昭和37年

年次経済報告

景気循環の変ぼう

経済企画庁


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景気循環の特質と変ぼう

国際環境への適応と企業体制

転型期の企業体制

激しい企業間競争の条件

 これまでの日本経済の成長と循環は、経済主体である企業の激しい競争をともないながら展開されてきた。このような企業間競争が、どのような条件に基づいてきたかを概観しておこう。

 まず戦後の経済民主化政策によって戦前の産業体制が崩壊し、企業が新しい主体性を獲得したことがその出発点となった。すなわち財閥解体、企業分割、独占禁止の一連の政策は、企業に新しい発展の機会を平等に与え、先進国化をめざす盛んな企業家精神に強く裏打ちされて、激しい競争を現出させたのである。幸いその後経済が急テンポで拡大したため、競争のいきすぎは大きな矛盾につきあたることなく。強気の企業ほど急速に成長する例が多かった。この間、封鎖体制下にあって海外企業との競争が遮断され、非能率な企業も存立しえたので、企業の乱立傾向が一層競争に拍車をかけた。つまり封鎖体制下の高度成長という条件の下では、限界企業が原則的に淘汰されず、いきすぎた競争も過当競争の矛盾となって表面化することは少なかった。

 日本の高度成長は技術革新たによる構造変化を通じて達成されてきたが、技術革新は創造される分野と同時に破壊される分野を持つくりだしている。しかも日本の技術革新はテンポがはやく、濃縮された技術革新の形をとったため、多くの部門で停滞化が急速に進んできた。たとえは 第III-2-1図 の通り自動車における3輪車、繊維における綿糸、人絹糸、スフ、化学における肥料、ソーダ等がその典型で、これら停滞部門の比重が高い企業では特にこの1、2年の間に、経営の行きづまり傾向が目立ってきた。そのうえ終身雇用制と労働の封鎖性は、多くの場合、経営の縮小、整理を困難にしているので、これらの企業は成長部門へ進出せざるを得ない立場にたったのである。

第III-2-1図 主要製品の相対生産指数

第III-2-1表 主要製品の発展段階のよる分類

 このため、3輪車メーカーが4輪車へ、綿紡、化繊メーカーが合成繊維へ、肥料、ソーダメーカーが石油化学へと進出を図り、これが最近成長部門の競争を一層激化させている。もっとも、これは大企業についていえることで、中規模以下の企業では、かなり淘汰が行われている。例えば2輪車、カメラ、ラジオ等では技術革新と過当競争のなかで多くの企業が脱落としていった。

 次に激しい競争を支えた経営面の要因として、技術、資金の調達条件があげられよう。日本の企業は技術の自己開発力に乏しく、戦時中その空白時代を経過した関係もあって。戦後は先進国‐との間に大きな技術格差を生じた。このため技術を海外に依存することとなったが、海外でその供給者をたやすく見い出すことができたうえ、技術の商品化が進んだので、技術導入によって容易に企業化し得る状態に置かれた。つまり、海外技術供給者に依存した企業間の平等な技術条件は、激しい競争を交える機能を果たしたのである。

 同様に、資金の面でも、外部資金に依存した安易な調達がみられる。 第III-2-2表 の通り金融機関借入金を中心とする外部資金の比重は、先進国と比較して圧倒的に高い。先進国では外部資金の調達が自己資本によって制約を受けるのに対して、日本ではこの面にあまり制約されなかったことが激しい競争を支える条件となった。しかも金融機関はオーバー・ローンをともないながらも、相互いに競争して、これに積極的に対応していったのである。さらに系列融資を中心とする金融機関と企業の密接な結合関係は、非能率な企業を温存させる結果をも招いている。なお政府の施策も企業の乱立を強く排除することが困難であったため、結果的に競争のいきすぎを抑制する効果は必ずしも充分ではなかった。このように企業の主体的条件のうえに、多くの外部条件が重なりあって激しい競争を展開させてきたものといえよう。

第III-2-2表 資金調達源泉の国際比較

競争形態と経営面に与える影響

 企業間競争は、設備投資競争を軸として、特に成長率の高い産業で激しく展開されている。この高成長産業における競争は、各業種の特殊事情を反映して複雑な形をとっているが、一応次のような形態に分類できよう。

  ① 激しい競争が設備投資段階で行われているが、生産、販売段階ではその影響がまだ全面的に現れていないもの。

  ② 激しい設備投資競争が生産、販売段階にも本格的に波及し、設備投資、生産、販売の各段階でいきすぎた競争が行われているもの。これはさらに(イ)価格競争がある程度制限されているものと、(ロ)価格競争の形態をとっているものにわけられよう。

