで34~36年度に新しく増えた生産能力と新規取得資産の比率(限界能力資本係数)の推移を業種間の動きの相違によって大別すると、次のような傾向がかかわれる。

 Aグループは鉄鋼・化学の大型装置産業、限界能力資本係数は最近3年間に大幅な下を示している。たえは、鉄鋼の設備投資は、34年ごろから新立地の一貫製鉄所建設が急増したので、限界能力資本係数はかなり高い水準に置かれたが、その投資目的は設の大型化、掎能率化こあり、特に製銑部冨の限界能力資本係数低下は著しく、36年度は34年度半分以下になってい。こうした傾向は石油化学についても同様であるが、一般に新立地の工場建設では、投資額は初期段階に集中しやすいが、生産能力は逆に工場の完成と共に飛躍的な増加を示す傾向を持っている。もちろん前掲 第II-4-3図 の能力資本係数における粗有形固定資産額は、稼働可能な生産能力に見合う事業所内の資本品に限られているから、投資新と生産能力の時期的なずれは原則として現れないはずであるが、実際には次のような問題が生ずる。それはかなりの業種で生産能力を最終製品の段階でとらえていることと、工事期間の長い一貫工場の建設では、最終製品の生産能力と直接結びつかない間接部門の設備が先にできあがることなどの事情からきている。例えば鉄鋼、化学における自家発電、製銑部門のコークス炉、非鉄金属におけるアルミナ部門、輸送機械における大型プレスや鋳鍛造設備などの大型資産の増加がそれである。

 従って限界能力資本係数は、初期段階では飛躍的に上昇するが、投資計画の完遂と同時に一挙に低下するわけである。前掲 第II-4-3図 でいえば、限界値がようやく上昇段階に入ったCグループ、従来の投資計画の完遂と新しい投資計画の登場が混在しているBグループ、及び新しい投資計画よりも従来の投資計画の方が大きいAグループの三つの投資段階を現す限界能力資本係数の動きで製造業全体が構成されている。例えばCグループの合成繊維、石油精製、Bグループの自動車などは、Aグループに比べて相対的に新規の投資計画が多いことから限界能力資本係数は上昇しているが、能力資本係数の本来の傾向からいえば、やがてはAグループのような方向をたどる可能性を持っているといえよう。

二重構造の利用

 平均資本係数を低下させた第3の理由は、労働集約型業種の生産の伸びが大きかったことである。前掲 第II-4-2図 の通り、製造業を資本集約型と労働集約型の業種に大別してみると、資本集約型は限界資本係数が上昇しながら平均資本係数の下降傾向がみられるが、労働集約型の場合はむしろ限界資本係数の下降に平均資本係数が追随しており、この傾向が前者と同じ方向に変わったのは33年以降であった。

 つまり前者は、既に述べたように遊休設備の稼動によって平均資本係数の低下が可能となったが、後者は豊富な労働力を雇用することによって平均資本係数の低下をもたらしたわけである。こうした2つの異なった動きが合成されて、製造業全体の平均資本係数は傾向的に低下の方向をたどることができたものとみられよう。

 しかしながら、33年以降は労働集約型業種の限界資本係数もかなり急速な上昇傾向を示している。例えば、繊維が労働集約的な紡績から合成繊維への転換を図り、一般機械の資本集約度が上昇し始めているなどはその典型であるが、更にこれを 第II-4-4図-(1) によってみると、次のような事情が明らかとなる。

第II-4-4図-(1) 新規資産(粗有形固定資産)に対する中古資産の比率

第II-4-4図-(2) 従業員規模別の粗付加価値生産性と一人当り新規投資額の関係

 同図─(1)によって、有形固定資産取得額のうち新規資産に対する中古資産の比率を業種別にみると、32年から35年までの間に著しい減少傾向がみられる。特に従来中小企業の比重が高く、設備投資の内容も中古設備の割合が大きかった消費財業種と、一般機械、金属製品などの資本財業種において、中古設備より新規設備を求める動きが強まっている。

 このような傾向を反映して、同図─(2)にみるように、粗付加価値生産性と1人当たり新規資産取得額の関係を従業員30人以上の企業規模別にみると、32年を境としてすべての規模の企業がほぼ一貫して直線的に1人当たり投資額を高めつつあることがうかがわれる。

 いいかえれば、中小企業の資本集約度も上昇気流に乗ったことを意味しており、ここからその限界資本係数の上昇傾向をみることができよう。

 このように、32、33年以降は限界資本係数の上昇テンポが高まり、平均資本係数の低下速度も次第に鈍化していったが、35年までの間でみると、平均資本係数はほぼ一貫して下降を続けることができたのである。

上昇へ転じた平均資本係数

平均資本係数を超えた限界資本係数

 戦後一貫して低下してきた平均資本係数も、前掲 第II-4-2図 にみるように、36、37年に至ってようやく上昇へ転じている。これは現象的にいえば、限界資本係数が平均資本係数の水準をこえるまでに上昇した結果に他ならない。

