昭和38年

年次経済報告

先進国への道

経済企画庁


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昭和37年度の日本経済

農林業

農業

37年度農業経営経済概観

 37年度の農業生産は概して順調に推移し、全体としては、前年比3.2%の増加を示した。これは前年の増加率3.0%を上回るものである。生産増加に寄与した主なものは、米と畜産物である。米は最近の技術進歩に加えて、気象条件にも恵まれ、4.9%増である。畜産物は、前年度の増加率が28.0%と大幅であったのには及ばないが、なお9.8%増となった。これは主として、牛乳、鶏卵の増加によるもので、豚はほぼ前年度の横ばいであった。

 一方、農産物に対する需要は依然として強い。これを37年度の都市家計(全都市、全世帯、総理府調査)中の食料支出についてみると、前年度に比べて8.8%増加し、近年にない大幅な増加である。

 農産物価格はほとんどすべての品目にわたって上昇し、全体としては9.6%の上昇率となった。価格上昇に最も大きな影響を及ぼしたものは米であり、寄与率でみると、これだけで価格上昇の41.6%を占め、その他では、果実が11.4%、畜産物が5.2%を占めている。

 一方農家の購入品価格は前年度より2.9%の上昇を示し、そのうち農業用品は1.8%、家計用品は3.9%の上昇である。

 農家からの人口流出は、引き続き増加している。他産業への就職者総数は81万人で、前年比10.3%増である。在宅通勤者の増加率は、18.2%と前年に引き続いて大きい。

第6-1表 37年農業生産の上昇

 就職者を年齢別、世帯地位別にみると、その大部分は、19歳以下層と、二、三男である。このように人口流出が続いた結果、農村日雇い賃金の上昇率は対前年度比23.2%を示し、一般労賃の上昇率(約10.0%)をはるかに上回った。

 農家経済をめぐる諸条件は、以上みたように、農家にとって比較的に有利に展開されたので全般的には順調であった。これを 第6-2表 によってみると、37年度の農業所得は前年度比14.6%増、農外所得も、労賃俸給収入が引き続いて増加(14.3%)し、9.9%の増加となった。その結果、農家所得は、前年度比11.8%増加である。一方家計支出も消費生活の向上を反映して10.8%増となり、消費水準としてもほぼ7%の増加である。以上のように農家の所得、支出共に前年度を大幅に上回り、農家余剰も16.9%増である。この余剰は主として貯蓄に向けられた。例えば、37年中の全国農協貯金増加額は前年を15.6%上回った。(農林中金調査)

第6-2表 農業経済収支

 以上みたように、37年度の農業は日本経済が軽い調整を経てきたのに対し、その影響をあまり受けず、全体としてみる限り比較的順調な推移を示したといえる。37年度の農業の特徴は、第一に、農産物価格の上昇である。この価格上昇は農家経済の好調の原因ともなったが、他方消費者物価上昇の一因ともなっている。第二は、農家から非農業への就職者数が依然として増大し、兼業収入も増加したことである。前々回の景気後退時には、兼業収入もかなり影響を受けたが37年度についてみるとほとんど影響がなかったと思われる。

 次に本年の農業経済の特徴でもあり、また消費者物価上昇の一因になった農産物価格上昇の要因についてみよう。

農産物価格の上昇傾向

 前節で述べたように、37年度の農業の1つの特徴は、全般的な価格の上昇ということであった。しかしこのことを、単に37年度だけの特徴として捕らえることは適当でない。 第6-1図 をみると、30~34年の間はほぼ横ばいに推移した農産物価格が35年からは一本調子の上昇傾向を示している。農業用品価格と比較してもその差が明らかである。このような農産物価格の上昇は農業所得の面からいえばプラスであるが、国民の消費生活の面からみた場合、食料支出を増大させ、家計を圧迫することになる。食料価格の上昇には流通過程、加工過程の問題も重要であるが、ここでは生産者価格の上昇について考察しよう。

第6-1図 価格の動き

 まず、生産者価格について、種類別の価格上昇率をみると、 第6-3表 のごとくである。37年度においては米、いも類、雑穀、豆類、工芸作物、果実、まゆが平均以上の騰貴を示し、中でも、米、果実の上昇寄与率が大きい。両者は36年度においても寄与率が大きい。野菜は37年度を通じてみると、かなり大幅な価格上昇を示し、特に38年に入って各野菜がそうはつや寒害のため不作となり、急激な値上がりを示した。しかも3年間を平均してみると野菜は上昇率、寄与率共に最大の部分を占めている。