  ① に属するものは日本では産業としてまだ若い自動車、石油化学等があげられ、構造変化が進むなかで先発企業、後発企業入りまじって激しい設備投資競争が行われている。しかも特定の投資対象に集中化する傾向が強く、画一的な投資競争が相互いにその果実をつぶし合う矛盾をはらんでいる。まだ大規模な設備投資が全面的に稼動していないので、需給の不均衡は本格化していないが、次第に激しい生産、販売競争になりつつある。

  ② に属するものは鉄鋼、石油精製で、需要が急増するなかで、市場占拠率の拡大をめざして、設備投資競争が行われた結果、今回の景気調整前の好況期に既に一部供給過剰を生じ、生産の調整が行われた。鉄鋼は大企業の主導体制が確立し、公販制度によって価格競争がある程度制限されているのに対し、石油精製は外資系、民族系等の複雑な業界体制や自由化要因等もからんで、激しい価格競争の形をとっている。

 次に、このような成長競争の企業経営面に与える影響をみよう。 ① の業種はまだ競争の影響が経営面に全面的にでていないので、 ② の(イ)鉄鋼、(ロ)石油精製を下記の典型的な寡占業種と対比してみよう。

 (ハ)寡占体制下の高成長業種……合成繊維(ナイロン、ポリエステル)

 (二)寡占体制下の低成長業種……フィルム

 両業種とも、それぞれ2社で市場全体あるいはそのほとんどが占められ、いきすぎた成長競争は回避され、価格も安定的に推移している。

 まず概括的に売上高、純利益、設備投資の伸びをみると、 第III-2-2図 の通りで、4業種の特徴が浮彫りされている。合成繊維はこれら3指標が、ほぼ平行的に伸びて均衡が保たれているのに対し、鉄鋼は設備投資、純利益の伸びが、売上高を大きく上回り、石油精製は最近純利益の激減、売上高の低下、設備投資の急増が目立っている。一方フィルムは純利益、設備投資が売上高の緩やかな伸びを下回り、当初の水準以下に留まっている。総資本純利益率は30年度上期においては合成繊維、フィルム、石油精製がほぼ同水準にあったのが、石油精製は過当競争によって激減し、フィルムも高成長に恵まれなかったため減少し、すう勢的にほぼ同一水準を維持した合成繊維との間にかなりの差を生じている。また33年度まで極めて低率であった鉄鋼は、公販制度が軌道に乗った34年度上期以降、需要の急増と相まって、急激に上昇を示した。しかし最近は成長競争のいきすぎでかなり低下しており、限界総資本純利益率でみると34年度上期13.9%、下期15.1%から35年度下期にはマイナス1.3%、36年度上期マイナス1.0%と目立って悪化している。

第III-2-2図 売上高、純利益、設備投資の比較

 自己蓄積効率は、石油精製が低水準低下傾向にあるのに対し、鉄鋼は著しい増加をみせ、価格競争の影響が両者の蓄積テンポにかなり反映しているとみられる。しかし、両業種ともこの蓄積テンポを上回って巨額の設備投資を行っているため、内部資金・設備投資比率は以前に比べてすう勢的にかなり高くなっている。これに対して合成繊維、フィルムは、いきすぎた競争を回避して蓄積テンポに均衡をた持って、設備投資を行っているので、低位かつ安定的に推移している。このため池人資本比率をみても、合成繊維、フィルムが低率にあるのに比し、石油精製、鉄鋼はかなり高く漸次悪化傾向がみられる。特に鉄鋼は金融費用の負担が大きくなり、36年度上期の売上高金融費用率はフィルムの3.0倍、合成繊維の2.2倍に達し、経営の弾力性がかなり低下している。さらに石油精製では短期支払い能力の低下を反映して、流動比率は30年度上期の115から36年度上期は83へと自立って悪化している。

 このように4業種の競争形態、成長テンポの差は経営指標に明確かに反映されている。いきすぎた成長競争を行った業種では、高成長という好条件にめぐまれながら、これを充分有効に生かしえなかったといえる。すなわち価格競争がある程度制限された鉄鋼でも、相対的に経営は悪化を示し、価格競争を伴った石油精製では文字通り過当競争の矛盾となって経営基盤の弱体化を招いている。

 以上は競争の影響を明らかにするために、寡占業種と比較したのであって、これによってただちに寡占体制の是非が評価されるものではないが、最近のいきすぎた成長競争が経営内容にマイナスの影響を与えていることは明らかである。

