昭和38年

年次経済報告

先進国への道

経済企画庁


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昭和37年度の日本経済

物価

消費者物価

概況…加速化した上昇テンポ

 37年度における消費者物価は、前年度に引き続きかなりの急騰を示した。すなわち、総理府統計局調べ「消費者物価指数」(全都市、昭和35年基準)によれば、年度平均指数は前年度比6.7%の大幅な上昇を記録し、前年度の上昇率を上回る急騰振りであった。 第9-7図 により年度間の推移をみると、36年後半からの急騰が37年に入って一時鈍化したあとを受けて、4~7月には再上昇に転じ、8~11月はやや落ち着きを取り戻したものの、年末から再び急カーブの上昇に向かい、年度中(37年3月~38年3月)では7.8%の上昇となった。8~11月の中だるみは、野菜、果物、鮮魚など季節商品が5月までの急騰のあと反落したことが大きく影響しており、一方この間季節商品を除く指数は一貫して上昇傾向をたどっている。ところが、除季節商品が37年12月から騰勢が一時頭打ちになったと同時に季節商品は反騰に転じ、主役の交替となった。このような足取りからみれば、季節商品と除季節商品のすれ違いが37年度の消費者物価の沈静を困難にしたといえようが、季節商品は季節変動だけに留まらず、すう勢的にも大幅な上昇をたどっていることからみて基調的に根強いものがあったわけである。景気動向からいえば、37年度は、後半に至り回復基調に転移したとはいえ、おしなべて景気調整の影響が経済の各分野に浸透していった年といえるが、消費者物価だけはひとり圏外にあって根強い騰勢を持続した。その背景には個人消費の堅調があったにしても、景気調整下において消費者物価が沈静しなかったのは、前回、前々回には経験しなかったことである。( 第9-8図 参照)

第9-7図 消費者物価指数の推移

第9-8図 調整期における消費者物価の推移

消費者物価上昇の内容

 37年度の消費者物価上昇を費目別にみると 第9-2表 の通りである。値上がり。の最も大きかったのは、食料の8.2%であり、以下雑費の6.6%、被服の5.5%、住居の3.6%がこれに続き、光熱はほぼ横ばいであった。前年度を上回る上昇率を示したのは食料、雑費、被服であり、住居、光熱は下回っている。寄与率をみると、食料が56.8%と全体の半分以上を占めており、次いで雑費が26.9%、被服は10.6%を占めている。このように、37年度中の消費者物価の上昇は、食料の急伸を基軸に、これに雑費の値上がりが加わって、いわば食料と雑費にけん引された前年度と同じ上昇パターンを描いている。以下費日別の内容に立ち入ってみることにしよう。

第9-2表 消費者物価の変動率と寄与率

 食料はまずここ数年来あまり大きな変動のなかった穀類の上昇が目立つ。これは32年以降据え置かれたままの消費者米価が改定されたためである。消費者米価の改定は、家計の向上、物価の動向、食糧管理特別会計の実情等を勘案して採られた措置であったが、単一品目としては最大のウェイトを占めているだけに物価へのはね返りも大きかったわけである。穀類を除く「その他食料」では、前年度に引き続き全般的に値上がりしているが、特に野菜、果物の値上がりが顕著である。また野菜は作付面積の増加から出回り量が豊富となり、秋にはかなりの値下がりを示したが、38年に入って豪雪や異常寒波の被害を受けて暴騰し、このため年度中の最高と最低では40%の幅がみられるほどの激しい変動であった。住居は3.6%の上昇に留まったが、これは住宅修繕の上昇の小幅化、家賃地代も地価上昇の幾分鈍化したのを反映して前年度を下回ったことによる。被服は前年度の上昇率とほぼ等しい5.5%の値上がりとなった。これは既製衣料、履物、袋物など加工賃の上昇に基づく値上がりに加えて、仕立代、洗濯代などサービス価格が引き続き上昇したためである。雑費はサービス価格を中心に高騰した。内容をみると、保健衛生費が医薬品、化粧品の一部で若干値下がりしたものの、理髪代、パーマ代など環境衛生料金の値上がりがみられ、一方交通通信では私鉄運賃の引き上げが影響した。この他教育では私立学校授業料、幼稚園保育料、教養娯楽では新聞代、映画観覧料、月謝などの値上がりが目立っている。

 以上は家計消費支出の費目分類に従ってみたのであるが、これを食料、工業製品、サービスの特殊分類別に組みなおしてみたのが 第9-9図 である。これによれば、食料とサービスの値上がりに主導された37年度の消費者物価上昇の姿がより鮮明に浮きぼりされてくる。そして食料のうちでは非加工食、サービスでは公共料金を除く「その他サービス」の値上がりが相対的に大きく、また工業製品では中小企業製品が大半を占める非耐久消費財の値上がりの影響が大きいことがうかがわれる。

