昭和37年

年次経済報告

景気循環の変ぼう

経済企画庁


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景気循環の特質と変ぼう

景気循環態形の変化

景気循環における金融の役割

景気循環と金融の動き

 日本経済は、今まであまりにも投資のスピードが速すぎて、今回を含めて過去3回にわたって国際収支の悪化をひき起こし、いずれ持強い金融の引締政策によって投資の収縮を図らなければならなかった。この間、当然金融も激しい変動を経験しなけれはならなかったが、ここでは、この3回の金融変動を検討することによって、今回の金融変動の特徴的な変化と、その変化をもたらした要因を明らかにしてみよう。

金融変動の一般的特徴

 一般的にいって、景気循環の局面転換と相前後して金融は自律的な繁閑をみせる。 第I-4-1表 の現金需給バランスの推移をみると、28年度、31─2年度、35─6年度の好況期には、税収の増大や国際収支の悪化から財政資金の対民間収支は大幅な揚げ超となり、また所得の増加に伴う消費の増大や商取引の盛行による現金需要の増加によって、現金需給はひっ迫を示している。現金需給のひっ迫は、銀行の資金ボジョンを悪化させ、その結果日銀貸し出しが増大しコールレートも上昇するなど、総じて金融市場は引き締まりをみせている。最も現金需給のひっ迫自身がその性格上景気の上昇にやや遅れて現れるという特徴を持つが、 第I-4-1図 をみても過去3回の循環とも各金融指標はほぼこのような動きを示した。他方、景気の後退期から回復期にかけては、逆に財政の散超、輸出の伸長等が主因となって金融は緩和に向かっている。

第I-4-1図 景気循環と金融の推移

第I-4-1表 現金需給要因の推移

 一方、こうした金融の繁閑を企業側面からみれば、金融の引き締まりと共に銀行の貸し出し態度は抑制され、資本市場もこれらの影響を受けて収縮せざるを得ないから、結局企業の通貨流動性が圧迫され、その結果投資は収縮にむかう。逆に景気後退期には、引き締め期に極度に圧縮された流動性の回復が図られると共に、金融の緩和に伴う銀行の貸し出し態度の緩和から企業の流動性は高められ、投資回復の素地が培われる。 第I-4-2表 の売上高に対する投資支出及び現金・預金勘定の比率をみても、流動性のピークと投資支出の回復、通貨流動性のボトムと投資支出の収縮とは大体期を同じくしており、ほぼ上述の関係がうかがわれる。

第I-4-2表 企業の投資と通貨流動性

今回の金融変動の特徴

 以上のように、金融はそれ自体1つの景気調整機能をもっといえるが、それにもかかわらず従来、この調整機能が必ずしも充分発揮されてきたとはいえない。前々回(28─29年)の場合は、戦後的諸要因を残存し、その意味でやや特殊な性格を持っていたのでこれを別にしても、前回(31─32年)及び今回の場合はそうであった。両回とも、景気の上昇に伴う現金需給のひっ迫は当然銀行の資金繰りを悪化させたにもかかわらず、銀行の慢性的なオーバー・ローンと企業の恒常的なオーバー・ホロウィングの下では、銀行貸し出し態度の自律的な引き締まりはみられず、企業側の盛んな資金需要にひきずられて、この段階においてもなお銀行貸し出しは大幅な増加をみせ、結局日銀の強力な窓口規制によってはじめて投資活動の抑制が促されるというのが実情であった。こうした事情が、両回の場合、景気を過熱に導いた一因として銀行貸し出しの増大が教えられるゆえんである。

 しかしながら、今回の場合もこうした基本的な事情は前回と異なるものではなかったが、その間における特殊な要因の存在、あるいはまた金融の長期的構造的な変化が、今回の金融変動を前回とかなり異なったものにしているのも事実である。以下、今回と前回とを、 ① 景気上昇前半期、 ② 景気上昇後半期、 ③ 本格的引締政策発動後の調整期に区分して比較することによって、今回の特徴を検討してみよう。

