昭和36年

年次経済報告

成長経済の課題

経済企画庁


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昭和35年度の日本経済

金融

産業資金供給の増加と資金需要の内容

産業資金供給の構成

 35年度の金融情勢を基本的に規定していたものは盛んな設備投資でありこれを反映した高水準の資金需要であった。

 産業資金供給をみると、外部資金(純増)は3兆3,503億円と前年度比山26増に達した。その使途別構成は設備資金1兆6,093億円、運転資金1が7,409億円で対前年度増加率では設備53%、運転42%と設備資金の増勢がとくに強い。

 なお内部資金の調達は約1兆5,700億円で、前年度比23%前後の増加で濁った。資金需要がさかんであったため内部資金の比重は幾分低下している。

設備資金に占める社債の比重増大

 設備資金供給の増大が盛んな設備投資を直接反映したものであることはいうまでもない。その中心は機械工業、化学工業などでの技術革新的投資の高まりに応ずるためのものである。これに加えて、年度前半には紙パルプ、セメントなど一般産業での設備拡張が進み、後半においては電力、鉄鋼など基礎産業での大口資金調達が本格化した。

 以上の時期別産業別動向は、資金調達面の特徴に対応している。すなわち、年度の前半には一般産業向け設備貸し出しの多い都市銀行の比重が急増した。また年度後半における鉄鋼、電力の資金調達を支えた最大の柱は、起債市場の急拡大だったのである。

 投資急増期に設備資金の都市銀行依存が高まるのは通例で、例えは31年度もそうであった。ただ31年度にくらべると、長期信用銀行、信託、生命保険など長期資金が充実してきたので、都市銀行への過度の依存は避けられている。

 これにひきかえ起債市場の拡大は予想をはるかに上回る飛躍的なものであった。35年度の事業債発行額は、3,805億円で前年度比111%増(償還をさしひいた純増額では3,399億円で150%増)に達している。社債消化が主として金融機関に因っている間はその資金繰りに影響されやすく、金融の締まっているときには、たとえ消化されても起債会社と関係の深い銀行の抱き込みになることが多い。事実35年度の前半における社債の消化は、決してはかばかしいものではなかった。後半それが好転したのは、金融引き締め圧力が漸次軽減されていったことや金利低下見越しの員持ちが増えたことにもよるが、この他事業債が国民貯蓄組合の貯蓄対象に追加指定されたこと(35年7月)、株式投資信託の社債組入れが大幅に増加したことなどによって、消化層が拡大したところによる面も大きかった。

 この好転をさらにおし進めたのは36年1月の公社債投資信託の発足であった。これまで社債の消化が金融機関にかたより個人消化が進まなかったのは、社債の流通市場が存在しなかったことに最大の原因があった。社債流通市場が存在しなかったため、社債投資は利回りはよかったが長期間資金を固定することを意味した。公社債投資信託は投資信託受益証券に換金性を与え、これを利用して一般投資家の資金を吸収し、これを社債の買い入れに充てようとするものである。これによって比較的利回りがよく、しかも管理に手数がかからず、流動的なうえに小口化されている新しい種類の貯蓄対象がつくり出されたものといえよう。この公社債投資信託を媒介として確定利付債権券に大衆資金が導入されるとすれは、それは銀行への貯蓄集中を緩和する傾向を一段とおし進めるもので、これまでの我が国金融構造をかえていく1つの要因となる可能性がある。ただ公社債自体についひま、投資信託、証券会社、個人、金融機関などの間で自由に売買される市場が存在していない点に今後の課題があるといえよう(第3部「金融構造の変化」参照)。

 36年1~3月の間に、公社債投資信託は1,102億円にのほる設定を行い、その9割を公社債の買い入れにあてた。この結果、公社債の消化先構成は35年度において一変するに至ったのである。最もこの間の募集は新しさの魅力を訴える証券会社の活発な営業活動に支えられたものであり、かつそこには過当競争の色合いがふくまれていた。36年4月以降、その募集はかなり鈍化し、36年1月の460億円のピークからすれは約半分にまでおちている。

 今後36年1~3月当時ほどの急伸ぶりは考えられないけれども、着実に大衆層に浸透して社債個人消化の素地をつちかっていくものと期待することはできよう。

 このような起債額の急増によって、外債発行の中絶と起債市場の不振に狭馨されて年度前半には資金繰りに苦しみ、都市銀行への依存を高めていた電力業では、36年に入っていったんその窮状を脱しえた。大企業ではそのほかにも社債資金の調達によって手元資金がうるおったものが多い。

 35年度には増資もさかんであった。特徴的なのは公募増資が増えたことと、中小会社の店頭公開、増資が活発だったことである。

 なお、株式投資信託の募集も好調でその残存元本は3674億円増加し、年度末には7,226億円に達した。

 その結果、投資信託の組入れ株式の時価総額は上場株式のそれの1割をこえるまでになった。投資信託の株式市況に与える影響力が増大したことにかんがみ、運用枠の設定に加え投信委託会社の分離が進められ、さらに収益分配方式や手数料徴収その他にも合理化が要請されている。投資信託としても制度的地固めの段階をむかえつつあるものといえよう。

