昭和37年

年次経済報告

景気循環の変ぼう

経済企画庁


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昭和36年度の日本経済

国民生活

昭和36年度の消費動向

物価高騰と消費水準の動向

 昭和36年度の国民生活における第2の特徴は、名目的な消費は大幅に増加したにもかかわらず、物価高騰のために実質的な増加率は前年と大差がなかったことである。

 国民所得統計による36年度の名目的な個人消費支出は、前年度に比べて16%の大幅な増加を示した。この増加率は35年度の11.9%を上回り、消費水準の戦前回復を達成した30年度以降としては最大の増加率である。しかし個人消費の増加率に比べれば設備投資の増加はさらに大幅であったため、国民総支出に占める個人消費の比率は50%と35年度の52.5%をさらに下回った。

 また物価変動を、除去した国民1人当たり実質個人消費支出の増加率は8%と35年度の7.7%とほぼ同程度の増加に過ぎなかった。

 この結果は、家計計査の推計でもおおむね同様である。 第11-4表 に示すごとく、都市、農村を合わせた全国平均の36年度の名目消費支出は35年度に比べて13.2%増加し、35年度の伸び率9.4%増を大幅に上回った。しかし36年度の消費者物価は35年度に比べて都市、農村共に6.2%の高騰を示したため、物価変動を除去した消費水準の増加率は6.6%増と35年度とほぼ同程度の増加に留まった。

第11-4表 名目消費と実質消費の対前年同期増加率

 このように、36年度の消費生活は名目的な消費支出増加のほぼ半分が消費者物価の高騰に吸収されるほど、物価騰貴の影響は大きかった。年間の推移でみるとこの点はさらに明りょうとなる。

 「物価」の項にみるごとく、34年後半以降騰貴傾向にあった都市消費者物価は、36年1─3月以降一段と騰勢を強め、36年度下期には前年同期を8%前後上回る上昇となり、ほぼ28年当時の騰貴率に匹敵する顕著な上昇を示した。また、35年度中比較的落ち着いていた農村消費者物価も、36年度に入ると次第に騰勢を強め、特に総年度下期には前年同期を8.7%も上回った。

 このため 第11-2図 に示す通り、季節性を除去した全国平均の名目消費支出は36年度中年率15%近くの一貫した増勢を続けたのに対し、実質消費は上半期の年率8%から下半期には年率4%へと鈍化し、特に物価騰貴の著しい9─11月には横ばい状態に推移したが1─3月にはやや増勢を持直した。

第11-2図 名目消費の推移

 全国平均の消費水準増加を農家世帯、一般世帯及び勤労者世帯の3層に分けてみると、都市一般世帯の伸びが最も顕著であり、農家世帯がこれにつき、勤労者世帯の伸び率は最も低かった。

 これを前年度の増加率と比べると、一般世帯のみが前年度の増加率をはるかに上回っている。

 まず農家世帯についてみよう。36年度の農家の消費水準上昇率は6.7%と前年度に引き続き都市世帯の上昇率をやや上回った。農家世帯の消費水準の上昇が都市を上回ったのは、消費支出の増加率が都市よりも高かったからである。一方都市世帯についてみると一般世帯の消費水準は8.3%増と農家や勤労者の消費増加をはるかに上回る顕著な伸びであったのに対し、勤労者世帯の消費水準は前年度比5.5%増と35年度の増加率6.2%を下回った。

 このように物価騰貴が有利に働いて所得増加率の高かった一般世帯や農家の消費生活の向上が著しく実質所得の鈍化した勤労者の消費生活向上率は前年度を下回るなど、消費生活面でも勤労者層の生活向上が相対的に不利であったことを示している。

消費内容の変化と残された問題点

 36年度の消費内容をみると二つの特徴が見い出される。1つは物価騰貴の著しい費目において実質的な消費の減少ないし停滞がみられたことである。前節に述べたように36年度の消費生活は消費者物価の高騰に影響されるところが大きかったが、これを都市世帯について消費費目の中分類別にみると 第11-6表 の通りである。すなわち、消費者物価が高騰した費目のうち野菜、設備修繕費、魚介類の実質消費は前年度に比べていずれも低下したうえ、従来消費増加の著しい果物、教養娯楽費、加工食品等でも、物価騰貴によって実質消費の増勢は急速に鈍化した。これに対し消費者物価の安定した費目の実質消費増加率のみは、穀類消費の減少にもかかわらず、全体では6.6%増と35年度の増加率を上回っている。

第11-6表 主要費目の物価騰貴率と実質消費増加率

第11-5表 費目別消費水準対前年増加率

 消費内容における第2の特徴は、物価高騰の中にあっても消費内容の合理化、高級化等の傾向が大体維持されていることである。全都市全世帯のエンゲル係数は35年度の41.9%から39.9%に低下し、食料の中では穀類消費の減少と乳卵類、肉類、酒飲料等の消費の顕著な増大及びインスタント食品の普及などがあり、光熱費の中でも電気、ガス代の増加と薪炭類の減少がみられるが、特に被服及び家具器具の支出増加は著しい。

 まず家具器具支出の増加についてみよう。36年度の耐久消費財購入は、全国平均で前年度に比べて、28%増と35年度の22%増を上回る顕著な増加を示した。耐久消費財購入が増加したのは、農家世帯の購入が前年度に引き続き顕著なうえ、都市世帯でも再び増加しはじめたからである。

