昭和36年

年次経済報告

成長経済の課題

経済企画庁


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高度成長下の問題点と構造変化

高度成長下の構造変化

工業高度化と産業構造の変化

工業成長と産業構造高度化

 近年における工業生産は、逞しい上昇力を示している。昭和31年度以降最近5ヶ年間の工業生産の平均上昇率は18.9%で、30年度以前の5ヶ年間のそれの15.4%をかなり上回っている。しかも工業生産の伸び率は最近年次においてさらに顕著で、34年度31%、35年度24%となっている。かかる工業の高成長にリードされて産業構造の近代化は30年度以降かなり急速に促進されてきている。

 このように長い期間にわたって、工業の高い成長が持続的に行われているのは、技術革新が大きな影響力を具現してきたことに帰着する。生産技術の進歩は、各工業部門の生産性をかなり上昇させる効果を示しており、この数年間にどの部門でもおおよそ20%以上の生産性の上昇を遂げている。どの工業部門の生産性の向上効果もかなり高い姿で示現されてきたことがこれまでの技術進歩の特徴であるが、しかも各部門間の生産性の上昇テンポは一様ではない。生産性の相対的に低い部門から高い部門へと、工業構造の重点が次第に移り変わっている点を・も見逃すことはできない。工業の持続的成長が可能となっているのは、このように生産性の低い部門から高い部門へ構造変換のたえず行われていることによって支えられているのである。30年から35年にかけて、生産性の伸びのとりわけ著しい部門、は、輸送機械、電気機械、一般機械、合成化学、石油精製、鉄鋼などで、いずれも重化学工業部門に属している。31年度から35年度にかけて生産額の増加のうち3分の1までは、生産性が60%以上上昇した産業部門によって占められているが、その高位生産性部門の8割までが重化学工業部門である。現在の技術革新の中心産業は重化学工業であり、現在の工業高度化は集約的には重化学工業化によって表現されるといえよう。

第II-1-1図 生産上昇に占める高生産性部門の比重

 現在の日本の重化学工業化を中心とする工業高度化の勢いは非常に急であり、急速な重化学工業化の進展が高い工業成長を呼び起こしていることは、 第II-1-2図 からも伺うことができる。日本の工業高度化が急だということは、重化学工業を中心部門とする技術革新の展開と伝播の勢いが非常に急であるという表現にほかならない。その場合にわか国における技術革新が、先進国に比べても急展開を示しているのは、 ① 石油化学、プラスチックスト合成繊維、電子工業のように世界的に新しい技術が開発され、工業化の成果をあげている領域と、 ② 乗用車、産業機械、石油精製のように、先進国、特にアメリカでは戦前の時期から既に繁栄を築いたもので、日本では現在ようやく勃興期に入った領域とが、同時発生的に進行しているからである。他の国では、時間をかけて行われた技術革新が、日本では最近の数年間に集中して多様な展開をしているだけに、工業全体の成長力を高める作用も大きいし、それが需要構造、資源構造、資本構造を変革する力も大きくなっているのである。

第II-1-2図 工業生産の上昇と重化学工業化の進展

需要構造の変革

 技術革新のもたらした需要構造の変革作用は、新製品の急速な抬頭と普及に最も特徴的に現れている。現在の高い工業成長は、生産性の低い部門から高い部門への構造変動が行われていることによって支えられている図りでなく、旧い産業から新しい産業へとたえず構造の重点移動が行われていることによって支えられている面も多い。いま、戦後に現れた日本での新製品がどのような浸透力をもちつつある段階かを、30年から34年にかけての工業総生産額増加に対する新製品生産の増加額に占める割合でみると、3割近い大きさを占めるまでになっている。これは、新製品の直接生産額ではかったものであるが、さらにこれら新製品を生産するに必要な原料生産などの間接効果まで考慮に入れるならば新製品が生産構造の変化におよぼしている影響は一層大きいはずである。戦後に日本で生産された新製品については、昭和31、32年ごろまではプラスチックス、合成繊維の比重が大きかったが、33、34年ごろからテレビ、トランジスターラジオをはじめとする民生電機が大量普及を示しはじめ、35年頃から乗用車が着実な市場拡大を遂げる段階に注している。いずれにせよ、これら新製品が車化学工業製品であり、あるいは生産の重化学工業依存度の高い商品であることから、全体として電化学工業化を促進する機能は大きい。

