昭和36年

年次経済報告

成長経済の課題

経済企画庁


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高度成長下の問題点と構造変化

高度成長下の構造変化

高度成長と所得分配

若年層の規模別賃金格差縮小

 第2部「労働」の項にもみられるように、35年においては若年層を中心とする企業間賃金格差の縮小が顕著に現れている。しかし、これは35年経済において始めて発生したものではなく、技術革新を原動力とする高度成長期に入った30年ごろから既に現れている現象である。大企業と中小企業との賃金格差は終戦直後のインフレ期には大幅に縮小したが、復興期に入ると拡大の一途をたどり、日本経済における二重構造の1つの現れとして問題視されてきた。しかし、30年ごろを境にして、中小企業の賃金上昇率が大企業を上回るようになり、企業規模間の賃金格差が若干ずつ縮小の傾向が見え始めてきた。最もその範囲は全面的ではなく、30才以下の若年男子や女子等を中心とする低賃金の分野に限られており、中高齢層についてはいぜん拡大傾向を続けてはいるが、全面的拡大を続けてきた復興期に比べれば新しい特徴といいうる。

 労働省の「賃金構造基本調査」によると、1,000人以上の大企業の男子労務者の中18~20才の若年層の賃金は29年から35年までに27.3%の上昇であるのに対し、10~99人の小企業における同年齢の労働者の賃金は42.0%上昇し、その格差も29年の80.0%から35年の89.2%に縮小してきている。この傾向は年齢の若い層ほど強く現れているが、30才ごろを境にして変化し、それ以上になると高齢層ほど大企業の上昇率が高くなっている。例えば50才以上の年齢層をとると大企業は43%の上昇であるが小企業では40%の上昇に留まり、その格差も51%から49%に拡大している。この傾向は女子についても、同様である。しかし大学卒職員男子についてはそれほど顕著な傾向は見えない。

 高度成長期に入って若年層の企業規模間賃金格差が縮小傾向をみせはじめてきた主因は、労働需給の変化による中小企業の初任給の引き上げである。これについては第2部「労働」及び第3部「労働力不足と流動性の変化」に詳しいが、機械工業を中心とする高度成長による労働需要の急増が労働の需給関係に変化をもたらし、その分野において企業間賃金格差についても改善をもたらしたのである。この傾向は工場労務者ばかりでなく、商業、サービス業、建設業労務者等これまで比較的低賃金であった分野についても次第に影響を及ぼしてきているので、高度成長は若年層を中心とする低賃金層に好影響をもたらしたといえる。

 一方、中高齢層についてはいぜんとして規模問責金格差縮小の兆しが見えないのは次のような事情によるものである。その第1は中高齢層については労働需給が依然として悪く、就職難が解消されていないことである。このため中小企業では、若年層については労働力を確保する必要から初任給その他賃金引き上げを行っているが中高齢層についてはそのような必要は少なく、かえって初任給引き上げによる労務費膨張の影響で中高齢層の賃金引き上げを相対的に低めようとする事例も少なくない。第二は大企業における年功序列的賃金体系がいぜんとして崩れていないことである。高度成長の原動力である技術革新は大企業における労働工程の単純化を進め、これまでの熟練の価値を相対的に低めてきている。また若年層と中高齢層との賃金差を縮める気運も醸成され、経営者側よりは職務給、労働組合よりは職種別熟練度別賃金の構想も出されている。しかし、まだ現実には賃金体系の是正は進まず、年功賃金により大企業高齢層の賃金上昇は相対的に高くなっている。第三は大企業と中小企業との生産性格差が拡大していることである。大企業と中小企業の物的生産性の変化については正確な測定をすることは難しいが、生産性上昇の基礎となる従業員1人当たり有形固定資産の推移でみると、資本金1億円以上の会社は小企業を大きく上回っている。法人企業統計でみると、31年には資本金200~500万円の小企業の従業員1人当たり有形固定資産は1億円以上会社の25%であったが、34年には17%に低下している。また一方、大企業と中小企業との系列、下請け関係は技術革新によって弱化する兆しは現れていない。一部の中企業等では系列の中でかなり発展を遂げている企業もみられるが、小企業の発展は相対的に遅れている。これらの結果から附加価値生産性の格差はかえって拡大している。前述した法人企業統計によってみると資本金200~500万円の会社の附加価値生産性は31年には1億円以上の会社の43%であったものが、34年には40%とその開きは拡大している。しかも一方労働分配率は大企業では低下しているのに資本金200~500万円の小企業では初任給引き上げによる労務費膨張のために31年の61%から34年の64%に上昇している。これらの事情は中高齢層の賃金引き上げを相対的に低めざるを得ない経営的側面を示すものである。

