昭和35年

年次経済報告

日本経済の成長力と競争力

経済企画庁


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総説--日本経済の成長力と競争力--

 

貿易、為替自由化と日本経済

西欧諸国における自由化の展開

 34年秋、東京で開かれたガット総会で、各国から我が国に対して貿易及び為替取引の制限緩和が強く要望された。貿易自由化の考え方は、遠く第二次大戦末期に連合国の間で作られたブレトン・ウッヅ協定に源を発している。この協定は、自由貿易の原則によって国際的分業による世界経済の調和的な発展を図ることを目的としているのである。かつて、第一次大戦後の自由貿易が破錠し、各国がいくつかの経済ブロックに分かれて対立し、それが世界貿易の発展を妨げ、ひいては第二次世界大戦を招く大きな原因になったが、この不幸な経験を再び繰り返さないために、この協定がなされたものである。この協定に基づき、各国の外貨不足が自由貿易の遂行の障害とならないようにするために国際通貨基金(IMF)、世界銀行が設立され、さらに世界貿易拡大の障害となるような関税障壁や貿易制度について各国に対して強い勧告権をもつガット(関税並びに貿易に関する一般協定)などが設立されたのである。このような構想を背景として、西欧諸国は24年頃からOEEC諸国の間での貿易自由化を漸進的に進め、経済力の回復につれて28年頃から対ドル貿易についても自由化し始めた。その後、30~31年の好況と交易条件の改善、ドル不足の解消によって、33年末一定の制限付きであるが、通貨の交換性回復にふみきり、それ以降、貿易制限を急速に緩和してきた。その状況は 第1表 に示す通りである。その間に、IMFとガットは自由化の推進に絶えざる努力をしてきた。ある国が外貨不足に当面する懸念の無くなった場合には、IMFはその国を国際支出に不安のない国と認定し、それによってガットはその国に対して貿易制限の緩和を促進するように強く働きかけてきたのである。最近では西ドイツ、ついでイタリアがIMFによって国際収支を理由とした貿易為替制限をやめるよう勧告された。これに比べて、我が国の貿易制限の緩和は、著しく立ち遅れていると言わざるを得ない。我が国も自由貿易による世界経済の発展に対し、積極的に協力すべきである。また経済力がここまで回復し、外貨保有高も増加したので、我が国も、いつまでも国際収支を理由とする貿易制限を続けることは許されないと覚悟しなければならないであろう。

第1表 OEEC諸国の自由化率

日本経済における自由化の意義と特殊性

自由化の意義

 自由化問題は、日本経済にとって単に上述のような他律的なものだけではない。保護貿易、資本取引の厳しい制限の封鎖体制から、海外に対して門戸を解放した体制に移ることは、長期的にみれば日本経済構造の近代化、産業構造の高度化をしつつ、高い経済成長を達成する上に有益なことなのである。

 自由化による利益としてまず第一に考えられることは、国際分業を通じて受ける利益である。各国がそれぞれの資源条件や国情に最も適した製品の生産を行って輸出し、その反面、国際的に不利なものの生産はやめて輸入することが、その国にとっても世界全体にとっても経済発展を進める途であることは言うまでもない。特に、我が国のように原料、燃料について資源的条件に恵まれず、海外依存度も高い場合には、輸入制限を続けることは、重化学工業の競争力を弱める要因となっている。また、海外から割安な原料、製品が自由に入ってくることは、国内物価を引き下げ、それだけ消費者の実質生活水準を引き上げることとなる。

 次に、今後の輸出を伸ばしていく上にも、自由化は必要である。輸出を伸ばすためには、現在一部の国が行っている対日輸入制限を撤廃してもらうことが望ましい。しかし、我が国の方で自由化していないと、相手国に対日輸入制限の撤廃を強く求めることも難しい。従って、こうした観点からも自由化の推進は必要である。

 第三に自由化による産業体制の改善が挙げられる。これまで、我が国の産業や企業は、外国との競争から保護されていたために、体制上いろいろな弱点を残している。例えば、国際的規模からみると、過小な規模の経営が多く並存して、国内競争が激し過ぎる。従って、大企業といっても資本力は強大にならず、そのため技術の開発力は乏しく、外国技術の導入に依存し、それがまた企業の過当競争を生むという悪循環におちいっている。国際競争にさらされるならば、産業内で生産分野画定が進み、個々の企業の専門化が進んだであろうが、国際競争から遮断されたために、専門化を怠り、むしろ安易な多角化による経営の安定に安んじている。また、産業間の技術的関係による縦断的結合(コンビナート)、あるいは原料供給者と需要者の間の協定関係が強くならない。

