昭和38年

年次経済報告

先進国への道

経済企画庁


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新しい環境下の経済発展

不均衡成長のゆがみ是正

価格決定要因の変化

 これまで我が国の卸売物価は、需給感応度の極めて高いことが特色とされていた。しかし最近の企業行動は、次第にコスト意識が強まってきている。もしコスト面からの影響が強まっているとすれば、それは価格形式にどのような作用を及ぼしているであろうか。またコスト上昇と共に自由化圧力が加重されつつあるが、これは、どのような意味を持つのであろうか。以下転換局面にある工業品価格の動向について、コスト分析を中心に検討を進めることにしよう。

需給要因とコスト要因の相対関係

 まず最初に補給関係を示す指標として在庫率指数をとり、他方コストの動きを示す指標として総コスト指数を作成して、価格変動に対するそれぞれの関連をみることにしよう。 第II-1-1図 (A)は、前回及び今回の景気調整期における在庫率と価格の関係を比較したものである。この場合在庫率水準が相違すると、たとえその変動率が同じでも価格に与える影響度は異なってくるから、これを避けるために在庫率が同一水準から出発し、かつその変動率も等しい期間を選んである。これによると、前回に比べ今回では在庫率が上昇したわりには価格が下落していないことが明らかになる。裏をかえせは、 第II-1-1図 (B)に示したように、コストは前回よりも下落していない。同じことは、業種別のクロスセクション・データから価格の在庫率弾性値及びコスト弾性値をはじいてみると、前回(31年度下期~32年度下期)に比べ今回(36年度上期~37年度上期)は、在庫率弾性値が低下(─0.04→─0.004)し、逆にコスト弾性値は上昇(0.84→1.12)している事実からもうかがわれる。

第II-1-1図 価格と在庫率およびコストの変動率比較

 以上の観測結果は、企業の価格に関するビヘイバーが最近になって次第にコスト・コンシャスになっていることを反映するものといえよう。

コスト要因の検討

 次にコスト面の分析に移ろう。製品単位当たりのコストを更に主要コスト別の推移としてみると、 第II-1-2図 のようになる。前回と今回の調整柳を比較すると、今回の特色としては、第1に、原材料コストの下落幅が小さくなっていること、第2に、賃金コストは引き締め以前に横ばいになっていること、第3に、資本コストも既に引き締め1年前から上昇に向かっていることが挙げられる。このような変化は、これまでの主要コスト間にみられる関係、すなわち資本コストの上昇を賃金コストの低下でネロ殺し、これに原材料コストのかなりの低下が加わって価格の下落がもたらされるという関係を変形させることになり、価格の下落幅を小さくしている。以下更にコスト要素別に立ち入ってみることにしよう。

第II-1-2図 主要コストの推移

原材料コスト

 まず総コストの過半を占める原材料コストであるが、これは原材料価格と原単位に分解される。( 第II-1-3図 参照)(原材料コスト)=(原材料費)/(生産量)=(原材料価格)×(原材料消費量)/生産量=(原材料価格)×(原単価)

第II-1-3図 原材料コストの分解

 原材料コストの循環変動及び長期的下降傾向は、一部は原単位によって影響されているが、原材料価格による影響度はより決定的である。この場合、 第II-1-1表 にあるように、原材料価格としては輸入素原材料価格の他に、国内製品原材料価格の影響が大きいことに注目しなければならない。

第II-1-1表 輸入素原材料価格と国内品価格の変動

 ところで、輸入素原材料を別にすれば、ある製品の原材料は他部門の製品であり、従って総コストの内訳は、究極的には、

 (総コスト)=(輸入素原材料コスト)+(賃金コスト)+(資本コスト)+(その他コスト)

 に分解される。この意味で、コスト構成比率は一見小さいようにみえても、賃金コストの役割が重要になってくるわけである。もちろんここで総コストという場合は純利益を除いてある。従って純益率、特に生産財部門の純益率が大幅に変動すればコストの価格に対する効果はそれだけ直線的ではなくなる。しかし長期的にみれば純益率の変動は限られているので、総コストの動きを追えは価格の基本動向をつかむことができる。

賃金コスト

 賃金コストは、名目打金率と労働生産性に分解される。

 (賃金コスト)=(賃金費用)/(生産量)=(名目賃金率)×(従業員数)/(生産量)=(名目賃金率)÷(労働生産性)

 第II-1-4図 は両者の推移を示したものであるが、これでみると、賃金コストが今次引き締め前既に横ばいとなっているのが注目される。これは、最近まで労働生産性の上昇が名目賃金率の上昇を常に上回っていたのが、35年後下に至り、名目賃金率の上昇が激しくなったため、両者の上昇テンポが平行した結果をもたらされたものである。賃金コストはその後上昇に向かっているが、これは景気調整期に入ったためで、景気が上昇に転じたあとも上昇を続けるとは考えられない。しかし、名目賃金率の上昇歩調が衰える可能性は乏しいから、従来のようなテンポでの賃金コストの低下は期待できないであろう。

第II-1-4図 賃金コストの分解

資本コスト

 資本コストは減価償却コストと金融コストに大別される。両コストを比べると、金融コストの変動は激しいが、その上昇すう勢は極めて強い。

減価償却コスト

 減価償却コストは更に次のような要素に分解される。

 (減価償却コスト)=(減価償却費)/(生産量)=(付加価値)/(生産量)×(有形固定資産)/(付加価値)(減価償却費)/(有形固定資産)=(付加価値・生産費率)×(資本係数)×(減価償却比率)