第III-2-3図 総資本純利益率の比較

第III-2-4図 自己蓄積効率の比較

第III-2-5図 内部資金・設備投資比率の比較

第III-2-6図 他人資本比率の比較

国際的にみた企業の現状

 ここで企業の置かれている経済環境に目を転ずると、貿易自由化の進展により日本の企業は本格的な国際競争の場に立たされるようになってきている。しかも海外においては、EECをめぐる企業の提携、合同の動きが目立ち、経済統合によって拡大する大市場を眼前に控えて、各企業とも国際競争力の強化に懸命になっている。このような厳しい経済環境に直面して、日本の企業が今までのように国内の競争にだけ目をうばわれていてよいかどうかについて、かなりの反省を生じさせている。いまや企業に課せられた至上の命題は、激しい国際競争に耐えうるように経営力を強化していくことである。次にこの観点に立って、企業の現状を量的な規模と、質的な経営内容の両面からみよう。

 およそ規模の問題は、生産規模と経営規模を分けて考えねばならない。生産規模は経済の高度成長と企業の成長競争のなかで最近急速に拡大してきている。例えば 第III-2-3表 の通り石油精製能力の増加テンポは国際的に群を抜いており、平均生産規模もほぼ先進国の水準に達している。また鉄鋼や民生電器等の業種でも国際的な規模が速成されつつあるものがかなりでてきている。この面で問題になるのは、乗用車、石油化学等の新しい基幹産業である。これらの業種は特に生産規模拡大の効果が大きいので、設備投資競争の背後には規模の問題が強く意識されてきたのである。

第III-2-3表 石油精製能力の国際比較

 乗用車の生産台数を国際的に比較すると、 第III-2-4表 の通り日本全体の生産量をとっても欧米巨大企業1社の水準に達しない状態である。

第III-2-4表 乗用車生産台数の国際比較

 しかも生産台数に比べて企業や車種の数が多く、生産規模の拡大を制約する条件がかなり働いている。しかし、上位企業では量産体制が整備されるに伴って、コスト逓減曲線の急傾斜の段階をこえつつあり、かなり最適規模に近づいている。これを工程別にみると、組立は約8千台/月でほぼ最適水準に達しているが、機械加工はエンジンで約1万台/月(トラックとの共用による型式別生産量)で、国際水準にいま一歩の段階にある。プレス工程は最適規模が極めて大きいが、まだ充分な流れ生産体制には至らず、国際的な差はかなり開いている。

 石油化学の規模拡大の効果は、生産単位の大型化と連産品の総合利用との両面から生ずる。その基幹部門であるエチレンの生産単位を国際的に比較すると、 第III-2-5表 の通りで、日本の平均規模はフランスを上回り、最適規模の域にほぼ達しつつあるといえよう。他方、プロピレン、ブタン・ブチレン等連産品の総合利用の面は第2期計画以降重点的に進められているが、国際的にはなお遅れをとっている。この点については、現行のコンビナートを一層有機的な結合にして、コンビナート全体として経済効果を高めるような体制を築いていくことが必要な条件であろう。

第III-2-5表 エチレン工場当り能力の国際比較

 このように、乗用車、石油化学の生産規模はいぜん問題を残しているものの、現在行われている大規模な設備投資が全面的に稼動すれは、国際水準との差はかなり縮小するとみられる。むしろ今後の重要な課題は乗用車の部品メーカー、石油化学の製品加工メーカーにある。これらの企業は資本、技術面の立ち遅れがはなはだしく、規模の利益を享受できない傾向が強いので、今後量的にも質的にも強化していくことが強く望まれる。

 次に経営規模について、世界の主要企業と日本の上位2社平均とを比較すると 第III-2-6表 の通りである。経営規模も急速に拡大してきたが、鉄鋼を除く3業種ではいぜん圧倒的な差がみられる。なお自動車については乗用車価格が国際的に2~3割高いことが売上高に反映しているので、この点を割り引いて考えると、彼我の差は一層大きい。しかも3業種とも企業の乱立と激しい競争を反映して、集中度の差も著しい。特に自動車、石油化学においては先行的な指標である設備投資の集中度が、 第III-2-7表 の通り急激に低下しており、規模の拡大を相互いに制約しあっている傾向が強い。

第III-2-6表 経営規模の国際比較

第III-2-7表 設備投資集中度と企業数の推移

 経営規模の拡大は、生産規模の拡大によるコスト・ダウンのほかに、生産部門以外の分野で大きな利益が生じる。生産部門以外で支出される費用は、売上高が大きくなると、売上高当たりの支出比率が同じでも絶対額では、はるかに大きくなるから、それだけ負担力を増し有効な使用が可能になる。その効果は特に研究部門や販売部門において著しく、技術開発力、市場開拓力は一段と強化される。しかも 第III-2-8表 の広告宣伝費の例をみてもわかるように、販売費は大量販売の利益によって製品1単位当たりをとれはかえって減少し、全体として節約される傾向を持っている。同様なことは、購買部門、管理部門についても指摘されよう。