 これに対して西欧は、例えば西ドイツに見られるように、戦後早くから低い関税率の下に、輸入の自由化を率先して進め、個々の企業のみでなく産業体制として、国際競争力の強化に努めてきた。また、重工業資源の貧弱なイタリアにおいては、OEEC内で早く自由化を進めることによって、繊維や雑貨工業の輸出を伸ばすことに成功する一方、重化学工業の近代化に努め、石油化学、事務用機械、自動車などの国際競争力強化に大きな成果をあげ、国際分業の中で、特にここ1,2年の急激な経済発展を勝ち得たのである。農業のように、体質改善の努力を長期にわたって払わなければならないものもあるが、一般的には、自由化を遅らせることは、このような産業や企業の体質改善をそれだけ遅らせることになり、自由化する場合に当面する困難は、それだけ大きくなるといわなければならない。

我が国における自由化の特殊性

 しかし、国際分業の中で自由貿易によって自国の経済の発展を図るといっても、経済の発展段階によって、自由化のテンポなり、それに伴う政策なりが違うことは当然である。このような観点から、西欧諸国と比べて我が国が当面する自由化の特殊性をみていこう。西欧諸国との条件の主な違いを挙げれば、周辺の諸国との国際分業関係、重工業の国際競争力、雇用状態、などの違いである。

周辺諸国との国際分業

 西欧では、戦前から欧州大陸諸国やイギリスなどの間に分業関係が成立していた。それは重工業と軽工業との間にもあるが、同じ機械工業の間でも成立していた。戦後の復興過程においても各国間の分業関係については配慮を怠らなかった。従って、自由化が国内産業に与える影響は比較的少ない。西欧諸国はまず欧州内で自由化を進めて、欧州を市場として各国の産業の強化を図り、それを基盤としてドル圏に対する自由化を進めている。

 これに対して、戦前我が国最大の原料及び製品の市場であった中国大陸が自由経済圏から離脱し、近隣諸国や東南アジアなどの周辺市場は、経済成長率が低いために、需要の伸びが低い。しかも、これらの国でも需要の伸びかたの大きい重化学工業品は、我が国の競争力が弱く、我が国の競争力の強い繊維など軽工業品は、後進国が自ら建設しようとしている。また、我が国が必要とする重工業原料は比較的これらの国に乏しく、繊維原料は割高である。このように、周辺の諸国とは、分業関係は成立しにくい要因が多い。

成長産業の国際競争力

 西欧の重化学工業は、既に競争力が強く、欧州内からその外へ、アメリカにまでも輸出を増大させようとする段階にある。このことは、西欧諸国が自由貿易に積極的になっている大きな理由でもある。これに対して、我が国にとっては鉄鋼業はともかく、機械工業や化学工業、特にそれらのうちでも自動車、産業機械、電子工業、石油化学など成長産業については育成段階である。後に述べるように、自由化に備えて、これら産業の競争力を強化するために、産業や企業の体質改善を急がねばならない。

自由化と雇用問題

 自由化を進めていく場合に、西欧においても、綿紡、石炭あるいは一部の農産物など縮小を余儀なくされる産業も当然あった。しかし、西欧の大多数の国は完全雇用の状態にあり、成長産業は労働力不足が生産拡大の阻害条件になっている。そうして、産業別、業種別、あるいは年令別の賃金格差が少ないから、農業及び斜陽化する産業から生じる失業者を他の産業へ移すことは比較的容易である。28年から33年までに、農業従事者は西ドイツでは30%、イタリア14%、スウェーデン14%減少し、さらにイギリスの紡績業では同時期に12%減少している。しかも全体として失業率は低下しているのである。つまり、西欧では衰退産業から成長産業へ雇用を移すことによって成長産業の成長はより高められる状態にある。これに対して、我が国では、自由化によって衰退すべき産業や農業から成長産業へ労働力を移すことは、なかなか容易でない。こうした状況では、雇用機会を確保するという観点から、将来漸次衰退すると予想される産業でも急に縮小することができない場合もある。

 以上述べた通り、我が国は自由化を進めていく上に西欧と違った条件にあり、また違った問題に当面する。従って自由化のテンポを決め、それに伴う政策を決めていく上にこのことを当然考慮に入れなければならないし、国際的にもこれをよく理解させることが必要である。しかし、このような特殊性を指摘することは、決して自由化のテンポは遅い程良いということをいうためではなく、自由化を進めつつ産業構造を前進的に再編成していくためには、これらの問題に対する政策的配慮と、産業や企業の体質改善に積極的な態度を必要とすると言うことを意味しているのである。