第11-7表 家具什器支出金額の対前年同期増減率

 都市世帯の家具器具支出は35年度の9%増から26%増へと急増した。この急増は低所得層におけるテレビ購入の増加も一因であるが、主として高所得層における電気冷蔵庫、電気掃除機、ステレオ装置、石油ストーブ、等の購入増加によるものである。家具器具支出の増加を36年10~12月期についてみると石油ストーブ、たんす類等を中心とする家具類の65%増が最も顕著な増加を示しているが、家具器具支出の半な以上を占める電気器具も35年の停滞(1.5%増)から36年には18、3%増へと再び増勢を強め、中でも冷蔵庫、掃除機、扇風機等の電動器具は対前年比107%増の顕著な支出増加となった。このため当庁調べの「消費者動向予測調査」による耐久消費財の保有率も36年2月から37年2月の1年間に電気冷蔵庫で17.2%から28.0%へ、電気掃除機も15.4%から24.5%へ大幅に増加している。

 一方農家世帯の耐久消費財購入は34年度52%増、35年度40%の後を受けて、36年度も33%増と引き続き好調な増加を続けている。農家の耐久消費財購入は都市世帯に約2年近く遅れて増加し始めたが、その増加速度は都市世帯を上回り、特に36年度はテレビの引き続く増加に加えてテレビ以外の電気器具の購入も顕著に行われた。当庁調べの「消費者動向予測調査」によればテレビ保有世情は36年2月の28.5%から37年2月には48.9%へとおおむね2世帯に1世帯の割合で普及し、電気洗濯機、電気井戸ポンプ、電気がま、扇風機等の電気器具もこの1年間に急速に普及している。家庭用電気器具が農村に急速に普及した基本的要因は、ここ2~3年来の大幅な農家所得の増加であるが、これに加えて、農家内通勤労働者数の増加による生活の都市化傾向、テレビ普及を通じての生活合理化の促進など農村生活自体から発生した要因も影響を与えているものと思われる。

第11-8表 住宅新設度数の推移

 被服消費は都市、農村ともおおむね10%程度増加し、特に年度前半の増加が著しい。その増加内容を都市世帯についてみると、和服類、服飾品、セーター類などの増加が著しく、また洋服類、下着類などでも質的な向上が目立っている。

 また、消費生活の向上につれて旅行を楽しむ人も増加し、特に若年層にこの傾向が著しいが、世帯主層でも過去1年間に1泊以上の旅行をした世帯は58%と前年の49%に比べて増加している。これ等を反映して、国鉄周遊券の利用人員も着実な増加を続けている。しかし、旅行者数の着実な増加にもかかわらず、36年度の余暇消費的な支出全体の増加は物価騰貴の生活圧迫に伴って比較的小さく、これを都市世帯についてみると、対前年14%増の支出増加で消費支出全体の増加率をやや上回る程度に過ぎなかった。

 前述した消費生活の向上のなかで、いぜんたち遅れているのは住宅、交通及び生活環境施設である。

 建設省調べの36年の住宅新設戸数は増改築を合わせて54万戸と前年に比べて26%の著増となった。しかし、増加の中心は借家及び給与住宅であり持ち家建設戸数は14%の増加に留まった。

 借家世帯の増加は30年以降の傾向であり、 第11-9表 に示すごとく、全国の普通世帯のうち借家に住む世帯は25年の21.2%から30年には20.4%に低下した後、35年には23.4%に高まっている。しかし、借家世帯の一世帯当たり畳数は30年の11.8畳から35年には11.3畳へ低下している。従って30年当時の借家住宅が35年にも引き続き居住されているものとすれば、この5年間に増加した借家世帯の1世帯当たり畳数は公団住宅、公営住宅の建設にもかかわらず平均9.6畳にて過ぎないので、狭小な民間借家住宅が相当に増えていることを物語っている。

第11-9表 住宅の種類別世帯数

 また、持ち家建設戸数の増加が比較的少ないのは、庶民による住宅建設がますます困難になりつつあることを示すものといえよう。36年の建設省の調査によれは、住宅を建てた人のうち住宅建築を目的として貯蓄した世帯は勤労者で約8割にのぼり、しかもその貯蓄期間も10年以上が3分の1を占め、5年以上を合わせると78%に当たっている。庶民が住宅をたてるためにはこのように長期の準備期間を要するのであるが、この貯蓄期間中の宅地価格の急騰と建築費の騰貴が持ち家住宅の建設を難しくしている。

 日本不動産研究所の調査によると、37年3月の住宅地価格は30年3月に比べて六大都市で6.1倍全国平均で4.7倍の急騰を続け、全国平均の木造建築費も7割の騰貴を示している。このように、持ち家住宅の建設が困難になりつつあるため、従来高家賃、遠距離として比較的けいえんされがちであった公団住宅も36年には40倍の応募率に達し入居のための競争は一層はげしくなってきている。つまり、土地価格の暴騰、建築費の昂騰は持ち家建設の困難と借家の高家賃、遠距離化を促進して住宅問題の解決をおくらせているのである。

 住宅地の遠距離化に加えて、人口の大都市集中が進んでいるため、通勤時の交通機関の混雑も著しい。東京鉄道管理局の調査によると、36年末から37年初めにかけての時差出勤の要請によって20万人余の協力者を得たにもかかわらず、通勤ピーク時には乗客定員の3倍余の混雑を続けている。

 この他、上下水道、汚物処理、道路等の生活環境諸施設の立ち遅れは、消費生活の向上につれて、一層目立ち始めている。さらに最近では、東京都をはじめ大都市における飲料水の不足が表面化し、真夏以外でも給水制限や断水が行われる等、都市生活に支障を来している。このように生活環境施設の立ち遅れは、これまでの高成長経済が産業設備の革新と能力増大を中心としたことが影響している。しかも、住宅問題さえも個人の力では次第に解決困難となりつつあるので、政府公共団体の公共投資による生活改善が期待されている。


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