第6-3表 農産物価格の変化と寄与率

 いも類、雑穀、豆類、まゆの価格上昇は需給のアンバランスによるものである。甘しょは価格が停滞下降気味で、作付面積は、35年ごろから減少の傾向を続けたのに対し、需要は予想以上の伸びを示したために価格も反騰を続けている。需要の増加は主としてでんぷんであり、それは水あめ、ぶどう糖を原料とする果実缶詰ジュース類の生産が、近年急速に増大しているためと思われる。そのため、でんぷんの政府手持ち量が22万トン(34年)にも達したものが、最近ではほとんど在庫量はなくなっている。

 まゆは、数年前から生糸の需要が堅調(主として内需)であるにもかかわらず、生産の増加はほぼ横ばい状態であり、価格は高騰の一途をたどっている。生産が伸びないのは生糸の将来性にまだ不安感をぬぐいきれないことの他に、近年の労働力流出の影響を見逃すことができないであろう。労働力不足の問題は、い草のような労働集約的な裏作作物にも影響を与え、生産の停滞をもたらす一因となっている。なお、37年度後半には、豚肉価格が上昇傾向に転じている。これは前年度年次経済報告にも触れたように、周期的な上昇期にあたっていると思われる。

 次に近年の価格上昇率、寄与率とりこ大きく、また、消費者物価の点からも重要な米、野菜、果実について、やや詳しくみることにしよう。

価格上昇のコスト要因

 価格上昇の原因として第一に考えられるがコストの増大であるが、コストと価格との関係は必ずしも直接的ではないし、また、ものによっては影響の仕方が異なる。米価の場合は、政府買い上げ価格が、いわゆる「生産費、所得補償方式」によって定められるから、コストの影響はまさに直接的である。

 米価は過去3ヶ年の石当たり平均生産費が基準となる。生産費のうち約60%を占める家族労働費は、製造業平均質金に評価替えされる。従って、近年のように、製造業の賃金が米の生産性の上昇率をはるかに上回って騰貴する場合には、米価も上昇せざるを得ない。家族労働費を都市均衡労賃で評価替した36、37年産米に用いた生産費を比較したのが 第6-4表 である。全体で、1,129円の上昇のうち家族労働費の増が700円、60%を占め、最大である。ちなみに、基礎となった都市均衡労賃は、前年度に対し約18%の上昇である。

第6-4表 米価算定に用いた生産費の内訳

 ところで、米価を他の物価との相対関係からみた場合はどうであろうか。 第6-2図 は米価、米生産性、卸売物価、製造業労働生産性を比較したものである。これによると、36年までは米価の上昇度は卸売物価とほぼ同じ程度であり、37年になって、米価の上昇がしのいでいる。一方、労働生産性は、製造業の方がはるかに向上している。一般に農産物の生産性上昇率は、製造業に比して低いわけであるから、価格上昇傾向を持つわけである。

第6-2図 価格と生産性の比較

 次に、果実、野菜についてみよう。

 コストの価格に与える影響は一概にはいえないが、価格がひきあわない場合は、生産をやめるなり、生産性向上の努力をしてコストを下げるわけであるから、長期的には、コストと価格は傾向としてほぼ一致した動きを示すであろう。野菜、果実で、30年以後についてコストと価格との関係をみると、りんごが相関が高いようである。( 第6-3図 注参照)。

第6-3図 コストの推移

 特にりんごの場合は、コストの低下と価格の低下がはっきりした形で現れている。このコストの低下は生産性の向上によるものである。すなわち、労働時間は、せん定、摘果、管理、収穫、選別などで増加しているが、機械化による中耕除草労働の減少、無袋栽培による労働節約などによって全体として微増程度であるのに対し、面積当たり生産量は2.3倍に増加したため、労働生産性は2倍に高まっている。

 この結果、価格の低下に耐えて生産も安定的に増大せし遅らせるめ得たと思われる。その他のものについては、コストと価格の関係は必ずしもはっきりはしない。しかしここで間接的なコスト要因として、近年の雇用機会の増大、それによる労働力の流出と労賃騰貴の影響を無視し得ないであろう。この問題は、生産者のコスト観念1日家労働評価の観念を高めると共に一方では作付けにも影響を与える。