産業構造の前進的再編成

再編成の方向

 我が国経済が、今後成長力を維持し、競争力を強めるためには、産業構造の前進的再編成を図らねばならない。その基本的な方向は、一方で資源的に、あるいは社会的悪条件に制約されて生産性の低い産業の体質改善を進め、新しい型の軽工業、軽機械の分野に国際競争上の有利さを見出し、重機械や石油化学などの成長産業を育成強化することである。世界的に見て中進国的発展段階にある我が国は、新しい労働集約的商品の輸出を伸ばし、原料、資本財機械、技術を輸入し、将来のより高次段階で国際分業に参加する過渡期にある。このような、より高次の段階での国際分業への参加には、産業や企業における体質改善を進めることが必要である。もちろん、産業構造の前進的再編成の必要性は、今日新しく生じたものではなく、高成長維持のためにも不可欠のことである。しかし、自由化を機として改めてそれを再認識しなければならない。こうした角度から、我々が、現在どのような問題に当面しているかを次に見ていこう。

産業構造政策の問題点

過当競争の調整

 我が国産業のなかには、原料輸入を制限し、一定の方式で企業に割り当てることが業界内の秩序維持に役立ってきたものがかなり多い。天然繊維、ソーダ、石油、石鹸、皮革、砂糖などがそれである。その中には、原料割当が設備能力を基準にして行われてきたために過剰設備が存在するものや、自由化によって輸入割当がなくなれば、今のままでは過当競争が生じ混乱を招くおそれがあるものもある。このような事態に対処するため、過渡的には行政的な指導も必要であろう。しかし、基本的には企業が、景気変動や産業の成長に対する自主的判断に基づいて需給や設備投資の調整を図るのが本旨である。

資源産業の合理化

 鉱業では自然的条件に制約されて、概して生産性が低く、コストが割高である。従って自由化に備えて、原料、燃料を産出する産業の生産性をあげることは、輸入品と対抗する力を蓄えると同時に、工業の国際競争力を強める上に大事なことである。国際的に見て、競争力の弱いものは石炭及び銅、錫、ニッケルの非鉄金属鉱物などである。これらの産業を合理化していかなければならないが、それには、各産業の中でも限界的な低生産性部分を縮小していくことが必要である。

 例えば石炭であるが、我が国の石炭鉱業の労働生産性は切羽面では西欧にさして劣らないが、抗内外の輸送距離が多いことなどのために抗内外を合わせた従業員当たりの出炭率は西欧の半分程度に落ちてしまう。その上カロリーも低いので、カロリー当たりの単価で見ると、石油の1割高ということになる。これは、主として深部採炭に対して適応する設備投資が十分行われていないことによるものである。ある程度石油と競争するに足るだけの比価にまでコストを下げるためには、いわゆる若返り工事、すなわち、現存炭鉱の非能率的なものをかなり廃鉱とし、これに代わって新鉱を開発して、出炭を能率鉱に集中し、坑内の合理化を進めることが必要である。これによって生ずることが予想される失業問題の処理には十分な対策を必要としよう。

農業経営の体質改善

 これまで輸入制限、価格支持政策、土地改良などの財政投融資という三本の柱を中心にして増産主義がとられ、それによって農業所得を高めてきた農業政策は、国内における米麦を初めとする農産物需給の緩和と貿易自由化気運によって、一つの転機に立たされたと言えよう。我が国の国際的農産物の競争力についてみると、大部分の農産物の競争力は低い。例えば、国内支持価格とCIF価格とを比較すれば、小麦45%、大麦36%、大豆36%の割高となっている。このように競争力が低い原因には、いろいろのことが挙げられるが、主な要因は零細な経営規模のもとで、しかも多数の就業人口によって農業生産が行われているからである。

 従って、今後の農業政策の基本目標は、農業の体質を改善して生産性を向上し、それによって農業所得を高めることにある。その過程が農業の高度化を図ることである。その基本線は、農業を主とする零細兼業農家の離農を図り、他方で生産規模の大きい経営を育成することであろう。経営規模を拡大することが、生産性と農業所得を高める上に有利であることは、既に広く知られているところである。農機具を中心とした大農的技術と商品生産の発展は、果樹、畜産、米作などの主産地帯において、かなり大規模の経営を成立させている。それが小規模経営に比べて、生産費は労働報酬においていかに有利であるかは 第40図 に示す通りである。このような大経営の成立はまだ端初に過ぎない。それが一般化されない理由には、主産地形成が進んだとはいえ、まだ一部に限られていること、農民の経営者的な意識が未熟であること、大農的技術の研究が足りないこと、農業協同組合の現状が大規模経営の育成を促進するのにふさわしい体制になっていないこと、など多くのことが挙げられるが、最も基本的は理由は、いわゆる兼業農家が、家族による低生産性の農業を営んでいながら土地を手放し難い条件にあることである。

