昭和38年

年次経済報告

先進国への道

経済企画庁


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総説─先進国への道─

新しい環境の下での発展─先進国への道─

交通、住宅部門の立ち遅れと公共部門の強化

 先進国に追いつく過程において立ち遅れをみせているものとして消費部門について社会資本、住宅部門がある。高度成長の過程では民間設備投資が成長をリードしたが、それだけ公共部門が立ち遅れを示すことになった。

 近年、道路交通事情の悪化、港湾の船混雑、都市交通のあい路化などの問題に対処すべく、交通部門に対する公共投資はかなり積極的に行われている。31年から35年までの平均値では年々の社会資本への投資額の国民所得に対する比率は日本は8.2%でスウェーデンの8.5%につぎアメリカの2.9%やイギリスの6.6%を大きく上回り世界的にみても高い国に属する。だが社会資本の問題は年々のフローよりも今までの残高が問題である。先進国では少しずつでも永年の蓄積があるからこそ社会資本の不足が表面化しないが、日本では、経済の成長が速すぎたことから社会資本のストックと国民総生産とのギャップは急速に拡大する形になっている。 第33図 には戦前、戦後を通じての交通資産のストック額を試算したものを示す。戦後の一時期国民総生産が大きく落ち込んだときには交通資産も余裕があったが、その後の高度成長には追いつけず昭和30年ごろからギャップが拡大してきたことが分かる。これには社会資本が少し位不足でも何とかがまんできるという面があって、民間資本の蓄積が優先されたという事情がある。千トン高炉で3千トンの銑鉄を作ることは不可能であるが、定員の3倍以上にお客をつめこんで山手線は走っているという事実がこれを物語っている。

第33図 資本ストックの推移

 またもしも民間の設備投資を押さえずに、民間部門の高成長のテンポに合わせて公共投資をも拡充していたならば、成長率を一層高めることになり国際収支の均衡を維持することは全く不可能であっただろう。試算によると30年以降の投資の強成長に合わせて公共部門の拡充を図っていたとすると、生産の上昇は年に3割近くを続けねばならなかったことになる。

 このように高度成長過程の民間設備投資の急増期に公共部門が立ち遅れを示したことはある程度やむを得ない事情であるが、そのことは同時に今後の安定成長期において公共投資の拡充を一層図らねばならないということを意味しよう。

 住宅部門も高度成長に立ち遅れをみせてきた点は社会資本と同じ事情にある。下水道、厚生施設などの生活環境施設の立ち遅れは、交通部門に比べても激しいが、生産第1主義の先進国への追いつき過程ではこれまたやむを得ないものであった。

 住宅難は戦後18年依然続いており、最近の1部屋当たりの人員を比較してみると、アメリカの0.7人はともかくとして、西欧では一番住宅難を訴えているイタリアでも1.3人に対し日本は諸外国に比べると1部屋の面積が狭いうえ1部屋あたり1.4人でかなり過密である。しかし、日本の住宅事情が深刻なのは、戦争による被害が大きかったことや住宅建設面が立ち遅れていたということだけではない。供給量の方は最近では質的にはともかく量的には先進国に劣らないだけのものとなっている。千人当たり住宅建設戸数はイタリア、カナダの6.3戸、イギリスの5.7戸に比べ日本の5.7戸はそれほどひけをとっていない。それにもかかわらず住宅難の声が大きいのは住宅需要の方に諸外国にはない特殊事情がからんでいるからである。

 住宅需要が特に強い理由の第1は人口増加率はとまったのに、住宅を需要する結婚適齢期の人口は今後10年かなりの高水準を続けることである。第2は急速に消費生活の近代化が進み、親子が一緒に住むという古い慣習がすたれて世帯が分化しつつあることである。戦前では世帯数の増加は婚姻数の4分の1程度に過ぎなかったが30~35年では、婚姻数の年平均81万に対し世帯の増加は44万と約5割を占めるようになっている。しかも諸外国に比べると2人世帯の比率はなお低く、世帯の分化は今後も進むとみなければならない。

 第3は都市への集中の激しいことである。25年から30年までは人口増加のうち67%が七大都府県に集中しているが、30~35年には96%までが大都市へ集中している。それがすべて社会的移動で住宅を直ちに必要とする人たちだけに都市での住宅需要は特に激しいのである。

 このような需要増大から、いくら住宅を増やしてもなかなか需要に追いつかないことになる。しかもその間地価を含めた建設費の上昇は、預金金利を上回るもので、貯金をして将来の住宅を夢みた人々も、なかなか自分の住宅を建てることは難しいというのが現状である。また土地が高くて手に入らないのが住宅を建てられない大きな理由となっているが、 第35図 にみるように土地供給はかなりのテンポで行われ30年から36年までに2.5倍となっている。しかし、工場用地が優先しており宅地に回るものが少なく、ここでも生産第一主義が貫かれていることが分かろう。また自分の住宅がもてない場合に貸家に入ろうとすると家賃の上昇は30年以降賃金上昇を上回るものであった。日本の家賃上昇は1953年から59年までに2.3倍となっているが、住宅難を訴えているイタリアでもこの間1.9倍、イギリスでは4割程度で日本は家賃上昇では国際的にみても最高の部類に属する。しかも最近の民間貸家の建設は個人の家賃負担力ぎりぎりの範囲で狭小な木造アパート式のものが住宅供給の大部分を占めている。30年ごろは5大都市の民間貸家の25%がアパート式貸家、貸し間であったが35年には47%に増加している。このような状況からみて今や土地問題を含めた住宅問題は個人の力で解決し得る余地は次第に少なくなっているといえよう。今後においても住宅供給には自力建設にまつところが大きいが、土地政策、住宅政策の急速な確立が必要となっている。住宅供給は今まで以上に計画性を必要とし、個人の自由な選択によって無秩序に分散的に住宅が作られる時代は過ぎて、環境設備の完備したもので、長期的視野の下での都市づくりが行われねばならない。

第34図 用途別土地供給の変化

第35図 国民総生産の成長に対する項目別寄与率


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