第10-1表 産業設備資金調達

第10-1図 事業債発行・消化状況

銀行貸し出しと増加運転資金の特徴

 次に運転資金についてみよう。その大宗をなすものは全国銀行の貸し出しである。全国銀行貸し出しの増加は35年度中1兆5,288億円で、前年度比46%増加した。このうち運転資金は1兆2,174億円増で、前年度比増加率は44%である。

 その業種別内訳をみると三つの特徴をかぞえることができる。第1に化学、自動車、機械、電機、食品など成長産業向け貸し出しが引き続いて増加している。第2に前年度停滞した鉄鋼、綿紡などへの貸し出しが本年度において増加した。第3はこれとは逆に、前年において増加が著しかった商社貸し出しが、いぜん高水準ではあるが、その伸びを鈍化したことである。

 以上のように35年度の全国銀行運転資金貸し出しは製造業についてみると74%増となり、ほほ全業種にわたって増加した。35年度においては、在庫投資は全体として落ち着いていたが、設備投資の増加によって資金繰りが圧迫されたので、販売資金を賄い流動性を維持していくために銀行借り入れが増えたものといえる。

 設備投資がどのようにして運転資金借り入れの増加となってはねかえつたかをみよう。 第10-1図 は設備投資と長期資金の調達を対比したものである。長期資金の調達は設備投資を上回っているが、この部分は長期資金で運転資金需要が賄われたとみることができよう。年度当初の状況としては設備投資の増加に内部留保その他の長期資金の調達が追いつかず、これまで長期資金で賄われていた運転資金をも銀行借り入れに依存しなければならなくなった。化学、造船、綿紡、電機、水産などの経営多角化のための設備投資は、それら業種の運転資金需要をいわば底揚げするものであったのである。

第10-2表 全国銀行運転資金貸出増減

第10-2図 設備投資による運賃資金の圧迫

 この過程で景気後退期以来蓄積されていた企業流動性が減少に向ったが、予防的金融措置下においては銀行貸し出しによってこれを十分補てんすることができず、企業の営業性預金の伸びも抑えられたのである。この事情は8月以降幾分の緩和に向かう。 第10-3図 にみるように、貸し出し増加テンポが変わらないなかで企業預金が後半復調を示している。また運転資金需要の内容も時期別に変化した。35年度において貸し出し増加の大きい繊維、鉄鋼の資金運用をみると、35年4~6月の運転資金は製品在庫の増加によって必要となったが、それ以降は企業間信用の拡大に充てられるものが多くなっている。在庫荷もたれから売掛超過へと企業資産が多少とも流動化する過程で、企業資金繰りにも圧迫感がうすれていったものとみられよう。36年1~3月に入ると増資、起債による資金流入に加え、ユーザンス期限の延長もあって、これら企業の手元がかなりうるおることになったのは前述の通りである。

第10-3図 営業性預金の伸び

 以上のように企業の手元は次第に緩和し、特に年度末においては著しい流動性の増加をみた。

 それにもかかわらず企業の運転資金需要は依然高水準で、衰えをみせていない。企業が流動性を保ち続けようとするのは資金繰り安定化を図ってのことであるが、特に最近は旭大な投資計画を持つに至ったので、いまから手元資金をあつくし外部金融の道を確保しようとする動きがあることにもよる。

 なお卸売業に対する貸し出し増加がそれほど増えなかったのは、流通在庫がぶちついていたことや、金融引締りの影響で中小商社貸し出しが抑えられたことにもよるが、特にユーザンス規制緩和によるところが大きい。ユーザンス規制緩和によって貿易関係資金の借り入れは大幅に減少したが、大商社を中心とした投融資や機械代金の延べ払いなどのための要資はいぜん根強かった。また引き締め圧力の緩和された年度後半には、中小商社をふくめて卸売業への貸し出しは再び増勢を強めているo

第10-4図 運転資金需要内容の推移

中小企業向け融資の特徴

 市中金融の繁閑をさらに端的に示すものは全国銀行の中小企業向け貸し出しである。その貸し出し増加に占める中小企業向けの比重は、大企業の資金需要にくわえて34年度上期37%、下期30%、35年度上期24%と低下を続けたが、資金繰りにややゆとりの生じた下期においては30%まで回復した。年度を通計すると貸し出し増加額は4,193億円で、前年度に比べ22%の上昇に留まっている。

 一方、中小企業の投資活動は企業のそれさえしのぐものといわれる(「中小企業」の項参照)。盛んな資金需要と銀行貸し出しの伸びのギャップは何か埋めたのであろうか。それには、中小企業の内部蓄積の増加のほか、中小企業専門金融機関の貸し出しが大幅に増加(中小企業金融公庫調べの中小企業向け貸し出し合計から全国銀行貸し出しを除くと、5,103億円、37%増)したこと、大企業の与える企業間信用の流れが金融引締りの中でも保たれてきたこと、などを挙げることができよう。(第3部「金融構造の変化」参照)


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