昭和35年

年次経済報告

日本経済の成長力と競争力

経済企画庁


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昭和34年度の日本経済

鉱工業生産

数量景気の持続要因

 34年度経済はかくも速やかに景気上昇過程をたどったにもかかわらず、大きい破綻もなく予想された以上の数量景気を持続し、産業活動の安定環境が醸成されている。

 この数量景気を持続させた要因を、以下検討してみよう。

供給能力の増加

 まず、高率な生産上昇に対応する供給面において 第2-8図 にみるように設備能力は34年度に入って目立って増加し、年度平均では、例年よりも高く、製造工業総合で前年度に比べ13.2%増加したことが挙げられる。これは、懐妊期間の長い電力、鉄鋼などの投資が最近漸次本格的に生産力化の段階に入ったこともあるが、根本的には前回ブーム時の設備投資が、その後の不況時にもかかわらず継続され、その結果としての生産能力の増加が、今次好況局面における生産上昇のタイミングを合わせて行われたことに起因する。

第2-8図 生産能力、稼働率の推移

 これが、需給面の均衡を保たせ、同時に、設備投資需要がすぐに台頭するのを防ぐという両面から、数量景気を支えた一大要因である。とりわけ機械ブームによる関連需要の大きかった鉄鋼、電力、輸送力など基礎部門の供給力が増加したことは恵まれた条件を形成した。

 鉄鉱業では、第2次設備合理化計画の進行によって供給力は高まり、従来ネックであった製銑、分塊能力も拡充された。年度上期にあっては、需要の急増によって、いまだ供給力の一部に不足を来たし、とりわけ銑鉄については需給の逼迫から一部緊急輸入が行われたが、下期に入るに従い、順次新規設備が稼動し、需要の急増に対応する安定供給線を徐々に形成した。

 また電力も長期計画ベースに乗り、ことに34年度には 第2-9図 にみるように集中的に発電能力が増大している上に、火力発電への重点指向、広域電力融通の運営、石炭の需給などが幸いして電力供給の弾力性が強められ、需要産業側の電力使用原単位の改善と相まって需給はバランスした。輸送部門にしても、国鉄輸送5ヵ年計画の実行段階に当たり、国鉄幹線の電化、操車場の設備などでその増強が図られた。加えてトラック輸送力の増大が著しく、これまでの鉄道輸送に重心を置いてきた輸送力構成が変わってきた。この傾向は、機械製品など完成品中心に増加した34年度の輸送需要に十分対応しうる基盤を作った。この結果、伊勢湾台風による輸送逼迫が一時生じたが、年末輸送も懸念されたほどのことはなく、おおむね平穏に推移した。

第2-9図 電力需給及び火力ウエイトの推移

 これは31年度に鉄鋼、エネルギーを中心に生産隘路が生じ、隘路産業間の相互依存もあって、供給力の不足が国際収支の天井に行き当たった過去の景気変動の型と比較しても、大きな変化であった。

 また以上の基礎産業部門に限らず、「設備投資」の項で述べるような機械工業や、石油化学、合成樹脂、アルミニウムなど需要の急増した一般産業部門においても、供給力の増大が需給均衡を保持されるのに役立った。

原料条件の安定

 国内の基礎産業部門での能力増大、技術革新下におけるエネルギー革命の進行を背景に、加工産業に対する国内原材料の安定供給条件が保たれた。これと同時に、海外原料の供給も、海上運賃の低位安定と基礎原料における海外相場の安定によって、加工産業に対し外部要因として有利に働いた。

 景気が回復から拡張局面へ進行するのに伴い、輸入原材料の消費、入着ともに増加した。ことに、消費は 第2-10図 にみられるように、生産の上昇率との関係をみても、前回ブーム時の31年度以上に伸びている。しかし、輸入価格の下落と在庫率の引下げにより輸入入着の伸び率は、生産の上昇率に比べ相対的に低かった(貿易の項参照)。これは、世界輸入市場の安定という要因もさることながら、機械を主軸とした発展形態にあっては、金属鉱石、くず鉄、粘結炭、重油など生産財関係の原材料の輸入が集約的に増加する傾向を示すが、これらは現在その輸入経路がほぼ安定しているため、商業的動機に基づく思惑的輸入が排除され、需要産業の実需ベースに乗った輸入がなされたためである。さらに、これが生産迂回度の上昇による輸入依存度の相対的安定という構造的要因と相乗して、安定した輸入環境を形成した。しかも、前回ブーム時と異なり、生産財産業の供給能力増に伴い、製品、半製品の形で緊急輸入を余儀なくされた分は、銑鉄など極めて一部製品に限られた。