 一般的にいって、不況切には、減価償却比率は急落とするが、資本係数及び付加価値・生産比率の上昇によって減価償却コストは上昇する。逆に好況期には、減価償却比率は上昇するが、資本係数及び付加価値・生産比率の低下によって減価償却コストは低下する。ところが、 第II-1-5図 に示したように、35~36年の好況期には、その前の好況期に比べると、資本係数の低下が十分でなく、一方減価償却比率はほぼ同水準にあったので、減価償却コストは引き締め前の35年に底をついて上昇に向かっている。

第II-1-5図 減価償却コストの分解

金融コスト

 減価償却コストと同様に金融コストを分解すれは、次のようになる。

 (金融コスト)=(金融費用)/(生産量)=(総資産)/(生産量)×(借入金)/(総資産)×(利息)/(借入金)=(総資産・生産比率)×(借り入れ依存度)×(利子率)

 循環運動としては、3要因とも調整期には上昇し、逆に好況期には下降して、金融コストは上昇、下降を繰り返す。 第II-1-6図 にあるように、この金融コストが強い上昇すう勢にあるのは、利子率が下降しているにもかかわらず、総資産・生産比率及び借り入れ依存度の上昇が激しいためである。

第II-1-6図 金融コストの分解

 以上みてきたように、資本コストについては減価償却コスト、金融コストとも好況期における低下幅が小さくなり、調整期には上昇するため、長期的には上昇線をたどらざるを得なくなっている。この事実は、第1に近年における膨大な設備投資によって産出能力が飛躍的な拡大をきたしたのに対し、需要がこれに追いつけなくなっていることを示す。つまり資本係数、総資産・生産比率の上昇は、産出能力の増大に対する生産の伸びの相対的な立ち遅れがもたらしたものである。第2は、この産出能力の増大が自己資本ではなく借入金によって賄われたことを示すものである。

価格決定における賃金コストと資本コストの関係

 既にふれたように工業品価格を規定する主要コストは、純利益をコストからはずせば、輸入素原材料コスト、賃金コスト及び資本コストの3要素である。このうち輸入素原材料コストは海外要因に影響され、またその影響度が比較的小さいのに対し、賃金コスト及び資本コストは国内要因に左右され、しかも価格形成に果たす役割は大きい。この意味で工業品の価格変動は、コスト面においては、賃金コストと資本コストの動向いかんによってきまるとみてよい。一般に賃金コストと資本コストは、共に好況期には低下し、調整期には上昇する。ところが最近の動向をみると、賃金コスト、資本コストとも好況期に横ばいから上昇し調整期には急上昇している。このため、価格に対するコストの効果は、好況期には下げ難く、調整期には大きく突き上げるようになっている。更にこれを長期的にみると、賃金コストの低下によって資本コストの上昇を相殺し、価格が低下するという価格下落の条件が変形されてきている。すなわち最近に至り賃金コストの低下に鈍化気配がみられ、一方資本コストの上昇圧力が強まって価格下落の余地が狭められているわけである。

今後の問題点

 卸売物価の現局面は、景気回復と共に緩やかな上昇過程をたどっているが、今回の調整期においてはコスト圧力の増大に下支えされて、下げ幅が比較的小幅に留まった。変動幅の縮小は、物価安定化現象として把えられるにしても、同時にそれは物価弾力性の低下をも意味している。このような物価安定化が、景気調整の企業への影響を比較的軽微にとどめる効果のあった半面、次の2点において問題を今後に残すものといえよう。第1には、開放体系への移行という国際競争力の強化が急務とされるまさにその時期において、国際比価の改善を積極的に進めうる余地が小さくなってきたことである。第2には、生産性上昇の困難なサービス価格の上昇を工業品価格の下落で相殺し、総体としての物価水準を安定させる効果が後退する懸念である。

 以上にあげた問題点の顕在化を避けるためには、工業品価格の水準をより一段引き下げる必要がある。ところで価格引き下げの戦略的要因としては、次のような諸条件が満たされなければならない。

  ① 資本係数(=有形固定資産÷付加価値)を引き下げる。

  ② 借り入れ依存度を低める。

  ③ 労働生産性の上昇テンポを速める。

  ④ 名目賃金率の上昇を生産性上昇の範囲内にとどめる。

 既にみたように、コスト限界につきあたっている企業経営の現状では、これら4つの条件のうち、いずれをとってもその達成はなかなか容易ではない。しかしながら、 ① の資本係数の低下は、生産増加による付加価値の増大が基本とLはいえ、なお設備の有効利用や新技術の導入、新製品の開発による資本生産性の上昇によっても、資本係数の低下がもたらされるはずである。 ② の借り入れ依存度の低下は、必要資金をできるだけ自己資金で賄うように企業経営態度を切り替えることがまず前提となる。この点で最近企業の財務比率改善への意欲が高まりつつあることは、金融の正常化と相まって、一応の期待がもてそうである。更に ③ の労働生産性の向上は、 ① と同様に当面操業度の上昇が基本となるが、一方労働節約的合理化の余地もまだまだ残されているといえる。また ④ の名目賃金率の上昇については、少なくとも大企業の賃上げは個別企業の枠を超えた国民経済的視野に立って適正になされるべきであろう。

 以上のような、より高い次元での企業努力が積みかさねられれば、価格引き下げへの展望も開けてくることが期待できる。しかしこのような国内的要因の他に自由化の進展によって価格31下げを促進する要因がでてきたことも見逃すわけにはいかないが、企業としても、いたずらに自由化におののくことなく、むしろ自由化を体質改善の好機とみて、低収益にたえうる強じんな健康体を作りあげることに全力を注ぎ、しかもそれはあくまで企業の自己責任において推進されるべきであろう。いずれにせよ、新しい環境に適応した卸売物価のあり方としては、低位安定化の方向が望まれているわけである。


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