 通産省試算の産業連関表によって、家計消費のなかに占める重化学工業製品がどのくらいの規模になっているかをみると、35年における重化学工業製品の家計消費は30年の2.4倍に達している。また家計消費支出に占める重化学工業製品の割合も30年の約4%から、35年には9%程度に増大している。

 このように現在の需要構造の変革は、新製品の普及を中心として技術革新と消費革新が密接なつながりを持って展開していることから、ひき起こされている。そして新製品の普及による消費革新が顕著な進展を遂げつつあるのは、一方において、 ① 技術革新がたえざる生産性上昇によって国民の1人当たりの実質所得を増大させる効果が大きいこと。他方において ② 技術の進歩が次々にうみだす新製品が消費需要を量産市場に呼び寄せる効果が大きいこと。しかも ③ 大量生産がコスト引き下げを可能にし、さらに需要を活発化する効果を有しているからである。

第II-1-2表 技術革新、新製品の生産増加寄与率

 これを、主要消費財について、それぞれの一定量を購入するために、購入者が何時間働かねばならないかという関係についてみると 第II-1-3表 の通りである。

第II-1-3図 家計消費における重化学工業製品の増加と寄与率

第II-1-3表 主要消費財購入のための必要労働時間の推移

 技術革新下の生産性向上に基づく実質賃金の上昇によって各消費財とも、これを購入するために必要とする労働時間はおしなべて低下している。たとえは、農産物は土地生産性の制約や支持価格の影響によって価格そのものは傾向的に上昇しているにもかかわらず、この間の購入者の実質賃金の上昇によって、農産物一定量を購入するのに必要な労働時間は減少するという関係がみられる。しかし最も必要労働時間の減少率の大きいのは、何といっても新製品の消費財であって、プラスチックス、合成繊維、民生電機等は、27年ごろの3分の1ないし4分の1の労働時間で購入できるようになっている。これはいうまでもなく、新製品の量産過程におけるコスト低下が著しいためである。そして量産によってコスト低下と価格低下が、一そう大衆需要を喚起し、つぎのコスト・ダウンを可能ならしめるという市場浸透過程をたどってきているのである。ただし、耐久消費財、乗用車等は、日本においても相当の普及段階に入りつつあるとはいえ、先進国にくらべるとなお数等余計に働かねば購入できない。例えば、アメリカでは乗用車は3ヶ月分の労働報酬で買えるのに、日本ではその7倍も働かねば購入することはできない。日本でも自動車の普及は最近かなり早まっているけれども、モータリゼーションが個人生活に与える影響の面ではまだまだ遅れている。西欧では自動車販売台数の80%以上が乗用車によって占められているのに、日本ではまだトラック、バスの比重が高く、乗用車の比重は34%を占めているに過ぎない。また、西欧では乗用車販売の半ばくらいまでは個人自家用車であるのに、日本ではわずか8%程度が個人自家用車に過ぎないのである。消費革新といい、需要構造の変革というけれども、日本の場合にはまだまだ先進国レベルに距離があることは、この自動車の場合に集約的に現れている。

 日本の耐久消費財機械における消費革新はようやくその緒についた段階であるが、それでも流れ作業方式をとる乗用車、民生電機などの量産的機種が確立されることによって、日本の機械工業の生産構造も、欧米型の近代的な体系に歩を進めるようになりつつある。30年以降の盛んな設備投資を反映して資本財機械の伸びは著しいが、民生電機、自動車等の量産機械の伸びもこれに匹敵する高さを示している。

第II-1-4図 乗用車、自家用車の比重

資源転換

 技術革新の進展は以上のように需要構造を大きく変化させたが、また、資源の投入構造をも変化させている。 第II-1-5図 のように鉱工業の原料投入構造の変化は急速に進展している。技術革新の結果として合成繊維は綿、羊毛、麻、バルブに対する比重を高め、プラスチックスは原皮、ゴム、木材、軽金属、在来繊維に代替する動きがみられる。農林産資源に恵まれない我が国にとっては、資源転換は国内経済に対して付加価値造成力を強め、全体として成長力を高めながら、国際競争力の強化や外貨節約に貢献している。そして、いまや資源賦存量の多寡が経済の豊かさを決めるのではなく、技術が資源問題を解決し、克服する時代となりつつある。

