昭和37年

年次経済報告

景気循環の変ぼう

経済企画庁


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昭和36年度の日本経済

建設

最近の建設活動の特徴点と建設業の当面する諸問題

 31年度以降引き続いた建設活動の活況は、毎年度工事量の飛躍的な増大だけでなく、産業用建築、産業関連施設工事への活動重点の移動、大規模工事の増大、設計のデラックス化、建設材料の変化等にみられる工事の質の変化を伴ったものであった。このような建設活動の動きに対応して、建設活動の担い手である建設業も当然のことながら変化を示しつつある。例えば30年ごろから始まった機械化投資を中心とする施工能力の向上の努力は最近に至って中小規模の業者にまで及びつつあり、建設業全体としては33年度以降設備投資の急増が著しい。ところがこのような建設業の体質改善というべき好ましい動きのかげに、いぜんとして前近代的な企業形態と経営内容、建設業の特殊性のからんだ大手業者と中小業者の関係、企業格差の問題等がひそんでいる。しかも建設資材価格の上昇、技能労務者を中心とする人手不足、労務費の高騰等によるコスト高の影響もこれまでの好況時には比較的現れにくかったが、本格的な調整期に入るに及んで次第に深刻化せざるをえなくなるものと考えられる。そこで過去数年間の建設ブームの下での建設活動の特徴点と建設業が当面するいくつかの問題点を次に探ってみることとしよう。

機械化の進展要因と問題点

 第3部「景気循環と建設活動」の項でみるように、建設業では特に33年度以降機械化投資が急増し、資本装備率が高まっている。機械化が進んだのは、工事量が年々増えると共に工事規模が年々巨大化していること、高速道路、土地造成、埋め立て等のように人力施工の不可能な工事が増えていること、工期短縮の要求が強いこと、さらには労務者不足と賃金高騰の結果、労力から機械化への代替が進められていることなどによるものである。36年度は建設業でも株式の公開がさかんであったが、これは機械化資金の獲得が大きなねらいであったと伝えられている。建設機械化の結果建設業の生産向上には著しく全国建設業協会の調べによると、30年度には1人当たり49万円弱であった完成工事高は35年度では91万円になり、36年度は120万円台に達すると推定されている。

 しかしながらこのような機械化が進んだ反面には、企業の内部機構の改善もせずに無計画な機械化投資を行ったり、競争入札参加の資格に保有機械の項があるため指名を受ける手段として機械を購入したりする向きもみられ、機械賃貸制度の不備ともあいまって、一部業者について過剰投資を指摘する声も聞かれる。

 その他、機械化問題に関連して、建設機械オペレーターの不足や、道路運送事情などのため稼働率低下の傾向が指摘されている。

労務費及び資材費の動向

 引き続いた建設ブームによる需要の強調により、木材をはじめとする建築材料価格や建設業労務費の高騰は特に著しいものがある。

 第1に労務費についてみよう。最近の高い経済の成長により、各部門で人手不足が著しくなっているが、建設業でも工事量の急激な増大に伴って労務者不足が深刻化して現場作業に支障が生じているといわれる。建設業の労務者は、大別して大工、左官、石工などの昔からの技能労務者と建設機械化の結果需要されるようになった建設機械オペレーターという新しい技能工及び特別の技能を持たない土工にわけられる。労務者不足は、この全部にわたるが、中でも旧来の技能労務者の不足が著しい。旧来の技能労務者は、徒弟的な養成期間を必要とするため供給の弾力性がもともと低いうえ、建設労働が、危険性が高く、かつ文字通りに泥くさい労働であるばかりか、雇用が不安定であるとか職務給が確立しているため若い時より年を取ってからの方が収入がなくなるなど魅力の乏しいものであるため、その子弟さえ家業を継ぐことを嫌うような状態で、ますます供給が不足するためである。技能労務者の不足の現状をみるため、労働省調べの『技能労働力需給状況調査』の結果を示せば 第4-3表 の通りで建設業の不足率は、36年に入ってから急速に高まり、37年2月現在で34.9%と各業種中の最高になっている。このような労働力不足を反映して、建設業労働者の賃金はこのところうなぎ上りに上昇し、『毎月勤労統計』でみても、「毎月きまって支給する給与額」は 第4-4表 にみるように36年に入ってからの上昇が特に著しく1年間に3割近い値上がりをみた。この結果最近では建設業の賃金は30年平均を7割も上回るに至っている。

