昭和37年

年次経済報告

景気循環の変ぼう

経済企画庁


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昭和36年度の日本経済

物価

消費者物価

概況

 第9-4図 に示した通り、36年度における消費者物価はかなりの急騰を演じた。すなわち、総理府統計局調べによる全都市消費者物価指数は年度中(36年3月~37年3月)7.7%、年度平均指数で前年度比6.2%もの大幅な上昇を記録した。この上昇テンポは、35年度中の上昇率4.3%を大幅に上回る激しいもので、景気調整策の発動された9月以降も、卸売物価の軟化にかかわらず、なかなか騰勢を緩めなかった。36年度の消費者物価動向の特徴は、このように35年度にみられた総勢が一段と強まったことであり、また内容的には、ほとんどの費目が上げ足をはやめ、いわば全面的な値上がりをきたしたことであった。この背景には、盛んな消費需要と労働力需給のひっ迫による賃金の上昇が絡んでいるが、この点は第3部「卸売物価の安定化と消費者物価の上昇」の項にみられる通りである。

第9-4図 消費者物価の推移

 なお、年度間の推移を細かくみると、36年中の急進が37年に入ってからやや頭打ちの形へと変化している。しかしこれには、多分に季節的、一時的要因が絡んでおり、その後4、5月の推移に照しても、これを持って消費者物価の騰勢が頭打ちに転じたと判断するのは早いと思われる。

消費者物価上昇の内容

 まず消費者物価急騰の内容からみよう。 第9-4表 は35年度中及び36年度中の消費者物価上昇の内容をみたものである。大分類別にみると、36年度を通じて最も値上がりの激しかったのは上昇率8.5%の食料であり、次いで雑費の8.1%、住居の6.7%、被服の5.9%、光熱の4.2%の順であった。これを35年度と比較すれは、各費目とも上昇幅は拡大しているが、特に被服が0.4%から5.9%へ、雑費が2.4%から8.1%へと急騰していることが目立っている。35年度には費目ごとの上昇率が、被服の0.4%から食料の6.5%まで区々であったのに対し、36年度には、上昇率がいずれの費目においても大幅であり、この意味で36年度の物価上昇は、「全面的な物価上昇」として特色づけられる。次に総合指数に対する寄与率についてみると、食料が50.9%と半ばを占め、次に雑費が28.4%となって両者で年度間上昇率のほぼ8割を占めている。35年度においても、食料(寄与率69.3%)と雑費(15.7%)の2費目で総合4.3%の上昇率の8割以上を占めており、この点では共通しているが、雑費の比重の増大しているのが注目をひく。

第9-4表 消費者物価の変動と寄与率

 以下、費目別の動向に立ち入ってみることにしよう。

食料

 食料全体としては8.5%騰貴したが、その内容は穀類が1.6%の上昇に留まったのに対し、その他食料が11.3%急騰し、このうち特に野菜が28.0%の異常高を記録した。

 野菜の急騰は、36年10月において、第2室戸台風の影響で前月比27.3%高の異常な高水準にはね上がったという特殊事情にもよるが、それにしてもその後ほとんど下落としていないことや、年度平均価格指数が83年度87.1、35年度105.5、36年度132.9と逐年大幅に上昇している事実からみると、野菜の値上がりをたんに自然条件の異変に基づくものとみることはできない。すなわち野菜価格上昇の原因として、農村から都市への労働力移動を背景に、都市労働者の賃金上昇が農業労働のコストにはね返っていること、温室栽培など資材費のかさむ生産方法が普及していること、流通機構の問題として、中央集荷機構が立ち遅れているうえ、末端の小売り商の規模が零細であること、といった構造的上昇要因が働いている点が指摘できる。この他需給関係からいっても、ここ1、2年来供給不足気味になっていることを見落とすわけにはいかない。次に乳卵類が9.5%の上昇と野菜に次いで高かったのは、牛乳価格が原乳の値上がりや配達員不足などで13.1%も上昇したことが響いている。一方肉類は4.4%の値上がりに留まったが、これは牛肉がかなり値上がり(ロース16.9%)した反面、前年度に急騰した豚肉がいわゆるビッグ・サイクルの下降期に入り、逆に下落(ロース12.2%)したためであった。この他加工食品として分類される品目は19.0%上昇し、中でも豆腐、納豆、こんにゃくなどは2割から5割近くも値上がりして注目をひいた。これは労働コストその他諸経費の増加を理由とするものであったが、いわゆる値上がりムードに乗った便乗値上げ的色彩も一部にみられ、それだけに消費者側の抵抗も大きかった。

住居

 住居は6.7%上昇した。このうち住宅修繕材料は建築ブームによる需要増に対し木材を中心に供給不足となり、価格上昇は16%にも及んだ。従来住宅問題の中心は地価高騰にあったが、36年度においては建築材料も大幅に値上がりしたため、手間賃の上昇とあいまって住宅問題をさらに深刻化したといえよう。