 それでは、このような限界資本係数の上昇をもたらした要因は何であろうか。

 第1は、既に述べたように、32、33年を境として元来資本係数の高い資本財業種の投資が段階的な跳躍期を迎えたことである。いま 第II-4-5図 によって製造業合計と資本財業種の粗有形固定資産額指数(30年価格、26年末を100とする)の相関関係の推移をみると、32、33年の前後で資本財業種の動きが全く異なっていることが分かる。つまり資本財業種の遊休設備がなくなることによって、製造業全体の生産増が資本財業種の投資需要を極めて誘発しやすい環境へ入ったのである。そして資本財業種が、このように既設工場の補修から新工場の建設へ踏み切ったことは、技術革新の成果を積極的にとり入れるうえにも極めて好都合であった。なお既に述べたように、能力資本係数の低下、つまり技術革新によって資本の効率が高まる事情にあったことは、企業が過去の設備から効率のよい新設備へ乗りかえようとする動きを一層強める結果をもたらしたといえよう。

第II-4-5図 製造業と資本財又は機械工業の資本存在量推移の比較

 第2は、既にみたように、最終製品に直接結びつかない基礎部門からの投資が増えたことや、建物、構築物などの比重の増大したことが挙げられる。

 第3は前述のように中小企業の資本集約度が上昇へ転じていることである。以上の事情は、35年後半からの設備投資強成長の過程で加速化されたのであり、その結果として限界資本係数は急速に上昇することとなった。

 稼動率の低下と投資需要の変ぼう

 能力資本係数の低下傾向は、同じ資本量で生産能力がより大きくなることを意味しているから、投資需要の増加は当然そのうちに供給力の急速な増加を用意していたといえる。いま前記「生産能力調査報告書」から推計した品目ととの稼動率推移を33~36年度末についてみると、新しい品目は共通して高稼動率を維持しているが、従来の品目は、新しい品目の生産能力が増加するにつれて、逆にその稼動率を低下させている。例えば、36年度末についてみると、化学では石油化学製品の91%に対してカーバイド、石灰窒素は60%であり、繊維では合成繊維の113%に対して、紡績73%、スフ54%となっている。景気上昇期にあたる34~36年度木の稼動率を製造業平均でみると、88~86%台の高水準で安定していたが、その内訳をみると新旧の品目によってこのように相反する機動率の働きが現れていたのである。いいかえれば、能力資本係数の低下傾向は、新しい設備が増加するにつれてたえず稼動率を押し下げようとする可能性をも拡大していたのであり、それは平均稼動率が一定のときでさえも古い設備の稼働率低下となって現れていたのである。そして、「 」の項で述べたように、製造業平均の37年末稼動率が能力増と景気調整による生産の停滞から一挙に70%前後へ低下すると、これによって今まで能力資本係数と同じ動きを示してきた平均資本係数は、大幅な上昇を余儀なくされたといえる。つまりこのような稼動率の低下は、限界資本係数の著しい上昇傾向によって下降から上昇へ転じつつあった平均資本係数の動きに拍車をかける結果となったのである。

 しかしやや長期的な平均資本係数変動の要因を検討してみると、一方では36、37年を転機として資本財業種の投資需要が、前掲 第II-4-5図 にみるように製造業平均との均衡を回復して、急速に沈静し始めている。

 また資本集約度(一人当たり粗有形固定資産額)が一般に各業種の技術水率を現しているとすれば、これまでの投資速度に大きな影響を与えてきたと思われる西欧水準からの距離も、最近8年間の設備投資の急進によって著しくせばめられつつあり、製造業平均でみても1954年のイギリスの175万円に対して、日本は1957年の76万円から1962年には127万円へと接近する勢いを示している(30年価格)。

 こうした要因は、限界資本係数の上昇気流をむしろ減速する役割を果たすものと考えられる。ただ業種別には、金属製品、一般機械など中小企業依存度の高い業種の西欧水準からの距離はまだ縮小していない。この意味でも中小企業の限界資本係数上月にみられる近代化の動きは、まだかなりの期間にわたって続く可能性を内包しているといえよう。

 以上のように、戦後我が国製造実の平均資本係数を低下させてきたメカニズムは、やがて収れんして行く要因を内包していたのであり、先にあげた三つの低下要因は32、33年を境としてむしろ限界資不係数を押し上げる要因へ転化して行ったが、そのうち中小企業の資本集約度の上昇を除く2つの要因は・36、37年を転機として急速に減衰しつつあるのが注目される。ところで既に述べた能力資本係数の低下傾向は、稼働率が一定ならば資本効率の向上を通じて企業の期待収益率を高める要因となるが、最近のように稼働率が大幅に低下するようになると、むしろ投資意欲を減殺する要因へ転化していく。

 このような変化を通じて、資本係数の需給両面における変動のメカニズムの転型しつつあることが注目されよう。


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