第4-3表 建設技能労働者不足状況

第4-4表 建設業賃金の推移

 次に建設資材価格の動きについてみよう。 第4-3図 は日本銀行調べ卸売物価指数によって主要な建設資材の価格の推移をみたものである。31年度にはじまる好況時には、セメントを除いたほとんどの建設資材が値上がりし、特に鉄鋼が著しかった。ところが34~36年度前半に至る好況時には、木材の値上がりが著しく、その結果「建築材料」の価格指数も上昇しているのに対し、鉄鋼、セメントは下げ気味、砂利は若干の上昇をみるに留まった。

第4-3図 建設資材価格の推移

 金融引き締め以降の動きは、木材価格対策がとられたこともあいまって木材、建築材料価格は弱含みに転じ、代わってセメント、砂利等が公共土木建設の活況や最近の鉄筋建築の比重の増大、砂利資源の枯渇傾向と採取地点の遠隔化などを反映して下半期にそれぞれ6%、4%の上昇をみた。

 労務費及び資材費の値上がりは、機械化などによる合理化で吸収されない限り、コストの上昇をもたらす。このような事情を背景に36年度においては、特に公営住宅、公団住宅などの発注単価是正が業界の要望として強く主張されたことは記憶に新しい。この要望の当否については、公共団体等において、原価計算的基礎に基づいて検討されなけれはならないことはいうまでもないが、それと共に現在の現場1品生産的な建設生産のあり方を規格大量生産を内容とする工業化へ脱皮させることによって問題の解決を図るように努めるべきであろう。

企業収益力の強化

 建設業は長年にわたって引き続いたブームの中で、機械化による生産性向上が進み、企業の収益力は強化されてきていると考えられる。

 企業収益力を示す指標として「自己資本純益率」を『法人企業統計』によって計算すれば 第4-4図 の通りで、31年以降引き続いて40%(ただし年率。)という高い水準を維持している。この間(36上/31下で)自己資本は6.5倍に増えて自己資本の充実が進み、また機械化に伴う固定資産の増加により減価償却費も急増しているのであるから企業の実質的な収益力は一段と高まったものとみるべきであろう。しかし、先にみたような最近の労務費高、資材費の高騰、機械購入費の負担増加は、金融引き締めによる受注減、資金難と相まって、企業経営を圧迫することが少なくないものと思われる。なお同図で注目される点は、29~30年の後退期には利益率の低下が著しいが、32~33年の時は、このようなことがみられないことである。これは、29年、30年では、緊縮財政により建設事業費が全体として減少したのに対して、33年の建設活動が公共事業費の増加をテコとして景気の後退期にもかかわらず、工事費が1割以上も増加したことを反映していると思われる。

第4-4図 建設業自己資本純益率

民間工事の増減とマーケット・シェアの変動

 34~36年度の建設活動では民間工事の伸びが公共工事の伸びを大幅に上回った。このような好況時での民間工事の著増は、大企業と小企業のそれぞれのマーケット・シェアにどのような変化をもたらしたであろうか。