第40図 大規模経営の有利性

 兼業農家は年々増加し、32年現在400万戸、全農家戸数の7割に達している。このうち6割までは一世帯の主要労働力(世帯主とあとつぎ)が農業以外に従事している農家(実際は農業を兼業する勤労者または自営業者)と零細経営のため農業だけで生活できず他業に従事する臨時的賃労働者のいる農家、いわば貧農的兼業農家とによって占められている。これらの兼業農家は、 第41図 のように、専業農家平均に比べて労働生産性の低い自給的農業を営んでいる。それらが農業から離れない理由には、土地価格の上昇、生活意識などもあるが、主な理由は次の二点である。一つは兼業先の賃金水準が低く、かつ不安定であるためで、兼業先は賃金の低い中小企業あるいは大企業の臨時工、人夫、日雇など不安定な職に従事しているものが多い。二つは社会保障制度が行き届いていないため、特に老後の生活の保障を零細地片に求めていることである。

第41図 専業農家に対する兼業農家の生産性、その他

 零細兼業農家や世帯員兼業従事者の離農を促進して、就業構造を改善し、大規模の専従的農業経営の育成を図るためには、大農経営のための技術政策の確立、結果的に小規模経営の維持、固定化を招いている諸制度の改革などとともに兼業先の労働条件の改善、社会保障の充実が必要であるが、基本的には日本経済の高度成長、第二次産業を中心とした雇用拡大によって、農家からの潜在的余剰労働力吸収が行われることが条件である。

高度加工産業の育成強化

 前述したように、日本経済の高成長は、高度加工産業の発達に主導されて実現されつつあるが、今後は、高度加工産業の国際競争力を強めることによって高成長を続けて行くことが必要である。それは農業や鉱業の合理化を推進して、それに従事する雇用者を吸収する機会を作り出していく途にもつながるのである。高度加工産業の中でも特に自動車、電子工業、産業機械、石油化学などが主導的役割を果たすと見られる。それはこれら産業が今後の成長産業であるというばかりでなく、次のような理由があるからである。第一に付加価値率が高いことである。第二に連関効果が大きく、関連産業に対する市場造出力が大きいことである。第三に、関連産業の技術水準を引き上げる上で大きな刺激になり得る。しかしながら、これらの主導的産業は、いまだ国際競争力が弱い。競争力の強化という観点からは、量産体制の確立、専門化、規格化の推進、研究開発力の培養などの課題を解決していくことが大きな前提である。もちろん、これらの課題は多くの産業に共通する問題であるが、特に主導的産業を中心としてこれらの問題の所在を検討してみよう。

量産体制の確立

 量産体制の確立は、とりわけ現在の自動車工業にとって重要な課題である。自動車の生産費は、量産規模に支配されるといって過言でない。通産省の調べによると、日本の場合生産台数が倍になると、それだけでコストは20%低下すると見込まれている。量産規模は、市場の大きさと、所得水準によって大きく影響される。しかし、一定の市場の広さでも、量産単位を拡大していく方法はある。まず、現在の所得水準と国土条件に応じた経済車を独創的につくり出し、それを長期に大量に生産することである。そうすれば価格は下がり、市場はより拡大するであろう。 第42図 に見るように、西欧のフォルクスワーゲン、ルノー、フィアットなどは、いずれも各国の所得水準に応じた経済車を作り出して発展している。次に、海外市場に進出することである。上述のような欧州の自動車メーカーは、比較的早くからその経済車輸出に乗り出して量産体制を確立している。

第42図 各国一人当たり国民所得と経済車価格

 ところで我が国では、まだ所得水準や国土条件に適応した経済車が確立されていない。独創的な経済車をつくり出すためには、自動車メーカーはもとより、関連産業が協力して技術研究を重ねる必要がある。また、乗用車輸出はまだ年間5000台程度である。輸出を伸ばすには、欧州車と違って悪条件がある。それは、我が国の悪道路に適応した低速重荷車の設計は、外国の市場で要求される設計と相反するため、輸出車と国内大衆車と二種類の生産を並行しなければならないことである。悪道路は単に自動車の国内普及を阻害するだけでなく、輸出市場の拡大にも悪影響を与えている。また、我が国の自動車工業では、生産全体の規模が小さい割には車種が多く、各社とも安定した規格の安定した車種を見出すまでになっていない。しかも、最近の傾向では、国内で乗用車をめぐる競争は非常に激しくなり、新規に乗用車生産を企てる企業数も増えている。もともと後進的な発展段階にあり、早期に国際競争力を培う必要性の強い我が国の乗用車について、量産体制の確立、大幅なコスト低下を可能とするためには、過当競争を戒め、資本の最も効率的な運用を図るべき時期にあるものと言えよう。