第II-1-5図 原材料投入構造の変貌

 消費革命の進展は、家庭用電気機器や自動車などの耐久消費財の需要増加を通じて、プラスチックスや金属を多量に消費する原料構造を招来している。

 第II-1-6図 は、実質国民所得1億円当たりの粗鋼、プラスチックスの消費量を示したものである。30年ごろから急速に増加し、ことに、34年からの機械工業に主導された産業発展は、鉄鋼、プラスチックスの消費量を飛躍的に増加させた。消費量の増加だけではなく、質的にも多様化している。例えば鉄鋼については普通鋼だけではなく、特殊鋼の用途を広げ、非鉄金属ではアルミニウムなどの軽金属の消費量が増大している。

第II-1-6図 G.N.P1億円当りの鉄鋼およびプラスティック消費量

 技術革新の進展によって、鉄鉱右や原油などの原料取得条件が世界的に均等化する傾向にある。アメリカはこれまで鉄鉱石、原油の輸出国であったが’経済規模の拡大と経済的埋蔵量の限界から’海外にそれを求める立場におかれており、西欧諸国も大量の鉄鉱右、原油を輸入に仰いでいる。重化学工業の原材料は綿花や羊毛などにくらべて、輸送費の占める割合が大きい。しかし、最近のマンモスタンカーや鉄鉱石専用船などの輸送革新によって、経済的距離が著しく短縮されて輸送費も大幅に軽減されている。このような意味で、原料の取得条件では、各国ともほぼ均等化する方向にある。

 従来天然資源に恵まれなかった我が国としては、むしろ相対的に有利になりつつある面もある。我が国は地形上南北に長く、海岸線の起伏も多く、港湾建設地点には恵まれている。資源を求めて工場を建設するという従来の立・地選択は、現在では港湾を求めて立地する型へ変化しつつある。資源問題の解決は、資源の発見と採掘の能率化という段階から、資源供給地と受け入れ地の経済距離の短縮、輸送革新に対応した港湾、荷役能力の完備、合理的な産業配置という全体系の中でのみ解決しうることを示している。

 一方、技術革新はエネルギーの消費構造をも変化させた。エネルギー革命とかエネルギーの流体化と呼ほれているように、石炭に代わって石油がエネルギー源の大宗となりつつある。その背景としては、 ① 石油の探査技術やボーリング技術が進歩したこと、 ② 石油の生産は世界的にみて、過剰傾向にあり、供給価格も低下気味であることや ③ 技術革新の進展に伴って、流体燃料が温度、圧力、流量などを容易に自動制御できるという技術の優利さを持っているためである。国際競争力の強化のためには、経済性を中心とした合理的なエネルギーの供給構造を確立する必要がある。その際、特に、石炭産業の合理化には適切な雇用対策が必要であろう。

 また、今後輸入エネルギーの比重増大が予想されるが、経済協力による海外エネルギー資源の開発、タンカー、石炭専用船の建造による邦船積取比率の向上等、外貨負担軽減対策をとらねばならない。

 以上のように技術革新の進展は原料の投入構造を大きく変化させたが、後章に詳述するように(地域構造の変革の項参照)工業用地や工業用水など資源領域はますます拡大されつつある。

資本投入の重点移行

 技術革新の進展は、資本の投入構造をも急速に変化させている。合成繊維や自動車工業、電子工業などの分野では、当初少数の開拓者的企業が先行投資を行い、需要を開発することによって、創業者利潤を確保することができたo需要構造の変化の方向が明らかになるに従って、将来性があると目される産業分野へ向って他業種、他産業からの進出が急速に行われ始めている。

 (第3部II─5「経営体制の変ぼう」の項 第II-5-2表 参照)

 まず、業種別に設備投資の構成比の推移からみていこう。 第II-1-4表 のように、繊維工業ではレーヨン、アセテートなどの天然繊維部門投資の比重が後退し、代わって、合成繊維の割合が著増している。化学工業では、化学肥料関係投資が減少し、石油化学への投資が急増し、合成樹脂も、増加傾向にある。機械工業では自動車部門の急伸を始めとして、通信機械、産業機械などが増加傾向をみせているのに対して、造船部門の比重は減少を示している。このように、需要の伸びの大きい部門へ向って投資が集中し、しかも、投資の伸びが需要の増加率を上回っているのが特徴であるが、大企業が長期計画に従ってかなり先行きの需要を見越して投資を行っているためである。