上昇前半期

 (前回:31年1月~31年9月 今回:34年4月~35年9月)

 まず今回の第1の特徴は、銀行貸し出しの増加がこの期間は比較的モダレートであり、それに代わって増資、起債の比重がかなり高まったことである。

 第I-4-2図 をみても前回の銀行貸し出しの急速な伸びかうかかわれるが、 第I-4-3表 の都銀貸し出しの伸び率と産業資金供給に占める比重をみれは、これはさらに明りょうである。これには前回の場合、景気の上昇過程に先立つ29~30年の調整・回復過程で、輸出の好調から日銀貸し出し残高がほとんど解消するほどの金融緩和をみたため、銀行の貸し出し余力が今回に比べて極めて高かったことが影響している。むろん貸し出し額の総量としては、今回のほうが上回っているが、前回の上昇期において銀行貸し出しの演じた役割は大きく、これが前回の投資の急増に大きく力を貸したことは否定できない。

第I-4-2図 産業資金供給と日銀対民間信用の推移

第I-4-3表 上昇前半期の産業資金供給増減

上昇後半期

 (前回:31年10月~32年6月 今回:35年10月~36年9月)

 第2の特徴は、今回の場合、景気の上昇期間がかなり長期にわたったにもかかわらず、現金需給は前回のように一本調子の悪化を示さなかったことである。今回は、この間景気に一時中だるみ的な現象がみられたことにもよるが、外為会計が前回とは逆に大幅な散超を示し、従って日銀貸し出しも 第I-4-2図 にみる通り急増をみせなかった。このことが、金融機関の資金繰りの悪化の度合いを緩和し、企業金融を比較的潤沢にさせた。

 今回の著しい特徴は、景気のこの段階に至って銀行の資金繰りと企業の資金繰りとの間に大きな?離がみられたことである。

 第I-4-3図 のマネーフロー表によれば、前回の場合、企業の通貨流動性は、銀行の資金繰り悪化とほぼ1期のズレを持って上昇前半期の後半に鈍化をみた。しかし、今回は金融機関の資金繰り悪化自体が比較的遅く現れたうえに、企業の流動性は景気の成熟段階に至ってもなお低下をみせずに大幅な増加をみた。こうした現象は、後に述べるように、前回には銀行の資金ボジョンの極度の悪化が銀行貸し出しの抑制を通じて企業段階に波及していくというプロセスをとったのに対し、今回の場合は、資本市場の拡大、ことに公社債投信発足に伴う起債の飛躍的拡大によって、企業の流動性がいわば不自然に高められたことによるものといえよう。この間の預金通貨の回転率や不渡り手形の発生比率をみても( 第I-4-4図 )前回ほどの高まりをみせておらず、金融市場のひっ迫とはややかけはなれた動きを示している。

第I-4-3図 企業の投資超過と流動性の推移

第I-4-4図 預金通貨の回転率と不渡手形の発生比率

 こうした情勢は企業の強気感をいやが上にもあおることとなり、この段階で盛んな資金需要が資本市場では到底満たされなくなり、銀行の資金繰りの悪化にもかかわらず、銀行貸し出しを一段と増加させ、結局景気を過熱においやることとなったといえるのである。

第I-4-4表 市中金融部門と法人企業部門の流動性の変化

第I-4-5表 上昇後半期の産業資金供給増減

調整期

 (前回:32年7月~33年12月 今回:36年10月~37年3月)

 今回は金融引き締めから投資の収縮までにかなりの期間を要したことが注目される。こうした現象を支えた要因として、第1に、今回は、前回と同様引き締め後の銀行貸し出しは鈍化に向かい、起債も金融機関の資金繰りの悪化から急激な収縮をみたのに対して、資本市場における増資の後退は小さく、企業の資金調達の最後のより所となっていることである。むろん、前回においても同様な傾向はみられたが、資金調達に占める比重は今回のほうが極めて大きい。第2に、既に第2部、「金融」でみたように、今回は3年越しの好況の浸透から中小企業の体質が強化され、それと共に地銀を含めた中小専門金融機関の資力充実がみられ、その貸し出しシェアが高まったことも注目される。第3に金融引き締めに伴う過度の摩擦回避の目的から政府資金による多額の中小企業金融が行われたこともこれに力を貸している。36年末から37年1─3月にかけて、中小企業金融公庫、国民金融公庫などの政府金融機関への追加融資額は560億円にのぼり、さらに資金運用部及び簡易保険局資金による金融債などの市中保有債券の買い入れが合計500億円行われた。