専門化、規格化の推進と需要産業の協力

 機械工業の発展にとっては、部品の分業体制の確立が必要である。我が国の自動車部品価格は、専門化、規格化が遅れているために、アメリカなどに比べ平均4~5割高いと言われている。これに対して、同じく最近急増したラジオ、テレビでは、回路部品などでは専門メーカーが確立され、国際競争力も十分についている。なぜ自動車部品では、独立的な専門メーカーの確立が遅れているのだろうか。

 ラジオ、テレビ部品工業は、機械工業の中では、いわば下から発達した数少ない部門の一つといえる。つまり、戦前いち早く真空管生産で巨大電機企業が制覇した後は、組立企業も部品企業もともに中小資本で、その間に社会的分業体制が成立していた。戦後簇生した企業も競争、倒産をへて、生き残ったものは技術的にも、資本的にも、優れたものであった。そこで、30年以降のトランジスター・ラジオ、テレビ・ブームが展開され、部品の超小型化、高性能化に伴って、部品の技術はますます専門化していった。最近になって、巨大電機企業が本格的にラジオ、テレビの組立に乗り出したときには、既に上層部品企業は独自の技術と資本力をもち、特定親企業の系列関係というほどのものはほとんどみられず、各電機巨大企業に納入し、価格の決定権もむしろ専門メーカー側にあるほどである。

 これに対し自動車工業は、いわば上から発達した典型的な部門である。自動車親企業は、機械工業の一般的水準が低いままに、朝鮮動乱、外国機械技術を導入し急速に発達した。そこでは、部品企業との断層を埋めるために、強力な系列化による育成を必要とした。技術的にも、自動車部品の多くは、電機回路部品と異なり、優秀設備機械を必要とするので、優秀機械設備を購入し得た少数の上層企業に多種類の部品の発注が集中することになった。事実、神武景気の折に、多少とも優秀設備をもったプレス、機械加工工業のほとんどは、いずれかの自動車系列に組み込まれてしまったと言われるほどであった。

 部品企業の市場占拠率を見ると、ピストン、気化器、燃料噴射装置、放熱器、始動電動機、充電発電機、車輪、ばね、前照灯、スイッチ類、フレームその他の主要部品は、いずれも3~4社で7~8割以上を占めるほど集中、専門化している。しかし、この一つ一つの部品は親企業の生産する車種が多い上に、四輪メーカーの過当競争、さらには二・三輪車、補修用部品と、規格は多岐を極め、多機種少量生産であるのが実情である。

 しかし、市場競争が激しさを加えてきたので、部品設計においても、従来の自社の特色に重点をおく方針から、いかにすれば安くし得るかに重点をおく方針に移ってきている。そこでは当然、小量生産の親企業は大量生産の親企業と同じ価格のものを使わざるを得なくなるはずである。

 自動車工業の国際競争力を強めるためには、系列下で発達してきた部品メーカーの独立的な発展を一層推進しなければならないし、その可能性も徐々にではあるが現れてきていると言えよう。このためには、需要先親企業の規格統一並びに部品企業の蓄積を可能にする発注単位決定への協力が何よりも必要である。

コンビナート化の促進

 石油化学は、それ自体高度加工産業とはいえないが、その製品が合成繊維、合成ゴム、合成樹脂など広汎な加工分野の裾野を持っているから、その発展は全体として高度加工産業としての役割を果たし得るわけである。 第43図 のように、主要な化学品の発展の基礎は、石油化学に依存する度合いが大きいが、我が国の石油化学はいまだ未成熟である。

第43図 主要化学品の石油化学依存率

 欧米先進国における石油化学の生産余力、石油化学品の輸送上の制約などを考えると、当面石油化学品の輸入増加はそれほど大きくないかも知れない。しかし、我が国の石油化学では、使用原料であるナフサの価格が欧州の倍も高いのみでなく、ナフサ分解技術によっているため、分解ガスの収量構成が多岐にわたり、それだけ副産物の総合利用を図る必要があり、総合利用が十分に行われていない現在では、石油化学品はそれだけ割高となっている。石油化学に依存する合成樹脂、合成繊維などの加工化学品が国際競争に耐えて、本格的な発展を早期に遂げようとするならば、石油化学について個別の企業資本の枠を越えて総合的な大コンビナートを形成し、副産物利用の新しい工程を開発することが前提となるのである。

