昭和38年

年次経済報告

先進国への道

経済企画庁


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昭和37年度の日本経済

労働

賃金の堅調とその要因

 景気調整下にもかかわらず、37年度の賃金は著しい上昇を示した。「毎月勤労統計」(30人以上事業所)による全産業の常用労働者の平均賃金は29,941円で、前年度に比べて10.0%の増加となり30年度以降では36年度に次ぐ高い上昇率である。しかも定期給与と臨時給与とに分けてみると対前年度上昇率はそれぞれ11.0%、9.6%であって、前者については36年度にほぼ匹敵するものであったし、時間当たり所定内賃金の上昇率はむしろ前年度の上昇を上回った。

 賃金の著しい上昇の要因は、 ① 若年層中心の労働補給の依然たる逼迫、 ② 消費者物価の高騰、 ③ 労組の賃上げ意欲の高まりなどであって、景気調整を反映した収益の低下や操業度低下による生産性上昇率の著しい鈍化にもかかわらず、これを大きく上回る上昇を示したわけである。

第10-5図 定期給与(季節修正)の推移

 年度間の推移としてみると、定期給与は37年春闘の1割をこえる賃上げ率、採用難を背景に依然として続く初任給上昇とこれに伴う調整などの関係もあって、年度前半の増加率(年率)は10%をこえるものがあった。しかしながら、賃上げによって表面に現れなかった所定外労働時間減少の影響も年度半ばごろから次第に現れ、9月以降は季節性を考慮すると定期給与はほぼ横ばいとなった。景気調整の影響で労働時間減少の大きい製造業はこの傾向が顕著であったことはいうまでもない。

 一方、臨時給与は夏期には支給率(基準月額に対する倍率)は1.23ヶ月とわずかに前年同期を超えたが、年末には1.52ヶ月でわずかながら前年同期を下回った。製造業については夏期から既にわずかながらも前年同期を下回るなど、景気調整の影響がそれだけ強いことを示している。しかし、前回の景気調整期に比べれは企業経営内容の悪化の度合いも少ないことを反映して低下幅は小さかった。なお、企業の資金繰りを反映したボーナス分割支給の状況をみると、年末には調整策解除の関係もあって既に若干緩和されている。

 38年に入ると、所定外労働時間が増加に転じたこと、中小企業などの賃上げ、定期昇給の実施などが次第に進行したことを反映して、定期給与は増勢を強め、38年に入ってからは年率にして1割をこえる上昇を回復した。

 産業別には雇用面と同じく、総じて年度半はごろより増勢鈍化がみられた傾向は共通しているが、鉱業は対前年度8.2%増と上昇率最も低く、建設業は最高で、13.1%増であった。卸小売業など製造業以外の産業はいずれも10%をこえて前年度にほぼ匹敵する上昇であった。

 製造業の中の業種別にみれば、景気調整の影響の強かった投資財産業の金属、機械では6~7%増と比較的低かったのに対し、繊維、衣服、木材などの消費財産業では16~17%と著しい上昇を示した。しかし、臨時給与のみについてみると、鉄鋼、非鉄、機械、電気などは支給率は前年度より低下し、そのうち、鉄鋼については金額としても前年度に比べ約5%の減少となっている。基準賃金の引き下げなどの実施が難しくなってきている中で、景気調整の賃金面への影響が、臨時給与にそれだけ強く現れたことは否めない。

第10-4表 賃金の対前年度増加率

 定期給与の上昇率が産業間でかなりの開きがあったといっても、低下した産業もみられた前回の景気調整期に比べれば、上昇金額としては著しくその差を縮めているといえる。これは労働需給関係の変化を反映して、これまで求人難に悩んできた低賃金分野において高賃金分野を上回る賃金上昇が生じてきている結果であり、格差縮小過程の一側面である。

 この格差縮小は企業規模間比較により一層明らかに認められる。「毎月勤労統計」による定期給与の前年同期比の推移をみると、500人以上の大企業の場合、37年1~3月に9.6%であったのが、38年1~3月には5.3%と増勢が鈍化している。これに対し、5~29人の零細企業も同じ時期に21.1%から12.8%1と若干鈍化しているが、上昇率は依然としてかなりの開きが続いている。前回の調整期には影響が遅れて現れた関係もあって33年に入ってから賃金の停滞がみられたが、33年度上期には、500人以上で前期比2.8%の上昇に対し、30~99人の小企業ではほぼ持ち合い状態となっている。前回との比較でみた構造的変化は顕著である。

第10-6図 名目賃金、C.P.I.実質賃の推移

 企業規模間でみたこのような状況変化は企業の賃金調整態度のうちにも明らかに認められる。基本給の引き下げや定期昇給の延期や停止などについては今回は小企業も大企業とあまり変わらず、これを実施したものは例外的であり、前回において小企業でやや多かったことからみると変わってきている。一方、ボーナス減額については今回は大企業ほど積極的であることが注目される。つまり、前回に比べ、小企業ほど賃金調整に慎重になってきていることは雇用調整の場合と同機であり、労働市場の変化という面の反映が大きい。

 賃金が景気調整下にもかかわらず著しい上昇を続けているのは、労働需給に反映された構造的要因などによるものであるが、その変化の最も激しく現れているのは若年層賃金、中でも学卒者初任給の上昇である。学卒者の初任給は就職の高賃金産業への集中も加わって、その水準を著しく高めてきている。しかし同一企業に限定しても上昇率は高く、「雇用、賃金調査」によれば、中学、高校、男女とも15%前後の上昇が35年以降37年まで続いていた。ところが、さすがに38年になると上昇率はいずれも10%を下回るなど景気調整の影響が現れている。初任給上昇は抜本的には学卒者採用難を反映する関係で小企業ほど高いことはいうまでもないが38年の場合にもこの傾向は変わらず、100人未満の企業では中学男子の場合、依然10%をこえる上昇を示している。また技術系については事務系より相対的に採用難であり、初任給上昇も従来から若干上回っていたが、38年も大学、高校とも技術系のみは10%をこえている。

 初任給の大幅上昇が及ぼす企業内の賃金調整効果は年齢格差縮小を促進しているが、37年の場合、1人当たり平均調整額は小企業の方が大企業を大きく上回っている。これが初任給の上昇率差に加えて企業規模間格差縮小にプラスしているわけである。

 37年度の賃金の特徴は、名目賃金の著しい伸びにもかかわらず、消費者物価の上昇に吸収されるところが大であったことである。消費者物価は年度間6.7%の上昇となり、実質賃金は年度間で3.0%増に止まった。これは前年度より下回ることはもちろん、32年度以来の最低の上昇率である。しかも季節性を考慮すると、年度後半、実質賃金は低下傾向に入っているのが注目される。

第10-7図 名目、実質賃金の年度上昇率


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