 農民の作付け決定に影響を及ぼす要因には、前年の価格、価格の安定性、他の農作物との相対価格などいろいろと考えられる。

 例えば収益性指標として1日当たり家族労働報酬をとり、26年以降について作付面積との相関係数を計算とすると、30年以前は約0.2に対し、それ以降では約0.6となる。(野菜、果実5品目を含む9品目。)これは、近年作付けの決定に当たって農業外の労賃と自家労働を比較する傾向が強くなったことを意味している。このような事態は、間接的なコスト要因としてみることができ、その作物の収益性が低い場合には、生産をさしひかえることになる。結局、長期的には価格に反映せざるを得ないであろう。

 しかし、1時間当たり家族労働報酬をみると( 第6-5表 )果実類は最近に至りようやく米に比して劣らないようになっている。

第6-5表 家族労働報酬の推移

 果実経営において、もしこの程度の収益性水準が維持されるならば、今後の生産の伸びを期待できると思われる。

 なお、野菜についても収益性は高まってきているが水稲、果実におけるような収益が今後確保され、それが一般化するならば、生産の伸びる可能性もあることになろう。ただしその場合においても生産性増大によるコストの低下を図らねばならないことはいうまでもない。

需給の不均衡と価格の騰貴

 価格上昇の要因として第二に考えられるのは、需給の不均衡である。ここでは主として需要の側面から考えてみよう。

 野菜、果実の需給関係については、資料の不備もあって、的確かには判断できない。しかし、例えば食糧需給表によって野菜、果実その他主要食料消費をみると 第6-6表 のようである。表による限り、果実の需要増は非常に顕著である。

第6-6表 食糧消費の推移

 野菜の方は果実ほどではないが、このうちには、だいこんのような明らかに消費が減少しているものが含まれているから、果菜類、葉菜類のようなものは、かなりの増加となっているはずである。とまと、キャベツ、西洋野菜などはそのよい例である。

 もちろん、食糧需給表は、生産イコール消費という性格をもち、この数字がただちに供給に対する需要のリードを意味するものではないが、近年のように価格が上昇しているにもかかわらず、消費数量がこのように増加していることは、需要の堅調をうかがわせるものである。更に、このような需要の堅調を背景にして、天候による豊凶の差が激しいことが極端な価格変動をもたらしている。

 しかし、需要が堅調かどうかはあくまでも相対的なものであって、供給が充分に追いついていけば価格は上昇しないということはもちろんである。例えば卵やりんごなどは需要の増加も大きいが、生産がそれ以上に伸びており、加えて生産性も上昇しているために価格は上昇していない。

 供給の側面では、前節で述べたように、非農業における所得上昇に対して、野菜の収益性が相対的に不利であったことが供給を遅らせる大きな要因であると考えられる。また、従来の都市近郊の野菜主産地が後退し、近年では中間地帯への産地の拡大が目立つが、まだ主産地として確立していないために、生産力が必ずしも高くなく、変動も激しいということなどが、供給を立ち遅れさせていることも見逃すことができない。

 以上、簡単に価格上昇の原因について考察した。米価の場合は都市労賃の上昇を主原因とするコストの上昇が引き上げたものであり、野菜、果実の場合は需要の増加と供給の遅れによる需要不均衡の要因がより大きいと思われる。需要を急速に増加させた原因は近年の高度成長過程における所得の上昇である。供給を相対的に遅らせる原因としては、最近の都市労賃の上昇─労働力の非農業への流出が間接的なコスト要因として底辺に作用していることも見逃すことはできないであろう。いずれにしても、高度成長過程における構造変化を背景にしているわけであり、このことが、34、5年以降、野菜、果実の価格形成に、生産が増加しても価格は騰貴するという基調変化を生じさせた基本的原因である。( 第6-7表 )。これは、他面から見れば、米価について述べたように相対的に生産性の上昇率が低い農業の所得補償要求の過程でもある。

第6-7表 生産と価格の増減率

 果実の場合、その高い収益性によって栽培面積が増加傾向にある。野菜も最近値上がりを反映して収益性が高まったとみられるが、このことが更に今後の生産の順調な発展につながるかどうかは、労働力、賃金、土地等の生産諸条件のいかんにかかるところが少なくないであろう。

 その意味からも生産力の高い専門化した経営の育成、主産地の形成等、一層の生産性増大の政策が強力におし進められねばならない。そのことがまた、天候による豊凶の差を少なくし、価格の安定にもつながることになろう。


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