昭和38年

年次経済報告

先進国への道

経済企画庁


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昭和37年度の日本経済

国民生活

物価騰貴と国民生活

物価騰貴の消費面への影響

 37年度における消費者物価の対前年度─上昇率は6、7%増とこれまでより更に騰勢を強めたが、それによって家計における消費ならびに貯蓄はどのような影響をかぶっているであろうか。近年の消費者物価高騰の品目別寄与率をみると、その5割分が農林畜産物、中小企業性加工食品等いわゆる食生活に関連した商品の騰貴によって占められている。そこで以下食料品関係の商品にみられた価格─消費の関連性をとり挙げて検討してみることにしよう。

第11-5表 食料品の価格-消費の関係

 (この場合、生鮮魚介、野菜等は価格─消費量の関係が各時期における供給量いかんによって左右される面があることに留意しなければならないであろう)

 さて、総理府統計品「家計調査」(品目分類)によって36年から37年にかけての一時期における個別品目ごとの価格騰落率と消費数量増減率とを対比してみると、品目によって次のようなグループ別の差異が認められる。

 まず第1グループとしては、価格が上昇したにもかかわらず消費量も増加しているもので、このうちには食パン、鶏卵、牛乳、バター、化学調味料等のいわば食生活の高級化の指標とみなされている商品が多数含まれている。品目数にしても利用可能な調査品目121のうちの4分の1が含まれている。

 第2のグループとしては価格の上昇。に化なって消費が減少したもので、76品目を数え、他のグループより品目数ははるかに多い。このグループはまた価格騰貴率よりも消費量減少率の大きいものと、その逆のものとの2つのタイプに分けられる。品目数は前者が54品目、後者は22品目である、前者に含まれるものとしては、生鮮、塩干魚介類、野菜等、多岐にわたっており日常生活において購入頻度の高い商品である。後者には米、麦、煮干し、干いわし、削り節、大豆等、し好の変化あるいは新製品等によって代替されやすいような商品が含まれている。

 上記とは逆に価格の低下に伴って消費量が増加しているものとして第8のグループがある。これには10品目が教えられ、きんま、豚肉、はくさい等第2グループとの間に代替可能な商品であるとみなされる。

 以上の他に第4のグループとしては価格の低下と消費量の減少とが併行している商品で、徳用米、外米等その品目数は極めて少ない。

 以上の観察事実からみると、物価騰貴に対応する消費者の態度には次のような特徴が見いだされる。第1は所得上昇に伴。なう消費構造の急速な変化の途上にあるため、需要の所得弾力性の高い品目については多少の物価騰貴があっても購入量は増加していることである。第2はその他数多くの品目については、価格上昇によって購入量が減少するか、あるいは価格下落によって購入量が増加しているので、価格の変動に対して購入数量ならびに購入品目の代替が行われていることである。最も、生鮮野菜等のように短期の生産調整や貯蔵の困難な品目について供給側条件の影響も少なく、ないが、食料品全体でみると消費者選択はかなり働いているものと思われる。

 これ等2つの特徴と家計費との関係をみると、第2の点は購入品目を固定している場合に比べると家計費の増大は若干緩和される。第1の点については物価上昇はそのまま家計費の増大をもたらすが、37年においては需要の所得弾力性の強い品目の物価上昇率は他の品目に比べて相対的に低かったので、消費者の物価騰貴による家計への圧迫感をある程度緩和しているものと思われる。

 しかし、物価騰貴に件なら消費需要の代替は趣向や味覚等を犠牲にするとか、購入数量を手控えるとか、あるいはこれ等が同じならば相対的に割高な物を購入する場合もあるので消費者の負担増を回避する手段としても限界があるものと思われる。

 なお消費者物価の騰貴にはサービス料金の値上がりも大きく響いている。この分野における価格─消費量の関係を上記家計調査によってみると、理髪料の場合には価格騰貴に対して理髪回数はわずかの減少であるのに対して、入浴料は自家風呂を持つ世帯の増加等も加わってはいるが、価格の騰貴に対して入浴回数はかなり減少している。一方、パーマネント代は価格が上昇しているにもかかわらず利用回数はほとんど変化がみられない。このようにサービス料金の分野でも先に述べた食料品価格の場合とある程度類似した消費者行動がみ受けられる。