 『建設工事施工統計』によって建設業専業会社の資本金階層別に元請施工額に占める公共発注工事の比率を求め、その推移をみると 第4-5図 の通りである。大規模業者と小規模業者は民間発注工事の比率が高く、中規模業者は公共発注工事の比率が高い。大規模業者と小規模業者は共に民間発注工事の割合が高いといっても、前者は産業用建築物、産業用関連施設等の大規模工事、後者は個人建築を主とした小規模工事と、それぞれ固有のシェアを確保し、好況、不況にあまり左右されていない。これに対し中規模業者の上位層と下位層は、好況期と景気後退期とで、それぞれ対照的なシェアの変化がみられる。すなわち同図で、中規模上位業者の民間工事の割合は、32~33年に減少し、34~35年に増大したのに対し、中規模下位業者はこれと全く反対の動きを示している。民間工事の急増する好況期には、工事量が大規模業者の施工能力の限度を超えるため、中規模上位業者まで民間発注工事が嫁向けられ、民間発注工事割合は増大するのに対し、不況期にはこれから閉め出され公共発注工事割合が増加するという、中規模上位業者のいわば民間工事に関する限界受注者的性格を物語るものであろう。

第4-5図 建設業専業会社資本金階層別元請施工額に占める公共発注分比率の推移

企業格差に影響する要因

 31年以降建設工事費は逐年上昇を続けたため建設業界は、恵まれた状態で全体として大きく成長したといえるが、それでも企業規模別には大手業者の伸びの方がより大きく、企業格差がひろがる傾向にある。この点を示す2、3の指標を始めに示せば 第4-6図 の通りである。この図は資料上の制約から中規模以上の業者についての階層区分に留まっているけれども、その中でも大規模業者の伸びの方が大きいことが明りょうに示されている。以下企業格差拡大の要因について概観しよう。

第4-6図 建設業規模別伸び率比較

 第4-5図 でみたように、大手業者には民間工事の割合が高く、中規模業者には公共工事の割合が高い、一般に民間工事の方が利益率が大きいから安定した民間工事のシェアを持つ大手業者の方が有利である。民間工事は景気の後退によって縮小するが、大手業者は工期の長い大規模工事を大量にかかえこんでいるので、後退期間がそれほど長くなければ、受注残高の食つぶしだけでもちこたえることができるので、出血受注などの必要が少ない図りか、景気の後退期には原材料価格が下がるのでかえってもうかる場合がある。

 また工事契約に当たっても公共工事は競争入札に因っているのに対し民間工事は「特命」による場合が多く需要者との結び付きが安定している。また、とく小規模業者を除く中小業者で公共工事の比重が高いことは景気後退期にも安定した受注が得られると考えられる反面、民間工事の減少から競争が激しくなったり、公共事業費の繰り延べがこれらの業者に影響を与えることになる。

 最近大型工事の伸びの大きいこと(民間工事については統計がないので公共工事についてみると 第4-7図 のとおりである。)工事の質が高まり設計がデラックス化していることも施工能力の大きい大規模業者に有利な条件であるといえる。また1企業あたりの工事施工額も大規模業者の伸びが大きい。

第4-7図 公共工事工事費予定額規制別工事件数の推移

 先に建設業における機械化投資の急増をみたが、そこで述べたように中小規模業者の機械取得にはいろいろな問題が指摘されており、過剰投資の傾向からくる機械稼働率の低下は経営圧迫の一因となるといわれている。

 先にみた労務者の不足、労務費の高騰の影響は規模の小さい業者ほど大きい。労働省調査によって企業規模別の技能労働者不足率は従業員500人以上規模の企業が15.1%であるのに対し、200~499人規模が21.5%、100~199人規模が29.4%、15~99人規模が44.3%と規模が小さくなる程不足状況は著しい。そのうえさらに大業者は労務者不足、労賃の高騰を中小業者への下請けによって、一部回避することができるしまた機械化施工の割合も多いので、その影響が少ない。

 景気後退期においては民間発注工事について支払いの繰り延べ、あるいは立て替え払いが要求されることがあり、これは資金力の豊かな大手業者でなければ応じられず、資金繰りの面から中小規模の業者の受注が困難になる場合も多い。


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