第III-2-8表 アメリカ自動車会社の広告宣伝費

 この他にも規模拡大によって、多くの利益かえられるが、しかし一層重要な問題は、その経営内容にある。量的な規模拡大は、質的な経営内容の充実と結びついてこそ、総合的に経営力が強化され、長期にわたって激しい国際競争に肩をならべていくことができるのである。

 次に経営内容を国際的に比較してみよう。

 第III-2-7図 第III-2-8図 第III-2-9図 は、主な経営指標について、日本の主要企業2社平均と欧米の代表的な企業4社との比校をおこなったものである。まず売上高利益率をみると、自動車では封鎖体制下の高成長の恩恵を受けて、ヨーロッパの企業を上回っているが、他の3業種では圧倒的な差がみられる。特に相対的に小規模な企業が乱立し、激しい競争が行われている石油、化学においてその格差が目立っている。給費本回転率は各業種ともあまり顕著な差がなく、石油は原油採掘部門を持たない関係もあって日本の方がかなり高い。自己蓄積効率でも、我が国は減価償却費がかなり高いため、それほど大きな差はみられない。業種別にみると、石油では相当な開きがあるが、化学はかなり接近し、自動車、鉄鋼では逆に上回る傾向もみられる。しかし、内部資金・設備投資比率では4業種とも自己蓄積テンポをはるかに上回って設備投資を強行しているため、欧米と比較してかなり高い。従って財務構造の不均衡は自己資本比率の差をみても明りょうで、総資本中に占める剰余金の比重の差も著しい。そのうえ我が国では、国際的に金利水準が高いので、売上高金融費用率は化学、鉄鋼を中心にずばぬけて高く、彼我の国際競争力に与える影響は極めて大きい。さらに流動比率、固定比率をとっても同様で、経営の健全性の面で著しい差がみられる。

第III-2-7図 売上高利益率、総資本回転率の国際比較

第III-2-8図 自己蓄積効率、内部資金・設備投資比率の国際比較

第III-2-9図 自己資本比率、売上高金融費用率の国際比較

 このように日本の企業は収益力が低いうえに、投資競争によってあまりにも物的生産力の拡大を急いだので、貨幣面からみた経営構造と物的生産力との不均衡が著しく、総じて経営内容は欧米企業に比べかなり劣っているといえよう。従って彼我の規模の差と経営内容の差をあわせ考慮すると、総合的な経営力において格段の差があるとみなければならない。

新しい経済環境への適応

 以上のような企業の現状において、産業界は新しい経済環境への適応に迫られている。それは、今までのいきすぎた成長競争を適正化し、企業の経営力を強化する方向に産業体制を整備していくことである。もちろん競争は経済の進歩と資源の最適配分をもたらす条件であり、競争の制限によって企業の創意や活力がそがれることになってはならない。しかしいきすぎた成長競争は企業にとってマイナスであるばかりか、経済全体の無駄を招きつつあることを見逃すわけにはいかない。

 特に特定の戦略部門をめざして殺到する画一的な投資競争は、あまりにも多くの矛盾を生みつつある現状から、新しい国際的な視野にたって、競争ルールをしきかえていくことが、強く望まれるのである。

 この方向にそった産業体制整備の方法としては、1つには企業間の合併があげられよう。最近EEC諸国においては、集中、合併の動きが顕著にみられ、なかには国境を越えてまで推進されつつある。我が国でも、その動きが胎動しはじめているが、終身雇用制や金融系列、外資系列等の制約もあり、合併が自生的に進みうる条件が必ずしも成熟していない現状にある面をも考慮しなければならない。

 これらの面からも、現実的には、個々の企業の主体性を保ちながら合理的な企業結合を形成していく方法がありえよう。これは、生産、販売、研究などの面で協同体制を築き、相互いに無駄な競争をさけながら全体として経済効率を高めることをめざすもので、最近我が国の企業でもかなりその芽生えがみられる。その徹底した形としていわゆる利益共同体的な体制が考えられるが、そこまで到達し得るかどうかという企業ベースでの判断はともかくとして、この方向に漸次近づいて行くことは産業体制の今後の1つのあり方を示すものといえよう。少なくとも今までの排他的な行き方を是正し、お互いの協調によって専門生産体制や設備投資の調整を図りながら、新しい産業秩序を樹立していくことは緊急に進められればならない。

 このようにして産業体制を整備していくには、政府の施策や金融機関のあり方も、この線にそうよう配慮されればならないが、なによりもまず、その担い手である企業の経営意識が変わることが前提である。それはいきすぎた成長競争を反省し、企業の責任の自覚によって経済環境の変化に即応した新しい経営意識を確立していくことにほかならない。

第III-2-9表 EECにおける企業集中化の動向


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