第2-10図 鉱工業生産-輸入原材料の動向

 加えて、保有外貨の増加は海外原料の買付けに余裕をもたらし、一方、高度加工型の生産拡大過程にあっては、多少の原材料価格の騰貴は、合理化された産業の各加工段階で十分に吸収された。

 このような、内外原料条件の幾重にも積層した安定基盤の上にあって、生産はその高率の上昇を続けることができたのである。

在庫投資ビヘビヤーの変化

 これと関連して、企業の在庫投資ビヘビヤーの変化も挙げなければならない。企業の適正在庫率が低水準に安定する傾向を示し、思惑的な過剰在庫投資の累積現象を生じなかったことが、数量景気の一持続要因となっている。 第2-11図 に価格と在庫率を示す。前回ブームと比べて価格は強含みながら安定していると同時に、在庫率水準はカーブを描きつつ、極めて安定した動向に推移している。一般に、原料価格及び供給が安定しているときは、原料の「消費-購入ラグ」が製品の「販売-生産ラグ」よりも相対的に短く、このため原料の購入は常に当面の生産に即応した程度に行われる。典型的な例として、 第2-12図 の機械工業における鋼材在庫率を挙げうる。鋼材については、鉄鋼需要にミートした供給の確保と鋼材価格の安定を標榜する公開販売制度が、好況下にあっても適宜に運営され、その供給基盤は強化されたため、在庫率は年度を通じ常に安定した。

第2-11図 価格及び在庫率の推移

第2-12図 機械工業の鋼材在庫

 この傾向は、単に鋼材に限らず機械工業における部品メーカーの系列化、大量組立生産方式の特性を持つ耐久消費財、自動車部門における材料供給経路の確立、大企業におけるオペレーション・リサーチなど近代的在庫管理の進歩、工場レイ・アウトの向上による中間原材料置場の合理的施設、さらには金融逼迫下にあって企業は保有資金を設備へ優先的に充当し、運転資金としての使用を可及的に削減したなどの事情によって、在庫投資は全般に渡り「意図した在庫」へ行われる傾向が強く出たためと思われる。

 このような要因に加えて、自由化気運の進展は、企業に先行原料安の期待を抱かせ、当面余程の価格騰貴が無い限り、早急に原料備蓄を行い、市場混乱を招くことを警戒させたのであろう。

 かくて、在庫投資が生産上昇に比較しても低水準に推移したことが、前回ブーム時と比べ景気の一つの鎮静剤となった。

 以上、34年度の産業活動は、技術革新の継続的展開及び消費、投資などの増加という需要条件の成熟によって、高率の生産上昇を遂げ、しかも数量景気のプロセスを進んだ。消費革命をも伴った技術革新の進行が、産業の高率発展の基因をなしている現段階においては、産業活動の成長趨勢は根強いものがある。

 しかしながら、この1ヵ年の高い成長の後を振り返ってみても、前述のように需要の増大は国内市場の拡大によって導かれる面が多く、一方これに対する供給面でも多くは国内産業各部門の生産によって賄われたものであった。貿易管理という制度的な市場の支えのなかで、国内の需給要因が相互に生産を高め合う作用をし、機械工業の著しい伸長、設備投資の急増などを招来してきた点があることは否み難い。この点からみて、今後の貿易自由化の展開と、日本の産業の高成長保持の関係には注意を払うべきであろう。

 また短期的には、景気の循環変動要因に注目していかなければならない。鉱工業生産は35年3月以降伸び悩み傾向を示している。この点からも、今後の動向については、2、3の問題が指摘されよう。第一には今次好況過程で花々しい上昇をみせた耐久消費財、特にテレビ、ラジオの伸びが鈍化していることである。そこには流通部門における在庫調整などの要因も働いているようである。第二には次の項でもみるように34年度下期以降増勢を強めた設備投資によって、供給力増加が35年下期以降に表面化する可能性を有していることである。この先供給力の増加と需要の増加がどのように均衡を保持するかには、関心が払われるところである。第三には、在庫投資について、現在の在庫率は低いが、ストックとしての在庫量は決して低くないという点である。従って、生産の鈍化が起こると、在庫投資が加速度的に減少する要因もある。これは現局面において、一部の耐久消費財や、鋼材などに現われ始めている。

 以上の短期変動要因をできるだけ克服して高原景気を維持していくこと及び、貿易自由化推進の初年度に対処して、機械工業を中心とした我が国産業の国際競争力を着実に培っていくことが、35年度における産業活動の課題であろう。


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