第II-7-1表 年令別規模別賃金格差

低所得層の所得動向

 高度成長によって若年層にはかなり好影響をもたらしてはいるが、被保護世帯、日雇い世帯等のような低所得階層等にはそれほどの影響を及ぼしていない。

 厚生省の調べによると、被保護世帯数は30年から35年までに56千世帯、約8%減少している。この減少の大部分は世帯主が労働力を持ちながら、その所得水準の低さのために生活保護を受けていた世帯が保護世帯から離脱出来たものである。この要因は経済の高成長による失業者の再就職や低賃金の改善にあるので、高成長は貧困層にも好影響を与えたということができる。

 しかし、保護世帯の減少の速度は鈍く、34年以降はむしろ若干の増加を示している。また、いぜんとして保護階層に止まっている世帯と一般世帯との消費水準の差が拡がってきている。これを東京都における被保護世帯でみると30年には一般勤労者の46%であったが、35年には39%に低下している。

 これはここ数年保護世帯の所得水準は年平均にして3%程度の上昇であるのに対し、一般勤労者は7%前後の上昇を続けているからである。現在保護を受けている階層は世帯主が労働力を持たない老齢、傷病者等が多く、経済復興期にみられたような、労働力を保有しながら低所得のために生活保護を受けていた者から次第に変わりつつある。従って経済の高成長によって自力で保護世帯から離脱できる可能性の有る者も次第に減少しているものと思われる。最も、36年4月における18%の保護基準の引き上げはこれまでの格差拡大をある程度緩和できるものと思われる。一方、失業しあるいは労働力を磨耗して失業対策事業に転落としてくる者は好況によって若干減少している。しかもいったん転落とすると常用労働者として再就職する機会がほとんどないので、年々累積されて35年の日雇い労働者は55万人と30年ごろに比べると9万人約2割増加している。しかし日雇い労働者の年齢は年々高齢化し、労働力が磨耗しているので、若年層の労働力不足が表面化している中においても民間産業への再就職は極めて困難である。東京都日雇い労働者生活実態調査によると、29年当時は50才以上の老齢層は36%であったが、35年には51%に達している。このような事情のためその所得水準の上昇はもっぱら失対事業日雇い賃金の引上げにかかっており、一般勤労者との所得水準の差は保護世帯と同様に拡大傾向が続いてきた。最も35年4月には9%、36年4月には11%の日雇い賞金引き上げが行われているので、これまでの格差拡大をある程度緩和したものと思われる。

 この外、低所得層については厚生省が推計している低消費水準世帯がある。この世帯は生活保護世帯と同程度の生活状態にあるが、その性格は保護世帯とはかなり異なって大部分が就業世帯である。その世帯数は30年の204万から34年の160万に約2割減少しているが、一般世帯との所得水準の格差が拡大していることは保護世帯と同様である。これらの世帯の特徴は地方寒村の零細専業農家、日雇い労働者、100人未満小企業の中高齢層の労働者で占められていることである。そのため高成長の中においても所得の伸び率が低いのである。特に問題は扶養家族が多く働きうる年齢層の割合が少ないことである。厚生省の生活実態調査によれば、これ等の世帯人員のうち14才以下の被扶養人員は44%に達し、一般世帯の32%よりもかなり多くなっている。そのため多就業による低所得の補充も難しい状態にあって、若年層にみられるような好況による所得増加の影響はこれ等の階層にはなかなか及ばないのである。

第II-7-2表 従業員1人当り有形固定資産格差、付加価値生産性格差および分配率の推移

所得分布の国際比較

 次にわか国の所得分布を国際的に比較してみるとどのような状況にあるかをみることにしよう。所得分布の国際比較には個人所得と世帯所得の二つの方法があるが、まず個人所得からみよう。労働力臨時調査による全個人所得を10分位階層に区分してみると、最低第1分位層は全所得の1.6%を占めており、最高第10分位層は28.5%を占めている。これに対し、イギリス、スウェーデン等の先進諸国では我が国よりも低所得層の所得割合が大きく、反対に最高層の所得の割合はやや小さい。つまり個人所得の分布でみると、西ドイツを除くと欧米先進諸国の方が我が国よりも均等的であるといえる。