 こうした事情に、上昇後半期に高められた企業の高い通貨流動性の食いつぶしが加わって、今回の調整効果の即効力がややそがれることになった。

第I-4-6表 調整期の産業資金供給

その変化の要因

 以上にみてきたような今回の金融変動にみられる特徴は、一体なにに基づくものであろうか。

 両回の変化の要因を簡約に指摘すると共に、今回の場合、景気を過熱しやすい環境をもたらし、あるいはまた調整過程の浸透を遅らせた金融面の要因を検討してみよう。

 まず第1に大きな前提として、景気の実体面の相違に基づいて、今回の場合、企業側の資金需要が極めて強くかつ持続的であったことが指摘されなけれはならない。前回の景気変動の主役はどちらかといえは在庫投資にあったのに対して、今回のそれは設備投資の盛行にあった。従って企業の資金需要も、前回のように短期間で急ピッチな増加をみなかったかわりに、長期にわたって根強く、しかも自由化の接近、さらには35年秋以後の所得倍増政策の具体化と共に、後半以降の資金需要は極めてさかんとなり累積的な拡大をみせたことである。

 第2に、短期外資の多額の流入があげられる。

 景気上昇の前半にみられた現金需給の緩和化は、35年秋ごろまでの輸出の好調、さらには一般財政面での揚げ超幅が比較的少なかったなどの要因も作用していようが、35年以降の為替取引の自由化を背景とする短期外資の大幅流入、ユーザンス期限の延長等の前回にみられなかった新たな要因が大きな役割を果たした。第83図(総説)にみるごとく外為収支を除いた財政収支は35年4─6月以降急激な揚げ超基調に転じており、仮にこの間の短期外資の流入がなかったとすれば、現金需給はこの段階で急速に引き締まっていたと思われる。もちろん、この間に短期外資の大幅な流入をみたことは、外貨準備を厚くし、景気の後半にみられた輸入の急増がそのまま国際収支の悪化につながることを防ぐという積極的な効果をもたらしたが、同時にこのことがまた、本来引き締まりを示すべき時期に銀行の資金繰り悪化の度合いを緩和し、また企業の流動性を直接間接比較的高水準に維持せしめた大きな原因であった。

 第3に、景気上昇後半期に至って資本市場の著しい拡大がみられ、これが銀行貸し出しの増大に上乗せされたことである。そしてこのことが銀行と企業の資金繰りの?離をもたらした。

 企業の資金調達に占める銀行の比重低下と増資、起債の比重増大それ自体は、既に昨年の年次報告でも指摘したように、34年ごろから個人の貯蓄構造の変化と共に進展しつつあった。36年にもこうした従来からのすう勢的な傾向が続いていたが、36年1─3月における著しい起債の拡大は4月以後の金利低下見越しのほか、公社債投資信託の発足を直接の原因としたもので、いわば一時的な面も持っていた。公社債投信の発足に基づく起債規模の飛躍的拡大は、必ずしもそのすべてが個人貯蓄の吸収によってもたらされたものではなく、後に述べるように、個人貯蓄を上回る起債が行われ、企業の通貨流動性は著しく高められた。このことが、この段階の景気に対して一段と刺戟を与える要因となったことは否定できない。