第II-1-4表 設備投資構成比の推移

 つきに、売上高構成比の推移をみてみよう。 第II-1-5表 からも分る通り、繊維工業では、合成繊維の比重が増加し、製品も多様化している。電気機械工業では、家庭電化の進展に伴って、家庭用電気械器の比重が増大し、さらに工業計器や通信機の分野にも進出している。化学工業ではこれまでの化学肥料に代わって、合成樹脂や石油化学製品の割合が急増している。造船業でも陸上機械部門の充実に力を入れるなど、経営の多角化、資本転換が推進されている。

第II-1-5表 売上高構成比の推移

 この他、鉄鋼業のガス化学への進出、水産業の陸上食料加工業の兼営、石炭鉱業からの観光業への進出など、激しい資本の転換が行われている。

第3次産業の変ぼう

 以上述べてきたように、技術革新の進展は、産業構造、需要構造の変化、資源、資本の転換を招来したに止まらず、それらの変化に適応できる流通、宣伝城横の整備、拡充や生活様式の変化に伴う余暇産業の膨張など、第3次産業をも急速に変ぼうさせつつある。

 まず、流通機構の整備、再編成からみると、商業資本の産業資本による排除は、一般的な傾向であるが、特に、新製品の需要開発に当たっては、メーカー自身、流通市場に乗り出すことによって、市場占拠率の拡大や統制の強化を計っている。

 電気機器や自動車メーカーの販売会社の設立は、商業資本を経由せずに、メーカー自身が消費者と直結することによって、製品を消費者へ向って流すだけではなく、消費者の要望を製品面にも反映させようとする傾向が目立っている。合成繊維メーカーのチョップ商品制の採用や食料品、化粧品の連鎖、販売店の系列化も著しい。消費内容の高度化とこのような企業の積極的な新製品の需要開拓の努力は、卸、小売業の販売額の構成をも変化させている。

 従来の中心品目であった繊維品の比重が後退し、電気機器や自動車(同部品)、家具器具が増加しており、繊維品でも高級品に重点が移りつつある。また大量販売を促進するために、月賦販売も増加している。当庁調べ「消費者動向予測調査」によれは、都市世帯の約5割が月賦を利用しており、月賦百貨店も大型化してきている。

 現在の生活様式の変化が大きく影響しているのは余暇産業である。映画、演劇、旅行、スポーツなどに対する支出を35年の家計調査でみると、消費支出の11%を占めるかなりの額に達している。中でも、旅行費用の支出は最も大きな伸びを示しており、当庁調べの「消費者動向予測調査」によれば、都市世帯で過去1年間に旅行(1泊以上でかつ片道50km以上)をしたものが49.3%に達している。このような旅行の大衆化に伴って観光事業も旅客の大量吸収をねらって一層大規模化し、総合化しつつある。

 しかし、第3次産業の中で最も飛躍的な発展を遂げたのは広告、宣伝業である。 第II-1-7図 のように、卸小売業、運輸通信業、サービス業をはるかに上回る伸びを示している。我が国の広告、宣伝費の伸び率はアメリカ、イギリスと比較しても、較段に大きく、また、第3次産業国民所得に対する割合もかなり接近してきている。

第II-1-7図 第3次産業活動の推移

 広告、宣伝費の内容は、 第II-1-6表 に示すように、32年ごろからのテレビの急速な普及によって、従来の印刷媒体を中心とする宣伝機構から、電波媒体に重点が移行しつつある。広告、宣伝費が営業費の中に占める割合を通産省調査によってみると、生産財部門では低く合成繊維、耐久消費財機械、百貨店、食品などの最終消費財や商業部門では高くなっている。高度工業社会の特徴の1つは、大量生産~マスコミによる宣伝~大量販売~大量消費の体制をとることである。メーカーが量産体制に見あった販売量をふやすには、広告、宣伝や月賦販売、消費者金融を行わねばならないが、それが第3次産業の急速な所得増加を招来させているのである。

第II-1-8図 広告宣伝費の海外比較

第II-1-6表 媒体別広告宣伝費の推移


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