物価騰貴の貯蓄面への影響

 消費者物価の騰貴が国民生活に与える影響には消費の他に貯蓄のn8題がある。37年度の貯蓄性向(1一消費性向)は所得の上昇率が大きかったにもかかわらず36年度の16.1%から15.6%へと、0.5ポイント低下した。これを、物価騰貴の影響によるものと考えるかどうかが問題となる。37年度の貯蓄率低下には次の要因が考えられる。

 第1は所得構造の変化である。37年度における所得構造の特徴は貯蓄率の低い低所得層ほど所得増加率が大きかったことである。これは勤労者世帯全体の平均肝紫率を低める要素として働いた。

 第2は中、低所得層の消費態度の変化である。37年度における都市勤労者世帯の貯蓄性向を5分位階層別に比較してみると、前掲 第11-4表 によっても明らかなように貯蓄性向が高まっているのは、第V階層と第II階層の2つでいずれも0.4ポンド増であり、他の3階憎の貯蓄性向は低下している。とりわけ第III階層の1.3ポイント、第I階層の0.9ポイント減かきわたって大きい。いわば高所得層では貯蓄性向は高まったが、中、低所得層ではそれが低下したといえよう。33年度の場合には高所得層の貯蓄性何は低下したが、中、低所得層では上昇気味であったのと比べると、かなり様相を異にしている。

 さて、37年度における低所得層の費目別消費支出の対前年度増加率をみると、家具器具が約50%増で最も高く、これに次いで教育娯楽費が約30%増、被服費も17%増でかなり著しい伸びを示している。つまり低所得層では、耐久消費財の購入やレジャー消費への支出が極めてさかんであったといえよう。また、中所得層の消費支出増加率をみると、教養娯楽費が3割以上の顕著な伸びをみせているのを始め、被服費17%増、家具器具14%増と消費の伸びはかなり堅調であった。

 このような中、低所得層における著しい消費の伸びは前項でも触れたように、労働市場の構造変化に件なってこれらの層の所得増加が大幅であったこと、景気調整の影響が軽微で景気調整下においても所得増加率がかなり高かったために、景気回復後の所得増加への期待が大きく、それが消費行動に反映したこと、耐久消費財がなお普及途上にあり、過去において形成された消費増勢の惰性が尾を引いたことなどによるものと考えられる。

 一方、高所得層の費目別消費支出の増加率をみると、中、低所得層のように目立った動きはみられず、教養娯楽費の伸びがやや高率であるのを除けば、所得の伸びにほぼ見合った伸びを示している。これには、33年度当時は耐久消費財の開花期にあったために高所得層の消費意欲を促進したが、37年度ではそれらの需要が既に‐一巡したと考えられること、景気調整の影響が大企業ほど強く現れ、このため所得の伸びも前年度よりやや下回り、一方ボーナスの分割支給や社内預金等が広範に行われ、消費を低めるムードが浸透したために消費態度に慎重さが生じたことなどが作用したためと思われる。

 第3は、物価騰貴が貯蓄率にどれだけ影響を与えたかという問題である。これは前述した中、低所得層の消費態度の若干の変化に物価騰貴の要素が入っているかどうかである。これの判断は極めて難しいが前述したように所得増加期待が大きく、所得上昇につれて、レジャー支出とか耐久消費財購入等の潜在需要が一時に現実化したものとみられるので、消費者物価の上昇が消費を促進し貯蓄率を低下させている面があるとしても、その要素は大きなものとは思われない。これについては消費者の貯蓄動機とも関連を持っている。

 経済企画庁「消費者動向予測調査」(37年8月)によると、都市世帯の貯蓄目的は「病気その他の不時の支出」59、4%、「子供の教育費」44.4%が大宗を占め、これに次いで多いのが「老後の生活安定」25.8%といずれもがいわゆる予備的動機によるもので、「利殖」動機によるものはわずかに3.1%を占めるに過ぎない。貯蓄形態も預貯金や生命保険が大部分を占めている。

 このように我が国の場合予備的動機が強いために消費者物価が騰貴してもすぐに他に転換し難い面を持っているわけである。

 参考までに最近時における貯蓄意欲の動きを促えるものとして、上掲の予測調査結果をみると、今後1年間の貯蓄計画としては「増やす」世帯が極めて多く、予備的動機に基づく貯蓄が依然として衰えていないことがうかがわれる。


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