 第4に、金融環境と政策上の差があげられよう。今回の場合、自由化の接近とそれに伴う国際競争力の強化という極めて大きな問題が基本的背景となって36年1─4月には国際金利水準へのサヤ寄せが行われ、またそれと前後して35年秋以降には所得倍増政策が推進されるなど内外の環境は前回とかなり質を異にしていた。こうした内外環境の差に基づく低金利政策や成長政策の推進が、たまたま景気の上昇期から成熟段階と交錯をみ、それがこの段階の景気の浮揚力を一段と高める方向に作用したことも否めない。さらに、景気過熱後も今回の場合、摩擦回避のために中小企業向け金融が行われ、あるいは低金利の維持が図られたことなどが結果的に今回の景気調整策のインパクトをやや弱め、その浸透を緩やかにしたということもできるであろう。

第I-4-5図 規模別通貨流動性

第I-4-6図 業種別通貨流動性

今回の景気上昇を支えた金融の機能

 今回の景気循環において、企業の通貨流動性を高めた金融的要因のなかで、資本市場が果たした役割はかなり大きなものであった。

 しかし、資本市場の拡大のみで、企業の通貨流動性は高まったものではなくて、銀行貸し出しの増加が依然としてその基調にあり、それに上乗せの形で行われたものであった。

 このような意味で銀行貸し出しの産業資金供給に占める比重が幾分低下したとはいえ、なお企業の投資態度を決定する力に変わりはなかったといえる。

 ただ貯蓄構造変化の影響を受けて、今回はそれが終始主役をつとめたわけでなく、資本市場の拡大と相並んで、景気上昇劇の舞台を回したと考えられる。

 従ってここでは景気を息の長いものとした反面、景気を行きすぎさせたものとしての銀行貸し出し増加と資本市場の拡大を同時的におこさしめたメカニズムを考察しよう。

企業の通貨流動性の上昇

 企業の投資誘因のうち、通貨流動性の水準は重要な決定要素である。今回の循環においては、それが景気回復期に高められたまま、上昇期に入っても、ほぼ同水準で維持され、成熟期にはかえって上昇したことが特色であった。しかしその中でも規模別や業種別によってかなり異なった動きを示している。そして、このような差は資本市場からの資金調達の活用度合いにかなり影響されているようである。例えば規模別にみた場合1億円以上10億円未満と10億円以上の企業に区分すると、前者のそれは後者をかなり上回るといった事態がみられる。これは前者程度の規模の企業を含む店頭ないし第2部上場企業が、第1部上場企業よりも株価が高位を示し増資が行われやすかったことを多分に反映したものであろう。

 ただ資本金1億円以上の大企業とそれ以下の企業とでは後者の方がやや高目であるが、これは、中小企業にとっては拘束預金的なものもあろうし、また、中小企業は大企業ほど機動的に資金調達を行うことが難しく、不況に備えて、たえず通貨流動性を高めておこうとする傾向があることなどを反映したものと思われる。

 また資本市場を利用できるという観点から資本金1億円以上の企業を業種別にみた場合、株式市場依存型であるか、社債市場依存型であるかによりまた異なった動きとなっている。 第I-4-7表 は資金調達の依存度を源泉別に特化係数で示し、前回と今回の比較をしたものである。これはA業種のY資金源泉に対する依存度を他の源泉との比較で示すもので、特化係数が大きいほどAのYに対する資金調達依存度は高いことを表している。これによると、機械、化学といった今回の拡大の推進力となった業種は、株式依存度が各業種の中でも高く、かつ前回よりも大きくなっている。これをまた流動性の動きからみても他業種よりも高めに推移しており株式市場からの資金調達が他業種に比し潤沢であったことがこれを可能ならしめた大きな要因であったといえよう。次に株式投信による社債の組入れに端を発した35年の起債の好調は、公社債投信の発足で36年1~3月期には著しい増加をみたが、これに最も均霑したのは電力、鉄鋼といったマンモス企業であった。ことに電力のそれは、特化係数に示されるごとく社債依存度は、他業種と比すべくもなく、この期の流動性が箸るしい上昇を示したことからも、公社債投信に支えられたものであったことが首肯されよう。

第I-4-7表 業種別・源泉別資金調達特化係数

 以上みたように資本市場の拡大は、企業への通貨流動性附与力を高めたが、資金供給ルートの多様化は一義的に資金供給量の増加に繋がるものなのか、これをこの間における銀行の役割と関連させつつ解明しよう。

