昭和36年

年次経済報告

成長経済の課題

経済企画庁


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昭和35年度の日本経済

貿易

 経済規模のひき続く拡大に伴って、輸入が漸増傾向を維持したのに対し、輸出は下半期に入って伸び悩み状態を示したため、35年度の経常収支は3年振りに支払い超過に転じた。しかし、為替自由化の影響も加わり、多額の外国短期資本が流入したため、総合収支は一貫して黒字を続け、外貨準備も36年4月までは増加の一途をたどった。

 過去2回の好況期においては、経済の急速な拡大は間もなく国際収支の逆調を招き、政策の転換から景気下降をもたらした。これに対して、今回の上昇局面にあっては、34年度は輸出の伸長によって、35年度は資本収支の好調によって、国際収支は2年続いて黒字を維持してきた。これは、数年来の急速な成長を通じて、我が国の輸出力が強化されると共に、貿易為替自由化が推進され、国際資本移動の恩恵を、より多く享受し得るに至ったためである。

 しかし、年度後半以来の輸出停滞は、主として海外経済の動向によるものではあるが、36年度に入っても未だ顕著な改善を示さず、一方輸入が高水準を続けているため、経常収支が大中の赤字を続けていること、35年度の資本収支の大中黒字は、制度の変さらによる一時的な外資流入によるところが大きく、今後はこれほどの大中黒字は期待しがたい情勢にある、という点も見逃されてはならない。

外国為替収支

 35年度の経常収支は受取も増加したが、支払いの増え方が大きかったためγ受取4,643百万ドル、支払い4,713百万ドルで、収支尻は70百万ドルの支払超過となった。33年度が5億ドル、34年度が1.9億ドルの黒字を計上したのに比べると、著しい悪化である。

 一方、資本取引は、短期資本を中心に、77百万ドルと、前年度を大中に上回る多額の黒字となったので、総合収支は607百万ドルの受超を記録した。この結果、外貨準備高も636百万ドルの増加をみ、年度末残高は1,997百万ドルという高水準に達した。

 年度間の推移をみると、貿易収支は輸出の停滞から、年度末に向って悪化し、貿易外収支も次第に赤字中をひろげたため、季節的な事情も加わって経常収支は36年に入ってからは大中な赤字を続けている。一方、輸入ユーザンス期間延長の効果が一巡したため、資本収支の黒字中も36年度に入って縮小する傾向をみせ、総合収支も5月には赤字を示すに至った。

経常取引

 経常取引は受取が前年度比14%の増加に留まったのに対して、支払いは21%増加したため、収支尻は70百万ドルの赤字を示した。特に目立つのは、貿易収支の黒字中が著しく縮小し、しかも収支尻の悪化が年度末に向かって急速に表面化したこと、及び、貿易外収支が戦後はじめて赤字に転じたことである。

第1-1図 外国為替収支尻の推移

第1-1表 外国為替収支

 まず貿易収支をみると、輸出為替受取が14%の増加だったのに対して、輸入為替支払いは20%も増加したため、黒字中は前年度の155百万ドルから、35年度にはわずか3百万ドルへ、著しく縮小した。年度間の推移をみても 第1-2図 のように上半期の70百万ドルの黒字から、下半期には67百万ドルの赤字に逆転している。

第1-2図 経常収支の推移

 これは、工業生産の上昇に伴う輸入原材料消費の増大、設備投資の増加による機械輸入の漸増、消費水準の向上や貿易自由化による食料品、製品輸入の増加などを反映して、輸入がほほ一貫して漸増傾向を続けたのに対して、前年度以来順調な伸びを続けていた輸出が、下半期に入って伸び悩みとなったことによる。輸入の漸増、輸出の停滞という傾向は、36年度に入ってからも続いており、貿易収支は4月73百万ドル、5月126百万ドルと大中な赤字を計上している。

 つきに、貿易外収支をみると、受取723百万ドル、支払い796百万ドルで、73百万ドルの支払超過となり、戦後はじめて赤字に転じた。これは、軍関係収入が5年振りに増加したのをはじめ、受取は前年度より72百万ドル増えたが、支払いの増加はさらに大巾で、前年度を183百万ドルも上回ったためである。

 数年来の貿易外収支この推移をみると、収支尻は 第1-2図 にみるように次第に悪化しているが、これはつきのような事情による。

 まず、貿易外受取りは、軍関係収入が減少傾向にあるため、全体としても増え方が小巾である。朝鮮動乱を契機に激増した軍関係収入は、29年度の790百万ドルをピークとして、漸減傾向をたどり、34年度には349百万ドルにまで低下した。35年度には、車預金振込を中心に久し振りに増加し、402百万ドルに達したが、同年秋のアメリカ政府のドル節約政策発動を考慮すると、この増加は一時的なものに留まり、今後再び減少に転ずるものと見込まれる。近年三ででま海外旅行者収入や投資収益など、軍関係以外の受取・は次第に増えてきているが、いまなお全体の過半を占める車関係収入が不振なため、貿易外受取総額は伸び悩んでいる。

