昭和38年

年次経済報告

先進国への道

経済企画庁


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総説─先進国への道─

新しい環境の下での発展─先進国への道─

先進国に近づいた経済規模

 戦争によって大きな痛手をこうむった日本経済も、戦後18年間のたゆまざる発展の努力によって面目を一新し、かつ急速に経済規模の拡大を達成した。この18年間を振り返ってみると終戦直後の経済目標がまず戦前水準の復帰であったのは当然であるが、昭和30年ごろにその目標を達成してあとは、更に1日も早く先進国並の経済規模を作り上げ、立ち遅れた経済構造の近代化と完全雇用の達成が経済政策の長期的目標となっていた。昭和36年に発足した「所得倍増計画」において目標達成時の経済水準が33年当時の西ドイツ並になると考えたことや「貿易為替自由化大綱」によって自由化の目標を与え、開放体制への体制変化を図ったことなどが、日本人の目を急速に世界へ向かって開かすことになった。

 世界もまた日本経済の高度成長に驚異の目を見張ると同時に既に到達した経済水準、技術水準が先進国にかなり接近しており、日本経済の代名詞であった「低賃金国」の汚名を返上し得る段階にまで到達したと考えるようになってきている。事実工業生産は、1962年にはアメリカ、ソ連、イギリス、西ドイツに次いで第5位と考えてよい規模になっている。商品によっては、造船、トランジスタテレビ、オートバイ、カメラなど世界第1位の生産量を誇るものも少なくないし、全世界を市場として発展している。基幹的産業の電力、鉄鋼、セメントなどの生産量も5指のうちに入るまでになった。特に高く評価すべきことは、産業界自体も、国際競争力面での自信を深めていることである。「自由化大綱」を決定した35年ごろにはなお国際競争力においてあまり自信のなかった化学、機械工業においてもようやく先進国に、太刀打ちできると考えるようになってきた。

 技術面でも国産技術は微々たるもので、技術開発力についてはなお先進国に比べ格段の差がある。しかしながら、技術導入の進展の結果 第15図 ににみるように各産業での技術水準は企業の主観的評価としては既に先進国に追いつき、あるいは追いつく自信を持ってきたことを示している。

第15図 欧米と比較した日本の技術水準

 また、文化的指標である教育水準や、死亡率でみると 第14図 にみるように高等教育の普及はアメリカに次いで高く、人口の増加パターンはいわゆる少産少死の先進国型になっている。

第14図 主要経済指標の国際比較

 しかしながら、生活水準や1人頭に直した経済水準が先進国に達しているとは、まだいえない状態である。1人当たり国民所得を公定レートの360円でドルに換算したものでは1961年において404ドルで22位に過ぎない。また賃金水準も 第17図 にあるように公定レートではアメリカの7分の1、西ドイツの5割という低さである。もとより日本の賃金を国際比較するには福利厚生費が多いことや物価が割安であることを考慮せねばならないが、先進国に比べなおかなりの差があることは疑い得ない。しかし、それも10年前の日本経済の姿からみるとかなり先進国へ近づいていったことが分かる。1950年といえば日本経済はドッジラインの厳しい試練を受けたあと、本格的に自立経済へ踏み出したときだが、そのさいの日本経済の水準は、1人当たりの国民所得でアメリカの14分の1、同じく1人当たりの鉄鋼生産は10分の1、1人当たりの自動車の生産になると100分の1以下というみじめさだった。それが5年たった1955年には国民所得水準では10分の1になり、現在では6分の1にまで差を縮めている。また粗鋼生産では1961年にはアメリカの6割、自動車生産でも3分の1まで差を縮めることができている。

第17図 労務者時間当り賃金の国際比較

 また資本集約度(1人当たり粗有形固定資産)をとってみるとイギリスに比べ製造業平均では5割ぐらいだが、 第16図 にみるように1954年から62年までの8年間の設備投資の急伸によって著しく接近していることが分かる。

第16図 日英製造業の粗資本集約度比較

 しかも資本集約度の上昇は最近において特に大きいために、同じ資本額でも先進国に比べて新しい資本の比重が高いことになる。設備は比較的新しいものへどんどん変わっていく。 第16図 にみるように日本では比較的遅れていると考えられていた機械工業でもその保有工作機械台数では既にイギリス並であり、しかもその経過年数別の構成は10年未満の機械が52%を占め、イギリスやアメリカよりも新しい機械の比重が大きい。

 このようにして先進国に急速に接近し得たことは、日本経済が世界にもまれな高成長を達成したからに他ならない。先進国もたえず拡大し、発展し続けているのであるから先進国に早く追いつくためには、先進国の成長をしのぐ成長力を持たなければならない道理である。日本経済はその潜在的な成長力をたくみに発揮することによって、この戦後18年に大きな成果を獲得したのであった。

 しかしこれだけ早く先進国に追いつくためには、かなりの無理をしなければならなかったことも否定し得ない。先進国と同じことをやっていたのでは先進国に追いつくことはできないわけで、高度成長のゆがみが経済の各部門に生じている。また先進国へ追いつく努力が日本の工業力の発展、国際競争力の強化という、世界経済との接触面において特に進められたことと、先進国に追いつくまでは、諸外国との競争にさらせないようにという保護政策とが相まって、経済の各分野において先進国らしからぬ姿を残していることも疑い得ない。先進国へ追いつく努力のために払われた犠牲やあるいは目をつぶって見逃してきた問題も少なからずあった。

 そのことが、例えば企業は経済の拡大に呼応して大きくはなったが、財務構成などにおいて企業基盤の弱さを残している点にみられる。金融面にしても、成長のための金融組織としてはうまく働くメカニズムができているが、その結果が銀行はオーバーローンになり、日銀借り入れ依存を容易には改め得ないことになっている。

 更に問題なのは、民間企業の高成長の間に公共部門(PublicSector)の努力にもかかわらず立ち遅れが目立ち、社会資本の不足、道路、港湾、生活環境の不備には著しいものがあることであろう。

 一方経済構造の改変にも遅れがみられる。日本の産業は需要構造の変化に応じた適応性は比較的高いし、産業構成の変化は急ピッチで進められ、重化学工業化も大幅に達成された。しかしいわゆる二重構造の改変は社会的問題もからむだけに、単に高度成長だけでは解決し得ないものを持っていた。農業にしても、中小企業にしても、あるいは流通部門やサービス業などにしても、製造工業や大企業が先進国へ近づく努力を行ったときにも、古いからを脱し切れない面もあって組織の改編は遅々として進んでいない。

 また、日本の消費生活が、一面において近代化し、先進国特にアメリカ的生活様式が導入されて、 第18図 にみるごとくテレビの普及率などは、低い生活水準に比べると異常に高いが、食生活の内容は貧弱で、住宅の面での立ち遅れは争い難い。狭い住いに部屋いっぱいに家庭電気器具を押し込むという矛盾をあえてしているのである。年々の消費水準よりも、住宅などの個人の資産保有高が、先進国に比べ特に低いことが大きな問題となっている。

第18図 1人当り国民所得とテレビ保有率との関係

 これらの経済構造のアンバランスは、一口にいえば先進国に近づくための高度成長の努力の結果、 ① 高度成長そのものがもたらしたゆがみと、 ② 高度成長の過程で残されていた部門、みすごされていた部門の不均衡が目立ち始めたことにある。我々は、今後先進国への接近に一層の努力を払わねばならないのであるが、同時にそれは内容的な先進国らしさへの努力が伴わねばならない。


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