預金構造の変化と銀行貸し出し

 我が国の銀行貸し出しの特色は、個人の貯蓄性預金を重要な資金源泉としている点にある。従って資本市場の拡大は、銀行における個人の貯蓄性預金に変動を生じ、ひいては銀行の貸し出しにもなんらかの影響を及はしたと考えられる。

 個人預金の動きをみると、一応経済が戦後回復期を終わる28年ごろから、短期性預金に代わって、長期性(貯蓄性)預金の伸び率が顕著となり、個人貯蓄を企業に媒介するという意味での銀行貸し出しが、その後の特徴的な金融方式として比重を高めてきた。しかし、今回の循環においては、短期性預金は順調な増加をたどる一方、長期性預金の増加率は明らかに停滞から鈍化傾向に入った。これは貯蓄構造の変化以外では説明しえないものであろう。金融資産蓄積の大宗を占めてきた長期性預金に代わり、証券貯蓄の比重が高まり、特にそれが今回の景気上昇から成熟期にかけてかなり急ピッチに進んだことが、長期性預金の停滞に最も影響したとみられる。個人の貯蓄構造の変化については36年度の年次報告でも述べたところであり、また証券保有層がかなりの階層までも拡大していることは、当庁調べ「消費者動向予測調査」でも明らかにされている。34年以降の短期性預金急増の背景にも、所得上昇を反映した一般的増加のほかに、このような証券保有動機に基づく予備費金的性格のものもあったと考えられる。このように個人の長期性預金の増加率は鈍化したが、銀行の預金総体の増加は、調整期に入るまで上昇傾向をたどった。個人の貯蓄性預金の増勢が鈍化する一方で、企業預金が著しい増加を続けたからである。その理由は、いったん証券購入のためにひき出された資金が、証券市場を通じて再び企業預金の形で都銀その他に還流してきたからである。この段階で銀行の勘定としてみれは、個人の貯蓄性預金が企業預金にシフトするという現象が生じた。これは銀行にとってそれだけ預金流出の可能性が増し、いわば預金構成が不安定化したことを意味する。ところが、銀行は預金の量的な増勢にほとんど変化が生じなかったために、従来と同様に、企業の盛んな資金需要に応じて貸し出しを増加していったものと考えられる。現に36年度に入り、投資支出が一段と高まるにつれて、このような預金の不安定性、すなわち企業預金の取り崩しが表面化し、この段階で銀行の資金ポジションは急激に悪化し、急速に日銀信用への依存を高めるに至った。

第I-4-7図 全国銀行預金増減状況

資本市場の急拡大

 今回の景気上昇期において、資本市場は大きな発展を遂げた。これにはまず企業側で所要資金が技術革新投資に対応して前回より長期かつ膨大なものとなり、銀行借り入れよりも株式、社債といった長期安定資金を要求する度合いが高まったという要因があった。

 同時に資金供給者側でも好景気に伴い高所得者層の株式投資の増大に加うるに投資信託がかなりの所得階層まで普及したこともあって、証券貯蓄層が拡大したことが大きく寄与している。

 しかし、資本市場の拡大は貯蓄性資金の吸収のみによって達成されたものではなかった。そのためには直後、間接銀行信用を媒介として達成されたものもあり、究局は日銭信用を誘発するという意味で企業に過度の通貨流動性を附与した面もあった。

 次に、貯蓄外の資金がいかなるメカニズムを持って資本市場の拡大に寄与したかをみよう。

証券発行の増大と銀行信用

 証券を株式と社債とに分けて、それぞれの拡大を銀行信用の関連からみよう。

 まず今回の循環における株式市場の拡大を支えた要素を 第I-4-8表 の株式増加寄与率からみると一般個人層の比重はかなり低下しているが、投資信託を一応個人層に含めると前回とほぼ変わらないものとなっている。しかし、構成比もあわせ考えると、金融機関と事業法人の保有増加が株式拡大に大きく寄与しているといえよう。