研究開発能力の培養

 技術開発の早い化学工業や電子工業においては、とりわけ研究開発能力こそ産業存立の鍵であり、また企業活動の源泉である。我が国においては、これまで導入された外国技術を源泉としており、自力で研究開発の成果を工業化に結実させることは極めて少なかった。

 例えば、電子工業について見てみよう。

 我が国の電子工業は、これまでラジオとテレビを中心に、著しい発展をしてきた。導入技術に依存しながらも、トランジスターの生産量は、アメリカと首位を争い、西欧を合計した生産量をはるかに上回っている。しかし、質的に見ると、諸外国に比べて、かなり遅れが見られる。我が国で作っている物は、大部分は低周波のラジオ用トランジスターで、 第44図 に見るごとく、電子計算機、オートメーション機器に使われる高性能のものは、アメリカからの輸入が多く、産業用電子機器の輸入依存度も大きい。半導体の分野などの技術開発を一層進める必要が見受けられる。

第44図 電子工業機器の輸入依存度と輸出率

 化学工業や電子工業における技術研究開発体制は、物理、化学、機械工学、冶金学など多数の部門の研究を一つの目標に向かって位置づけ、相互の調整、統一を図らねばならないが、それには優れた研究者と多額の投資が前提となるのである。研究投資の拡大のためには、政府の援助もさることながら、企業の研究投資の効率的増大、共同研究の推進など研究体制の確立を急がねばならないであろう。

 以上の他に、工業生産全体を縦断的につなぐ総合化も必要である。経営的にも、技術的にも異なる産業の関連企業化を進めることも、産業の組織的な総合化を進める一つの手だてである。最近の産業発展が、諸産業の関連を緊密化させていることは前述の通りであるが、産業組織の発展の上からも、自動車工業と鉄鋼業、鉄鋼業と化学工業、化学工業と繊維工業、化学工業と石油精製業、化学工業と機械工業、機械工業と電子工業などの間に企業の関連が密になることが、競争力強化のためには必要とされよう。

 以上述べてきたことは、要するに、国内における社会的分業を推進しつつ、経営単位を大規模化し、それによって、能率を高めようということである。このことが、取りも直さず、より高次の段階で国際分業に参加し、自己の高い成長を維持する道に通ずるのである。国内市場の量的な拡大の中には、質的な社会的分業機能を推進する素地が作られつつある。しかし、業界の態勢は量的拡大を望むには急であっても、いかにして社会的分業組織を高能率生産につながらせるかについては、立ち遅れている。今以上の高能率低コストの生産体系をつくり出すには、産業の体質改善に真剣に取り組むべき時である。専門化、規格の単純統一化、コンビナート化のための政府の強力な指導と、研究開発体制の確立に対する援助が必要とされる。

産業構造の変化と労働力移動

 産業構造の変化に対処するためには、労働力移動の流動性を増すことが必要となる。産業構造の変化に伴って、必要となる労働移動には二つの型がある。その一つは、衰退産業から離職する労働者を成長産業に再就職させることであり、他の一つは、直ちに離職するわけではないが、零細農業のように、生産性の低い産業に就職している労働力を、生産性の高い産業に転換させることである。しかし、我が国の労働市場においては、新規学卒者の就職については、それほど問題はないが、産業構造の変化によって生ずるような中年層の労働移動には大きな問題がある。その第一は、転職者の就職を不利にしている企業の雇用制度や賃金制度である。我が国の企業は、新規学卒者を本工として採用し、定年まで雇用するが、中途からは本工を採用しない。生涯雇用制度や、勤続年限によって賃金が上がっていく年功賃金体系をとっているところが多い。そのため、労働力需要は若年層、特に新規学卒に集中して、中年離職者には安定した労働条件のよい職場はなかなか得られない。労働省の調査によると、最近の好況においても、中年層の再就職先は、大部分がそれまでの職場より劣っており、賃金など労働条件の低下しているものが多い。農家から賃労働者になったものが、完全に離農しないでいる者が多いのも、転職先の労働条件の低いことや不安定なことが影響を与えている。このような企業の雇用制度や賃金制度を早急に是正することは困難であろうが、既に技術革新の進行過程でこれらの制度の矛盾も現れているので、漸次改善することが望ましい。

