昭和36年

年次経済報告

成長経済の課題

経済企画庁


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昭和35年度の日本経済

企業経営

企業経営と資金運用

盛んな資金需要とその内容

 第4-5図 は最近における製造業の資金運用バランスを前回の上昇期と比較したものである。これによって今回の景気上昇過程の企業資金運用の態様をみよう。

第4-5図 資金運用バランス(製造業)

 まず資金の使途面をみると、資金需要の主柱は盛んな設備投資で、全体の。50%にも達している。有形固定資産のうちでは建設仮勘定の割合が著しく、増加している。

 前回のブーム時に著しく資金需要の割合の大きかった在庫投資は今回の好況下ではかなり比重を後退させている。在庫投資のうちでは原材料在庫投資の比重の減少が目立ち、反面、生産工程の迂回化を示す仕掛け品の在庫投資の割合は若干増えている。このような在庫投資の低下が、その面では企業の資金運用を前回よりは楽にする要因となっていることは否定できない。

 一方、大企業の関係会社に対する系列化投融資のための資金需要も増加傾向にある。

 たとえば、系列化競争の激しい主要業種の代表的企業について、系列企業に対する株式、長期貸し付け金及び短期貸し付け金をみると、 第4-3表 の通りで、この1年間でも大幅に増加している。系列投融資の形態は、各企業によって異なり、鉄鋼のように株式投資を主とするもの、商社、電気機械、自動車のように短期貸し付け金を主とするものなど様々であるが、いずれにせよこれらの企業の資金需要をかなり強める傾向にあるといってよい。

第4-3表 主要業種の系列投融資額

資金調達と減価償却の地位

 このように盛んな資金需要に対応して、資金調達の動きはどのように変化しているであろうか。 第4-5図 にもうかがわれるように、大きな変化の一・つは、長期借入金(銀行、生保等)や株式、社債などの長期資金が急速に比重を拡大させ、増大過程の設備投資の主要源泉となっていることである。また、短期借入金も在庫投資の比重が後退している割に、生産規模や企業信用の拡大に伴う増加運転資金の必要から増えている。このように製造業の金融機関借入金増加額は、35年度上期において前期を6割以上上回る著増となったが、これは企業の内部資金の比重が前回の好況時よりもさらに低下していることを示している。

 企業の内部資金の構成において、社内留保から減価償却に重点が移り変わっているのは戦後の主要な特徴であり、最近では減価償却の大きさが、内部資金の厚味に影響するようになっている。減価償却は、一方では設備資本の回収条件として、他方では再投資の資金源泉として、二面的な意味を持っている。

 この点を分けて吟味すると、最近の減価償却の裾付設備資産に対する割合、すなわち減価償却率は、 第4-4表 の通り主要な工業部門の大部分で15%をこえており、戦前と比べてもはるかに高まっている。さらに、普通償却範囲額に対する実際償却額の割合(実施率)でみると、設備近代化促進のための特別償却措置の優遇などの影響で、製造業平均では、普通償却枠を30%程度こえる規模を示している。平常な経済成長と技術進歩の状態における既存設備の回収という意味だけからすれば、減価償却は不足とはいえない。しかしもう1つの意味での減価償却は明らかに不足の現象を示している。再投資源泉としての減価償却を、減価償却対建設仮勘定の比率でみると、 第4-6図 にみられるように最近再び低下の傾向にある。すなわち技術進歩が急で、設備投資が急速に拡大している現在では、既存の設備資産から回収した減価償却を持ってはなお内部資金源泉として不足であり、また新規設備資産がいつ陳腐化するかも知れないリスクへの配慮が、一層価値回収条件としての減価償却を加速化させようとする企業の要求となって現出するのである。

第4-4表 原価償却率の推移

第4-6図 再投資源泉としての減価償却の地位

 以上のように、最近の企業経営は、好況局面にあって利益の上昇を続けてきたが、高度成長下の盛んな設備投資に対して内部資金の相対的不足をいぜん解消できない面をもち、資本構成も悪化傾向を示している。資本構成の悪化は35年度だけに限った現象ではなく、設備投資の拡大テンポが非常に大きいことから、31年度以降ほとんど一貫した自己資本比率の低下傾向がみられる。これは、技術革新過程の投資競争が活発で、貿易自由化も投資を促進する要因として働いていることから、設備投資のための借入金が増大しているためである。少し長い眼でみれば、現在のような激しい設備投資の伸びが次第に落ち着いたものとなるにつれて、生産設備の量産効果も発現し、資本構成もやがて改善に向っていくものと思われる。従って、短期的に資本構成の関係からだけで企業の設備投資が多すぎるとみるのは当たらないが、貿易の自由化が企業の経営基盤の充実を要請する時期にあるので、企業も一層資本の充実策に努力する必要があろう。

第4-5表 資本構成の推移


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