光熱

 光熱関係では電気代が2.1%引き上げられ、また薪炭類が原木高、人手不足による採算難を理由に上昇(まき15.2%)した。しかし灯油が供給過剰で値下がり(5.9%)したこともあって、全体では4.2%の上昇と他費目に比べ上昇率は小幅に終わった。

被服

 被服は35年度にはわずか0.4%の上昇であったが、36年度には5.9%の上昇となった。これは衣料が0.9%の下落から3.4%の上昇に変わったことが大きな原因である。しかもこの上昇は、卸売りの段階では金融引き締め政策の実施と共にいち早く急落としたにもかかわらず、末端における堅調な消費需要と流通コストの上昇などに支えられて、しばらくじり高を続けたことによってもたらされている。一方、くつ、かばんなどの身の回り品も、加工賃の上昇を主因として引き締め後も続騰したため、年度間11.5%高とかなりの上昇を記録した。

雑費

 雑費は8.1%高と食料に次ぐ急騰を示したが、雑費の中でも特に際立って値上がりしたのは中分類別にみると、保健医療(12.6%)と教育(9.9%)の2費目であった。さらに細かくみると、診察料(22.1%)、理髪料(21.0%)、パーマ代(14.2%)、幼稚園保育料(18.6%)、私立高校授業料(16.7%)、映画観覧料(29.0%)などの上昇が激しかった。映画観覧料を別にすると、値上がりの著しかった費目はいずれも人的サービスの価格であり、この上昇は主として従業員の待遇改善を料金引き上げに転嫁することを理由とした。

特殊分類

 以上、家計消費支出の側面から分類した費目に従って価格動向をみたが、これを食料(非加工、加工)、工業製品、サービス(公共料金、その他)の項目に組みかえ、その上昇率(36年3月~37年3月)をみると、昨年の消費者物価上昇の特色が一層はっきりする( 第9-5図 参照)。すなわち、各項目ともかなりの上昇を示しているなかで、公共料金以外のサービス価格(授業料など)は13.9%も上昇し、また食料のうちの「非加工」(生鮮食料など)の上昇率が8.8%と大きく、上昇の中心がサービスと野菜であったことを端的に現している。

第9-5図 特殊分類による費目別上昇率

 以上は36年度の消費者物価上昇の内容であるが、年度間の推移を細かく追うと、第3図に示したように、5月の微落(0.5%)、7~1月の急上昇(7.4%)、2月の微落(0.4%)という波を打っている。当初における低落は野菜、魚介の豊富な出回りによる食料の下落に基づくものであった。その後は各項目とも盛んな消費需要の下に急進し、引き締め政策のとられた9月以降もなお続進した。ところが1月に入るとまず被服が下落を始め、次いで光熱も2月に反落とし、さらに食料が下落としたことも加わって、2月の総合指数は9ヶ月ぶりに反落とした。

 しかしながら、被服、光熱の値下がりは季節的要素が多分に含まれていること、食料の下落には、生鮮魚介類の一時的値下がりによるもので、その後野菜を中心にかなりの上昇を続けていること、消費需要にもあまり変調が現れていないこと、4、5月に消費者物価は再びかなりの上昇をみせていることなどを考慮すると、ここでの反落を消費者物価の騰勢の一段落とみなすことはできない。ただ、被服のうちの衣料の下落などには、卸売り段階の繊維価格の下落を反映している面があり、引き締め政策の影響が一部に現れていることも見落とせない。

第9-6図 費目別消費者物価の推移

物価制作の展開

 以上のように、年度間に若干の波はあったが、36年度の消費者物価は全面的な値上がりを示した。

 そこで政府は、こうした消費者物価の上昇に対して消費者物価対策連絡協議会の運営強化、公共料金の値上げ抑制措置、木材価格安定緊急対策等を打ち出し、物価上昇の抑制に努めてきた。さらに37年3月には、それまでの個別対策から経済政策全般と関連させた多角的、総合的な13項目に及ぶ「物価安定総合対策」を決定し、実施に移すこととなった。同対策は引き締め基調を堅持しつつ需要面からの値上がり抑制を図ると共に、物価上昇要因となっているさまざまな構造的ゆがみを取り除くことにも重点を置いている。既にこの対策の一環として、37年4月から物品税、酒税、入場税関係の一部減税が実施された。減税品目の小売価格が減税分だけ完全に下がれば、消費者物価指数(全都市)は0.44%下落とし得るはずであったが、その一部が小売りマージンに吸収されたものもあって、実際の効果はさしあたり0.23%の引き下げに留まった。しかし値上げムードの中で値下がりが実現したという意味では、その意義は決して小さくない。

 こうした減税措置を手始めに、今後さらに総合対策の具体的施策が進めば、景気調整の浸透とも相まって、昨年度にみられたような消費者物価の騰勢はある程度収まることが期待される。


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