第45図 再就職者と賃金低下状況

 第二には、移動する労働力の大部分が新しい職種への転換を必要とするため、直ちに他産業への再就職が困難なことである。最近の炭鉱離職者の再就職状況をみると、自動車運転手、電気機械関係者のように、すぐに他産業に適応できる技術をもっている者や若年女子労働者などは比較的早く再就職しているが、その他は技術をもたないため、再就職は困難である。就職したものも単純労働などに転換し、労働条件も低下している。このように、離職者の多くは、他産業にすぐには適応できないので、職業再訓練を施すことが必要である。農業の就業者が他産業に転換する場合もほぼ同様のことがいえる。しかし、職業再訓練は離職者が一地区に大量に発生した場合には、訓練施設などの面からも十分な効果を発揮できないので、緊急就労対策事業等で一時的に就業させることも必要であろう。

 第三は、地域移動の問題である。技術教育を身につけたものであっても、労働の需要地域に移動できないと、再就職は進まない。34年のように、需給関係が改善された年においても、工業地帯やその周辺地帯を離れると、需給関係は依然よくない。地域移動が妨げられているのは、新卒以外のものについては、広域職業紹介機能が十分に発揮されていないため、他地域の労働需要に不案内なことと、中年層の地域移動には多くの場合、住宅が必要なことである。このため、広域職業紹介機能の強化と工場地帯周辺の住宅建設を行うことが重要である。

 しかし、労働の需要地に労働力が移動することは、人口の大都市集中を激化させる面をもっているので、工場の地方分散化を進めることも併せて考えるべきであろう。

工業の地方分散化

 工業の地方分散化の目的は、都市への過剰集中の矛盾解決、地域間の所得不均衡是正との両面から強まってきた。

 日本の産業関連施設の不足は周知の事実だが、それは、四大工業地帯への産業の過度の集中によって特に目立っている。工業生産の6割、人口の3割、雇用者の44%、自動車の40%をもち、海上貨物の45%を取り扱っている四大工業地帯が、わずか7%の土地にひしめき合っているわけで、使用できる工業用水は3割余りに過ぎない。そのため工業用地の取得難、工業用水不足、港湾施設の不備が特に問題になってきた。その上、自動車の増加に伴う都心地域の交通麻痺、上水道、汚物処理施設の不備、公園、緑地の不足、住宅不足など、過剰人口集中のもたらす矛盾は累積し、現状の改善、び縫的な現有施設の拡張だけでは解決できず、抜本的な対策が望まれるのである。

 我が国においても、先進国の例にならい大都市への工場集中を制限し、地域的に適正な工場配置を行うべき新たな産業立地計画が必要な段階であると言えよう。最近の土地価格の高騰と工業用水の不足、若年労働力不足は、工場の地方分散化をせまっている。最近の工場建設は、大工業地帯に接続して伸びる傾向が依然強いが、思い切って別な地域へ工場進出する動きもみえてきた。例えば、京浜地区の周辺の7県の工場の増加ぶりをみると、30年から32年までは事業所数は減り気味で従業員も14%の増加に過ぎなかったものが、この3年間に事業所は4割の増加、従業員数も36%も増えている。特に、電気、一般機械での増加ぶりが著しい。大都市中心に衛星都市が生まれつつある。また、岡山県などには石油精製を中心としたコンビナートが新しく臨海工業地帯として育っている。今後の高度加工工業の進展と、基礎原料の輸入依存度の増加という傾向に伴い、工場の立地条件が、消費地吸引型となり、臨海工業地帯型となる可能性が強い。大消費地を取り巻く衛星都市においては機械工業、臨海工業地帯は重化学工業という型の地方分散が行われているのである。

 このような工場の地方分散化をさらに促進するにあたっては、必要な用地、用水、道路、港湾施設の整備を前もって行わねばならないが、大消費都市と衛星都市をつなぎ、臨海工業地帯を結ぶ高速道路の整備によって、経済的距離が短縮され、工場立地の諸条件を満足することが当面の重要な施策となろう。このことによって地方の工業化が進み、未開発資源が活用され、地域間の所得不均衡の是正も行われるのである。