第9-9図 特殊分類による費目別上昇率

消費者物価上昇要因の検討

 消費者物価は30~34年は比較的安定した状況であったが、35年後事ごろから上昇に転じ、35年度3.8%、36年度6.2%、37年度6.7%と次第に騰勢を強めてきた。ここ数年に及ぶこのような消費者物価の高騰は、高度成長に基づく構造変化が根底に横たわっており、とりわけ消費需要の増大と供給体制の立ち遅れ、及び労働力需給のひっ迫が低生産性産業の賃金所得上昇を誘発し、それが価格引き上げに転嫁されたことが基本的要因とみられる。37年度中は景気調整下にありながら騰勢をゆるめなかった点で注目を要するが、37年度の上昇も以上の基本的要因に規定されたことには変わりなく、特に新しい要素が加わったわけではない。いわば構造的上昇要因の増幅が盛んな個人消費需要と相まって、消費者物価への景気調整の波及を阻む結果になったといえよう。

 消費者物価の上昇をリードしている生鮮食料品は、生産に季節性があることや自然条件に左右されやすいことなどのため、短期的に価格変動が非常に激しい特性を持っており、そのため消費者物価のかく乱要因になっている。しかし最近は年率10%程度の割合で価格水準じたいがすう勢的にも引き上げられる傾向にある。これはやはり構造的要因が働いているからだといえる。すなわち、 食生活の高度化に伴う消費構造の変化に供給が追いつけないこと及び周年消費が増大していること、 労賃上昇などによる生産面、流通面にわたるコストの上昇、 産地の遠隔化による輸送費の増大、 流通機構の不備などが価格の底上げ要因になっているとみられる。また加工食品もかなりの値上がりを示している。加工食品のうちでも、食肉加工品、乳製品及び缶詰類は需要が急速に伸びているが、豆腐、かまぼこ、つくだ煮、漬物など低度の加工食品は概して需要の伸びが停滞している。しかも大部分が零細業者によって占められているので生産性も低く、最近の求人難に基づく賃金上昇あるいは業種所得の増大傾向が値上げに転嫁されることになった。こうした程度の加工食品ばかりでなく、衣料品、身の回り品、日用品雑貨などの中小企業製品についても同様の環境にあり、先にみた工業製品のうちの非耐久消費財の値上がりとなって現れている。次にサービス価格についてみると、電気料金、私鉄運賃などの公共料金の場合は、需要増大に対応するための設備投資が資本費の増高を招き、資金調達の必要上従来の低料金の調整を図ったものである。これに対し、入浴、理髪、美容、洗濯代などのサービス価格になると事情が異なる。これらの対個人サービス業を構成しているのは零細業者であり、これまで二束構造の下部に位置して低賃金に基づく低価格体系が保たれていた。ところが最近の構造変化により、こうした存立基盤が崩されて労働力確保のため賃金引き上げを余儀なくされたが、生産性上昇の余地に乏しいので賃金上昇が生産性を上回り価格上昇へ転嫁されることになったわけである。しかしこの場合、協定価格等に基づく便乗値上げのあることも無視できずそれが物価上昇に拍車をかけている。

 ところで以上の構造的要因に基づく消費者物価の上昇は、背景に個人消費の堅調があり、それと結びついて実現されたものである。「国民生活」の項でみられるように、消費関連指標は引き締め後もおおむね堅調裏に推移しており、調整期においてなお個人消費が衰えをみせなかったことは、消費者物価の根強い騰勢を支援する役割を果たすことになった。しかしこの需要要因じたいは賃金、業主所得の大幅な増加に支えられているわけである。従って消費者物価の上昇要因もつまるところは、製造業における生産性の急上昇が高い賃金上昇を可能にし、一方生産性上昇の緩慢な農業、サービス業においても、賃金業主所有の引き上げが行われるようになったからだということができよう。 第9-10図 は大まかな計算であり方法的にも問題はあるが、賃金、生産性、物価の関係を示したものであり、第二次産業と第一次、三次産業との間の生産性上昇の開差と賃金所得格差の縮小傾向にあることがうかがわれる。

第9-10図 産業別生産性、賃金業主所得物価

 消費者物価上昇の問題点

 消費者物価の上昇は、さまざまな構造変化を伴う経済成長の過程ではある程度避けられない必然性を持っている。 第9-11図 にみられるように、最近は低位成長の先進国においても消費者物価の上昇テンポが次第に速まっており、インフレ化の傾向を帯びてきている。これによれば、物価高がひとり日本だけの例外現象でないことが分かるが、同時に成長率の高い我が国では、物価安定化が極めて難しいことを物語るものでもある。いうまでもなく成長政策の目標は、賃金、所得格差の是正を通じて二重構造の解消を図り、生活水準の先進国化を達成することに置かれている。こうした成長路線を進みつつある日本経済において、物価上昇が随伴することは、ある程度避けられないしまた是認されるべきであるというのがこれまでの消費者物価上昇に対する支配的な考え方であった。このような物価観がいまでも基本的に誤りではないにしても、岬周度成長がもたらした最近の消費者物価上昇のテンポはまさに異常であるといわなければならない。もしこのような消費者物価の大幅な持続的上昇を放置すれば、投資、貯蓄、消費の不均衡から安定成長を阻害するばかりでなく、卸売物価の安定をも破たんに導き国際競争力を弱化させる可能性も懸念される。以上のような現状認識に立てば、当面の物価政策の方向も、既定の物価安定施策を強力に推進すると共に、所得配分のあり方が検針されなければならない時期にきていることを示唆している。

第9-11図 消費者物価上昇率の国際比較


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