第1-2表 貿易外経常収支

 これに対して、貿易外支払いは運輸関係特許権使用料などを中心に、急速 また増加を続け、28年度は2億ドルに過ぎなかったものが、34年度には613百万ドル、35年度にはさらに796百万ドルへ激増している。貿易外支払いの増加は主として3つの原因による。

 第1は海上運賃、港湾経費など、運輸関係支払いの急増である。これは、我が国外航船腹の拡充が、貿易貨物、特に価額の割に容積の大きい輸入貨物数量の増大に追いつかず、邦船積取率が、30年以降50%の水準で停滞しているため、貿易量の増大が、それにほぼ比例して外船利用の増加をもたらしているからである。

 第2に、外資や技術の導入が活発化するにつれて、投資果実の送金や、特許権使用料の支払いが年々増加している。特に特許権使用料は、28年度の12百万ドルから、34年度には59百万ドルに増え、さらに35年度には94百万ドルにはね上った。34、35年度に投資収益と特許権使用料の支払いが大fbに増加したのは、自由化の一環として送金制限が緩和されたこと、また、企業合理化の必要から、技術導入が一層活発化したことによるものとみられる。

 第3は、海外旅費や各種送金が、自由化の影響も加わって、2、3年来3激に増えていることである。特に海外旅費の支払いは、33年度の18百万ドルから、34年度25百万ドル、35年度51百万ドルとしり上がりに増えている。これらの事情は、いずれも今後当分は変わらないと考えられ、従って、貿易外収支の赤字巾は次第に拡大する公算が大きい。

資本取引

 35年度の資本取引は677百万ドルの受取超過となり、前年度の155百万ドルに比べ、黒字中は急激に拡大した。特に短期資本の受超額は、前年度の182百万ドルから、35年度には676百万ドルに激増したが、これはユーザンス規制の緩和など、為替自由化措置に負うところが大きかった。すなわち輸入規模が増大したうえ、ユーザンス規制が、大中に緩和されたため、輸入ユーザンス残高は、35年度中に約4.5億ドルの増加を記録した。このうち、約3億ドルは、品目制限の撤廃、期間延長など、規制緩和によるものと推定される。

 一方、7月に創設された非居住者自由円勘定は、ユロー・ダラーの流入などから9月末までに1億5千万ドル余にのほり、その後増勢は鈍ったものの、年度末までには累計約2億ドルに達した。また、8月末に無担保借り入れワクが撤廃された結果、無担保借り入れ残高も大中に増加した。

 一方長期資本収支尻も、前年度の27百万ドルの払超から、35年度には1百万ドルの受超へと改善された。受取は、インパクト・ローンを中心に24百万ドル増加し、156百万ドルにのほり、これに対して支払いは、155百万ドルと、前年度を5百万ドル下回った。しかし、前年度の支払いには、IMFと、世界銀行への払い込み79百万ドルが含まれていたことを考慮すると、35年度の支払いは非常に高水準だったといえよう。とくに本邦企業の海外進出を反映して、民間海外投資は62百万ドルと、前年度を5割も上回った。

 最近数年間の長期資本収支の推移をみると、 第1-3図 のように受払とも増加を続けているが、収支尻はむしろ赤字を示した年の方が多い。受け入れの内容も年と共に変わって来ているが、特に、株式取得制限緩和に伴って、証券投資が34、35年度に至って激増したのが目立つ。戦後の外資導入の中心となっていた貸し付け金についても、従来は主として世界銀行やアメリカ輸出入銀行からのものであったが、最近ではアメリカ市中銀行の比重がたかまり、さらに西欧諸国からの倍入れも目立っている。このような傾向からみて、我が国の経済力の充実と、為替自由化によって、民間借款、外債、証券投資などは増加が見込まれるが、一方、世銀からの借款は今後多くを期待できない情勢にある。

第1-3図 長期資本収支の推移

 他面、長期資本の支払いも、本邦企業の海外発展に伴う海外投資の増加、借入金等の返済、株式元本送金制限緩和による送金増などによって年々増加するすう勢にある。

 このように、35年度における我が国々際収支黒字の中心となった資本収支も、その内容をみると、長期資本収支はほほ均衡状態にあり、短期資本収支の大中黒字にも、我が国の制度変革が行われたこと、欧米間の金利差とドル不安によって、アメリカ短期資本の流出が激増していたことなど一時的要因によるものが少なくなかった。

第1-3表 外資導入認可実績


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