金融正常化と企業資本の充実

 貿易為替の自由化を進めるにあたって、金融の面でもこれまでと違っていろいろな問題が生じてくると思われる。第一に取り上げなければならないのは、金融政策の重要性が一層増すことである。貿易為替の制限が行われている場合には、経済成長と国際収支との間の不均衡が生じても、最後には直接制限という手段に頼ることもできた。しかし自由化が進み、こうした制限手段が取れなくなってくると、成長と国際収支との均衡が破れる可能性がある時には、金融政策によって前もってこれを防ぐことが必要となってくる。その反面、経済成長を必要以上に抑えてはならないわけで、あくまでも国際競争力の強化と成長とを同時に達成することが目標となるのである。西欧諸国では、自由化の進展とともに一層金融政策は早めに、しかも経済に急激な影響を与えないような形で行われだしているのも、こうした要請に基づいているものである。

 第二に自由化と関連して考えなければならないのは、金利水準の高さである。これは、特に企業の側から国際競争力が滅殺されるという意味で問題とされている。国際的な金利水準の厳密な比較は、各国金融事情の相違などから困難であるが、我が国の金利水準は欧米諸国に比べておおむね割高といってよい。最も金利によってその程度は違っている。第一に、コール・レート、公定歩合などの短期金利と預金金利は相当に割高である。第二に、これに比べると、社債利回りと市中貸出金利はそれほど割高ではないし、 第46図 のように、ここ数年変動はあるが、ある程度低下してきた。次に、企業の金利負担を見ると、我が国の企業の支払利子は企業粗利潤中の比率でみると、 第47図 のように、欧米の企業に比べて確かに大きい。しかし、前記のように貸出金利の差が比較的少ないところからも分かるように、その理由は、金利水準の差よりも借入依存度が欧米の企業に比べて著しく大きいことにある。従って、企業の金利負担軽減は、金利の低下と企業資本構成の改善の両面から行わなければならない。まず、前者からみていこう、金利水準はいうまでもなく基本的には資金需給によって決まるもので、我が国の金利水準が高かったのも、成長力が高く資金需要が強かったことによるところが大きい。しかし、やや長期的にみると、今後供給面では為替取引の自由化によって安定した外貨がかなり流入する可能性があり、また需要面でも最近までのような経済の成長率は鈍ることも予想される。従って、この両面から資金需給は漸次緩和し、金利低下の素地ができていくものと思われる。最も、金利低下は一本調子に進むものでなく、景気循環に応ずる変動は、前述のごとき金融政策の弾力的実施の必要から、一層大きくなって当然である。

第46図 主要金利の推移

第47図 主要国の製造工業企業における粗利潤率の水準とその構成

 このように、資金需給が緩んでいくという情勢があっても、それに応じて金利が低下していくにはなおいくつか検討しておかなければならない点が残されている。例えば、コール・レートなどに示されているような短期金利の割高を改め、金利体系の歪みを正常な姿に近づけることも必要である。それには、現在のような現金需給の恒常的な引締まりの緩和を図ることも今後の問題となろう。それは経済成長に必要な通貨が、いかなるルートから供給されるかにも大きく影響される。通貨供給をいかに行うかは、金融市場のあり方や金融機関の経営態度にも関係することであるから、これだけ切り離して論ずることは適当でないが、将来この面の問題の解決を図っていくことが期待される。このようにして、一方でコール・レートなど短期金利の低下が進めば、金利体系正常化の一環として長短期公債についても市場の実勢に従って発行することも可能となろう。

 金利が低下する段階に達する過程では、貯蓄奨励や金融機関の内外資金吸収の観点から預金金利の国際的割高もやむを得ないが、同時に金融機関としては経営合理化によって経費引下げに努める必要が大きいことはいうまでもない。だが経費引下げには限界があるから、貸出金利が大きく下がる場合には、預金金利の引下げも問題となろう。この場合には、社債利率など各種利回りの調整を図ることも必要となってくる。そして、企業の増資負担を軽くするためにも、株式の時価発行、株式配当率の引下げなども問題とすべきであろう。

 企業の資本構成改善については、以前からその必要性を認めながら実際には、あまり前進していない。従って、税制面で償却制度の合理化、配当課税制度の再検討などによって内部資金の充実、自己資本の増加を図るよう考えなければならないし、また社債市場の育成、個人消化の促進も、長期の安定した借入金部分を増やす意味で必要であろう。しかし、こうした対策を講ずる前に、今後自由化が進むにつれて海外企業との競争が激しくなり、また企業の自己責任が一層重くなる点からみても、企業自身が自己資本充実に対する意欲を一層高めることが望まれるわけである。

 来るべき金融緩慢期に、いかにして金利低下を図りつつ、金利体系を是正し、金融の正常化、企業資本の充実の目標に到達するか、その方途を今から準備しておくことが必要であろう。金融正常化、企業資本の充実は一挙に行われるものではない。機会あるごとにその目標に向かって着実に地歩を築いていくことである。


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