第I-4-8表 株式分布状況

 この場合、問題となるのは、法人層の株式購入資金である。法人企業の場合、恒常的な投資超過の状態からすれは、金融資産増加分は、最終的な尻としては、結局、外部資金で賄われたとみられよう。

 金融引き締め後の株価下落は景気の先行き悲観が基調であるが、そのほかに系列化投資のための株式保有を増加した商社や事業法人の換金売りも大きな要因であった。

 このことからしても企業経理をかなり圧迫した株式所有があったとみられる。

 次に金融機関持分については、資金ポジションの良好な中小金融機関の場合は問題ないが、オーバーローンの状態にある都市銀行にとっては、貸し出しを縮小させない限り証券保有増加は日銀の追加信用につながるとみてよい。銀行の株式保有は企業の場合のように積極的な新規保有は少なく、増資払い込に伴う自然増的なものが多いといった事情はある。しかしそれにしても既に金融機関資金ポジションの悪化していた景気成熟期における株式発行の増大は、日銀信用の追加造出を誘発しやすいことは否めないであろう。

 このことは、金敵機関消化比率の高い社債についても当てはまるであろう。このように投資需要がさかんで資金需給が常にひっ迫気味であり、しかも金利の弾力性の比較的少ない我が国においては、証券発行増大は、自然銀行貸し出しに上乗せされやすく、それだけ過剰流動性の誘因が大きいとみることができる。

 次に、公社債投信であるが、36年1~8月の好調が、起債量の拡大を可能にし、この期における企業流動性の著しい増加を招来したことは、,先にみた通りである。次に公社債投信と信用造出との関係をみよう。公社債投信の応募状況は、36年の年間合計では、金融法人2.4%、事業法人7.2%と法人所有率は10%弱であり、ほとんどが、個人層によって消化されているとみられる。

 しかし、投信設定の最も好調であった36年1~3月については、金融機関4%事業法人12.2%と法人の比重が、かなり高くなっている。事業法人の受益証券保有は、起債見返り的なものもあり、また購入資金にしても銀行借り入れなどで賄われたケースもあった。

 次にこの法人保有受益証券が換金される場合の信用造出について、株式と比較しながらみよう。株式は流通市場が整備されており、Aの株式売却はBの購入によって取引は成り立つし、資金はBからAに移転するだけで金融機関の現金流出には変化は生じない。また資金需給関係を無視した売却が行われようとすれは証券価格の下落を通じて、流動化は困難となろう。ただこの場合も、株式の売買が企業と個人の間で行われるときは事情が異なってくる。企業の売却に対し個人の貯蓄性預金が引き出されることは、企業にとっては、一種の新たな証券発行にも似た通貨流動性の実現となり、他方銀行がこれにみあって貸し出しを回収しないならは、現金準備率の変動を通じて信用創造率を高めることになろう。

 次に、公社債投信の場合は、流通市場がないため、証券会社が買取りを約束することで一応換金が保証されている。このため信託財産のなかにコール資金として運用されている部分は、買取請求に備えての支払い準備的機能をもたせてあるのである。しかし、解約が一時期に急増する場合、コール運用資金で賄いきれない分は、流通市場の未発達のため証券会社の手持ち増を生じやすい。この場合、買収の資金手当として、銀行借り入れ、ないしコールマネーに依存するならは、金融市場からの現金の流出をひき起こすが、他方これに見合って既発債の償還は行われないので、その分だけ資金需給は悪化することになる。このような証券需給関係の悪化を集約的に表現しているのが証券会社の資金繰り悪化であった。

第I-4-9表 公社債投資信託状況

第I-4-8図 証券会社借入型態別残高

証券金融の役割

 景気成熟期に企業の流動性上昇に一役になった証券発行量の増加は、現金需給が既に相当の悪化状態にあるとき、それが一層拡大されたことにより、資金需給の急速なひっ迫を招来する要因を底にひそめていたといえよう。景気成熟期の投資増加を加速するこの間の過剰分証券発行のひずみを証券会社の資金繰りからみよう。