 しかし、これには我が国の年齢別賃金格差が非常に大きく若年層の賃金は中高齢層に比べると一般的に低賃金であること、しかも家計補充的な就業者が広範に存在しているという特殊事情が反映している。従って世帯所得で比較してみるとやや事情は変わってくる。就業構造基本調査の単身者を含めた全世帯の所得分布とアメリカの消費単位別世帯所得の分布とを比較してみると、我が国の方が最低所得層の所得の割合が大きく、最高層の所得の割合は若干小さい。つまり、世帯単位所得でみると我が国の方が所得分布は均等的のようにみえる。しかし、これにはアメリカの調査が消費単位を基礎とし、同一世帯内に在っても所得の半は以上を世帯員が自ら消費する場合には、別個の世帯として計上されている調査方法の差異が影響している。同調査によるとアメリカの単身世帯は調査世帯の19%を占めているのに対し、我が国の就業構造基本調査では14%とかなり少ない。従って単身者を除いた非農林業の一般世帯だけの所得分布では 第II-7-1図 にみるようにほとんど差異を示していない。

第II-7-1図 非農林一世帯所得分布の日米比較

 以上のように非農林業一般世帯の所得分布では、我が国とアメリカとの間にはあまり大きな差異はないが、その傾向には大きな差異がみられる。すなわち、我が国の最高層は次第に所得の割合を拡大しているが、アメリカの最高層は1947年の33%から1950年の30%に縮小した後ほぼ30%を保ってほとんど変化を示していない。

第II-7-3表 非保護世帯数、日雇労働者数、低消費水準世帯数の推移

第II-7-4表 日雇労働者年令構成の推移

第II-7-5表 各国における所得分布

第II-7-6表 アメリカの所得分布の変化(世帯及単身者)

所得再配分効果

 上述したような所得分布を修正する方法として、租税制度と社会保障制度及び教育、住宅、食糧等に対する各種補助金等による再分配が考えられるαこれ等の制度による再分配の効果は租税制度や、社会保障の拠出と給付の方法、補助金の支出方法等によって一様ではないが、ここでは租税と社会保障によってどの程度の効果を発揮しているかを一応の推計を試みることにしよう。

 34年の「就業構造基本調査」による非農林雇用者一般世帯を、所得階級別fに10分位に区分して、租税及び社会保障拠出をしないで社会保障給付も受けないと仮定して当初所得をみると、最低の第1階層は全所得の2.8%を占めている。これから直接税と社会保障拠出分を控除し、社会保障給付を加えると全、所得の3.3%を占めるまでに拡大する。この傾向は第6階層まで続くが、それ以上の所得層になると低下してくる。特に最高階層は25.7%から24.5%に低下している。所得再配分の効果は低所得層になるほど大きく、公的扶助や社会保険などを受領している世帯になるとその割合は大きくなる。厚生省の調べによると東京都の被保護世帯の実収入の約5割は生活保護費で占められている。また、非農林一般世情についても、最低第1分位までは再分配によって所得が増えている。以上の推計には医療の現物給付と間接税が除かれているが、間接税はおおむね逆進的であるため、再分配効果を減殺することになる。全国消費実態調査から推計すると勤労者世帯の間接税の負担率は最低の第1階層が実収入の3.9%、最高の第10位階層は1.8%と、最低層の負担率が大きくなっている。その結果間接税控除後の所得分配は低所得層において若干低下し、高所得層でわずか増加するが、その影響は低い。一方、医療保障の現物給付は社会保険拠出とは無関係に給付されるので再配分効果は大きい。しかし、全体を総合してみても我が国の所得再配分効果はあまり大きなものとはいえない。これには幾つかの理由が考えられる。

 その1は所得税の税率の累進度は各国に比べて決して緩くはないが、全体として所得水準が低く、高率の所得税率の適用を受ける高額所得者が比額的少ないことである。

 第2には社会保障制度の歴史も新しいために公的年金給付が未だ本格的でないことや、フランス、イタリア、イギリス、西ドイツ等にみられる児童手当のような社会保障給付がなく、国民所得に占める社会保障支出の割合が低いこと等によるものと思われる。

第II-7-7表 非農林雇用者一般世帯所得再配分効果

第II-7-8表 所得階級別間接税負担率

むすび

 上述したように、高度成長は分配面に二つの影響を与えてきている。その1つはこれまで日本経済の二重構造の1つの現れとみられてきた大企業と中小企業との賃金格差への影響である。これに関しては現在までに表面化している範囲は労働力が流動しやすい若年層の格差縮小に限られている。これが、中高齢層にまで進展するには、なお労働力の需給賃金制度、中小企業の経営等経済の高成長のみによっては改善を期待し難し、幾多の問題が横たわっている。もう1つの面は経済の成長についていけないような低所得層の問題である。経済の成長に自力でついていけないような低所得層と一般勤労者との所得格差の拡大は高成長経済の下では避けられない事実である。しかし、これ等の分野は政府の施策が最も有力に働く分野であり、積極的な政策が期待されるところである。36年度予算における低得所層の所得引き上げ措置等は最近にみられない有効な措置であったといえるであろう。


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