 証券会社の主要な外部資金調達源泉は銀行借り入れ、コール資金、証券金融会社借り入れの3ルートである。このうち証券金盛会社借り入れは顧客の信用取引売買を媒介するブローカー業務に基づくもので、ディーラーないし、引受業務による所要資金としては銀行借り入れとコール市場資金である。この3つのルートからの調達額は今回の循環を通じて増加傾向にあるが、中でも、コール市場からの取り入れ費金は景気上昇後半期以降急欧な増加を示した。このような所要資金急増をもたらした要因を、四大証券の商品有価証券の期末残高内訳でみよう。 第I-4-9図 によると手持ち証券の大半は株式である。

第I-4-9図 四大証券会社手持証券推移並に構成比

 これは証券会社のディーラー業務上ある程度は必要なものである。しかし、大型株の株価は既に35年後半から下降に転じ、株式の需給関係は悪化の気配はうかがわれていた。従って手持ち株式の増大のなかには、過剰発行分のしわ寄せ的なものも含まれていたであろう。

 次に、受益証券の手持ち増大が36年特に顕著となっている。これは主として公社債投信を主とした投資信託の買取りのうち未解約分が手持ち増となったものである。

 ところで、このような状態における証券金融の機能と企業の流動性との関係はどのようなものであろうか、本来流通市場に投入されるべき証券が証券会社の手に保留されることは、市場での混乱をある程度阻止する効果を持っている。

 しかし、このことは同時にプライス・メカニズムを通じて証券発行額が、調節されるという働きを阻害しているわけであり、いわば、二律背反的作用を営んでいるともいえる。現に35年中ごろから36年前半のいわゆる景気上昇期における株式保有増加は後者の作用を営んだといえよう。しかし景気調整期以降は既に手侍証券が資金面から飽和状態にあり、企業の大量換金売りに対しあまり下支え的な機能を果たし得なかったとみることができる。

 次に公社債投信の場合は、事業債発行を通じて預金が増加した企業に、さらに受益証券の売却を通じて預金通貨を供給することで、企業の流動性を高める一方、金融市場のひっ迫に拍車をかけるものとなった。

むすび

 以上みてきたように、3回の景気循環を通じて、金融の役割に基本的な変化はみられなかった。また、その中でも銀行貸し出しの産業資金に占める比重は幾分低下したとはいえ、それが企業の投資態度に及ぼす影響力は依然として大きい。しかし、今回はこれに加うるに短期外資の流入と資本市場の拡大という二つの要因が大きく作用した。

 短期外資の流入は、為替取引の自由化という海外情勢に適応するもので、それは我が国の現金需給を緩和し、銀行貸し出しの増加を通じて景気上昇にかなりの役割を果たした。また、貯蓄構造の変化も、企業の設備投資増大による長期安定資金需要に対応して、資本市場の拡大に寄与するものであった。しかしこれらは企業の流動性を高め、息の長い経済成長を可能にした反面、そのなかには日銀信用を誘発して企業に過度の通貨流動性を附与し、経済成長を資金需給の実勢以上に刺戟した要因もあった。

 従って、今後の問題として、短期外資の流入が国内の現金需給に不当なかく乱を起こさないような政策的配慮が必要であり、外貨準備金制度の新設はその方向にそったものといえよう。

 また、資本市場の問題にしても貯蓄資金流入の範囲内で行われるのが好ましく、銀行信用に支えられる割合が大きくなることは、景気の行きすぎをもたらしやすい。他方、銀行貸し出しも、貯蓄構造変ぼう過程においては、それに対応して調節されるべきであり企業の資金需要に押されたままの貸し出し態度は従来よりも資金ポジションの悪化の度合いを深め景気調整の波を大きくするものとなろう。

 従ってこうした金融構造変ぼう過程における景気調節のためには、現金需給の変動が企業金融の需給関係を弾力的に規定するように、金融政策の機能が働きやすい金融環境を整備することが必要であろう。こうしたうえで金融政策のあり方も新たに考えられるべきであり、それはまた金融政策の効果をより確実なものとするであろう。


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